トップページへ戻る


科学や学問は誰の為にあるか
慶應大学で研究会設立シンポ
               軍学共同がもたらすもの    2017年1月16日付
 
 慶應義塾大学日吉キャンパス(横浜市)で14日、「慶應で軍学共同問題を考える- ペンは剣より強いのか」と題してシンポジウムが開催された。同学の教員有志で新たに設立した慶應義塾軍学共同問題研究会が主催した。公に大学での軍事研究を認めてこなかった戦後の日本の学術界の立場が、近年、政財界主導による武器輸出の解禁や「安全保障技術研究推進制度」などの政策によって根本的に揺るがされていることに警鐘を鳴らし、社会発展と人人のために真理を探究する科学者の社会的使命に立ち、学術界の軍事汚染に反対する積極的な行動提起として注目されている。
       
 今問われる学者の使命
 
 シンポジウムは、研究者や学生、一般市民にも公開され、軍学共同反対連絡会の共同代表の池内了・名古屋大学名誉教授、慶應義塾大学法学部の片山杜秀教授、同大学理工学部の高桑和巳准教授が基調講演をおこなった。講演内容の要旨を紹介する。(見出しは編集部)
 
  「直接軍用でない」の詭弁  慶應義塾大学准教授・現代思想 高 桑 和 己

 現在、慶應義塾では、防衛省その他の軍事防衛関連の組織、それに準ずる組織からの資金調達を禁止するという規則は存在しない。直接的な軍事研究は禁止されているが、「直接軍事利用を目的としていない研究のためであれば軍事・防衛機関からの資金調達は禁止されていない」となっている。これはすでに矛盾であり、直接軍事利用を目的としていない研究のためにどうして軍事・防衛機関がわざわざ資金を提供するだろうか? そんなことは論理的にも実際的にもありえない。目的をたどっていけば必ず軍事利用に行き着く。
 実際に、慶應で軍学共同にかかわるメインの学部は、理工学部と医学部と考えられる。私が所属する理工学部では、「防衛省からの研究資金受け入れに関するガイドライン」として、「研究の内容および成果が学術的に意義があり、直接軍事利用を目的にしていないこと」「研究者が自主的に研究課題を選び、研究成果が産業の発展に寄与できること」など4カ条の内規を2015年に学部長名で出している。教授会では議論もなく、報告事項として発表された。
 この内規は、大学見解として「学問研究の自由という立場から研究者が自主的に研究課題を選んだ学問研究で、人類の福祉向上に役立つものであること」「研究が直接軍事目的に利用されるおそれのないものであること」「研究成果の公表が自由に研究者に認められていること」などの四原則を定めた「研究のあり方について」(1967年)や、「軍事関連機関からの研究資金受け入れについて」(2010年)の内部規定を踏襲したものだが、軍事研究が原則禁止だった六七年当時と比較すると、「軍事関連機関からの研究資金」「防衛省からの研究資金受け入れ」へと功名にタイトルを変化させて軍事資金を受け入れることが前提になっており、承認プロセスも「学部長の了解」から「研究倫理委員会の承認」へと整備されている。
 さらに、1967年の翌年、米極東軍研究開発局から本学医学部の教員が補助金を受けて研究をしていたことがメディアによって暴かれ、「米軍資金導入問題」として学生運動の火種となった。その結果、大学当局は、教員に米軍からの資金を返却させる決定をしたが、それはその研究が軍事研究だと認めたからではない。大学が出した文書によれば、「いたずらに世界の疑惑をこうむることになる」、つまり騒ぎの種になるからという理由だった。
 「研究の自由」は当然守られなければならないが、その資金が米軍からのものであった以上研究の中身が検証されるべきであり、まず「研究の自由」を語るというのは筋が通らない。だが、このときは「研究の自由」を盾にすることで、その研究が軍事研究であるかどうかは棚上げで終わった。「直接軍事目的に利用されるおそれのないもの」という学内規定は、本来はかなり高いハードルであるが、運用面ではほぼザルであった。
 とはいえ、この米軍資金問題をめぐる社会的な騒動の記憶は数十年にわたって研究者にも心理的な抑止力を与え続け、それ以来、慶應では少なくとも軍事・防衛機関から直接資金を調達するような研究者は出なかった。しかし、その記憶が薄れるにつれて、この「研究のあり方について」という文書と、この文書が軍事研究をやめさせるためには使われなかったという事実だけが残り、あれから数十年を経て動き出した今回の防衛省資金をめぐってふたたびこの文書がまったく同じ決定回避のために使われるというパラドックスが起きている。
 いまでは、デュアルユース論(軍事・民生双方に利用できる)という論法になっているが、研究が軍事研究であるかを棚上げにするための疑似議論がその都度発明されているだけのことであり、本質は1967年からまったく変わっていない。
 必要なことは、軍事・防衛関連機関からの資金調達は、例外なく禁止するということであり、それを盛り込んだ規定を、大学全体、学部レベルで採択することが望ましい。大学としての原則を適用する状況が変わっているのだから、大学全体で検討すべき筋の話であるが、今度も「研究の自由」「学部の自治」という美名を掲げて、全体での意志決定は「独裁になる」といって避けるというのが大学上層部の論理になっている。
 とくに人文科学や社会科学、基礎研究にかかわる研究者には、自分の授業をとって教養を身につけたはずの学生が、その後に研究室に入り、自分の意志とはかかわりなく教員が防衛省予算で研究をしていれば、それに関与させられ、その方針を引き継いでいく研究者に育っていくことになりかねない。私たちはそんなことのために学生を育てているわけではないという切実感がある。自分の専門分野をこえた問題も自分の問題として考える能力こそ教養である。
 慶應のシンボルであるペンマークは「ペンは剣より強し」を意味している。それが機能しているのであれば「防衛省からの予算は軍事目的研究でなければ許容する」というような言い逃れが許容されるはずはない。
 そのようなペンでどうやって剣とたたかえるのか。
 
 民生研究圧迫する軍事化    名古屋大学名誉教授・宇宙物理学 池 内 了

 2013年に安倍内閣が「国家安全保障戦略」「防衛大綱五カ年計画」「防衛整備計画」の3つを閣議決定し、「大学や研究機関と連携して、民生技術をデュアルユース技術として防衛にも活用する」という項目を入れたことにはじまり、学術界でさまざまな軍事化の動きが進んでいる。
 学術界の軍事化の一つは技術協力であり、慶應大学では2012年に「水中にできる泡に関する研究」をしている。船の先端部に泡を発生させて走ることで水中抵抗を減らし、効率よく走れるというものだ。これは潜水艦にも応用できるもので、民生技術を軍事技術にそのまま転換できるものだ。この技術協力は04年にはじまり、現在は8大学、8研究機関23件まで増加した。そのうちJAXA(宇宙航空研究開発機構)が6件を占めている。
 この交流を進める防衛省の技術研究本部は防衛装備庁の一部門となり、大学と研究機関との間でノウハウを交換している。2015年からは、防衛省が「ものになりそうだ」と目を付けた研究は防衛予算に組み込まれるようになった。例えば、JAXAでは、赤外線カメラ開発の技術交流をはじめて、3年目にして防衛予算で48億円が付いている。これはミサイル発射を探知し、迎撃ミサイルで撃ち落とす早期警戒衛星として活用するための研究だ。実際にはミサイルなど撃ち落とせないのだが。
 学生への浸透もある。防衛省が企業と同じように学生のインターンシップを募集し、学生を個人で参加させ、その感想をインターネットなどで発信して誘い込みをやる。さらに、大学と防衛省との間で安全保障に関する研究交流・模擬演習を進めている。10年前から公共政策研究科というのがあちこちの大学に新設されたが、そこでの重要なテーマは国際的な安全保障政策であり、防衛省との机上演習を具体的にやっている。
 さらに、防衛装備品の開発研究のために、100人以上の大学教員が外部評価委員として発令され、庁主催のシンポジウムや一般講演に講師として招かれている。防衛省がさまざまな研究者とつながりを作る重要なステップであり、馴れ合った教員を戦前と同じように嘱託にして囲い込んでいくという流れだ。総合科学技術・イノベーション会議が提案したハイリスク研究支援に防衛省が絡み、DARPA(米国防高等研究計画局)の方式を取り入れ、ここで芽が出た研究技術を防衛技術に転換することもやっている。
 そして米軍資金。これは現在も続いており、米軍から大学への資金流入が2010年、15年に調査されている。赤坂のプレスセンターに米陸海空軍が別別に事務所を構え、そこから奨学金や渡航費、留学費用を迂回援助する。軍事関連機関からの援助は紙切れ一枚で得られるためかなり広がっている。ノーベル賞を受賞した白川英樹博士も空軍事務所から資金をもらって2年間留学していたが、彼自身は空軍からの資金であるとは知らず、後で知って「ゾッとした」といっていた。後でなにをいわれるかわからないからだ。これは米軍を日本において認知させるためのシステムだ。DARPA主催のロボットコンテストが東日本大震災を機に「災害ロボット」の開発を名目にしてやられている。
 これらはいわばこっそりやられてきたものだが、公然と防衛省が研究資金を出すといいはじめたのが今回の安全保障技術研究推進制度だ。防衛省は「基礎研究」であり、「直接軍用するものではない」と強調しているが、実際には、基礎研究―応用研究―実証研究―実用化・事業化―装備化という流れを想定している。装備化までの第一ステップの研究に他ならない。
 制度の進め方としては、防衛省が将来防衛装備品として活用するテーマを提示する。メタマテリアル(ステルス戦闘機に塗ってレーダーで探知されにくくさせる物質)、「昆虫サイズの小型飛行体」というものもあるが、これは戦時中に日本軍の731部隊がノミにチフス菌を塗布して放つ研究をしていたが、今度はノミのかわりに生物科学物質を組み込んだ飛行体を使うというものだ。そこから研究者がテーマを選んで提案し、防衛省が採択する。
 重要なのは、研究の受託者は機関であり、塾長(学長)ということだ。責任の範疇は研究者にとどまらない。さらに、防衛省所属のプログラム・オフィサー(PO)が常に研究者の側について、研究の進捗状況や予算執行状況などを管理・干渉する。成果の公開については、このPOに届け出ることが必須となるため、通常の意味の競争的資金といえるものではない。15年度に採択されたものは、海中ドローンになる海中ワイヤレス電力伝送技術(パナソニック)、毒ガス戦での応用が想定されるナノファイバーによる有害化学物質の吸着特性(豊橋技科大)など、どこからみても軍事研究そのものである。

      ※         ※
 池内氏はさらに、この制度への応募総数が15年度の109件(採択9件)から16年度は44件(採択10件)へと激減したにもかかわらず、予算枠が3億円から6億円、そして8億円へと増やされ、17年度には新設枠として102億円(数十億円規模を5年間継続)という前年度の18倍も増額したことに触れ、「これほど大幅なスケールアップは本格的な軍事研究が目的であることの証であり、軍産学複合体への第一歩だ。これほどの大きな予算になれば一研究機関では進められず、産業界との結びつきが強まるのは必至」と指摘し、この制度への大学の態度について以下のようにのべた。

 新潟大学が15年10月に行動規範に「軍事への寄与を目的とする研究をおこなわない」という文言を付け加えた。さらに昨年12月、関西大学が研究倫理として「学内研究者の申請を認めない。他大学の申請の共同研究者に名前を連ねない。軍事を所管する国内外の機関の研究や民間企業の軍事目的の研究にも協力しない」という非常に厳格な規範を出した。国外(米軍関連)も含めた資金にも言及しており、非常に画期的だ。
 その他、琉球大、広島大、東北大、山梨大、静岡大などさまざまな大学が学長声明やガイドライン、理事会で申し合わせている。京大、早稲田大、立命館大、龍谷大などでは学長が「応募しない」と確認している。
 東大は03年の「憲章」で、「世界の公共性に寄与」する公共財として研究教育をおこなうことを掲げていることから、応募資格が「日本人に限る」というような防衛省の募集には「応じられない」としている。
 だが、財務省から「しっかり営業活動をしろ」といわれている防衛省は、これらの大学の狙い撃ちをはじめている。「110億円もつけたのだから、積み残すなよ」ということだ。
 今年に入って広島大の研究者に防衛省から応募の勧めがあったという。大学の特定グループから学長宛に「応募承認せよ」というメールが集中的に送られるという動きもある。広島大は学長と理事会がこの制度には応募しないと申し合わせている大学だ。そういう大学を狙って防衛省が「応募すれば当たりますよ」のささやき作戦をやっている。北海道大でも同様の勧誘があったといわれている。軍事協力を拒む大学を照準にした防衛省による一本釣りだ。
 今後は課題研究に研究者を指名したり、防衛省の研究グループの嘱託に任命することなども考えられ、展開を見る必要がある。
 これに対して日本学術会議では、1949年の発足の決議で「これまでわが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し、今後は、科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるという確信の下に、わが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せん」と表明している。また「戦争を目的とする科学の研究には今後絶対に従わない固い決意」という総会決議を1950年と67年の2回採択している。米軍資金の流入が騒ぎになった時期だ。騒ぎの発端だった日本物理学会も「軍事にかかわる一切の研究にはかかわらない」と決議していたが、その後「明白な軍事研究以外は構わない」に変更している。
 現在は、日本学術会議でも大西会長の「自衛のための軍事研究は許容される」との持論がメディアで展開されている。大西会長は豊橋技科大の学長であり、毒ガス戦に応用されるナノファイバー研究を受諾した人だ。昨年五月の総会では、会長だけが独走し、いかにも学術会議が承認したかのように見えることに異論が続出している。
 昨年11月18日の日本学術会議検討委員会では、私と防衛装備庁の役人2人がそれぞれ参考意見をのべたが、安全保障技術研究推進制度の研究成果の公開についての議論のなかで学会発表など公的な発表・公開にはPOの事前の承諾が必要であることを彼らは明確に認めた。学生や院生、ポスドク、留学生の発表もそれに準ずるとした。彼らは「公開を原則とする」というが、「どこまで発表してよいかをPOが確認する」というもので、公開の自由は完全に認められていない。
 「研究成果の公表を制限することはない」「研究成果を特定秘密をはじめとする秘密に指定することはない」と記しているが、POが側について事前にチェックするのであれば変わらない。

 科学への信頼放棄する愚行

 日本学術会議の決議が覆れば、科学は劣化し、日本の学術そのものがおかしくなる。科学者も劣化し、「学者は金でいうことを聞かせられる」と政府・財界・軍に甘く見られるのは明らかだ。市民の科学者に対する信頼が失われ、市民権も劣化する。4月までに日本学術会議の公式表明がされるとみられるが、「機関としては反対するが、個人としてはこの限りではない」とか「明白な軍事研究」などの詭弁が使われる可能性もあるので注視する必要がある。研究者の許容論としてのデュアルユースは、「研究現場では区別できない」「研究開発と現実の使用は別」という言い訳であるが、実際は「金がないから…」といって「貧しいから軍隊に行かざるを得ない」という米国の子どもたちと同じ道を進む研究者版「経済的徴兵制」である。さらには「防衛のためなら軍事研究は構わない」という論も強力に存在する。だが、すべての戦争は「自衛のため」という理由ではじまる。自衛のために敵を叩かねばならぬとなり、防衛と攻撃の区別は付かず、エスカレートしていき、最終的に核兵器開発になる。一歩でも踏み出せば戦争への道に加担していくということを強調しておきたい。
 デュアルユースといかにも対等のようにいうが、現在、私たちが問題にしているのは、軍事研究をさせられたら、本来の民生研究ができなくなるということだ。逆にインターネット、GPSなど軍事技術の民生開放は山ほどあるが、これは軍が民間の信用を得るためにやっていることであり、われわれが望んでやらせていることではない。軍と民生は決して対等などではなく、一方的に軍が民生技術を横取りしようとしているのが軍学共同の本質だ。
 軍学共同がはじまれば、秘密研究が大前提になる。いかなる軍事研究もオープンになることはまずない。秘密でなければ武器にならず、すぐにそれに対応した兵器が作られるからだ。秘密研究になると大学の自治が侵されるのは明らかだ。軍からの資金で建てられた建物や研究場所は治外法権になり、塾長であろうと立ち入れない。これは実際に米国で起きており、マサチューセッツ工科大などは軍事研究専門の研究所をつくって、それ以外では軍事研究を禁止するとなっている。
 さらに成果の秘匿によって学問の自由は脅かされる。少しでも研究内容を漏らせば秘密漏洩罪で捉えられる可能性が高く、研究現場は萎縮する。「私的な発表(教室内での発表会など)は構わない」というが、それを聞きつけた人が喋った場合どうなるのか。
 そして、研究者の精神が堕落する。つまり、人人のための真理の探究ではなく、軍のための研究になる。それは学生に対する教育的悪影響を及ぼす。戦時中に軍事研究をさせられた体験者は「教授にいわれて嬉嬉としてやっていたが、当時は意味がまったくわからなかった。いま思えば大変なことをやった」という。つまり、物事を考えさせず、ひたすらそれを夢中になってやらせるということがどんどん増えていく。それは当然、科学への人人の信頼を失わさせる。私たちの反対運動で、軍事研究が採択された大学へ抗議に行くと地方紙が報じてくれる。それを読んだ市民が「あの大学のあの先生があんなことを…」という世論になり、これがすごい効果を発揮する。受験生の減少に繋がるからだ。市民はやはり大学の先生にそのようなことを望んでいないし、市民の信頼に反するような大学が増えていくことは大学と市民との信頼関係に大きな影響を及ぼすだろう。

 竹槍作戦に行き着いたかつての軍学共同 
                 慶應義塾大学教授・日本政治思想史 片 山 杜 秀

 最後に、片山杜秀氏(日本政治思想史)が、「科学者と戦争」「学問と戦争」について第1、第2次大戦中の文献を参照しながら意見をのべた。
 大正15年に陸軍関係者が執筆した「国家総動員の意義」という啓蒙本では、第1次大戦中から「学術界の動員」として、ドイツとの国交が危機に瀕した米国が、政府機関(官)や科学者(学)、国内有数の各種工場(産)と提携協調して、すみやかに科学調査会議を創設していった事例に学ぶことを提唱している。
 「当時の軍事研究でも、まず兵器開発などに直接つながる理科系の動員を第一にしている。慶應の理工学部の歴史をみると、前身である藤原工業大学が創立されたのは昭和14年で、盧溝橋事件があり、泥沼の日中戦争に突入していく時期だ。この戦況が悪化するなかで、三井財閥を代表する人物で東条内閣でも閣僚を務めた藤原銀次郎(慶應出身)が創設し、太平洋戦争の末期に慶應大学の一学部になった。つまり戦争のための研究をおこない、国家に寄与する道を示すことで大学が生き残りをはかるためにできた学部といえる。慶應義塾は、池田成彬、小林一三など重要閣僚として政治と学校の結びつきを保障し、財界のトップであるような人を多数輩出してきた特殊性をもっていた」ことを指摘した。
 さらに、昭和10年には、山下奉文や小泉信三(慶應出身)などを含めた「教学刷新評議会」が作られ、学術界の思想を統制して軍国主義日本に奉仕させる理屈づくりのうえで重要な役割を果たしたこと、電通なども「日本の総力戦」を謳って科学者の戦時動員を進めていたことを明らかにし、「現在の軍学共同は、あの当時と同じ道をたどっている。かつての戦争では学問が政治や軍事にあれほど動員されたにもかかわらず、戦争も政治も学問からかけ離れ、“竹槍300万本あれば勝てる”というような荒唐無稽な論を唱えるに至った。保身からくる虚無主義と非合理な狂信が正論を圧していった。現在も、軍産複合体によって大企業も研究者も一時的にはもうかるかもしれないが、この少子高齢化の時代に、そのハイテク軍事力を誰が維持し、誰がお金を出すのか。“とりあえず食えればいい”で従うなら、まさにかつての竹槍路線のくり返しだ」と指摘した。

 社会動かすまで発言続ける

 講演者の提起を受けた質疑では、研究者や一般参加者から「研究は公開されることによって批判を受け、交流を持つことで初めて一歩前に進む。自然科学分野ではどう考えたらいいか」(倫理学)などの質問や「基礎科学を守るうえで看過できない問題だ。理系はお金がかかる。防衛研究費は18倍だが、科研費は削られるという偏向だ。資金に頼るようになって後に引けなくなるシステムだ」(医学部)などの意見が出された。
 「現状では、まだ成果が公開できないという経験をしていないため研究者側は希望的観測で楽観視している。いままでの研究方式が通用すると考えているようだが、軍組織はそんなに甘くない。一旦お金をもらうと断ることができなくなる。もう一方では、文教予算を削り、軍事研究へと誘導していく仕組みづくりがされている」「国家と財界という巨象に蟻が立ち向かうようなものだといわれるが、発言し続けることが重要だ。この問題が多くの人の目に見えるようになると社会的な矛盾は必ず顕在化する。学術会議も軍との密着を拒否する発言をしなければいけない。その光が見えるまで学者は行動すべきで、発言することをやめてはならない」(池内氏)、「発言して満足するだけでなく、この問題を通じて現実に大学に明確な規約を明記できるまで全学的な論議を起こしていきたい」(高桑氏)と強い決意が語られた。

トップページへ戻る