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人民勝利の記録 つぶせ豊北原発 1977−1978 

  豊北原発斗争の記録/人民勝利の痛快事/経験と教 訓を収録



                                       
        発行・長周新聞社  B6判 216頁 定価 1000円(送料240円)

 (一部抜粋)
一年間の総括と教訓について語る

−記者座談会 1978年5月30日付

司会 豊北原発反対斗争が豊北町長選における人民の圧倒的勝利というところまできた。現在の情勢の特徴と、今までの経過をふりかえってみて、どういう教訓があるか、それと今後の方向を明らかにしていきたい。
 A 最初に大きな経過をふりかえってみると、そもそもの動きは一昨年の秋頃から目立ってきた。豊北町内で、エネルギー研究会というような形で、自民党有福県議を中心に地域ボス連中による策動がひそかに行われていた。昨年1月に矢玉漁協がそれを暴露し反対署名をやる。商業新聞は報道管制をしていたが、2月に本紙が全県に暴露する、こうして誘致策動は崩れ、6月13日に中国電力(以下中電)が山口県と豊北町関係漁協に正式の申し入れをする。これにたいして、漁協はもちろん県労評とか原水禁、社会党、県漁連などが反対の態度を打ち出していく。現地では7月に漁民決起大会が開かれる。この間、大阪大学の久米三四郎氏などを呼び、学習会が相次いでもたれる。大体ここらあたりまでが豊北原発反対斗争の前史、プロローグといえよう。運動全体はまだ自然発生的であるが、原発にかかわる政治勢力がそれぞれ登場してくる。
 7月末から本紙は、この間の運動全体を概括して4つの柱を立て、「原子力発電所の問題点」という連載をはじめる。一つは資源・エネルギー問題、一つは環境汚染の問題、一つは軍事問題であるし、もう一つは全体を通じて独占資本が人民を大収奪していくという問題だ。要するに原発反対斗争というものが、独占資本が人民を犠牲にしてボロ儲けしていくことに反対するという方向を鮮明にしていく。この観点で豊北町現地にも大量の宣伝工作に入った。大きな流れはそこから変わっていったといえる。より具体的に全県的なたたかいの方向を提起していったのは本紙10月15日付の記者座談会。7七月頃にまだ全体に支配的であった、原発問題は漁民だけの問題というのではなく、全人民の共通の課題であるし、共通の敵にたいする人民の側からの共同のたたかいだとし、とくに、労働者が「応援団」みたいにかかわるのでなく、自らの階級の問題としてとらえていかなければならない、と強調した。それと漁民のところも、経済問題であるからといって、経済要求だけでやっていくとか、議会主義的に議会にまかせたり、漁協の幹部連中にまかせっぱなしにするのではなく、下から大衆的に取り組まなければならないという方向を出していく。農民とのかかわりも共通の敵の資源政策の一環であるとしてたたかう方向を提起した。
 9月の豊北町議会は、原発設置条例を強行するが、すぐに角島では地区民500人が有福県議や佃町長を糾弾し、彼らをふるえ上がらせた。これが「角島方式」とよばれる。
 10月26日には電産が原発反対ストを打つ。全国的にも豊北原発をめぐる山口県の斗争は注目を集めてくる。11月末には下関市で広範な各階級階層を網らした豊北原発建設阻止下関共斗会議が結成され、12月11日の全県集会、県共斗会議の結成へ発展する。
 こうしたなかで、敵の側は、正面の敵はもちろんであるが、運動内部でも、県労評や県漁連がさまざまに動く。初期には、県漁連なんかも漁協独自の問題として全県的にやらねばならんという。しかし秋口には何もしなくなる。県労評も初期にはあちこち声明を出したり、学習会をしたり、大会でも原発反対の決議をし14万名署名を打ち上げるが、そのうち機能しなくなる。県当局や中電は、反対運動がおこるのはやむをえないという判断から、安全問題にかぎっていったんは反対させ、労働者にも「支援」という範囲で一定ワイワイやらせる。そのうち消耗させてつぶすということで配置する。しかし運動はその狙いを下から政治的に破ってものすごい勢いですすんでいく。
 その結果、年がかわって敵の側の攻撃はものすごくなる。1月の平井知事の年頭談話に始まり、閣僚会議の重要電源指定、町にたいする環境調査の正式申し入れ。これにたいし1月27日には山口市職労の原発反対、減反反対、「合理化」反対、「春斗」決起をひとつに結びつけたストライキ。現地では2月6日の大衆行動。佃町長を追いつめて環境調査拒否声明を出させ、県共斗会議も支援にいく。2月12日には県共斗の全県集会が現地漁民も多数参加し成功する。敵の側はいよいよ議会制民主主義のルールもかなぐり捨てて、佃の首を切る。中電は電産労組がビラをまいたというだけで労働法もなにも無視して処分を強行する。人民の側は、労働者のところで、「春斗」と結びついて、全県、全中国地方的に強力な原発反対運動が広がる。「春斗」を一循環経て、5月7日の全県集会が成功する。ここでは質の面からみて、かなり革命的な階級的な労働運動の息吹があらわれてきた。そして現地では町長選挙の大勝利となる。こうして大まかに一循環してきたわけだが、全体として現地も全県もかなり革命的な雰囲気が起こり、全国へも強力な影響を与えている。
 B 10月の角島行動、電産の10・26ストを前後して、それまで宣伝・煽動、学習の時期というか、労働者のところでも現地でも相当いろんな形で宣伝、学習運動がくり広げられる。本紙も『つぶせ豊北原発』のパンフを9月に発行し全県に普及した。電産ストは労働者がたたかう方向を実践的に提起した。つづいて1・27の山口市職労のスト。労働者階級が原発斗争の前面に登場してくる。以後、電産弾圧があり、一気に山口県はおろか、全中国地方、全国の労働者が糾弾行動に立ち上がる。「春斗」の中で労働者の大衆的な決起が起こる。山口県の県教組、電産、自治労などはかなり組織的に動くが、特徴的なことは国鉄や全電通、全逓など上がまったくサボっているもとで、下から職場段階から自発的に行動が起こったことだ。
 このような大きな流れのなかで、11・26下関共斗結成集会、12・11、2・12、5・7の県民集会など県共斗の全県集会が運動全体を総括し、つぎの方向を提起するような形で節目節目に組織される。
 もう一面では、昨年の秋口から円高キャンペーン、日米交渉のなかで、政治・司法の反動化も加わって敵は全人民への全面的収奪攻撃をかけてくる。下関でも日本工作所、旭洋造船鉄工の倒産など産業構造転換の思い切った「合理化」、首切り攻撃がくる。首切り反対斗争がにっちもさっちもいかんというなかで、これらをはねかえしていく方向で原発反対斗争に勝利の展望を見出したといえる。
 E 1月以来の現地斗争をみると、敵の方は何回かまき返しをやってくるが、そのつどはね返され、回を重ねるごとに反対斗争は力を増していく。平井県知事が1月30日、町に環境調査の協力要請をすると、そのとき急きょ200人が抗議に集まり、2月6日の町長との大衆団交に1600人、3月1日の全員協議会、4月4日の全員協議会へは2000人、2500人と数も増える。もう少しくわしくみると、敵は3月10日「明日の豊北町を考える会」を設立、まきかえしをかけるが、18日に有福の出身地の粟野で招集しても九人足らずしか集まらず、すぐに暴露される。大衆の方は2月15日に角島で「漁民の会」が結成され、矢玉の農村部でも原発反対決議がつぎつぎとあげられ、力を蓄積していく。敵は3月25日に佃につめ腹を切らせ強引に町長選挙にもっていく。
 4月に「考える会」が無料で原発視察と称する買収旅行をやり、下旬には安部、田中、林ら自民党国会議員が町民に原発強要の手紙を送りつける。警察も暗やくし反対派の動きをスパイする。町長選挙は5月7日告示で14日投票だったが、矢玉漁協の婦人が2日から口火を切って農村部の山側工作に入る。「角島漁民の会」、島戸の「住民と子孫を守る会」、江尻の「浜友会」「青友会」がつづき、13日頃になると九漁村部落がからっぽになるぐらい全住民が津波のように山側に入る。推進派はこの間、自民党県連がのりこみ、「豊栄会」を名のって、アルバイト学生をやとってビラをまかせる。5月12、13日には林義郎、田中龍夫が現地に入り、つるしあげられさんざんな目にあう。住民の斗争意欲がますます燃えあがって、町長選挙戦の圧倒的勝利の力になる。農村部でも金にかわれた外人部隊の評判はきわめて悪かった。
 B この間全国の動きとしての特徴はどこでも敵のまき返しが露骨になってきていることだ。敵は相当なデタラメ、無茶をゴリ押ししてくる。しかし反対運動は尖鋭化するが、少数の孤立した形にさせられることが多い。これと対照的に山口県では、平井が「全国でできて山口県にできないはずがない」となげかざるを得ないほど、原発反対世論は圧倒的な広がりをもって発展してきた。山口県の運動は、外へ外へ、現地から全県、全国へ、漁民の経済的要求から独占資本、政府の人民収奪政策反対の斗争へと労働者、全勤労県民をまき込んでいく。なぜ山口県で突破しているのか、重要なところだ。
路線問題として
 司
会 全国的にある原発反対斗争の路線問題としてはどうか。
 C 全国の反響からみると、豊北町長選の勝利にすごくわきたっている。福井県の小浜の周辺は原発銀座といわれる地帯だが、ここでは市長が拒否している。最初は被爆者の掘り起こしから運動がはじまった。放射能被害のむごさというところで、被団協運動に青年運動が結びついてきた。それが学習するなかで、政治的経済的背景の方へ意識が向きはじめたところへ、豊北原発斗争の勝利が伝わり、ここに本物があるということになった。いままで福井県では、現地と全県、労働者と農漁民、全県と全国という形の発展がない。分断されている。地区労が活発にやる時は住民が動かない。住民がふく時は労働者がじっとしている。だが、豊北原発は全体がひとつになっていく。イデオロギー部隊がすごい。まず新聞。映画もつくっている。教育戦線もいく。イデオロギー部隊が先行し、労働者がいき現地がいき、全県がいく。とにかく総合的な運動をつくりだしている。そうなればよいのはわかるが、なぜそうなるのかわからん。そこを教えてくれという。
 石川県の七尾火電で14名の労働者の逮捕者をだしながらたたかっている全港湾の活動家の反応もまったく同じ。どうしても県労評が、支援するという応援団から脱却できない。これが歯がゆくてしようがないという。しかし、そのかれ自身も展望を持てず、どうしても少数の尖鋭的運動、三里塚型の斗争にならざるを得ないということで、悲愴感になる。絶対勝てるという確信がない。
 伊方原発の場合でも、現地で尖鋭な斗争をずっとやって負け、合法斗争、法廷斗争に移る。科学者が総力をあげ、全世界の科学的成果をつぎ込んで斗争する。法廷では絶対勝ったというように思っていたが、判決ではみごと惨敗した。
 一方、政府が重要電源に指定し「国策」といって全力をあげてぶつけてきた豊北町の選挙では、もののみごとにひっくり返した。ここの路線上の相違点、対比を掘り下げてみるのは重要だ。
 F 昨年の10月の東京集会などでも、市民団体が集まり環境汚染を問題にしている。現地の農漁民が斗争しているのに、電力を一番使う都市の住民が何もしなかったら申し訳ない。自分達もなにかしなければというものだ、商業新聞が原発推進の記事を載せると抗議したり、ウラン燃料輸送に抗議するという程度だ。
 C 核絶対否定の立場が強い。都市対農村という矛盾関係で、都市に住んでいる科学者が加害者の立場に立って罪亡ぼしの観点で取り組んでいる。
 F 小市民運動のなかには、現地の農民がつくる米には放射能がふくまれているから都市で不買運動をやろう、そうすれば現地も目覚めるのではないかという見方がある。
 A 良心の証として取り組む。結局のところ勝つ気がない。果てしなく永遠に抵抗するだけというスタイルになる。しいたげられた弱い小市民が、強いとても勝てない敵に良心の証として抵抗するというひ弱いものではダメだ。
 C 科学者の場合、理想主義的ではあるが、原発反対運動が日本の運命を変える運動だと感覚的につかんでいる、原発問題は、日本の石油多消費型経済のあり方、もちろん政治のあり方を根本的に変えることなしには解決しないし、原発反対斗争が必然的に社会、政治全体を変えていく斗争であることは認識している。しかし、観念的であるため、中味は加害者・被害者であったり、放射能問題での科学的立証にとどまり、あるいは少数精鋭のゲバ的な抵抗に終ったり、また議会主義や法廷斗争に埋没したり、いろいろとブレる。これを突破する展望がどうしても開かれずに、苦しむ。豊北原発の勝利は、これに全国的にこたえるひとつののろしとしてあった。かれらも、豊北の勝利を喜び、感動もしているが、なぜそうなるかは依然としてつかめない。
 A そこにある重要な問題は、だれがすすめる原発をだれが阻止するのか、という問題だと思う。原子力発電所そのものが敵ではなく、それをだれが何の目的でつくるのかということが問題だ。ところが、労働者は中産階級化してダメ、漁民もすぐ買収されるとみる。結局だれもおらんようになり、自分だけしか信用できない。
 C たしかに大衆べっ視がある。漁民がダメだといってみたり、ショック療法で目覚めさせようとする。漁民がダメなのではなくて、漁協の上層幹部のような寄生的なものがダメなわけだ。労働運動もダメなのではなくて、労働貴族がダメなわけだ。
 B 科学者の話があったが、一応原発反対をかかげる労働組合の上層幹部も漁民不信だ。漁民のなかにも矛盾があるのをみないで、漁民を表面的に保守としかみない。いよいよ程度が悪い。自分らは何もやらせんくせして、漁民はいつ裏切るかわからんという。  
 C この間、現地に入って日本は変わると思った。たとえば去年、秋の角島地区民大会、鮮やかな印象として残るが、はじめは角島出身の町議が原発条例に賛成し、角島の漁民が矢玉の漁民から「自分のところの町議の世話ぐらい自分のところでなんとかしろ」と大皮肉をいわれ、侮辱を感じ奮起した。角島意識というか、事実古い生産共同体意識が濃厚にある。だが、だれがこんな危険な原発を押しつけてくるかという面から考えると、明らかに大企業だ、シーモールと同じだというふうになる。200カイリも大洋など大手がやってくる。FRPの造船も大手のヤマハみたいなものが乗り込んできて、中小零細がみなつぶれる。これは大きなものが小さなものをつぶしていくと認識する。そうして、下からグングン押し上げているうちに、あれよあれよという間に漁協のペースをつき破って、既成の組織権威をぶち破って、下部の青壮年部という生産力を代表する漁民が指導権を握り、全地区民集会を実現させていく。そこでは、有福県議から佃町長もひっくるめて、町の最高権威をこてんぱんに叩き落していく。古い形態のなかから急速に新しい意識が目覚め、新しい意識に照応して新しい形態が生みだされていく。こうした循環が町長選挙までくる。たとえば買収封じのパトロールなども安部晋太郎の選挙などで経験している。ところが、中味が全然ちがう。形は古い保守選挙、ボス選挙のようにみえるが、実態はま新しい。漁民が大挙農村部に宣伝に入った。海山の大交流というのは、まさに人民戦争だ。
 A 町長選挙というような、敵の支配でがんじがらめにしばられた、もともと敵の支配の道具であるものが、人民大衆が自らの運命を握ってあれほど決起したら、敵をやっつける道具にかわってしまう。人人の意識、社会の進歩というものが、古いものと新しいもの、表面的なものと本質的なもの、人民的なものとそうでないもの、というようにものの見事な矛盾運動として発展していく。
 E 現地漁民もたたかってみて自分たちの意識をこえて思わぬ成果をあげたという感じだ。2・6の時もあそこまで町長を追いつめ、声明をださせることができるとは考えぬ間に、つき破っていった。町長選挙もあれだけの大差で勝つと思わぬ間に大団結が固まり、自分たち個個人の意識を越えて予想以上の大きな成果をあげ、感動している。
 A 敵の側も考えられるすべてを動員し総力をあげてやってきたが、一発で打ち破られてきた。
 今度の斗争は、労働者はじめ漁民やら農民やら勤労人民が本当に力をもっているということを立証したことが、なんといっても一番痛快だ。
 D 去年の7月に分析したが漁民が大資本、政府、県、地元のボスらがやる原発に反対する要素は一体何かということだ。ひとつの問題としては、たしかに、漁場がなくなるという経済的問題がある。これにたいして経済問題だけからいくなら、向こうは当面する経済給付はだすといっているから結局のところ負ける。それにもかかわらず反対するには、漁民の中に歴史的に支配階級にやられてきた蓄積が存在しており、その歴史的怒りが、当面の経済的問題のところで斗争の形態をとってあらわれている。だから根底にある歴史的な怒りを意識的なものにすれば、政治的な高いものに発展していくと論議した。今までの新幹線問題などをみてもそうだが、親代代の土地を守る、海を守るというだけではダメだ。事実はそのように進行してきている。
 先に出されたように、現地はまったく古い習慣のなかにある。選挙といえば、自民党以外に投票したことがないものがたくさんいる。あるルールがあって、もし抵抗すれば、それこそみんなからやられるような仕組みになっている。古い風俗・習慣から政治、上部構造の面、イデオロギーの面ではものすごく古い状況のなかに置かれている。しかし今度のように、基本的な矛盾関係を発揚していけば、短時日のうちにそれらを突き破っていく。この教訓は大きい。漁民はダメだとかなんとかいうのは、基本的な敵との矛盾関係をみない、あるいは表面的にしかものごとをみない傾向が中心になっている。形からだけみたら斗争にならない。
 A 北浦の漁民は、明治の昔から大洋漁業などの独占資本や政府によってだまされつづけ、漁業を破壊されてきた歴史をもっている。その結果沿岸漁業では食っていけずに、大洋の漁船員になったり、商船にのったり、都市の労働者になったりして若い者が出ていく。そうするとさらに沿岸漁業はさびれていく、という歴史だ。彼らが苦労話として出すのが戦争だ。中国の戦場に船ごととられてさんざんな苦労をしている。いま原発に反対するという場合、単に漁場を守るというだけでなく、大きな企業や政府に今までさんざんやられてきたが、今度は中電の原発で漁場の根こそぎ破壊による沿岸漁業の根だやしか、という意識が共通して流れている。漁民の中には、政府や独占資本にたいする積年の怒りが蓄積している。まさに原発という死活をかけた中電や県との斗争の中で、古い欺瞞のベールをどんどん突き破って、そういう根本的な意識をどんどん前面に出してきた。
 E 矢玉のじいさんは30年前一貫して自民党に入れてきたが、今度はじめてやめたといっていた。
 C そのような変化だということが力強い。
 A 現地で生まれてはじめて目覚めたといっている。やっと世の中が見えるようになったという。
 C 一口でいえば革命だ。
 E いままでこれだけ長い間だまされつづけてきた、ということにまた腹をたてている。
 D せっかちに抽象的な政治問題をもち込んでも、全然受け入れられない。物質的に存在する具体的な矛盾関係を発揚すれば決起する。
 C 原発の四つの柱という問題があったが、第一がエネルギー政策、とどのつまりが産業構造転換政策。これは結論。これだけを何百万遍くり返してもだれも動かない。大衆の意識を抜きに飛び越したり、追随したりしたら現地にとって何の役にも立たない。これは宣伝・扇動の立場、観点、方法の問題だろう。斗争はやはり具体的なところからいかなければならない。
 A 漁民ははじめ、原発に反対するのは自分たちだけだと思っていた。9月ごろそれが全人民的に反対すべきものだ、と書いた本紙をもって入ると、すごい関心を示して説明してくれとくいさがってきた。だが彼らを本当にそうだと確信させるには、現地以外のところで人民が実際に自らの問題としてたたかうことだ。われわれは、そのことにもっとも力を注いだわけだが事実、電産スト、11月26日の原発建設阻止下関共斗会議の結成は、現地ですごい反響だった。その後の山口市職労のストをはじめ全県の労働者のたたかいの発展という現実が、漁民を政治的に高める大きな要因となっている。全県の運動の発展という事実が現地の斗争に激励を与え、町長選にみたような思い切った決起を励ましていく決定的な要素となっていく。いかに代議士がきて「国策」とおどしても通用しない形になった。

 
自らの持場で共通の敵と斗争
 司会 もうひとつ労働者との結びつきはどうか。
 B 先日の座談会で自治労の池田氏が第一声、勝てるものがあったと感動を語っている。この数年間、クソーと思いながら勝った経験がなかったが、はじめて勝てたという印象だ。これが大きい。読者の反響も人民が団結すれば勝てる、決起した人民は無敵という感動がすごくある。
A 負ける斗争しかしたことがない。まさか勝つ斗争があったのかということだろう。
C 労働者の大部分は、「国民春斗」がいかにインチキか肝に銘じていた。原発斗争に参加して、これが本物の「国民春斗」だという。労働者が全人民の要望、願望、根本的利益を担って、先頭切って生産点から立ち上がる。この幸福感、これがあると思う。 
A 山口市職労の労働者は、賃金を余計もらうか、もらわんかじゃないとはっきりいう。人間はいくら金持ちでも貧乏人でも、死んで焼かれるときはみな同じ、焼き代は1300円、重油ぶっかけられ1時間15分で灰になる。それならどう生きるか、といっている。
 D 電産、山口市職労もそうだろうが、最初の原発反対ストを打つという時、やる前とやったあととは違う。
 A 電産の労働者の10・26反原発ストも、やったあとの反響の方が全県、全国からものすごいと驚いている。山口市職労の1・27ストも、「合理化」攻撃をかけられて、ギリギリのところに立たされ間一髪で打ったという。ギリギリに立ってやったら、効果がものすごい。今度の選挙結果も、現地に『長周新聞』が全県の反響を知らせたらもうひとまわりわきあがる。
 C ところで、県労評の幹部の反動ぶりは目をおおう。伊方へのウラン燃料輸送阻止斗争前に、幹部が三菱原子力燃料の幹部と一杯飲み、商業新聞にスッパ抜かれる。全県で豊北原発反対斗争が高揚し、伊方裁判の直前、県労は徳山で燃料輸送反対の早朝集会を開いたが、トラックの通る一時間前に解散させてしまう。結局、怒りをそらし道を開け、堂堂と運ばせる。敵は県労評議長の所属する全日通の組合が原発反対といいながらウラン燃料運ばせろと要求している、という暴露ビラを豊北町現地に入れる。
 A 昨年秋には14万人署名を打ち上げるがそれまでで、電産スト、県共斗の発展と、県労の路線をこえて運動が進むと、いつの間にかうやむやになってしまう。県労スタイルはふりかえってみると、声明と学習だけ、現地支援の「応援団」でアリバイ的な交流を何回かやっただけだ。
 C 新共映社が広島の労働組合に豊北原発斗争の記録映画『神田岬』の上映をもちかけたところ、山口県のやることには賛成できんといわれ、なぜかと問うたら、県労評の幹部が三菱原子力燃料の幹部と一杯飲むようなところと一緒にできるかといわれたという。事情を説明したら「よしやろう」ということになった。山口県労評幹部の裏切りは、他県にもなりひびいている。
 B 上の裏切りを突き破って下はすすんでいる。山口県の労働者は、原発は安全でも反対かと聞かれると安全でも反対とはっきりいう。山口市職労の執行委員会なんかでも、独占資本の儲けだけのためにやるから反対だ、われわれがやるならいいという結論が、大衆討議のなかからでてくるという。自分たちがやるならよいというのは、これこそ社会主義の展望だととらえている。
 A 「日共」修正主義も策動する余地がなかった。かれらの御用学者をよんできて、県議会では原発推進を説き、現地では反対といい、すぐ見破られる。県労評大会でも、原発は安全でも反対か、科学の進歩に反対するのかとか、原発反対論にばかりかみつき、電産などからこっぴどく叩かれる。現地でも商業新聞に持ち上げられ、原発条例廃止請求の署名にすべてをまきこみ、議会主義にねじ曲げようとするが、議会では数分間でチョン。
 D 労働者と現地の結合の問題としては、共通の基本的政治的スローガンのもとに団結していくという路線が一番重要だ。初期の場合には、漁民のなかに、労働者とか他の団体に利用されてはいかんという影響が存在する。こういうものがすごく作用している時期に共斗、共斗とよびかけていってもうまくいかない。一番大切なのは共通する政治スローガンでそれぞれの階級が持ち場でたたかうということだ。そのことを通じて、現地からも県集会に参加してくることになるし、相互の信頼関係もできあがってくる。労働者階級が諸階級諸階層を指導する場合、この教訓は大きい。
 A おしきせがましい団結でなくて、それぞれが自分自身の課題として自分の持場でたたかう。それが結びつく形での団結というのは、本物だし、強力だ。それが事実として実現したというのは、県労のそうでない路線を実践的にうち破ったことでもある。
 下関共斗会議の結成はひとつの大転換だった。これができて全県にも、12・11県集会から県共斗の結成へ一気に結びついた。ここから、敵が当初配置した人民運動をねじまげるためのインチキな手口が機能しなくなった。そこから、いよいよこれはもういかんということで今年初めの平井知事談話になる。県民の合意をえて、などとはいっておれなくなる。県が正面切って「国策」をかかげて攻撃してくるが、現地と全県の労働者を結ぶ、基本的な斗争態勢はできており、人民の力は一気に大きくなっていく。
 C よくみると攻防がある。敵は1月末に重要電源に指定し、国が正面にでてくる。1・27スト、2・6行動、2・12集会で反撃。伊方原発反動判決でワーッと押してくるところへ、豊北町長選挙の勝利でおし返す。敵が総力をあげてきた時にそれを上回る力量で圧倒してきた。
 E 2・6行動は新鮮だった。敵の側は昨年末から今年初め、全国的にも原発推進でやりまくり、労働者には首切り攻撃で勢いにのって襲いかかってくる。そんななかで、1月30日の県の正式申し入れをボカーンとはね返す。敵も予測をこえた事態に呆然としていた。ここですでに負けているわけだが、もう一押しと佃町長の首を切ってくるが、より大きな力でまたやられる。
 B 敵はもてるすべての力を注ぎ込んだあげく、大敗北をきっした。佃につめ腹切らせたり、自民党県連の5人の幹部が辞表出してみたりさんざんだが、今度つめ腹切るとしたら、松永副知事や平井知事、有福、安部晋太郎らが切るしかない。現地でも全県でも、県政が責任取れという追及の声が強い。
 E 選挙後、現地はホッとしたムードがある。一定うぬぼれもある。漁協の上の方からは一休みという雰囲気で流していく。
 C 今度の町長選挙は勝利でも敗北でもないというのではなくて偉大な勝利だということをはっきりしておかなければならない。そうでないと、勝ってもどうせ保守じゃないかという風になって、人民の勝利も否定してしまう。この成果をどうひきつづき発展させていくか強調しつつ、真の敵は何かをさらに鮮明にする。そしてこれを打ち破る路線を鮮明にすることが大切だ。すぐに先にまわって、たしかに勝った、しかし勝ったがあとが大変だ、と説教をはじめるヘキがあるから気をつけなければならない。
 A 人民の側は大勝利した。だがこれで終ったというわけではないということだ。大衆のところは一皮むけて大変化だ。やはり支配の権威が失墜して、ひっくりかえってしまった。代議士がバカどもといわれ後援会も解散、町会議員もバカと、一切合財そうなっている。警察も推進派の手先で動くし、商業新聞もウソばかり書く、県の態度はなにか!という具合だ。単純に悪いというだけではなく、つまらん奴だ、こっちの方が力があり、えらいんだという意識がでている。
 C 現地のこの1年の変化は戦後30年のすべての矛盾関係を大きく転倒した。自民党支持基盤であったものが反自民というようになったようだが、勢力関係、力関係は自民党の支配下にあったが、もともと矛盾関係があった。
 A 有福の権威失墜が象徴的だ。そもそもオヤジが戦中に紙の統制中、権力にとり入って印刷所で儲けたあとをついだもの。町議もオヤジのあとをつぎ二期目に議長をやり、県議に転出して三期。ほとんど無投票ばかりでトントン拍子できた。しかしこの激動情勢で今やすっかり落ち目になってしまった。
 B 田中龍夫もあれほど恥をかき、痛い目にあったのははじめてだろう。敵の側は今年、「国策」で真正面からぶつかってきたが、これに勝ったからなお効果が大きい。あらゆる国のすすめるものに反対しなければならんし、たたかえば勝てるという経験を積んだ。
 A 現地でも「国策」にろくなものはない、「国策」にいいものがあればあげてみろといっている。減反はどうかとなり減反をたたかおうという意見が吹きあがる。漁民が漁場取られるのも、百姓が田を取られるのも一緒だ、減反も一緒だからやらなければいかんという。
 C 「米は日本のおふくろだ、魚は郷土の母親だ」これに「原発絶対反対」が、角島「漁民の会」の スローガン。基本的には正しい観点がある。共通の敵にたいして民族、人民の精神を守れというものだ。滝部の農民が選挙の時漁民を案内しながらつくづく思ったという。「漁民がうらやましい、あんなに団結して、奪われようとする海を守っている。百姓はなかなか団結できない」と。しかし、「どの百姓のなかにも怒りはノドまできている。もう一歩でがまんできないという限界点に着着と近づきつつある。まあみてごらん。今年は減反初年度。来年、さ来年ぐらいになればがまんできなくなる。その時は漁民に応援をたのんで一緒にたたかうときが必ずくる」といっている。
 F 矢玉婦人部などは選挙のお礼に近いうちに農村部へ行くというが、たんにお礼だけでなく選挙で発揮した共通の敵にたいする団結を深めるという意識性がある。
 E 「国策」では戦争の例をだすものも多い、「お国のため」といわれ、ひどい目にあった体験がある。遺族会出身の推進派議員が、「お国のためといって、再びどうするつもりか」とつるし上げをくった。
 D はじめのうち、まだ町内で推進派と反対派がどうだこうだとやっている間はよいが、相手が中電だけでなしに、県なり国が前面にのりだしてくるとどうなるかという問題があった。だが、みごと打ち破った。でてくる奴、でてくる奴、みな反対し、とうとう「国策」でくるがこれも粉砕してしまう。認識としては相当高いところまできている。
 A 経済主義はきれいに吹っ飛んでしまった。勝ったところで一文の得にもならない。むしろ漁止めの連続で赤字なわけだ。ゼニ、カネよりも敵をやっつけること楽しさに味をしめた。現地も全県も。
 C 意識の変化では地域主義が打ち破られた。角島主義、矢玉主義といった対抗意識が強かったが、選挙前の買収封じのパトロールの夜、角島の者が13台の車に分乗して滝部、田耕に入った。トランシーバーで連絡をとりながら、2晩も3晩も目をらんらんと輝かせて。漁と同じだ。イカを取るよりも面白い。メシを食うのも忘れていて、明け方、矢玉を通過する時、「メシを食べていなかったなー」といったら、矢玉の者が婦人部を叩き起こして「メシをたけ!」といって大ガマでたきだし40人分の弁当をつくった。斗争が拡大するなかで団結も拡大する。それに矢玉のある老人が選挙のあと、深深と頭を下げ、共斗会議の宇野議長によろしくと伝えていた。選挙の当夜も電産県支部の山本委員長が矢玉漁協を訪れたら、ちょっと聞いたことのないような熱烈な拍手だった。
 E 角島の青年漁師が、毎日魚ばかり取る仕事はつくづく面白くない、今度生まれてくる時は漁師にならんといって、シケになると、車をブッ飛ばして遊んでばかりいたが、この間の原発斗争が一番面白かった、生きがいを感じたといっている。
 A 町全体の怒りも大きくなった。西長門リゾートホテルの問題もでる。し尿処理場の問題もある。怒りが全面的にふきだしている。
 C し尿処理場は、飲み水にできるようなきれいな処理をやるといっていたがなんでもないこと。においはする、まわりのホーレン草がボコボコ育つ。あれを見たら恐しくて食べられないという。それほど肥料がしみわたっている。川といえば青みどろのネバネバしたものがへりにつく。リゾートホテルでも近くのワカメにホシがつくという。だから国がすすめて誘致するものにろくなものはないという。リゾートホテルの従業員の給料が安いのも有福のせいだといっている。有福が商工会の会長だから。自分のところの従業員を低賃金で働かせるためにも、最低賃金を押えているということだ。有福はとにかく倒さなければいかんといわれている。
 
大衆の革命化と階級的労働運動
 司会 労働運動の面ではどうか。今年の「春斗」で山口県ではまったく新しい要素が生まれている。
 A 1月27日の山口市職労のスト、中電の電産処分に対する一連の斗争、県共斗の5・7集会が象徴的だ。山口県の「春斗」の中では原発反対という全人民的政治スローガンが入ったということだ。看板をかかげたり、ビラをだしたり、とにかく下からものすごい勢いで斗争が広がった。教組なんかも相当動く。
 B 電産も、以前は組織防衛から、一人取るか取られるかという観点が強かったが、今年はあまりこだわらない。全人民的視野に立って敵と対峙しているから余裕がある。楽観的だ。全体としても、いままではこうあるべきだと口でいう段階であったが、いよいよやる段階になったといっている。歴史的使命を担う労働者階級の役割が実感としてつかまれる。
 A 労働者のところの雰囲気がものすごく変化している。長年らいの物とり第一の経済主義的な組合主義的なウロコがはげて、本当の意味で階級的な労働者的思想が発揚される。階級的革命的労働運動の具体的イメージが大部でてきた。原発というような大きな政治課題をかかげて全人民がそれぞれのところから斗争していく。それと山口市職労あたりがはぐるま座の「軌道」をものすごくとりくんだ。結局、政治斗争、経済斗争、イデオロギー斗争がへ理屈いわないで単純明快にひとつに結びつく。要するに敵が攻撃してきているのを、人民がひとつに団結して斗争することだというところで結びつくスタイルだ。階級的観点が鮮明になり、階級斗争の色彩がものすごく鮮明になっている。
 C 山口市職労のたたかいをみると、高い課題をかかげればかかげるほどスト批准も高くなるし、政治斗争も経済斗争も融合している。
 B経済要求をかかげて金をくれと無理にいわないでも、政治課題をかかげて猛然とやれば向こうからだしてくる状況だという。まさに副産物だ。それと電産弾圧反対斗争についても、中電のファッショ的弾圧といって単にひどく怒るだけで反対するのでなく、労働者の階級的位置、資本の位置をはっきりさせた斗争になった。労働者は資本に身も心も売ったわけではない、という形でひじょうに階級的な形になった。だから電産弾圧がきて、電産が屈服しないで戦斗的にたたかったというだけではない、深い影響を全労働者に及ぼしている。
 A 全体として、労働者、勤労人民が社会の主人公であるが、不当にしいたげられているという関係が鮮明になっている。とくに労働者階級の誇り、歴史的使命の自覚が生まれてきている。
 D 去年の後半、原発反対斗争が大きく広がる一方矛盾の激化から敵の犠牲の転嫁を人民にかけてくる。とくに労働者に首切り、配転をもろにかけ、矛盾は爆発点に達する。60年代の「高度成長」のなかで、労働者は政治斗争もいろいろやってきたが、結局企業主義の枠内で敵の許容する範囲だった。それが敵の危機が深まり全面的に犠牲をかけてくると、これは大変だとオタオタする状況が生まれる。大衆はどうしてよいかわからん。これが今年に入り、スーッと破れていく。斗争としては原発斗争と結びついて、電産、山口市職労、自治労、教組などが先進部隊として動いていく。そこには重要な内容がある。
 A 今年1月からの経過をふりかえってみても、全体の運動のテンポがものすごく早い。一切の古いものをもったものは遅れてしまう。敵の側も中枢がオタオタし、商業新聞だろうがみな情勢から遅れてしまう。大衆がどんどん前進し、急速な転換をとげつつある。
 D 大衆のなかの矛盾は転化する。敵がグーッときた時にはある程度押されるが、相当なところまでくると、転化して革命的に斗争するようになる。そこをみれないといけない。豊北町の漁民の斗争もそうだし、「春斗」段階における山口県の労働者の斗争全体にもいえる。ここのところの情勢を明らかにして、斗争の方向をだす。その条件は整っている。
 A 現地でいえば、漁民のところは今の方向でどんどんいく。農民のところは減反問題などで立ち上がる。商店、中小零細企業の独占資本からの抑圧の問題等等、人民の全面的総決起を促す。全県、全国的にも原発反対ラインを広げ、労働者の部隊も階級的労働運動の方向へ組織していく。
 D 方向とすれば、原発なら原発そのものは産業構造転換政策の一環だ。しかし、産業構造転換が労働者にたいし、どのような攻撃となっているか、これが原発とどう結びあっているか明らかにし斗争するのであって、すべての斗争を原発へではない。はじめから明らかにしてきたように、敵と諸階級の基本的な矛盾と対立の関係を大いに発揚していく。原発の面からいえば、それ独自の課題で大いに共斗ができるということを明らかにしていく。労働者の「合理化」なり、農民の減反なり、中小商工業者のなぎ倒しという敵の攻撃との矛盾関係、それを大いに発揚していく。それが原発とどのように結びつき共通しているのかを明らかにしていくことが基本だ。豊北町みたいなところでは、原発をやるかやらんかで諸階級が関係をもっていくが、それでもやはり農民にたいする農業破壊政策、中小零細業者にたいするさまざまな破壊政策を暴露していかねばならない。
 A 各階級の基本問題をどんどん発動していくと、原発に結びついていく。現在の影響の仕方も、原発斗争みたいにたたかえば自分らのたたかいも勝てるというものだ。
 D このことと、それぞれの局面における原発斗争で敵のかけてくる攻撃を暴露し、斗争をどうすすめるかは相互の関係をもっている。
 A 原発斗争は、既成の指導センターがダメでも下からいけることを証明した。職場の斗争委員会工場経営労働者会議がもっと機能しはじめたら、それこそどんなことでもできる。原発斗争だけではなしに、すべての戦線で革命的斗争の火ぶたが切って落とされるといえよう。
 司会 最後に教訓と問題点について。
 D 情勢認識の問題がある。少し遅れるくらいなら追いつけばよいがはなはだしく遅れると敵対するようになる。一つは職場の目前の要求、経済問題にしか大衆が関心をもたないと考える、そのような経済主義の問題があるのではないか、職場・生産点の斗争を発展させるためにも、地域にある全人民共通の政治課題をとりあげてたたかうことが重要だ。
 C 歴史の激動期はいつもそうだが、形からみれば古いが内容がすごく新しい。革命化している。
 D 先進的階級がマルクスやレーニンが歴史的に概括した法則に導かれながら革命をやっていく。しかしその運動というものは、その社会のなかだけにしか生まれない。その社会のなかで生活している一定の先進的な人人に導かれていく。たとえば豊北町でも向こうが議会で攻めるなら議会を逆用していく。それを議会主義といって避けていたら、資本主義のなかから社会主義へいく革命が生まれるはずがない。
 A 議会的、合法的手段、敵の矛盾を相当利用しなければならない。それで議会のインチキを広範に暴露できる。
 D 議会主義的な戦術の問題でいえば、向こうは相当ゴリ押ししてきている。
 2・6声明で佃が拒否をし、4・4全協では推進派議員が逃げて、拒否決議をしても、佃の政治的道義的責任とかなんとかいって首を切り、町長選挙まで強引にもっていく。議会主義的にみてもいかなる口実もなければ根拠もない。実力斗争では人民の方がいつでも強い。その都度やっつける。だが議会的な面での斗争が弱い。2・6行動のような場面でも、目の前は議会的であるが、こちらは大衆的である。この議会的を大衆的との関係でどのように使うかが重要だ。先進的部分は大衆的圧力を議会にどう作用させるかについて意識的でなければならない。議会主義反対といっても、議会的な敵の策動を具体的に暴露することに長じなければならない。
 A そうでなければ天下を取れない。斗争はするが勝てない。結局、主人公になっていない。ワキから批判ばかりするのではなく、全大衆を指導して社会革命をやる立場でなければならない。中電の電産処分についても、被支配階級の立場から一言反対させてもらいますというのではなく、生産は社会的になっているにもかかわらず所有は私的に独占されている、私企業が全大衆にたいして横暴をふるっているという観点から暴露していく。ここに根本矛盾があるといって大衆をふるいたたせていく。
 D 要するに改良主義の残りカスが多い。敵の許容する範囲でやるしかない。修正主義だ。中電が横暴である、けしからんとはいうが、なぜメチャクチャにやれるのかというとこまで突いていかなければならない。私的所有であることと企業の生産の社会制の問題としてとりあげていくと、資本主義の根本に矛盾が向く。いまやあらゆる問題がこのようになっている。ここをいかなければ好むと好まざるとにかかわらず改良主義になる。
 B 大きな大衆斗争をやる場合宣伝部隊の役割が大きいことを実感する。
 D たしかにそうだ。斗争参加者は客観的に正しい全面的な総括ができない制約がある、全体の総和としての敵との矛盾関係をとらえきれない。そこでは、概括し宣伝し方向性を示し、大衆のなかの発展的なものを意識化し、組織化するのが宣伝の役割だ。大衆的な宣伝機関がなければ大きな大衆斗争などできるわけがない。
 A 敵の支配の権威が、経済面でも、政治面でも、思想・イデオロギー面でもガタガタに崩れている。革命情勢と認識するかどうかが決定的だ。
 C 敵の支配階級というものは、よく考えてみると人民の遅れた意識のあらわれであるから、人民が目覚めていくと必然的に崩壊する。豊北町で起こり得ることは全国でも起こることだ。
 D 情勢をやはりマルクス主義で分析するということがないとダメだ。客観的に存在している現象だけをいくら盲目的に忠実に追ってみてもダメだ。そこに作用しているものは歴史的に社会的にみなければならない。現在はどうしてこうなっているのか、20年前と今はどうちがうのか。たとえば教育の問題でみれば、非行は教師が悪いのではないかとか親が子供をあまやかすからだとか、こんなところに入ってしまって敵がいなくなってしまう。結局、ひとつは、社会を、支配階級と被支配階級の矛盾と対立がどう発展していくのかととらえられるかどうか、もうひとつは大衆の革命性を信じることができるかどうかにつきる。
 司会 原発斗争全体でみれば、ひとつの段階を画す勝利を収めた。町議会の決定で合法的には問題は完全解決をみた。だがこれで終わったというわけではない。敵はいっそう決意を固めて狡猾に出てくる。人民の側は、これまで勝利した成果をうち固めて、平井県政、中国電力、政府へ向けて休むことなく斗争を進めなければならない。
 

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