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住民生活再建を中心に据えよ
熊本地震・破廉恥な復興利権化
いつまで難民状態強いるか
                      2017年1月13日付
 
 熊本地震の発生から9カ月を迎えるなかで、被災現地では、住民生活を置き去りにして復興が大幅に遅れていることが問題になっている。同時に、今年は東日本大震災から六年となる。地震の活動期に入った日本列島では毎日のように各地で地震が頻発し、あわせて東北・北海道での台風被害、御嶽山や口永良部島などの活火山の噴火、新潟では大規模火災など、日本全体が災害に見舞われている。国土の自然現象に向き合ったとき、「安全」といえる場所などなく、これらの災害をめぐって被災した人人がどのような境遇に置かれ、地域コミュニティがどのように復興していくのかという問題は他人事とはいえないものになっている。本紙は、熊本現地を取材し、あわせて東北被災地の現状と重ねながら、災害復興をめぐる現状、さらに復興や生活再建をめぐる行政機能と住民生活との矛盾や課題について見てみた。
 
 「美しい国」の汚れた現実 全国に全く報道されない実態

  震災から9カ月を迎える熊本現地の状況は、震度7の直下型地震に2回も見舞われた益城町の実態が象徴的だ。商業メディアは、復興イベントや芸能人などの慰問だけを報じて、あたかも復興に向かっているような印象を振りまいているが、現地の実態は悲惨だ。中心部の県道沿いでは倒壊家屋が徐徐に解体されて、更地が増えている。だが、そこから一歩町中へ入ると、まだ崩れたり、傾いたまま放置されている家屋がたくさんある。かろうじて外観を保っている家も中は雨漏りでカビだらけで住める状態でなかったり、路地でもブロック塀が崩れ、地割れしたアスファルトの間から地下水がわき出しているような場所もあった。規模的にも個人でどうこうできる代物ではない。集落をつなぐ生活道路も崩落して通行止めが続いている。
 公費解体の申請は2111件あるため、解体完了までに「2年」を見積もっており、それまで生活再建には向かえない。たまりかねて自費解体する人も少なくない。住民に聞くと、水道や下水などの生活インフラが復旧しておらず、ほとんどの人が仮設住宅に入り、自立を目指す人は自分で小屋やプレハブを建てて、水道管や消火栓などからホースを引っ張って生活用水にしていた。戦場での難民キャンプの様な状況で、とても「復興に向かっている」などといえる状況ではない。住民の多くが仮設住宅や町外に離散しているため、商店や病院を再開しても成り立たない。このままずるずると避難生活が伸びることで、町としてのコミュニティが崩壊し、復興の活力や震災前の地域の原型を失ってしまうことが危惧されていた。「現状を伝えてほしい!」と現地の人たちは切実に訴えていた。
  当初、体育館や小学校などに避難者が殺到し、1万6000人もの行き場のない人人が何カ月も車中泊や体育館での段ボール生活を強いられた。震災から7カ月たった昨年10月にようやく仮設住宅が整備され、町内すべての避難所が閉鎖された。人人は、町内18カ所に約1500戸建てられた仮設に移住し、待ちきれない人たちや、家族人数が多い世帯は「みなし仮設」(6万円まで家賃補助が出る一般住宅)で暮らしている。だが、関連死は県全体で123人と直接死の2倍をこえたが、関連死に数えられない高齢者の急死も増えており、「今日も1人…今日は2人…」と毎日のように葬儀がされている。全壊世帯には一時的に一世帯あたり200万円ほどの支援金が支給されたようだが、持ち家に住んでいた人ほど、家を建て替えるための借金や家賃などの経済的負担に耐えられず、仮設住宅の入居期限を迎える2年後を考えれば絶望せざるをえない。「目標が見えないから生きる意欲を失っていく」といわれていた。どの被災地でも同じだが、金銭的な格差が次へのステップに大きく影響している。自費解体すれば公費解体の順番が回ってくるのを待たなくてもすむが、一般業者に依頼すると公費よりも費用はかさむ。業者も現金が払える家から選んで解体するため、すぐにお金が用意できない住民は、仮設や他地域で暮らしながら崩れた家の公費解体の順番をただただ待つだけの状態だ。
  仮設住宅では、敷地内に住宅メーカーが「1000万円で建てられる」とモデルハウスを建てている。地元商工会の頭越しにイオンが出店する。「被災地支援」といってしっかり大手が吸い上げていく仕組みだけが動く。
 そのなかで、町の復興計画がまるで見えないことに住民は絶望感を訴えていた。家を失った人たちは、また町に戻ってこれるのか、家は建てて良いのかなどが不透明で、生活再建の見通しが立たない。区画整理なども噂になっているが、町として今後の復興に関する明確な方針や町民への説明がない。「混迷に油を注いでいる」といわれていた。

 道路拡幅で立退き迫る 本末転倒の「復興」

  昨年12月に開かれた住民説明会で浮上したのが、益城町中心市街地のメインストリートにあたる県道熊本高森線の拡幅工事だ。現在の片側一車線の幅約10㍍の道路を、3・7㌔㍍にわたって約3倍の27㍍の4車線道路へと拡幅させるというものだ。行政はこれを「復興の起爆剤」にするという。みなが少しずつ益城に帰ってきて病院や商店も再開させて元の生活をとり戻そうとしているなかで中心部のメイン通り沿道は立ち退きを強いられて空洞化することになる。道路整備は「10年計画」といわれ、測量して立ち退き対象がはっきりするまでに1年はかかるという。県道の両側は商店街になっており、立ち退き範囲には、地震に耐えた家や、プレハブや新店舗を建てて商売を再開した事業所、町内17医療機関のうち10医療機関も入っている。地震で家が崩れ、人人が困っている足下を見て土地を安く買い上げ、残った人人には「復興のため」といって立ち退きを迫る。この道路計画が終わらなければ、復興は前に進まないという状況をつくる問答無用のやり方だ。この9カ月間、それぞれ生活をとり戻す努力をしてきた矢先のことで、「住民の生活はどうなるのか?」「地域コミュニティはどうなるのか?」と誰もが怒りをあらわにして語っていた。ただでさえ人口が減って、夜には誰もいなくなり真っ暗になる益城町で「誰が使う道路なのか」「なぜ道路から先に話になるのか」と。「復興」の考え方そのものが住民の必要から出発したものになっていない。
  拡幅した県道は、熊本市と空港を結ぶ道路になるが、すでに4車線道路が並行して走っており、バイパスくらいの意味合いしかない。震災直後に救助にあたった消防団員たちも「防災インフラの整備というのなら救急車の入らない狭い路地の拡幅や救助体制こそ充実させるべきではないか」「そんな巨大道路をつくれば通り過ぎるだけになってしまう」と疑問を語っていた。たいした意味のない道路の建設計画のために被災者の復興を釘付けにするという本末転倒だ。
  県や町の復興計画では、空港を「創造的復興の核」に位置づけ、ターミナルビルを建て替え、運営や空港施設を民間委託し、「新産業拠点」として企業誘致などに力点を置いているようだ。道路整備はその一環と見られ、整備後は新たに県道沿いを“商業エリア”にするという。だが、その空白の10年間を経て、果たして誰がそこで商売をするのだろうか。今後は、東北の津波被災地と同じように市街地全域に建築規制がかけられる模様で、「いったい復興はどこに向かっているのか?」とみなが危機感を持っている。苦しい境遇に置かれていても、元の町を復活させる希望があるから乗り切れる。だが、「創造的復興」を掲げて住民を追い出して、誰も望んでいない方向に町を変貌させる「復興」ならば、6年たっても仮設暮らしを強いられている東北の二の舞いになるといわれる。
  西原村などの農村部でも、農業、畜産業が甚大な被害を受けた。畜舎などの施設の解体や建て替えについては「住居が先」ということで後回しになり、公費解体が始まったのは昨年12月から。そこから施設を建て直して震災前の水準の生産量や出荷量に戻すには何年もかかる。テレビなどマスコミが報道するのは、被災地を訪問する大臣やタレントばかりで、被災地の現状がどうなのかを報道しないことに住民たちは「熊本の本当に厳しい現状をまったく見ていない」と憤りを語っていた。
 A 今回の熊本地震でマスコミなどは「トップの判断力が運命を左右した」と首長の資質が問題であるかのようにクローズアップしてきた。たしかに町当局の判断や対応には問題があるし、それは是正されなければいけない。だが、被害規模からいえば、人員的にも予算的にも町単独で対応できるレベルをこえている。被災後の益城町政には県から出向してきた政策審議官が采配を振るっているといわれているが、災害対応で財政出動の権限を持つ県、さらには国の意向が強く反映してこのような発想になっている。地元自治体トップ以上に腐っている連中がいる。議会や国会議員も含めた行政による統治が機能しておらず、住民の状況すら把握できていないし、しようともしていない。どこを見てなにをしているのかといわざるを得ない。
  住民をバラバラにして地元に帰ってもどうしようもない状況をつくり出し、地域コミュニティを喪失させたうえで、平時にはできなかった災害便乗の「復興」大規模事業を持ち込む。東北とまったく同じことが熊本でもおこなわれている。阪神大震災、東日本大震災、そして熊本地震まできて、災害というものに対する行政対応は「裏マニュアルでもあるのか」と思うほどパターン化されている印象だ。益城は空港周辺でも企業誘致するといわれているが、広大な土地が必要になる。住民の生活を放置しておいて、誰も帰らない土地をつくり出しておいて「誰も住まないのなら…」と用途変更で工業地帯にしていくとか、東北被災地を重ねるとやりかねないという危惧がある。
  インフラも復旧しておらず、住民はボーリングで井戸を掘ったり、道路の端に設置され自由に使える生活用水の蛇口から水を得ている状態だ。風呂から食事、洗濯までホース一本で生活している家庭もある。難民キャンプと変わらない。どこの先進国なのかと聞かなければならない。
 バラックやプレハブを建てて生活できれば良い方で、それに費やせるお金がない人もいるし、これからの生活にどれだけお金がかかるかも分からない。解体するにしても、建物の「解体」以外は公費解体の補助対象にならず、崩れた家から家具や荷物をとり出すのも別料金がかかるし、その荷物をどこかに保管しようと思えばコンテナ倉庫などを自前で借りなければならない。苦境にある被災者の足下を見て、不動産やテナント料は上がり、瓦やビニールシートに至るまで法外な値段でふっかけてくる業者など悪徳商法が出回ったり、空き巣などのあこぎな連中も沸いてくる。この状態が長引けば長引くほど、それを好機にしてもうけようとする者も出てくる。住民の生活を守る側であるべき行政がそれを助長させてどうするのかとみなが思っている。

 東北被災地と全く同じ 18万が未だ避難生活

  東北被災地の住民が置かれている状況とまったく同じだ。6年目を迎える東北では仮設暮らしが10万人、民間の借り上げ住宅も含めると18万人がいまだに避難生活を送っている。2年期限だった仮設住宅も、延長、再延長を重ねて六年たった。熊本も同じようになると危惧されている。 
 北朝鮮で大洪水災害で家が流されたが、軍や住民も動員して50日であっという間に1万2000戸の復興住宅を建てていた。逆に大丈夫か? とも感じるが、北朝鮮より先進国で金も持っている「自由で民主主義の国」において6年経っても被災者は放置されたままの状況だ。
 福島でも原発事故当事者である東電の責任が免罪されようとしているなかで、避難住民への補助金は打ち切りになる。そして今年の3月には借り上げ住宅への避難者に対する住宅支援が打ち切られる。これだけ長長と住民を外へ追いやっておいて、今後は「除染が終わった」ことを理由に、避難指示区域の全面解除をしようとしている。これをもって東電からの賠償金も解除することがもくろまれている。
  益城町を取材しながら、宮城県牡鹿半島の雄勝地区の状況が重なった。この地区は津波で町のすべてが流され、今でも住民はあちこちバラバラで暮らしているが、「雄勝に残りたい」と仮設の商店街を建ててなんとか町を再建させようとまとまって動き始めていた。そこに「雄勝中心地区拠点エリア整備事業」なる高台造成事業が持ち込まれた。町全体をかさ上げする計画で、沿岸部を通っている道路を九㍍の高台へ移し、そこからさらに高い15㍍の高さの場所に商業店舗やグラウンド、体育館などを建設するための土地を整備する。さらに20㍍の地点に高台住宅団地や雄勝総合支所・公民館、消防署などを建設するというものだ。
 もともと固い地盤の上に軟弱な盛り土をしてその上に街をつくること自体ばかげているが、この計画をわざわざ仮設商店街がある場所に計画した。そのため仮設商店街や周辺の商店、鉄工所などは立ち退かされ、今年六月からまた別の場所にまた仮設商店街がオープンしている。
 雄勝の住民も「事業が遅れれば遅れるほど雄勝へ帰ることをあきらめざるをえない。高台計画の完成は29年6月となっているが、今の様子だともっと遅れる。そうすればさらに帰還を望む人は減る。高台計画にみな振り回されるだけで、自分の生活すらまともに計画できないのが現状。完成しても2、3年後にはゴーストタウンになるのではないか」と益城町民と同じことを話していた。釜石でも震災後、自力で借金して家や商店を建てたのに、「復興特区」でイオンタウンをつくるために立ち退きさせられたりもしている。
  岩手の陸前高田にしても町全体の地盤に盛り土をして最大12㍍かさ上げする工事が進行しているが、いくら補強加工しても、本来の地盤の上に砂で固めただけの軟弱な地盤では次に地震が来たときにどうなるか恐くて住めるものではないし、すでに造成地では地盤沈下が起こって何度も問題になっている。宮城でも建築規制をかけて住民を仮設に囲い込み、1兆円かけて巨大な防潮堤をつくったり、花盛りなのは税金を使ったゼネコンの盛り土、コンクリート遊びだ。被災した住民に対して「何とか助けてあげたい」と思うのが国民全体の感情だが、ゼネコンなど金を持っている側の災害に対する感覚はそうではないことを暴露している。復興は税金つかみどりの金もうけの手段であり、被災地を食い物にしていく黒い力が露骨に働いている。国もその側に貢献していく姿勢だ。今の政治の性質が震災復興の現場でリアルに出ている。

 棄民扱いの政治と対決 全国的な共通課題

  東京オリンピックに3兆円、年間に数兆円規模のODA(政府開発援助)で海外進出した企業もタイなどの途上国で空港や橋などをつくっている。バングラデシュのインフラ整備に6000億円、スリランカの空港整備に700億円、カンボジアの国道改修に192億円、フィリピンのマニラ鉄道計画に2400億円、ベトナムの鉄道開発など国内そっちのけで専決している。熊本で崩れた家を軽く建て直せる額だ。途上国に注ぐまえになぜ家を失った国民を助けないのか。これからも日本全国ではどこかが揺れる度に、被災地は放置されて「準ホームレス」がつくり出されるという現実だ。「この国は何なのか?」「これが美しい国なのか?」だ。
  「創造的復興」は阪神大震災のスローガンとなり、東日本大震災でさらに露骨になった。阪神大震災での仮設住宅の費用は、4万8000戸(1戸あたり400万円)で1920億円。それに対して、本州四国連絡道路等に2467億円、関西空港2期埋め立て8326億円、神戸空港の建設に2494億円という巨大プロジェクトに復興費用の大半が注ぎ込まれた。だが、住民の大反対を押し切って建設した神戸空港も赤字施設となり、今では自治体財政の足かせになっている。神戸の復興都市計画事業の中心にあった新長田駅周辺再開発は20年以上たってもいまだに事業は完了していない。市が強権的に地区内すべての土地を買収して、高度化した再開発ビルを建て、住民たちは借金をして入居したが採算割れをして次次に廃業に追い込まれた。現在はシャッターだらけの空きテナントばかりで、値が付かないほどに資産価値は下落しているという。「創造的復興」の典型的事例だといわれている。
 東日本大震災では、26兆円投入しながら18万人が今も仮設暮らしという有様だ。ほとんどが被災者の生活再建以外のものに流用された結果だ。これほどの資金があるなら、生活再建は進まなければおかしい。いったい誰がくすねているのかだ。
  東北では、石巻の水産加工場などにしても元通りにする「復旧」には補助金が下りないが1・5倍とか工場を大きくしたら補助金が下りる。「復興特区」にして株式会社に漁業権を与えるケースもだが、災害を企業のビジネスチャンスにする。
  復興というときに主体となるのは被災した住民自身だ。そのためには共同体、コミュニティの力が発揮されなければならず、ただ「かわいそう」といって囲い込み、民間丸投げの同情を注ぐだけでは復興が進むわけがないということは被災者自身が痛切に感じていることだ。だが、これだけ大規模な被害に見舞われたなかで、失われた生活基盤を早急に回復させ、生活を保障し、住民をバックアップしていく公的な力が働かないことには動きようがない。それが逆に、住民ではなく外からの発想で大規模開発を持ち込んで、住民の手足を縛り、住民自身の生活再建に注ぐべき金は「自助努力せよ」「それは私有財産」といって先細っていく。「このままでは10年後にはゴーストタウンになる」という危機感が、東北や各地の被災地の現状と重ねて語られている。
  東北、熊本ときて復興に向けて事が進まない問題点をあぶり出す必要がある。「公平性」といって支援を限定し、煩雑な書類手続きばかりで申請なども時間がかかって仕方ない問題などは見直さなければいけない。「ワンストップで対応する」などといってできた復興庁などまるで機能しておらず、災害支援は厚労省、道路復旧は国交省、農業復興は農水省など、復興にかかわる事業の認可は元の省庁が握っており、ただ「手続きが増えただけ」というのが実態だ。日本全国地震活動期でいつどこで次の大地震が起きるかもわからない状況で、災害に対してどう対応するのかは、今の基準のままではまた東北や熊本と同じ状況にみなが投げ込まれていく。人間の生活をとり戻すことを第一にして抜本的に制度そのものを見直さないといけない。
  安倍首相が「国が前面に立つ」「プッシュ型だ」といって国が全面に乗り出して権力を振るえば振るうほど現場がまひした。現地権限の拡大ではなく、政府権限の拡大を主張して災害の政治利用ばかりが目に付いたのも特徴だ。震災後、政府の代表として現地対策本部長になった内閣府副大臣が「こんな飯が食えるか!」と怒鳴り散らしていたことが物議を醸していた。参院選挙が終われば、熊本の「く」の字もいわなくなった。
  昔から日本列島は地震や津波、火山噴火などの災害に見舞われてきたし、人人はそのたびに立ち上がってきた。昔以上に機材から能力まで充実し、生活再建していく力はあるなかで、復興が進まない。東北は津波で町が流され、福島では原発の放射能被害があるが、それに比べると熊本地震の場合は局地的だし、もっと復興が早くていいはずなのにそれが数年先まで見通せない状況だ。博多駅での道路陥没が1週間で復旧させたのとも比べても、いかに放置しているかがわかる。都市部の交通網の中心なら本気を出すが、田舎だからやらないのか? と思わせている。税金をとるばかりで住民の世話をしない。できるのにやらない。今の政治の象徴だ。
  「国民の生命、安全を守る」というのは抽象的な話ではなく、現実に被災して悲劇に見舞われた国民に対してどういう対応をするのかという姿勢に具体的にあらわれる。これだけ被災地が増えている状況下でその足かせになる東京オリンピック、さらに沖縄の基地建設やTPP、原発再稼働でもまったく同じ問題で、国土や国民がどうなろうが知ったことではないという姿勢が露骨に被災地にあらわれている。被災地の現状を打開する課題は、全国的な課題と共通しており、政治を国民の手にとり戻すためにはこの政治との対決なしには実現できない。

 

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