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情勢と大衆世論の大転換反映
『動けば雷電の如く』広島公演
              原爆と重なる維新の真実    2008年12月8日付

 劇団はぐるま座の『動けば雷電の如く―高杉晋作と明治維新革命』は、今年6月の下関公演を皮切りに山口県内公演をへて、全国公演の先駆けとして先月29日に広島公演が行われた。広島公演には750人の観客が詰めかけ、大きな反響を呼び起こしている。本紙では、広島公演の取り組みに入った劇団はぐるま座のメンバーに集まってもらい、公演後の反響の特徴や普及活動の教訓について語り合ってもらった。
 司会 『雷電』広島公演の反響がすごい。被爆地広島ということと、9月以降の金融恐慌の流れの中で大きな情勢と大衆世論の変化が動いていることを反映しているし、そこで『雷電』が激しい共感を呼んでいると思う。まず公演後の反響から出してほしい。
  被爆者、戦争体験者の反応はかなり熱い。地域の老人クラブの人たちを連れてきた被爆婦人は、原爆と戦争展を通じて広島の会に入った人だが「自分の気持ちを口では上手く伝えられないが、劇を見ることでみんな同じ思いでつながった。それがすごくうれしい」と喜んでいた。
 主人が中国戦線の衛生兵で兄は終戦末期に妻子と引き離されてラバウルに連れて行かれ、真っ黒にやせこけて帰ってきた。戦友会に出ても戦争の話は一切しなかったという。「戦後は一転して“自由、自由”となった。私たちも過去のことは忘れようと思って戦後を生きてきたが、自由をはき違えて日本社会はガタガタになった。日本はいまだにアメリカに占領されているし、原爆や戦地で玉砕した人たちの苦労を思えば、黙ってないで真実を語らないといけない。高杉晋作や奇兵隊士のように世のため、人のために先頭に立って働く人が出てこないといけない」と、会の活動にもますます気合いが入ってきたようだ。これから体験を語ってもらいたいという従軍看護婦の人も劇に連れてきていた。
 佐伯区在住の被爆者も、「被爆体験を語っているといえば、広島では“お金をもらっている”などいわれるから、自分は地域ではまだ語っていない」といいながらも、『雷電』の紙芝居をやるために一軒一軒家を回って人を集めてくれた。被爆地の市民がどんな問題を抱えて生きているのか、その活路を切り開くものとして公演が取り組まれていることを肌で感じた。
 老人クラブ連合会では「強き百万の兵といえども恐れず弱き民は1人といえども恐れること」「農事の妨げをしない」「田畑を踏み荒らさない」といった奇兵隊の諭示をあげて、「当時の農民たちは直接には高杉晋作を知らない人が圧倒的だったはずだが、この規則に共鳴して自ら隊列に加わったし、身分を超えて団結できたのだと思う。今もそういう団結を求めている人は多いはずだ」と話していた。

 郵便局や自治体職員も
  郵政関係の団体でも、「郵政民営化で郵便局の公共性はすべてビジネスに取って変えられ国民は困っているのに、政治家はアメリカにべったりで暴走している。こういう時期にこの劇は必要だ」と喜んで役員会で紹介してくれた。観劇後、「今、高杉のような志ある政治家はいないし、志をもっている人人もバラバラにされている。劇を通じてそれが1つになっていく機会をつくることは大事だ」と、今まさに『雷電』のような運動を求めていた。特定郵便局の人たちも何人も見に来てくれて、舞台美術も含めてすごく感動し「また周りに声をかけるので、周辺でやるときはぜひ知らせてくれ」といっていた。
 町内中にポスターを貼ってくれた町内会長からは、「小泉から始まった改革のツケはすべて国民に回ってきている。マツダの大量首切りでも、大企業は自分だけかわいいから労働者を殺しても平気という時代になっている。どれだけの人がまともに年を越せるかという状態だ。だれかがこういう演劇をしてくれないと、今の世の中を変えられない。平成維新のためにがんばってくれ!」と激励を受けた。
 県や市の職員組合の人たちも衝撃的だ。「社会を良くするためには自らが動かないといけない」「時流に流されるのではなく、まず自らが変わることで周りを変えることができる」という感想や、「町職時代は地域に出ていっていたが、合併して広域になっているので地域との結びつきがない。この劇を見て今からは地域と一緒にできればと思っている。楽しくさえあればいいという風潮に流れていくのではなく、社会的な問題を真剣に語り合える場をつくっていきたい」と真剣に語っていた。
  市内の約6校から高校生が集団で見に来た。女子高生が「学校では明治維新はさらっと通すだけで教えられていない。こういう歴史こそ教えられるべきだ」と語っていた。生き方として響いている。広島では日本史を専攻していても明治維新はろくに教えられていないという状況で、どこの学校を回っても桜山招魂場や奇兵隊の存在に驚き、同世代の若者が団結して命がけで新しい時代をつくったという事実を衝撃的に受けとめていた。「世のため、人のために」「一致団結」というのが高校生たちにとってもすごく新鮮だった。

 学校現場でも深い感動
  「明治維新以後の歴史について教えられないのは、どう教えるべきかという指針が定まっていないからだ」と退職校長がいっていた。とくに広島では、「吉田松陰、高杉晋作といえば天皇中心の国家をつくった軍国主義者」「皇国史観につながる」という意見が強く、学校現場では触れてこなかった経緯がある。「現在必要なものがたくさん詰まっているのに、教えられていない」といっていた。
  中国5県の教組女性部の集会で『雷電』の紙芝居をした。広島の先生が「明治維新といえば、その後の絶対主義天皇制につながって侵略戦争までいった発端になったというのが強烈にあったが、この劇を見て明治維新の全貌を学び直さないといけない」と感想を語っていた。それだけ広島の教育界では明治維新について、アメリカ型のねじ曲がった評価が歴史的に浸透していた。それは、戦後広まった「兵隊は戦争加害者だ」「被害だけでなく、加害の歴史を教えるべきだ」といって戦争体験者を抑圧してきた加害者論ともつながっている。
  市民の中では「なんで明治維新なのか」という意見はまったくなかった。広告を出してくれた鞄屋さんでも、「この時代にこういう芝居をやる人たちがいるのはすごくうれしい」といい、高校生たちの反応を見てすごく喜んでいた。「こういう歴史を教えないといけないのに上のものはなにもしない。お互い頑張ろうな」と励まされた。1人だけ「明治維新はのちの軍国主義社会につながっているのに、原爆展をやっている人たちがなぜこれをやるのか」という意見を投げかけてきた人がいた。明治以後に裏切った元勲たちと、本当に明治維新の原動力となった奇兵隊のことを伝えると「そういうことなら今こそ伝えないといけない。ぜひ見に行きたい」となった。
  子ども会の母親も、「こういう誇るべき歴史が教えられていないから子どもたちも歴史を学ぶこと自体を敬遠している。みなが一致団結して世の中を変えたという歴史は子どもたちにとってすごく力になる」といって協力してくれ、子どもたちのアンケートを見て喜んでいた。
  広島公演を見た呉の戦地体験者は、「今は愛国心が違う方向に使われているが、本当に国のために生きるとはどういうことかこの劇を通じて教えないといけない。呉では広島以上の反響が出るのではないか」と意欲を燃やしている。
 編集部 広島だけに反応は鋭いものがある。原爆評価と同じように、明治維新評価にもアメリカの影響が強い。そこを正面から人民史観の演劇を持ち込んで突破したのだから市民は大喜びしている。原爆展の賛同者のところがもっとも反応が激しかったように、原爆問題と明治維新はつながっているということだ。
  原爆展の賛同者に台本を送って訪問して回った。賛同者のところでは台本を良く読んでいて、電話をしても、ほとんどの人が「券を送ってくれ」といっていた。戦争体験者の反応はとくに激しくて、「命がけでたたかって帰ってきたら戦争加害者といわれてきた。命を捨てても国のために頑張るという人間を育てないといけない」「意識革命だ」という。
  終演後の見送りに出ても、あそこまで熱いのは見たことがない。手を握って離さないお年寄りや、「今日が功山寺決起ですね!」といって力一杯手を握ってくる会社員もいた。
  見ている客席の雰囲気も真剣勝負だった。ワーッと沸くというよりも緊張感があり、観客の切実感が伝わってきた。萩脱出場面から功山寺決起の場面にかけて盛り上がり、幕が下りた後の拍手はカーテンコールになっても鳴りやまなかった。  
  広島の会の被爆者たちにとっても、ただ昔を回顧するという話ではなく、現代をどう変えるかというところで、「広島の人たちが戦後60年間黙って耐えてきたことを、芝居で描いてもらった」という支持が大きい。峠三吉のパネルと重なっているし、インチキ人権主義とは違う質という全市民的な共感がある。だから広島の会や原爆展賛同者、それに連なる市民が大共感している。

 全市民的な運動に マツダの首切りも話題・要求横につなぎ
 司会 運動の経過としての教訓はどうか。
  取り組みの経過としては、初めに下関の初演を見に来た広島の会の被爆者、労働者、学生に推薦文を書いてもらった。日本の現状を幕末と重ねて、現代の世直しを求めて立ち上がることを呼びかける内容で、市民からすごい共感を集めた。8年間の原爆展運動を支えてきた市内の賛同者400人に会いながら、実行委員会を組織していった。
 大型店の乱立でなぎ倒されている商店をはじめ、自治会、老人クラブ、学校、郵政関係など各界各層に入って、この『雷電』の内容を届けていく過程で現代との響き合いが分かってきたし、広島の人たちの思いが次第につかめてきた。
  宣伝ではポスターを市内に2000枚貼り、約11万枚のチラシを配布。券を預かってくれた配券先は約400口になりそれぞれが真剣に周りの人に呼びかけてくれた。各区の老人クラブ、デイサービス、文化団体、福祉作業所、自治会集会所、寺などで紙芝居を上演して劇の内容を伝え、ライオンズクラブや区民祭りなどでPRした。それがすごく喜ばれ、ライオンズクラブなどではポスター貼りを協力してくれた店主などが「うちもチケットを預かっているぞ」と声をかけてくるなど話題が横につながり始めた。
  初めにいた家具屋が倒産して、次にいた塗装屋も倒産し、今は福祉作業所で働いているという父親が、「働くものが生きていける社会にしないといけない。奇兵隊のように団結すれば変えていけるのではないか」と切実な思いを語っていた。マツダのディーラーの下請だった町内会長は、「マツダの首切りもアメリカが牛耳っていることが問題だ。原爆の瓦礫の中から立て直してきた根性を持てば、ここまで壊された日本も変えることができる」といって協力を申し出た。それらの市民の声をニュースにして伝えていくことで、実行委員会も団結が深まった。ニュースをもって回ると「奇兵隊のような団結で、働くものが食べていける世の中をつくろう」というスローガンにすごく反応が返ってきた。
  広島県は名古屋についで非正規雇用の派遣社員の割合が多く、10月以降に首を切られる人は1600人で中国地方ではトップだ。どの業種でもマツダの余波を受けているし、他人事ではないと誰もが感じていた。オルグの側もただ芝居の宣伝だけではなく、現代の問題との結びつきを意識的につかんでいった。
  チケットを預かってくれた美容師さんは、「マツダが首切りを始めたら、下請だけでなく納入業者や出入りの企業でも首切りが出てくる。主人が流川で板前をしているが忘年会のキャンセルがどんどん入っているので首になるかもしれない」と大話題になっていた。
  中電や広銀もマツダ株を買わされているし、建設業でも不動産大手のアーバンコーポレーションがつぶれて、建設資金が入ってこないツケはすべて地元の下請業者がかぶっているという話だった。大手ほど懐を外資に握られているから情け容赦ない切り捨てがやられている。

 語られる生産者の誇り
  中小企業の経営者も従業員や親戚を連れてきた。「ものづくりを何十年もやってきたが、企業としての生命は商品に対する信頼だ。上のものが必要以上に儲けようとしたり、従業員を粗末に扱っていたらいい製品がつくれないのは当たり前だ。大きな会社ほど目先の利益のために商品を偽装したり、労働者を派遣にしたり、転倒したことをやっている。こんなことをやるから日本の経済は傾いているんだ」と話し、『雷電』では民百姓を歴史の主人公に描いていることに感動していた。
  最後の1週間では「下関の知人から紹介を受けたから行きます」という人や、ポスターや宣伝カーを見たという人から事務所にどんどん電話がかかってきた。プレイガイドも100枚売れているなど私たちの知らないところで市民や広島の会の人が動いている様子が伝わってきた。これまで経験したことのない動きだった。呉の人も実行委員になって親戚を連れてきたり、世羅町、三和町、三次市などからも券を買って見に来るなど、数的にも内容的にも、はぐるま座の広島公演では歴史上かつてない規模の公演になった。
  これまでの広島の公演では、あれだけの小売店など対象にもしなかった。いつも労働組合などばかり行っていたが、今度は市民の側に行った。
  これまでと比べたら対象も違えば質も全然違う。毎年8月にやっていた『夏の約束』公演も、2年もやるとオルグに回るのが苦痛になっていた。
  劇団員の知り合いの鉄鋼企業の労働者が下請の人たちに呼びかけてたくさん見に来た。低賃金と首切りという状態にある労働者がここに展望を感じていた。一致団結で世の中変えるという内容にすごく響いていた。まさに、劇中の「働くものが食えない世の中があるか!」という感じだ。
  剣道道場の保護者の中でも反響が広がって小学生券がすごく売れていた。親たちが子どもを連れて来た。

 現代に展望を示す 独立・世直しがテーマ
 編集部 『雷電』はまさに現代的なテーマだということを証明している。現在のこの社会への展望は誰も持っていない。そこに、明治維新では百姓や町人が主人公になり、高杉たちが指導して勝利した。現代でもこのようにやれば時代を変えることができるという展望を示した。現代の人民のイデオロギーを発揚している。広島では、そのことに年寄りも、現役労働者、若者もすごく共感した。
  こちらの側も大衆の中に持ち込む中ですごく確信になったし、怖いものはなくなる。作品の内容を真正面から持ち込んだら、独立と世直しのテーマが大歓迎された。山口県内の公演では、こちらの側に「ゆかりの地」だけに縮めていくような流れもあったが、現代をどうするかで独立と世直しがガンガン響いていく。それと劇中にあるように「明治維新革命を成し遂げたのは奇兵隊士の戦斗意欲が高いことと、領民とともに戦ったことにある」ということ。これを実践するかどうかだと思った。
 編集部 明治維新をめぐっては、伊藤博文や山県有朋といった明治の元勲を主役に持ち上げる反動派の流れがある。さらに近年ではNHKが新撰組や篤姫など徳川側から描いたり、近代化はペリーの来航から、徳川幕府が始めたなどといって、明治維新をねじ曲げるアメリカ型史観がある。「明治維新を持ち上げるのは皇国史観だ」と騒ぐアメリカ民主主義賛美、インチキな人権派の流れがある。明治維新の史学会はその流れに迎合している。そんな反動的な明治維新観と断固として一線を画して、確固として人民史観を勝利させること、確固として人民大衆の側で行くという性根を据えたら大成功するということだ。
  郷土史を研究しているある退職教師は、歴史学者の井上清からも直接学んだ人だが、劇を見た夜は熱いものが込み上げてきて寝れなかったといっていた。「広島の幕末を分かろうと思ったら山口が分からないといけない。今までいろんなものを読んできたが、ああいう描き方をするのがすごい」といって数日たっても感動が冷めやらないという様子だった。
 編集部 あの中に描かれた明治維新は、最先端の明治維新評価だと思う。初めから山口県民の実際経験を基盤にしてつくっているし、この半年間の山口県内公演で見た人たちが「これこそが先祖たちが体験した明治維新だ」とみんないっている。山口県民の中で実証された芝居だ。それはさまざまな反動的、ないしは進歩面したイカサマ維新観などに顔色をうかがうようなものではない。山口県で認められないような明治維新観は話にならないが、下関、山口県で大成功し、それが広島でも激しく認められたということだ。
  山口県内の「ゆかりの地」も維新革命の全体像との関係、さらに現代にとって重要という関係で、その地域の誇りがよみがえっている。こちらの側のなかに、「ゆかり」でしか支持されないと思っている部分があるが、実際には大衆は明治維新で革命をやったことが誇りだし、先祖が武器を持って命がけで戦ったことが誇りになっている。現代社会を良くしたいという思いから「ゆかり」の誇りがよみがえっている。

 大衆の反応学び確信に
  広島公演で問われたことで、作品への確信の問題がある。初めは、腰が引けたところがあったが、やはり正面から大衆の中に『雷電』を持ち込んで、全市民を対象にした運動にしていくという意識性を持って入っていった。そして大衆自身の中にもともと存在している要求と結びついた。作品への確信といっても観念的な思い込みではなく、大衆から返ってくる反応が自分たちの確信になっていった。だから、もっと伝えていきたいとなり働きかける層も広がっていった。
 編集部 広島は原爆問題があって、政治的には非常に鋭い関係がある。明治維新のおかげで軍国主義になって、広島は軍都になって原爆を落とされたというのがアメリカ側の宣伝だ。この抑圧をひっくり返すことで、日本人民の歴史の誇りがよみがえってくる。また『雷電』が広島で激しい共感を得たというのは今の情勢、大衆の世論が大きく転換していることを反映している。下関公演の時とも違う様相だ。この秋にアメリカの金融恐慌が勃発し、小泉らがやってきた構造改革路線が破産した。大衆の世論が様変わりになっている。倒産したり、失業したりして首をくくろうかと思うという人が、だからこそ『雷電』から力と展望を得ようとするという関係だ。この状況は広島だけではなく日本全国共通している。広島で大成功したというのは、全国でも同じように求められているということだ。
  学校の実情では、広島では年に1度、劇団四季がライオンキングやキャッツといったブロードウェイの焼き直しを公演するので、これを何校かが順番で鑑賞するのだという。だから、「子どもにこういう劇を見せたい。要求はすごくある」と退職校長がいっていた。
  山口県内のある都市でも年に1000万円の予算を使って、各学校で東京から劇団を連れて来て見せる。教師たちも、つまらない劇であり、『雷電』の方がいいといっている。長年文科省は個性重視教育をやらせてきたが、子どもたちが反乱を起こして手が付けられなくなっている。授業も成り立たなくなって、現場では文科省のいう通りやっていたらダメだと開き直っている。現在の子どもたちには「働くものが食えない世の中があるか」という内容が響くし、自己中心のわがままではなく、「世のため、人のため」という生き方がビンビン響く。
 芝居をつくる上でも自己改造があった。今回のアンケートでも、「自分を変えることで周りを変えることができる」というのがかなりあった。高杉が、「親を捨て子を捨て自ら不忠不孝の人となり」で自分を変えて明治維新を成し遂げていったことに感動した意見が多かった。それは、はぐるま座も同じだ。
  大学生も「世のため人のために生きる」という生き方への衝撃だ。「マツダの首切りのようになりたくないという気持ちで勉強していたけど、それではいけない」という発言に老人会長が喜んで自分の体験を語り始めた。『雷電』はそういう力を持っている。

 全市代表する立場が要
  運動の教訓では、原爆展の賛同者を回ったのが突破口になっていった。それが公演を準備する過程で分かってきた。市民を代表した原爆展運動で賛同者になっているけど、それに連なって圧倒的な市民が支持しているというのが見えてくる。原爆展のポスターを貼ったりキャラバンをやっているけど具体的にどういう人たちが賛同人になっているかは知らないことが多い。入っていくなかで分かっていった。
  峠の原爆展に賛同している人たちは全市民を代表している。これは原水禁や原水協と訳が違う。見に来られなかった人から「次は行きます」「協力します」という声が続続と出ている。今まで当てにしていたところでだいぶ矛盾があった。
  自分は広島出身だが、うちの家族も、今まではぐるま座を解放同盟のようなイメージで見ていた。今回は親戚がすごく協力してくれた。10枚買って呼びかけるといっていたが1枚足りなくなったといってきたり、なにをおいても見に行くといってくれた。見に来れなかった親戚もいいテーマだからと喜んでくれた。
 同級生のところでも付き合いとかでなく、店で不特定多数に呼びかけてくれたり、下請の人たちが会社全体に呼びかけてくれたりした。今まで劇を見て来ている人は、難しいというイメージがあって自分は来るけどあまり呼びかけられないという人もいたが、そういう人がアンケートにもっと呼びかければよかったと書いていた。

 実行委員会機能も大切
  はじめは実行委員会をつくらなくてもいいという流れがあった。運動途上では実行委員会の機能が大切だった。大衆はみんな、劇団のためなんかではなく、自分たちの要求だと思ってやっている。実行委員会に20、30人が集まって、自分たちがそれぞれどういう意識でやっているかが語られ、それをみんなが交流し合うことで視野も広がり、もっと力が出てくる。バラバラの大衆が組織されることで力が出る。劇団側の都合から、券を売らせるための実行委員会では話にならない。
 古い協力者との関係でも、劇団側の支持者・大衆を利用するという体質が、強い不信感を持たせてきている。人民劇団を再建するという劇団声明が出されているが、実際行動として自分たちをそのような体質に改造していっているという信頼を得ることが大事だ。
 編集部 『雷電』は人民の経験を典型化して出来た作品だ。大衆の中から典型化した作品を大衆の中に持ちこんで働きかける。オルグは作品を普及する仕事だし、作品を検証し発展させて、大衆の中から大衆の中への無限の循環運動をやっていく。作品の源泉は大衆だし、公演をやる主人公は大衆だ。公演活動を成功させるにはこの大衆の運動にしなければどうしようもない。こっちの願望を押しつけるというのではなく、その大衆の要求を調査して学び、高めて返し、行動にしていくという活動だ。
 大衆はバラバラの状態では力はないから、実行委員会の組織が必要だと思っている。その運動は劇を見て元気になり、その地のさまざまな運動の糧にする。劇団オルグはそのような大衆の要求を実現するために奉仕する関係ならうまくいく。自分たち小集団のための公演活動ではなく、人民に奉仕する思想路線で、大衆の意見に学び、それを形にするために奉仕するという活動がいる。大衆は劇団のためにやるのではなく、自分たちの要求だからやるのだ。劇団側がそれを転倒させて考えたらうまくいくわけがない。オルグは公演をやったら終わりではなく、そういう斬新な大衆運動の組織者にならないといけない。
 劇中の高杉も、大衆の世論を注意深く学んでいる、大衆に依拠してやる、そして奇兵隊という政治的軍事的組織に結集させる、そして決定的なときに行動で全情勢を動かしていく。確かな社会の発展観を持っており、それを手順良く実務として、行動として進めていく、実践派であり革命派だ。オルグもそういう活動になったらうまくいくだろう。全国的に運動が発展すると思う。劇団員の中にも新旧の矛盾がある。敵の明治維新観に屈服するのか、人民史観に確固として立って勝利するのか、個人主義、小集団主義か人民に奉仕する思想か、矛盾と斗争をつうじて自己改造が必要だ。自分を変えないで世の中を変えられるわけがない。高杉も超然とした英雄ではなく、忠孝思想とたたかって「国政をして維新たらしめん」と自己改造しつつ、日本社会を変えた。現代の支配的な思想は忠孝思想ではなくて、ブルジョア個人主義だし先進的な思想は「みんなのため、社会のため」という労働者的な思想だ。
  「高杉は民衆とともにやった」というのを見た人はいう。高杉は『男なら』を歌う場面から大衆に学んでいる。
 司会 来年は、山口県内から全国公演で、今年の重要な教訓を大事にしてがんばってください。

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