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住民の復興妨害する政府対応
震災7カ月へた記者座談会
               難民化させる第二の津波    2011年10月19日付

 東日本大震災から7カ月以上が経過した。本紙は震災後、毎月東北の被災地に出向き、現地取材にあたってきた。今回、10月の取材をつうじてつかんだ現地の状況とあわせて、復興をめぐって何が問題となっているか、それは下関をはじめ全国とどういう共通の問題となっているか、記者座談会を持って論議してみた。
 
 放射能騒ぎが足かせ 影響について科学的知見は示されず

 司会 被災地の実情からまず出してもらいたい。
  今回、福島県内では南相馬市や飯舘村を中心に回った。仮設に暮らしている子持ちの若い夫婦の話を聞いたが、ひじょうに帰りたがっていた。帰って農業をやりたがっていた。しかし子どもの健康が心配なこと、仕事がないことで悔しがっていた。南相馬市では7万1000人いた人口が原発事故の直後は激減し、その後4万人近くまで住民が戻ってきていた。再び故郷での生活を築こうと努力が続いていた。
 南相馬市の原町区の小・中学校は除染して再開されたが、子どもたちが暮らす住宅地の汚染数値が下がっておらず、若い世代が戻ってこれない状態が続いている。南相馬の市民病院では入院患者の受け入れを再開したが総合病院なのに医師が足りない状況に直面していた。20人いた医師がよそに出て転職してしまい帰ってこない。東京から医師が通ってくる形でやっと10人を確保していたが、3科が再開できていない。医師を要請しても配置されないことへの苛立ちがあった。看護師も足りない。残っていた医師もひじょうに疲れた様子だった。
 浜通では震災前から雇用問題は深刻だったが、震災後はさらに働ける場所がなくなって、若い世代の人口流出に拍車がかかっている。放射能による健康不安もだが、それ以上に暗い思いにさせているのは風評被害だ。特産の桃や柿などの果樹、コメや野菜、酪農や畜産など、つくっても出荷停止になるし、ようやく解除されてみんなで喜んでいたのに、市場に出荷すると買いたたかれる。福島産は敬遠されて消費者が手を付けない。農漁業が成り立たないし、住民生活が成り立たない。
 飯舘村では、みんなで戻って草刈りをしていた。田んぼに2bほどの草が植わっている。草刈り作業も1日2〜3時間しかできないといわれているが、「もっとやろう」という声も出ていた。このなかで、放射性物質の除染に国が動かないことが大きな障害になっていた。現場は奮斗しているが、対応を地元自治体に丸投げして国がなにもしない。だからことが前に進まない。コンクリートやアスファルトは放射性物質がこびりついてなかなか落ちないといわれ、どうやって除染するか頭を悩ませていた。東電に対して、「どうしてくれるのか!」という思いがあった。
 B 福島の住民は難民状態に置かれ、故郷に帰るメドすら立たない。生活空間としても「危ない」といわれ、風評被害によって商売にならないから生活が確立できない。農業が動かないと地域経済も動かない。農漁業はなくてよいという意識が上から明らかに動いている。だから復興にならないのだ。
 C 大きな問題は、放射線量の影響について科学的な知見が示されずに、いたずらに騒ぎだけが大きいということだ。放射線数値もやたら「危ない」「セシウムが検出された」ばかり強調して、具体的にはどういう放射性物質ならどういう数値でどんな影響があるとか、大丈夫なのかといった対応がない。何歳くらいの人なら影響があるとか、若い人人も何歳くらいまでがどれほどの影響を受けるのか、やたら不安をあおるだけだ。「危ない」だけを騒いで、現地は生活を再建しようにもメドが立たず、生殺し状態に置かれている。
 B 原爆を投げつけられた広島・長崎の例を見ても、放射線の数値としてははるかに大きい。そのなかで人人は水を飲み、野菜を食べて生き抜いてきた。最近東京都の世田谷区でラジウム騒ぎがあった。ラジウムが入った瓶から毎時3マイクロシーベルトを計れる計測メーターが振り切れるほど高い線量を発していたという。発見されたのはベッドの床下で、何十年とともに寝起きをしながらそこに住んでいたお婆ちゃんは90歳近くまで長生きしていた。全村避難を強いられている飯舘村でも放射線の数値は3〜5マイクロシーベルトの場所がほとんどで、南相馬市で封鎖されている20`圏の検問所でも0・2〜0・3マイクロシーベルトだ。福島よりも世田谷のお婆ちゃんが浴びた線量の方が桁違いに高いことになる。
  放射性物質にも色色な種類がある。今騒がれているのはセシウムだが、人体にどう影響するのかは明確になっていない。チェルノブイリではヨウ素による甲状腺への健康被害が多かった。ヨウ素の半減期は8日間で、爆発から数日間が危なかった。広島の原医研を回ったとき、チェルノブイリではセシウムによるガンはなかったといっていた。低線量被曝ではガンにならないと断言する学者もいた。「原爆とは比較にならない。絶対に騒ぎすぎだ。しかし最近はいいにくい」といっていた。
  今の放射線量の数値問題は、明らかに科学的知見として出ているのではない。いかにも放射能は少量でも危ないというのが親切なように見える。放射能被曝は生きていく上で大問題だが、しかし食べることはもっと切実だ。農漁業を復興させ、地域の住民生活を元に戻すという立場から放射能被害の問題を見るというのがないのが問題だと思う。農漁業はつぶれても良い、福島県の住民生活は崩壊しても良いという側から数値がもてあそばれているという問題があると思う。だから復興の足がかりになるはずの産業も、立て直しの動きにストップがかかって身動きがつかない。

 生産活動阻む風評被害 背後で動く別の意図

 B 放射線による健康被害が問題だが、もっと復興の困難をつくっているのは風評被害だ。農漁業の復興、福島県の復興のめどをなくす。だいたい食料生産を確保しないと日本社会は危機だという意識が政府にまるでないのが特徴だ。「足りなければ輸入すればよい」という調子だ。東北は国内有数の農漁業地帯だ。三陸漁業の位置はきわめて大きいし、福島県も全国トップクラスの農業県だ。敗戦後は食べないと生きていけないから、なにがなんでも食料生産にあたったが、これがダメになったときに日本人はどうなるかという危機意識がない。「食べるな」「危険だ」「つぶせ」といって進めているのがTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)だ。福島県ではこのTPP参加の政治がやられている。
  福島県のコメが安全宣言された。コメは放射性物質を吸い込まずに、セシウムは粘土の方に吸着していたという。だから出荷できるようになった。ひまわりはセシウムを吸い込まずに役に立たなかったというが、それは作物を植えても土の中にあるセシウムが作物に吸収されないというプラス面ではないか。コメもひまわりも吸収しなかったなら農地として使える可能性があるということだ。牧草でも上から降ってきた放射性物質をかぶっているが、刈り取って表層の土を削ってしまえば大丈夫な可能性が高い。除染でもコンクリートやアスファルトは道路の舗装工事みたいにガリガリ削っていけばいい。
  作物でも植えるようにして、汚染がなければ出荷できるし、汚染があったり買いたたきにあったら東電に買い取らせるのが当たり前の話だ。つくってみるのが汚染するかどうか一番わかる。つくらせずに心配ばかりいっていてはどうにもならない。健康被害の面からしても50歳代以上にどれほどの影響があるだろうか。だいたい年を取ったら2人に1人はガンになる。年間100_シーベルトの放射能を浴びて30年後に5%ほどガンになる確率が高まるといわれるが、50%が55%になる。それなら地元に残って復興に当たった方がいいという人は多いはずだ。
  今あらわれているのは、農漁業をできないようにして被災者を帰れないようにし、難民にしてしまうという政治が働いているというものだ。政府対応が一貫して追い出したいという願望で貫かれているから放置状態なのだ。5月には20`圏内を4兆3000億円で国が買い上げるという試算まで、政府の原子力委員会に報告されていた。はじめからあの土地を欲しがっている。菅がやめるとき福島で「福島に中間貯蔵施設を」といったが、原子力ムラはのどから手が出るほど核廃棄物の最終処分場を欲しがっている。福島県の汚染物だけではなく、既設の54基の原発から出た膨大な使用済み燃料や、これから廃炉にする核汚染物質の最終処分場を欲しがっている。原発事故はそのチャンスだと色めき立っている者がいるのだ。
  飯舘村が核廃棄物最終処分場の候補地として震災前から目を付けられていた。そういう別の目的が働いて住民から土地を剥奪する政治が動いている。村に行ってみると地震の傷跡がほとんどない。古い家が多いのに瓦一枚落ちていないといわれ、岩盤の強さを物語っていた。ちょうど行ったとき震度四の地震が福島で起きたのだが、ほとんど感じないくらい揺れがなかった。核廃棄物の最終処分場の最適地と見なしているし、住民追い出しの意図が働いているのは明らかだ。
  岩手、宮城でも放射能騒ぎが復興の足かせになっていた。基準値以下なのに、水揚げされたサバからセシウムが検出されたといって、新聞が書き立てていた。「問題ないのなら報道しないでほしい」と誰もがたまらない心境を語っていた。津波から立ち直ろうとしたら、放射能騒ぎが押し寄せて生産活動にブレーキをかける。サンマ棒受網漁船も福島第1原発から半径100`圏内の海域は操業禁止になっていた。茨城県から宮城県沖までまたがる、広範囲の漁場だ。みんなが「セシウム」という響きに敏感になっていた。
 
 水産業復活も阻害 山の様な書類手続きで翻弄 漁船も造れず

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 親潮と黒潮がぶつかる三陸漁場は、世界3大漁場といわれるほど海の豊かさはすごいものがある。沿岸も河川が多く豊かな漁場を形成している。宮城、岩手では沿岸の漁村、水産都市が大津波でやられた。漁業を中心にして関連産業があり、地域が形成されてきたところだ。だから被災地というなら水産業の復活が地域再生の生命線だ。それが阻止されている。
  取材に行ったら、水産関係者の復興の意欲は強いものがあった。ところが何をやるにも、いちいち復興の足かせが出てきて足止めをくらい、手間をとられる現実があった。「国に復興させる気があればこんな対応にはならない」とみんなが怒っていた。
 漁業をやろうとしても、宮城県では知事が漁業権の民間開放を叫び、漁港集約を打ち出したおかげで、かさ上げや復旧は宙に浮いていた。県が動かないので港を管理している基礎自治体もどうしていいのか戸惑うばかり。その状態が何カ月も続いてきた。護岸工事に手をつけないから、地盤沈下してグチャグチャに崩れた港に船を浮かべるのは危険そのもの。牡鹿半島では港を避け、沖に漁船を停泊させているところもあった。全国の漁業仲間が船を寄贈しているのも、大切そうに山の上に展示されたまま、活躍の日を待っているものが少なくなかった。気仙沼では行政が単独費用を投じてかさ上げをおこない、カツオ漁に対応して市場を復旧させていたが、行政対応によって違いが出てきていた。
 石巻、気仙沼といった大規模漁港は七月に激甚災害の査定が完了したようだ。しかし、その他の小規模な第一種漁港は後回しにされている。岩手県の重茂漁協では「10月にようやく水産庁の職員が査定していった」と語られていた。7カ月もたっている。石巻で担当者に聞くと「第一種漁港の査定は11月からはじまる予定」といっていた。査定を受けてはじめて本格復旧が動き出すのに、それすら手つかずだった。しかも原状回復が求められるため、下手に撤去したら被害状況が確認できないので、水産加工場など壊れたものを撤去すらできない。「何もするなといわれているようなものだ」と明かす漁協関係者は多かった。
 国が動かないことの矛盾が鋭いものになっている。漁船を造ろうとしても現場の漁協には補助金が一銭も入っていない。これは何カ所かで漁協関係者が口にしていた。5月の一次補正予算で、新造船について共同利用するなら3分の2を国、県が補助するという予算が国会を通過した。ところが運用しようと思ったら、まず全額を漁協なり生産者が負担して造船所・メーカーに支払い、その領収書を添付して補助金は後払いで受け取るという、平時の補助金運用ルールが適用されている有様だった。
 19dクラスのサンマ棒受け漁船や大型船を建造しようとすると億単位になる。これを全額支払えるような資金力を持った生産者などいない。というより、相当数の漁船が流出しているので出費は莫大なものになる。被災地の実情におかまいなしで平和ボケの運用ルールを東京の机上で決めてやっている。わざと嫌みをやっている。重茂漁協の関係者は、9月末まで新造船関連の書類手続きで翻弄されてきたことを語っていた。「前例がないから…」という理由で、書類手続きだけでも何度も突き返されたり、行ったり来たりを繰り返しことが前に進まないのだ。
  自治体も国の補助金を求めるのに書類作りで何度も突き返されるという話があった。東電の損害賠償の書類もそうだ。政府も東電も危機対応という姿勢ではないのだ。被害者に対する責任、国民に対する責任などないのはあきれるほどだ。

 現地で使えぬ補助制度 東電への賠償請求も

  新船をつくろうと政策金融公庫に融資を頼んだら、「補助事業は融資対象ではありません」と断られていた。あと、被災地では造船所が壊滅しているので、全国の造船所に連絡を入れて建造をお願いしても、これまでの信頼関係がゼロなので、「本当に金を払ってもらえるのか?」という不安がつきまとって話が進みにくいのだと話されていた。「補助金も入らず、一文無しの状態でお願いするのだからムリもない」「もっと国がバックアップするなり、担保するような体制をつくってほしい」と漁協関係者たちは切実な胸の内を語っていた。
 漁協や生産者の反発もあって、いったん全額負担するというルールは緩和された。しかし3分の1を自己資金として用意するのは困難性がある。「補助事業は融資対象にはならない」というルールも若干変化して、3分の1のうち8割は融資されるようにはなったが、それでも資金問題の解決にはほど遠い。製氷施設、加工施設、養殖施設、船、網などこれまで何十年とかけて作り上げてきた漁村地域の財産が、すべて流されたのだから。生産手段だけでなく住んでいる家もなくなった。
 加工場や養殖施設、漁港は激甚指定を受ければ9割を補助金でまかなえるといわれていた。しかしこれもよく聞いてみると、九割が補助されるのは作ったばかりの施設であって、あとは償却年数に応じて落ちていく。古くて経過年数のわからないものは、事業費の4分の3の9割、つまり67・5%しか適用されない。表向きは補助金によって国の手厚い援助が施されている印象であっても、実際には漁協や被災地の負担はひじょうに重い。宮城県内のある漁協では、「網や養殖施設を復旧させようと思ったら事業費に21億円はかかる。そのうちの7億円などとても負担できない」といわれていた。立ち上がろうとする生産者のパワーは強いが、自力復興できない部分で行政的な対応が機能していない。
  現場で運用できない制度をいくら実施しても意味がない。どこも書類手続きだけで大変な労力を強いられている。大災害で緊急時にどうするかという対応を国がやっていない。被災地いびりのようなことがやられている。漁業だけではない。分厚い書類を手渡されて、補助金受給をあきらめる住民もいる。石巻で被災した商店主が語っていたが、住宅兼用でなければ金が出ないとかの制約も多い。東電の賠償請求も分厚い書類を配って、書類殺しにしようとしている。しかも小さい字で「今後、東電に補償を請求しません」という記述を潜り込ませて、福島では問題になっていた。

 別の街にする復興計画 住民は仮設に押込み

  7カ月間放置されたままだ。仮設住宅にみんなが押し込められて「まるで難民キャンプだ」と語られていた。底冷えがするので、冬場のことを心配する人人も多かった。板一枚で隣と仕切られているだけなので、電気をつけたり、食器を洗ったりする音もすべて聞こえる。隣がどのテレビ番組を見ているかとか、電話の内容にいたるまで聞こえると住民たちは語っていた。「すり足で生活しています…」「見ず知らずの人と隣合わせになり、“うるさい!”と怒鳴ったりのトラブルも起きている」「気を遣いながらの生活がどれだけ続くのか…。苛立ちがいずれ爆発してしまいそうだ」と話す人もいた。
 ときどきお笑い芸人や歌手が慰問に来て笑わせたり、歌って現実の厳しさを紛らわすけど、実際の復興は建築規制をかけて家も建てられず、手を付けられないまま7カ月がたった。そして産業復興にしても生活再建にしても見通しが立たない。
 建築規制は延長を繰り返して、9月11日までだったのが11月11日まで延びた。「戻ってはいけない」と国や県がやっている。石巻では11月からは建築制限ではなく「被災市街地復興推進地域」に名前を変えるようだ。しかし内容を聞いてみると建築制限そのもので、引き続き規制を続行するというものだった。
 そして一方で「復興基本計画」というのが各自治体から上がり始めた。住民を「戻ってはいけない」と山の上などの仮設住宅に囲い込んで、新しい街作りの青写真作りをやっている。被災自治体で聞いて驚いたのだが、この復興基本計画策定のコンサルタント業務は、補助率を高くするのを理由に国交省が発注して業者選定までやっていた。岩手県の宮古市、大船渡市、宮城県の気仙沼市、南三陸町などで聞いたら、みんなパシフィック・コンサルタンツが請け負っていた。石巻は国際興業だった。パシコンといえばODA利権で後進国を食い物にしてきたことで知られ、新自由主義政治の申し子のようなものだ。そのような世界を股に掛けた外来資本が被災地に入り込んで、「オールクリアでいこう!」と復興計画を描いている。
 A がれき撤去もすんでいないのに、メガソーラーやバイオマス、エコタウン、高台移転といった言葉が踊って「夢の街作り」を語る。これに被災者は怒っていた。被災した住民を置き去りにして、異様な復興特需利権がうごめき始めている。宮城県では「国内最大の単体発注」といって、鹿島建設や清水建設などのJVが石巻市・女川町のがれき処理業務を1930億円で請け負っていた。
 仮設住宅の住民たちのなかでは「エコタウンやバイオマスなど、二の次、三の次でいい。そんなものは、まず復旧してからの話だ!」「被災者は難民のようになって働く場所すら再建できないのに、なにがエコタウンか!」と激しい怒りが語られていた。生活の安住を確保したやつが、雲の上で勝手に進めている姿がありありだった。
 C メガソーラーも企業が乗り込んで民有地をあさっていることが各所で語られていた。震災後に作成したにしては早すぎるというくらい、事業計画や青写真までできているのだと驚かれていた。被災地を別の街にする復興計画になっている。
 昭和初めの津波の方がまだ対応に温かみがある。田老町の老人が教えてくれたのだが、あのときは直後に国が乗り込んで、「食料供給を滞らせてはならない」といって塩害に効く化学肥料を持ってきたようだ。あのときはじめて田老町の人たちは化学肥料に触れたのだと。そしてみんなで育てて増産に向かったと話していた。
 
 国民守らぬ政府 震災を大収奪のテコに利用 TPPや増税も

  昭和8年といえば昭和恐慌の時期だ。しかし戦前の方がまだ民主的で温かみのある対応の印象だ。今回の政府対応はひどすぎる。「自分たちの国の政府」という印象がしない。国民の心配を一つもしない政府の姿だ。住民をほったらかしにしている。この震災で浮き彫りになったのは、「国民のためにある国家ではない」という姿だ。どこの国の政府かと思うほどだ。
  住民を守る意志がまるでない。国民の生命と安全、生活を守るという意志がない。原発事故でも最初の爆発の時に、風向きの情報は知っているのにそれを隠し、住民が放射能を浴びるにまかせた。人殺し政治だ。国民不在で、アメリカと財界の道具として政府が動いている。
  住民生活の基本をなすのは農漁業であるしそこに連なった関連産業が形成されている。そこを復興させなければ生きていけないのに、完璧に止めて別の意図で動いている。そしてパシコンあたりの大手コンサルが入り込んで食い物にしている。農漁業はつぶしてもよい、住民は歴史ある自分たちの故郷を放棄せよ、となっている。この国の政府は誰の政府かだ。追い打ちをかけてTPPをやるといい、増税までするといっている。
  復興費用もはじめは国債発行でまかなうといっていたのに、途中から増税にすり替え、だから動かないとなっていった。増税願望のために震災を利用している。増税すればまた景気が落ち込んで税収は減る。
 だからいつまでたっても金が被災地には回ってこない。震災を大収奪のてこにする方向へ進んでいる。海の大津波がやってきたが、そのあとに政治の大津波が押し寄せている。第二の津波がもういっぺん襲いかかってくるような状態だ。今や日本の政府というものが国民の世話をせずに、「国民はいらない」という政府になっている。これは東北に限った話ではない。全国共通だ。
 B 津波に襲われたスマトラ、スリランカでも「セカンド津波」といって第二の津波が問題になった。陸の津波。政治の津波だ。これは全国共通の課題として、農漁業、国内産業、国民生活の擁護でたたかわなければならない課題だ。民主党政府はアメリカにいわれて大震災の対応どころか、TPPや増税、米軍再編に関心が向いている。国民不在で突っ走っている。TPPについても説明もなく、まともな議論もせずに決めてしまおうとしている。政治手法としても国民不在だ。
  アメリカにいわれたら慌てて動き出す。TPPなど日本が参加しなかったらどの国も参加しない。ニュージーランドとかベトナムとか小さい国ばかりで、日本から輸出するといってもたかがしれている。実質的な日米FTAだ。しかも中国などを排除する。インドも加わらない。実際の貿易相手は中国の方が大きいのに、その関係を強化しようとしたら東アジア共同体構想はダメだとアメリカに脅され、TPPになった。アメリカもつぶれかかって日本を食いつぶそうと必死だ。この調子でいけば東北だけでなく日本中が食い物にされる。
 国民がいなければ国は成り立たないのに、国民不在政治をやっている。いくら重税といっても払う国民がいてこそなのに、その源泉を食いつぶしてしまうというのだ。大企業もさんざん非正規雇用で絞り上げたうえに効率的な海外移転といって、タイでは大洪水で400社もの日系企業が水につかって生産停止に追い込まれた。目先の損得で浅はかなことをやったらひどい目にあう。何が海外移転かだ。最新鋭工場もザマはない。欲タレ根性で事情のわからない外国に行って横着をしたつけだ。いくら海外移転といっても国内に基盤のない企業はつぶれる。日本企業の優秀さは労働力水準の高さ、技術力にあるのだ。
  新自由主義はものの考え方が転倒している。高台移転、10bの防潮堤、都市計画といって金融資本やゼネコンが浮き足立っているが、農漁業を基盤とした地域経済の復旧がなく、今の住民締め出し状態が続くと住む人間がいなくなる。どんなに巨大な防潮堤を作ろうが、住む人間がいなければ意味はない。被災者をどうするかがないからひっくり返っている。
 田老町の国内最強堤防を見ても、二重三重の「完璧」といわれた防御壁が、津波によって壊れた。学者が総力戦でかかわった新しい堤防ほど壊れて、昔つくった防潮堤は残っていた。人間が傲慢になって自然を侮ったら、必ずしっぺ返しをくらう。
 C 自然との向き合い方も、被災地では大きな教訓として語られていた。そして、共同の力で立ち上がるんだ、でなければ立ち直れないという生産原理に基づく意識が強まっていた。津波はくるのだから逃げるしかない。しかし人間さえいれば立ち上がっていける。自然との関係、生産活動の意味、共同体の力といったものについて見直しが進み、まともな社会運営を求める力が強まっている。みんなが運命共同体として協力しあわなければという意識が強い。あちこちが張り合って競争しても仕方ないのだと。団結精神の方が強くなっている。重茂や田老などの漁業者が頑張っているのが伝わると、その他の地域も負けるなと馬力を上げて復興に向かった。激励されて沿岸の漁業地帯も動きはじめた。

 学問研究も転換始まる 全国的な共同斗争へ

  震災を経て、資本主義の工業力崇拝のようなものが崩壊した。原子力ムラがそうであるが地震学にしてもそうだ。地震予知も利権になってしまっている。学会では70年代に地震予知ができるか? がテーマになって今日に至っているわけだが、東日本大震災も、東北は発生確率としては0・01%とかの数値で、「起きない」ものとされていた。80何%という東海・東南海地震の発生確率に比べて極端に数値としては低かった。ところが実際には巨大地震が起きて津波でやられた。何をやっていたのか? だ。
 この間、阪神大震災、新潟中越、北海道など巨大地震が次次と起きて、東日本大震災まできた。地震予知というのは何の役にも立っていないし、非科学の世界をさまよっていることが暴露された。民間伝承を科学的に検証するなどといってナマズの研究に資金を注ぎ込んだり、バカみたいなことになっている。むしろもっと観測点を設置せよ、と主張している学者もいる。
  学問の社会的役割が否定されてきた結末だ。社会の進歩発展に役に立つ学問がいるという世論が知識人のなかで強まっている。銭もうけで真理真実などそっちのけでやってきて、学問研究が破綻している。そこからの転換がはじまっている。水産大学でも食料危機への危機感は強い。水産業復興特区といっても東北だけにとどまらず日本全国に広げようとしていることに警戒感がある。農漁業を立て直さなければ大変なことになるし、そのために研究者としても役立っていきたいという思いが強い。人人の役に立たないことには学問研究の意味がないのだ。
  「社会貢献」といえば産学連携でいかに企業のもうけに学者が貢献するかが競わされてきた。行政の政策立案に名前を貸すというのもそうだ。しかし大学とか学問研究の場が何のためにあるのかというと、もともとそうではなかった。新自由主義が破産している。学問でもなければ真理真実でもないが、社会の役に立たない。よりよい社会をつくるための学問が求められている。
  政府のTPP路線の象徴として東北の被災地がある。東北つぶしは日本つぶしにつながっている。すべてアメリカの指図でやられて、財界・経団連、政治が動く。日本全体をどうしようとしているか、その面から東北をとらえる必要がある。日本中が津波にやられたような実感がある。民主党政府のやり口を見ていても、黙ってTPPや米軍再編、増税などをやってしまおうとしている。石巻出身の安住財務相が「来年には消費税を増税します」と国際公約してG20から帰ってきた。アメリカの方しか見ていない。国民の方をまったく見ていないのだ。TPPは来月にはOKしようといっている。オバマに怒鳴られたら必死に突っ走りをやりはじめる。だれの国の政府なのかだ。
 C 増税して取り立てばかりしていたら、みんながますます貧乏になって税収は減る。国税はこの10年だけ見ても激減している。以前は60兆円近くあったのに、今は40兆円だ。産業は海外移転、非正規雇用ばかり増やして、農業といっても輸入で押しつぶして、税金を払う者がいなくなっている。金が回るようにしなければ税収も上がらない。税金を払う人間の稼ぎがないようにしている。そして国の借金はGDPの約2倍。
 国債を国内の銀行が抱え、みんなの預金で買い取っているが、それがパーになったら預金封鎖をして、ハイパーインフレが襲ってきて巻き上げられる。それを前提にした日本国債の格付けすら下がった。搾取、収奪というが貯金などすでに巻き上げられたような状態だ。この経済構造がパンクするところまできている。
  世も末の政治だ。資本主義の崩壊だ。大震災をアメリカ外資や財界が自分だけもうけるチャンスとして色めき立って、国民はいなくなれという政治だ。しかしだれがだれを養っているかだ。勘違いしてはならない。強欲資本の損得利害か、社会的な利益、全人民的な根本利益かという対立だ。震災後、反撃機運が強まっている。みんなが助け合って、共同の力によっていい社会をつくるためにたたかうんだという意識が強烈に働いている。現地もパワーがあるし、第二の津波とのたたかいが始まっている。
  宮城県の村井知事は漁業特区をごり押ししてきたが、漁業者の反発が強くて押し返している。
 D 東北は農漁業を基盤にした歴史が豊かだ。民謡も多い。復興の過程であらわれている東北つぶしは、単純に被災地の農漁業をつぶすだけではない。日本の歴史、文化の断絶につながる。日本民族としての歴史に関わる。みんながその土地に根ざして漁業から復興を遂げようとしているし、協力して立て直そうとするパワー、たたかいが強まっている。自分たちで復興しながら国を動かしていく様相だ。この機にTPP、増税などといって財界や政府が国を売り飛ばしていくのに対して、国を立て直していく全国的政治斗争を巻き起こすことが求められている。「被災地がかわいそう」ではない。日本社会をつぶしてアメリカと財界だけが生き残ろうという、共通の敵に対する全国的な共同斗争が待ったなしだ。


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