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核戦争阻止の戦斗的働きかけへ
原水爆禁止全国実行委
            原爆投下目的を徹底暴露   2007年4月16日付

 原水爆禁止全国実行委員会は15日、下関市のからと会館で全国会議を開き、当面する原水爆禁止運動の方向を討議した。米軍再編や、自衛隊の海外派遣の本来任務化、国民保護計画、日本本土へのミサイル配備など原水爆戦争の具体化がすすめられるなか、広島・長崎の原爆、戦争体験を根底にした全国的な憤激が高まっており、この新鮮な怒りを共有し、原爆投下の目的、第2次世界大戦の真実を鮮明にして、原水爆戦争を押しとどめる全国的な勢力の大結集にむけて奮斗することが確認された。

 全国的な平和勢力を大結集
 はじめに事務局の平野照美氏が、基調報告をおこなった。
 平野氏は広島、長崎に原爆が投下されて62年を迎える今年、その投下者であるアメリカが「日本民族をふたたび原水爆の火の海にたたき込もうと策動を強めている」と指摘。「広島・長崎の被爆市民はもちろん、戦争を経験した世代をはじめ広範な人人のなかでこの屈辱を絶対に許してはならない」とのべた。
 さらに、核を独占し、他国を脅してきたアメリカが世界的に孤立するなかで、在日米軍基地を強化し、空母艦載機部隊を岩国に移駐し、広島湾一帯を軍事要塞化するなど、日本の先制攻撃体制づくりを進め、岩国をはじめ全国で猛反発を受けていること、また、下関市では「国民保護計画」の具体化として全国に先立って実動訓練が準備され「戦争に総動員していく態勢が強められている」とのべた。
 また、原爆展運動のなかで、第2次世界大戦の真実が生き生きと明らかにされ、「日本全国の平和の力を大きく揺り動かしている」こと、原水爆禁止運動を切り開いた50年8・6斗争の立場に立って、各地でくまなく「原爆と戦争展」パネルを展示し、戦後振りまかれてきたアメリカのインチキをはぎとり、「労働者を中心に原水爆戦争を阻止する平和の力を結集」することを提起した。
 論議では、まず、新しく制作された「第2次大戦の真実」パネルを使った原爆と戦争展の反響から報告された。
 広島からは、今年2月に宇品地区で「原爆と戦争展」がおこなわれ、「被爆者、戦地経験者、空襲体験者、遺族などがパネルを前にしてアメリカの残虐さと現在おこなわれている戦争への激しい怒りをぶちまけていった。そのなかでこれまで切り離されてきた被爆者と戦争体験者の交流が進み、これまで抑えられていたアメリカへの怒りが堂堂と語られるようになった」こと、5月には呉市で「全市的な平和の事業にしよう」と開催に向けた準備が進んでいることが報告された。
 下関地区からは、国民保護法の具体化として、六連島で全国初の戦時訓練が計画されていることに対し、中止を求める全市的な宣伝と、各地域で「原爆と戦争展」を展開していることを報告。そのなかで、「“地元出身の安倍首相が地元から戦場にしようとしている”“アメリカの属国ではなく、独立するべきだ”と異口同音に語られる特徴がある。戦争体験に根ざした論議を広げ、中止に向けた力を作っていきたい」と語られた。
 下関原爆被害者の会事務局からは、「昨年の下関での原爆と戦争展を契機に、パネルを見た特攻隊や戦地の体験者から深い思いが語られ、被爆者との団結が深まった。また、第2二次世界大戦の全貌が明らかになるなかで、アメリカの原爆投下が戦争を終結するためだったという欺瞞がはがされ、日本を侵略し、占領支配する目的が一層はっきりした。このアメリカの犯罪を暴くなかで新しい怒りと力が起こっている。六連島訓練の問題について被爆者の会でも、“逃げる訓練より戦争にならないように下関から平和運動をやるべきだ”と決議をあげ、行動につなげていこうと話されている」と報告された。

 基地撤去や安保破棄と結び
 岩国の活動家は、「先日の県議選で移転容認を叫んだ旧岩国市の自民党現職議員をまたも市民がたたき落とし、“二井知事も大きな顔して岩国を歩けんぞ”と明るく語られる勝利感に満ちている。また、予算を否決し、国防協力都市宣言までした市議会をリコールする動きもある。自治会への締め付けをはねつけて下から運動を起こす機運が高まっている」と語り、「第2次大戦の真実を持ち込むなかで、あの戦争と戦後のアメリカ支配はなんだったのかという意識が深まり、力になっている。取り組みを広げて、平和勢力の大結集に向けて奮斗したい」と決意をのべた。
 また、全国の米軍再編問題で岩国が突出した力を発揮していることについて、「数年来にわたる原爆展開催と、米軍再編は騒音だけの問題ではなく岩国市民の戦中戦後の体験から、“米軍は日本を守らない。支配するものだ”と日本の安全保障をめぐる問題を暴露した宣伝が、市民のなかで定着し、少少では揺るがない力になっている」との意見が出され、個個バラバラの大衆の意見を集約した原爆展パネルが大衆を発動していること、本音を語らせない抑圧を取り払って大衆を励ます政治勢力の役割が明らかにされた。
 また、「これまで沈黙させられてきた戦争体験者たちは“右翼”と見なされてきたが、1番平和を願っている。これを“右翼”と見なしてきたのは、親米・戦後民主主義の潮流であり、この抑圧を取っ払うことが重要だ。そこで語られた内容がパネルに集約されており、それを見ることで今日のデタラメな社会がどこからはじまったのかという認識が発展している」こと、「労働者を抑圧しているのは軍事力でとりわけ原水爆であり、労働者の運動は自分たちのもっとも大きな敵とたたかうのでなければ展望は開けない」と、運動路線をめぐって論議された。
 大阪の高校教師は、キャラバン隊とともに港区の原爆と戦争展をおこなった経験にふれ「体験者がパネルを指さして、“戦中は生の芋をかじっていたが、いまも大阪には1万人ものホームレスがいる。国民を食えないようにして、また憲法まで変えようとしている”と語られた。パネルは自分が体験していることが集約されており、強い怒りを引き出している」と報告。
 また、「青年交流会でも、オレンジプランや日本プランでアメリカが意図的に日本に侵略したことや、負けると分かっていてなぜ戦争に突入したのかが話題になり、教師からパネル冊子を50冊共同購入したいと申し出があるなど反響が強い。教師が、戦争体験者たちとともに戦争を押しとどめ、子どもを守るという立場に立ってやっていけば必ず広がると思う」と確信が語られた。
 人民教育同盟からは、「第2次世界大戦の性質は、いまの教育改革がどこからきているのかという問題であり、パネルを使った学習会や討議を進めるなかで、新しい教師との結びつきがはじまっている」とのべ、「戦争反対が第一義であり、その一環としての教育改革とたたかっていくことを鮮明にして深めていきたい」と決意がのべられた。
 劇団はぐるま座の団員は、先日、北九州門司区での原爆と戦争展のなかで、「兵役経験者が訪れて、門司港から多くの兵士が出征して帰ってこなかったことを語り、“軍隊の体験はこれまで語ることができなかったが、本当のことを語れば世の中がひっくり返るんだ”といわれていた。この問題意識に応えていきたい」とのべた。
 最後に、事務局から、これらの反響を確信にして、「第2次大戦」パネルを全国各地で展示をやりながら、「アメリカに原爆投下の謝罪を求める」アピール署名を今日の情勢に合致した内容に発展させ、圧倒的な署名活動を全国的に取り組んでいくことが確認され、散会した。

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