トップページへ戻る

核廃絶の思い形に 大署名運動
原水爆禁止全国実行委員会
                日本戦場の核戦争許さぬ     2006年4月24日付
 
 原水爆禁止全国実行委員会は23日午後1時から、下関市からと会館で全国会議を開き、当面する原水禁運動の方向を討議。日本を戦場にした原水爆戦争の動きが強まる緊迫した情勢のもと、広島・長崎の体験に根ざした国民的な憤激が一段と高まるなかで、アメリカ政府に広島、長崎への原爆投下の謝罪を要求し、原水爆の製造、貯蔵、使用の禁止を訴える署名運動を大規模にくり広げ、今年の八・六斗争への大結集をはかることを確認した。
 はじめに、平野照美事務局長が今年の運動の基調報告を提案した。
 報告では、広島・長崎に原爆を投下したアメリカが核独占を強め新しい核兵器の開発に拍車をかけ、「核の先制使用」を叫び「広島湾岸をはじめ日本全土を再び原水爆の火の海に沈めようと、そのたくらみを強めている」ことを暴露するとともに、全国各地で開催されている原爆展キャラバン隊や、原爆と空襲展で、戦前戦後の体験からアメリカへの激しい怒りが噴出していることを指摘した。
 さらにこうした情勢のもとで、「1950年8・6平和斗争の路線を継承し、労働者を中心に青年、学生、教師など各層のなかで、原水爆禁止運動を力強く発展させる」方向と中国、朝鮮、イラクをはじめ世界各地の人民との国際連帯の課題を明確にし、アメリカ政府に原爆投下の謝罪を求める署名運動を大きく展開し、職場、学校・地域で論議を旺盛に起こし、原水爆禁止の世論を発展させることを訴えた。
 討議ではまず、長崎での原爆展キャラバンや統一宣伝活動、広島各地での原爆展活動、岩国、沖縄の基地所在地での活動について状況が報告された。
 長崎のキャラバン隊からは、「昨年以上に原爆展パネルに釘付けになる人が多い。パネルの前に集まって体験を語りあう状況がある。“沈黙を破る長崎の怒り”のチラシが広がるなかで、“星条旗を踏みつぶしたいというのが本当の気持ちだ”とか、バチカン主導の運動や補償をもらうだけの被爆者の運動への反発が語られている」ことが出された。つづけて「1人ではできない。全市民的な運動にしていってほしい」という要求が高まっており、「市民が抑圧と欺瞞のベールをはぎとって行動していけるようにやっていきたい」とのべた。
 広島からは宮島や五日市での原爆展や、準備が進む廿日市原爆展の状況が報告された。共通して岩国住民投票や戦争の接近、テロ対策や「国民保護法」、米国産輸入牛肉などをめぐってアメリカへの怒りが噴出していること、宮島では「八カ所のお寺が被爆者の収容所になった凄絶な光景や、占領軍がジープで島内を荒らし回った体験が語られた」ことが紹介された。また広島でも県や市が「国民保護条例」の制定を進めており、被爆都市の秋葉忠利市長が核攻撃を受けた場合を想定して「レインコートを着て逃げる」など、ばかげた無謀な訓練計画を具体化しようとしていることに被爆者の怒りが噴出、「二度と被爆のような事態をこうむらないようにするのが市長の責任。本末転倒している」と語りあわれていることも明らかにされた。
 岩国からは、「住民投票をめぐって、広島湾一帯の原水爆戦争の要塞化に積年の怒りが噴出した。9・11事件以後、米軍は市民に銃口を向けて逃げる準備をしており、“アメリカは日本を守るとか、基地との共存共栄はウソだ。これ以上だまっていることはできない”という世論が高まっている」ことが明らかにされた。さらに、原爆と岩国空襲展のとりくみが進んでいるが、「住民投票で役割を担った自治会長や婦人が積極的に賛同協力している」と報告された。
 沖縄の活動家は、宜野座村や名護市での大衆の意見を聞いた状況を報告。戦争体験者が沖縄戦と戦後のたたかいの経験を語り、立ち上がっていること、長周新聞の『沖縄戦の真実』の号外が反響を呼んでいることを紹介した。
 下関では各地区での原爆と空襲展が続けられているが、空襲はもとより、特攻隊や、戦地での忌まわしい体験、外地からの引き揚げ体験が語られ、退職教師らが青少年に体験を語ったり、現役世代が積極的に反応していることが明らかにされた。小中高生平和の会の教師は、原爆と下関空襲展で体験を語ってきた人人が平和教室で子どもたちに語るようになってきたことを報告した。

  被爆の怒りを共有 各層の運動再建促進
 討議はこうした情勢をどのようにとらえ、今年の8・6にむけて運動をどう発展させるのかをめぐって深められた。
 「被爆の新鮮な怒りを共有することが出発点だ。米軍基地の再編による日本全土の基地化が進み、原爆を想定した避難訓練をするところまで来ている。年配者、戦争体験者は、平和のために行動しなければならないという切実感がある。活動家がこれと共有しあうかどうかだ」「団結できるすべてのものが団結し、8・6の全国的な平和斗争に合流させていくことだ」「それに貢献する政治勢力を結集することだ」という意見が出され、具体的な活動として、アメリカに原爆投下の謝罪を求め、原水爆の製造、貯蔵、使用の禁止を訴える署名運動を全国各地で巻き起こすことについて、論議が発展した。
 そこでは、「大衆の意欲と要求は巨大な力になって、活動家の認識をこえて発展している。既存の運動勢力はこれとは異質で、大衆から嫌われ衰退している。署名運動は圧倒的な大衆の要求を形にしたものだ。他の運動潮流とは独自にやることで、大多数の大衆の要求を形にして発展させることができる有効な形態だ」という発言もあり、大衆みずからの運動として発展できるように貢献することを確認。全国、各県を動かす目標をかかげてとりくむ決意が交わされた。
 労働者活動家から、「職場で経済斗争ができないのに、政治斗争もできるはずがないという認識だったが、労働者の実際は8・6への結集の条件が成熟している。活動家の認識の改造が決定的だ」という発言があった。
 これと関連して、「署名活動は、原爆を武器にした労働者支配とどうたたかうかを論議し結集するうえで有効だ。体制内の待遇改善を願い、社会の片隅で平和な生活を求めるものが相手にされるわけがない」「教師や知識人、青年学生、婦人など各界各層の運動の転換を促す方向でとりくもう」という意見も出され、「1950年8・6斗争で、青年労働者が経済主義、日常斗争主義は誤りで、反帝反戦斗争を基本とすることを確認し、階級的宣伝と国際連帯性を強化する方向へと転換した教訓を今こそ明確にすべきだ」という論議に発展した。

トップページへ戻る