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核戦争阻止の国民的運動作る
原水爆禁止全国実行委
               労働者の原爆展論議重視     2009年6月29日付

 原水爆禁止全国実行委員会は28日、第2回会議を開き、3月の第1回会議以後急激に激動発展する情勢のなかで、この間の実践を交流しあい、8・6広島集会に向けて平和勢力を大結集する方向を確認しあった。
 はじめに事務局の川村なおみ氏が基調を提案した。川村氏は第1回会議以後の3カ月間で、「原水爆禁止運動を巡る情勢は激動発展し、オバマが4月にプラハで“核廃絶”演説をおこなったことをマスコミが称え、原水禁・原水協がその手下の姿を露わにするなかで、北朝鮮の“ミサイル”、核実験を騒いで、日本をアメリカの核攻撃基地にする陣形が一段と強められてきた」とのべ、「これに対してアメリカの原爆投下と戦後の植民地支配への怒りと結びついて、新たな原水爆戦争を強いようとする米日支配層への憤激が急速に高まり、平和世論は行動を求めて発展している。このすう勢を勢いよく発展させ、平和勢力を8・6広島集計に大結集させることが求められている」とした。
 そのなかで広島、長崎の被爆市民をはじめ戦争体験者の体験と本当の声を語り継ぐ運動が、原爆と戦争展を中心として意欲的にくり広げられ、長崎では、第5回「原爆と戦争展」のとりくみを通じてカトリックに覆い隠されてきた2万体の無縁仏が明らかになり、広島や呉や岩国などでもアメリカが歴史を偽造してきた状況を市民自らの手で明るみに出して、平和世論を高めている。2つの被爆地の絆を強めて全国世界に発信し、平和勢力を結集する強固な基盤が築かれつつあるとのべた。
 また戦後日本を植民地的に隷属させてきたアメリカが、金融恐慌のもとで日本をさらに惨憺たる荒廃に落としこめようとしており、私心なく社会全体の利益のために奮斗する新しい政治勢力が生命力を持って広がっていることを明らかにした。こうしたなかで「労働者を中心に50年8・6型の原水爆禁止運動を国民的な規模で発展させることが切実に求められている。50年8・6斗争は青年労働者がそれまで労働運動をむしばんでいた経済主義、組合主義を批判し、反帝斗争を基本としてたたかうことを明確にして、その歴史的な使命を高く掲げてたたかうことで国民的な原水禁運動に発展させる原動力になった。労働者が組合主義、改良主義と明確に一線を画し、原爆反対、戦争反対を第一級の課題に掲げて団結し、全人民の根本的利益を代表して各界各層の統一戦線を発展させること、そのような政治集団を形成することが期待されている」とのべた。

 世代超え強い行動意欲
 討議で広島の男性は、呉や広大「原爆と戦争展」、全国からの修学旅行生・広島市内の学校で体験を語るとりくみが大きく広がっていることをのべ、「戦争情勢のなかで、体験を語る意欲は去年以上になっている。被爆者は若い人に対して“今こそ原爆を使わせない運動に立ち上がってほしい”と呼びかけている」とのべた。呉では岩国への空母艦載機部隊の移転問題やオバマ発言などが論議され、呉空襲体験者からも「戦後葬られてきた歴史の真実を掘り起こさないといけないという意欲が語られている」と語った。とりくみのなかで、戦争への危惧(ぐ)が語られ、若い世代も「今の平和がいつ崩れてもおかしくない。若い世代がどうしたら戦争を阻止できるのか学んでいきたい」と行動意欲を強めているとのべた。
 劇団はぐるま座団員は、長崎「原爆と戦争展」の特徴を報告。「4月の『雷電』長崎公演で振遠隊の存在と、原爆と戦争展のなかで被爆した2万体の遺骨の存在が明らかになるなかで、アメリカが戦後支配のために歴史を意図的に抹殺してきたことが浮き彫りになった」とのべた。5回目となった今年のとりくみでは、被爆者が学校を回り、街頭キャラバンでチラシを配布するなど、長崎自身の運動として発展した。会期中も「現在の戦争策動とあわせ、長周新聞の教育座談会が反響を呼び、子どもたちをどうするのかという問題意識が戦争体験者、被爆者と若い先生たちのあいだで共通して語られた」と語った。また長崎大学での原爆と戦争展を参観した大学生が期間中も参加し、佐世保や市内の他大学でもパネル展示をする動きが出ていることを紹介した。
 岩国の男性は、5月に開催した原爆と戦争展が、岩国基地増強に反対する市民世論を反映して勢いあるものとなったことをのべた。自治会や学校からこれまでになく強い反応があり「若い世代も“日本政府のアメリカいいなりと、どはずれた自己中心主義は戦後のアメリカ支配のもとでつくられてきた。核廃絶をしようとするなら、アメリカが1番にするべきだ”と鋭く語っていくなど今の戦争の危機のなかで運動の展望に対する意見が多く出された」とのべた。
 沖縄の男性は、街頭や学校、幼稚園、宜野湾市役所などで原爆と戦争展を開催してきたことをのべた。昨年の那覇「原爆と戦争展」を参観した専門学校校長が学園でパネルを展示するなど広がっていることを報告。出向いた戦地体験者や被爆者が「若い者が政治に関心を持たないといけない」「アメリカはペリー来航のときから日本を狙っていた。決して戦争を終わらせるためではない」と真正面から思いを語り「孫たちがまた戦争にとられるなど絶対に許せない」と年配者の意欲が強まっているとのべた。

 大きな視野に立ち行動
 各地の反響から「被爆者や戦争体験者が行動的になっている。現在戦争がいつ始まってもおかしくない状況になっている。これまでの戦争も、“事変”といっているあいだに全面戦争になり太平洋戦争まで突っ込んでいった。9・11も気づいたときには大規模な戦争になっていた。年寄りはぼーっとしていてはいけないと行動的になっている。兵隊がいなければ、戦争はできない。労働の規制緩和で意図的に食っていけない若者をつくり兵隊にしようといている。教育では攻撃性の強い人間をつくっている。自由・民主・人権が戦後の軍国主義だ。各戦線で戦争を阻止する運動をどうつくるかが課題だ」という意見が出された。
 愛知県の活動家は「全国で1番多くの派遣切りがやられている。2人に1人しか仕事がない状態で、目先の問題をどう解決するかでは解決しない。世の中を変えるために仲間をつくろうという呼びかけが当たり前のように受け止められている。展望がなく自爆テロに行くのか、社会を変えるのか現実的な問題だ」とのべた。
 沖縄の活動家も「派遣切りにあった失業者のなかで“労働者に給料を払えない会社はつぶれる。こんなに国民を食べさせられない国はつぶれるではないか”と語られている。若い労働者のなかで改良主義が入る余地はない。失業がなぜ起きるのか、これが戦争になっていくというのが原爆と戦争展のなかで明らかになっている。大きな視野に立っていく素地がある。労働組合の衰退と比べると新しい質が生まれてきている。労働者のなかに原爆と戦争展を持ち込んで行きたい」とのべた。
 「自分の興味と関心といっても、気づいたら戦争になって個人の自由などなくなっていたと年寄りは強調している。戦争を阻止し、社会そのものを変えようではないかという運動でなければ迫力がない。年配者は50年、100年と歴史的に見ている。若い側が日本全体をどうするのかという立場でいけば大衆と響きあう」「労働者のなかで原爆展論議が重要。企業のなかで対応しようとしてもどうにもならない。大きなところで論議すると展望が出てくる。目の前だけに押し込めて戦争に持っていくのが手段だ。自分のことばかり考えていると、自分の運命まで変えられるということではないか」と論議された。
 学校原爆展をとりくんだ教師は、教師や父母、地域をあげたとりくみのなかで、普段手を焼く子どもたちが被爆者の話を真剣に聞き、鋭い反応をしていることに驚きと喜びが語られたことを紹介し、「学校に文句をいいに来るおばあちゃんからも“先生たちの熱意に感謝したい”といわれた。子どもの生き方にとってなにが必要なのか、父母や地域の人と団結して教育をしていけば大きな運動になる」とのべた。
 退職教師は「戦争の淵に追い込まれようとしているときに、日本をどうするかで体験者が立ち上がっている。戦争政治の一環で教育改革があり、戦争反対をたたかう教師の隊列が学校ぐるみ、地域ぐるみでできつつある。日本をどうするかを中心に据えるかどうかが重要だ。戦争に反対して新しい社会の担い手をつくるところへ来ている」とのべた。退職教師のあいだで、戦前は押しつけの軍国主義だったが、現在は自由放任という形の軍国主義だと論議されており、「戦後民主教育で、アメリカが進歩的などの見方があいまいなまま来ていた。戦争反対の運動として大論議を起こしていきたい」とのべた。
 別の退職教師は「長周新聞座談会で、戦後一貫して兵隊をつくる教育が計画的にやられていることが今の子どもの現状からはっきりした。教師を抑圧してきた構図がはっきりするなかで解放され、親・地域・教師のところにうって出ようとなっている。実際を親に知らせ、子どもを兵隊に出さないという論議を巻き起こし、斬新な運動をつくっていこうとなっている」とのべた。
 はぐるま座団員も「劇団再建から、『雷電』創造、下関初演から1年間斗争してきた。『雷電』のなかで、アメリカ支配で日本がめちゃくちゃにされている。このままでは、日本がどうなるのかと熱意を込めてとりくまれた。今後原爆展の発展を劇にして、実際に戦争を阻止する文芸運動をつくるという課題に着手している。今年中には作品化して、今現実に進行している戦争を阻止し、作品をつくることで運動を全国結集し、様相を一変させていきたい」と決意をのべた。

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