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新自由主義の世界的矛盾噴出 ①~⑨
――それをいかに解決するか――     
     埼玉大学名誉教授 鎌 倉 孝 夫
 
 はじめに  

 トランプ政権登場をめぐって

 当初は泡沫候補とみなされ、選挙戦の演説や論戦の中では品性の下劣さ丸出しの数々の暴言、実行できるかどうか全く不明な場当り的主張を行ない、共和党内からも反発が生じながら、TPPに代表される自由貿易・グローバリズムが労働者民衆の貧困・生活抑圧をもたらすとして規制強化を訴えたことが、とくに白人労働者の支持を受けて、ドナルド・トランプ氏が次期大統領に当選した。―トランプ政権の登場。その政権が果してどのような政策を採るかはこれからの問題であるが、なぜトランプ氏が当選したのか、その背景・根拠は十分に明らかにされなければならないし、選挙戦におけるその発言、政権を構成する首脳陣によって、どういう政策が現実に採られるかは大筋予測しうる、といえよう。
 トランプ政権登場の背景から、この政権登場の政治的社会的意味に関する見解が提示されている。また採られるであろう政策によって事態がどう変るかに関する一定の判断も出されている。そこで、代表的な見解、判断に関し、紹介・検討し、それらを通して解明しなければならない課題を示そう。
 ① エマニュエル・トッド氏(仏人類学者・歴史学者)。「自由貿易と移民が、世界中の働き手を競争に放り込み、不平等と停滞をもたらした、と人々は理解し、その二つを問題にする候補を選んだ。有権者は理にかなったふるまいをしたのです。」「社会について語る場面では、真実を口にしていたのはトランプ氏の方でした。彼は〈米国はうまくいっていない〉と言いました。ほんとうのことです。〈米国はもはや世界から尊敬されていない〉とも言いました。彼は同盟国がもうついてこなくなっている事実を見ています。そこでも真実を語ったのです。…トランプ氏選出で米国と世界は現実に立ち戻ったのです。幻想に浸っているより現実に戻った方が諸問題の対処は容易です。」オバマ政権―ヒラリー・クリントン氏はいぜん「幻想に浸っている」ことが暴露された。「…トランプ氏が候補になることで、最優先事項が人種や宗教の問題ではなく、経済闘争になったのです。…米国ではレーガン時代から不平等が急速に拡大しました。人々はもうたくさんだと感じた。…アングロサクソンの人たちは不平等に寛容ですが、経済や階級、利益の対立が力を持った。米国政治の世界は、マルクス主義モデルに戻ったと言えるかもしれません。…経済的な対立が前面に出てきているということです。」
 「トランプ氏が劣勢をひっくり返して支持を広げたのは、ラストベルト(さびついた地帯)諸州です。破壊された古い製造業の地元です。彼を選んだのは虐待されたプロレタリアともいえるわけです。マルクスが生きていたら、結果に満足したかも知れません。」さらにトッド氏はいう。「大衆層が自分たちの声を聞かせようとして、ある候補を押し上げる。それをポピュリズムと言ってすませるわけにはいきません。人々の不安や意思の表明をポピュリズムというのはもうやめましょう。」(『朝日新聞』2016年11月17日)。
 トランプ氏当選の背景には、社会的格差拡大、大衆の失業・貧困・生活難がある。それはいまだれにも隠蔽しえない現実の事態である。自由貿易を推進しながら、これを政策的に解決しうるとしてきた民主党政権の無力も現実に暴露された。それは、民主党サンダース候補への期待と同じ背景である。しかしサンダース候補には、この事態をもたらしている体制に対する批判、そして“社会主義”への転換という思想があった。しかしトランプ氏の自由貿易批判の観点は、ナチスと共通する排外主義的民族主義、一国的国家主義に立っている。トランプを支持した大衆は、ヒトラーに吸収された大衆と同じ面があることをとらえなければならないのではないか。移民阻止とかイスラム排斥とか、民衆間の対立をあおる―― その行きつく先は戦争ではないか。
 新自由主義のもたらした社会の矛盾――それは資本の、現代では金融資本の行動に起因する。本稿はそれを明らかにする。これはマルクスの分析の正しさを示すものとなる。しかしトランプ氏を支持した大衆の行動に、マルクスは満足するか。トランプ氏にも、またそれを支持した大衆にも、今日の社会的矛盾の原因が金融資本の支配にあるという認識がどれだけあるか。現代社会の矛盾が、資本対労働者の対立・矛盾だという認識―― それがなければマルクスは満足しないであろう。問題はむしろ抑圧され生活・生存を破滅させられている労働者民衆が、なぜ排外主義的民族主義、国家主義を支持するのか、にある。しかもこの事態は、EU、日本でも共通なのである。
 ②ポール・クルーグマン氏(ニューヨーク市立大教授 2008年ノーベル経済学賞受賞)。自ら「中道左派」と認めるクルーグマン氏の発言は、アメリカの知識人の知性を感じさせる(新聞は『朝日新聞』同上、「クルーグマン・コラム」から)。
 「…思い出してほしい。選挙とは、権力をつかむ人を決めるものであって、真実を語る人を決めるものではない。トランプ氏の選挙運動は、かつてないほど欺瞞に満ちていた。このうそは政治的な代償を払うことなく、確かに多数の有識者の共感をも呼んだ。だからと言って、うそが真実に変わることはない。大都市のスラム街は記録的な犯罪が起きている戦闘地域ではないし、米国は世界一税金が高い国ではない。さらには、気候変動は中国人が言い立てているデマではない。…どれだけ大きな権力の後ろ盾を得たとしても、うそはうそだ。理知的に正直に考えればだれもが不愉快な現実を直視しなければならない。つまり、トランプ政権は米国と世界に多大な損害を与えることになる。」「…今回の大統領選の結果がもたらす悪影響は、今後何十年、ことによると何世代も続くだろう。」クルーグマン氏が真剣に心配するのは、地球温暖化対策に関する世界的合意が白紙に戻されることによる「損害」、「とんでもない人たちが連邦最高裁判事になると見込まれ、各州政府は有権者をもっと抑圧できるような権力を持つ」危険性、「最悪の場合、陰湿な人種差別が米国全土で標準となる可能性」、さらに「市民の自由」の侵害等である。
 「トランプ氏の政策は、彼に投票した人々を救済することにはならないであろう。それどころか支持者たちの暮らしは、かなり悪化すると思われる。…おそらく米国は特別な国ではなく、一時代は築いたものの、いまや強権者に支配される堕落した国へと転がり落ちている途上にあるのかもしれない。」とクルーグマン氏はいう。しかしこの状況を受け入れるつもりはない。「米国のあるべき姿へと戻るのは、だれもが予想するより長く険わしい道のりだろうし、うまくいかないかもしれない。でもやってみるほかにない。」と。
 トランプ政権に、どういう人物が加わるかによって、当然政策が左右されることになるが、選挙戦の中でのトランプ氏の発言が実行されるとすれば、クルーグマンの心配は現実のものとなるといえるし、「トランポノミクス」によってトランプ氏を支持した大衆の生活はかえって「悪化する」ことは確実であろう。
 “オバマ版ニューディール”政策のブレーンであったクルーグマン氏が、人種主義、反自由主義を唱えるトランプ氏を“うそつき”と酷評し非難するのは当然のことであろうし、自由・民主主義を標榜してきたアメリカの「堕落」を真剣に危惧し「あるべき姿に戻ろう」というのも理解できる。しかし、クルーグマン氏は、なぜ民主党が、ヒラリー・クリントン氏が、支持をえられなかったのかを、反省すべきなのに、それは明らかにされていない。当所は、ブッシュ政権の全く不法な軍事侵攻による混乱・泥沼の状況に対し、“チェンジ”を唱えたオバマ政権が、一体何をやってきたのか、明確に新自由主義―グローバリズム推進に回帰したこの政権の下で、アメリカ国内で、さらに世界各国でどういう事態が生じているのか、なぜ多くの民衆が民主党政権を見離しトランプ氏支持に走ったのか、その分析・反省を通した政策の検討が必要である。クルーグマン氏にはこれが欠けている。
 クルーグマン氏が「戻ろう」という自由と民主主義の国・アメリカ―それはどういう内実であったか。自由と民主主義の名でアメリカ帝国主義の世界的覇権支配が進められてきたのではないか。それに対する反省、転換なくして事態の改善・進展はありえない。
 ③パックス・アメリカーナの終焉か。
 トランプ氏を支持した多くの大衆を生み出したアメリカの経済、社会の悲惨な現実、その現実を背景に、その克服を図る上に、これまで採られてきた政策の転換を唱えるトランプ氏の数々の発言。これらをふまえながら、検討すべき重要な見解が出されている。
 イアン・ブレーマー氏(米政治学者)は、「ドナルド・トランプ氏の勝利は、〈パックス・アメリカーナ〉(米国の支配による平和)の終焉を意味する」という(『毎日新聞』2016年11月17日)。「この時代は今後、歴史教科書に〈1945年に始まり2016年に終結〉と書かれるであろう」という。
 「次期大統領は、世界に米国の価値観を広めて公共財を提供することや〈民主主義の旗手〉〈世界の警察官〉であることに関心がない。外交は単独行動主義で、同盟国との関係はビジネスのような取引となる。…〈米国第一主義〉により、同盟国の多くは米国が約束を放棄すると受けとめる。多くの同盟国は米国から離れていくだろう。」と。
 たしかにアメリカ自身に、パックス・アメリカーナを維持する実力はもはやなくなっている。実力喪失はすでに前世紀から、(1971年の直接にはドル・金交換停止から)現実に露呈している。しかし1990年代以降ソビエト崩壊で体制間対立が終焉し、アメリカの帝国主義覇権支配に対する対抗力が弱まったことをいいことに、アメリカはその帝国主義としての本質を露わに発揮することになった。それがひき起こす混乱の中から、アメリカの帝国主義支配に対する反抗、テロリストによる絶望的反抗が激化した。テロリストだけではない―自主を求め、さらに体制変革をめざす運動も確実に強まっている。帝国主義国・アメリカはこれに対処しなければならない。同盟国に責任と負担・犠牲を強要する上においても、帝国主義支配体制の維持の責任を果さなければならない。
 帝国主義支配は、明らかにその矛盾を噴出させ同盟国間の亀裂を深めながら、帝国主義国・アメリカ自らがその支配をやめることにならないし同盟各国もそれぞれ帝国主義的性格をもつ限り、自ら負担を犠牲を負いそれぞれの国内矛盾を深めながら、アメリカに帝国主義覇権支配を求め続けて行くであろう。
 帝国主義支配をやめさせる力は帝国主義自体の中にはないことをとらえなければならない。
 たしかにブレーマー氏がいうように、資本家的・実業家トランプ氏の頭は、すべてを交換原理と損得勘定でとらえるのであろう。他国・同盟国への軍事基地・軍事力の維持、軍事力の現実のプレゼンスも、それによってアメリカがそれだけの負担に対して得るものがない、と考えるのであろう。しかし政権を担い、現実政治を突きつけられれば、しかもどれだけ国家的にはペイしないとしても、国家(国民)に負担されながらそれによって利益を得る者(軍産複合体=死の商人)がいる限り、軍事・安全保障問題には交換原理は通用しないことを知ることになるであろうし、それでも損得勘定を考えるとすれば、同盟国への負担要求はさらに強まるであろう。
 寺島実郎氏(日本総合研究所会長)は、「今年英国が欧州連合(EU)からの離脱を決めた。それに続く今回の結果は世界史の中で見ても大きな時代の転機と言えるだろう。それは20世紀から続いた米国の国際主義の終焉と言っていいかもしれない。」という(『毎日新聞』2016年11月11日)。寺島氏は、「今回の結果の最大の理由は米国内で増えている〈プアホワイト(貧しい白人)〉だ。全体貧困率は15%に達し、白人の貧困率は今やアジア系をも上回る。貧困がなぜ増えたのか。グローバリゼーションによる仕事の海外流出や移民の問題という見方もあるが、本質的には新自由主義政策の中での〈マネーゲームの肥大化〉が大きい。金融業と証券業を隔てる壁になっていたグラス・スティーガル法が1999年に廃止された。それが引き金になり、サブプライムローン的な悪知恵がリーマンショックをひき起こした。〈強欲なウォール街〉に対してはオバマ政権も十分に対処できなかった。今回、民主党のサンダース現象をひき起こした層のかなりが、トランプ支持に回ったとみられる。格差と貧困に対する米国民の焦燥こそが、この選挙結果の最大の要だ。」という。このとらえ方は的確である。
 ここから寺島氏は、「選挙戦では両候補とも環太平洋パートナーシップ協定(TPP)には反対だった。つまり保護主義への回帰だ。新自由主義からの静かな決別、とも言える」という。
 貧困、格差―それに対する「プワー・ホワイト」の反抗。これは明らかに新自由主義展開によるものである。これに応えなければならない―保護主義・国益第一主義が台頭している。しかしそれは新自由主義からの「決別」をもたらすのか。1980年代後半以降、資本主義各国は、バブル―崩壊―それへの対処によるバブル再燃―さらに崩壊(しかも規模を拡大して)をくり返してきた。しかし「強欲なウォール街」―それを動かす金融資本は、自らの経営破綻を国家(国民の税金)負担に転嫁して回避し生き延びる―しかもバブルとその崩壊の規模を拡大して。新自由主義推進の主役・銀行と証券資本を一体化した金融資本は、その利潤追求・獲得の自由を保証する新自由主義を自ら放棄しようとはしない。国益第一主義を唱えても、今日の金融資本が世界市場を必要とする限り、1930年代型国家主義に走ることは不可能ではないか。それ自身の支配がもたらす国内矛盾を深めつつも、各国金融資本はその独自の利益の最大限の実現を求めて、世界市場争奪戦をさらに激化させることになろう。
 とらえなければならないことは、資本の支配がそれによって社会的対立・矛盾を激化させても彼らはその存続のためあらゆる方策を導入する―資本主義の自動崩壊はない、ということである。

 以下本論文の課題を示しておこう。
 一、新自由主義推進の主役―多国籍金融資本―― その本質は
 二、国家主義・ネオナチ登場―しかし無展望 ――新自由主義は転換するか
 三、アメリカ帝国主義の覇権支配はどうなるか―― 現代世界の対立構図の中で
 四、体制の転換・主体の転換―なぜ民衆はナチに期待するのか―資本主義の自動崩壊はない
 体制変革―社会主義実現をめざして―― 主体の認識、主体としての実践

 一、新自由主義推進の主役ー多国籍金融資本その本質は

はじめに ギャンブル経済

 「アベノミクスそのものが金融博打だったが、終いにはむき出しのギャンブルをもってきて、まるでこれが〈経済政策〉であるかのような論議がまことしやかに交わされるほど、政財界に投機主義が浸透しきっている…」(『長周新聞』2016年12月9日)。統合型リゾート(IR)の整備を推進する「カジノ解禁法」強行採決に関わる『長周新聞』のこの指摘は、「アベノミクス」のギャンブル的性格、そして今日のギャンブル経済の特質を的確に表現している。
 カジノの場で、どれだけ儲けた者がいても、それはその場に持ち込んだ他の人々のカネを奪っただけであり、その場自体何の価値も、カネの量も増やすものではない。一攫千金を得ようと血まなこになって動き回ってもそこから何の富も生じない。価値も富も生じないこうした行動は、GDPの増大・経済成長をもたらすはずがない。
 「アベノミクス」の成長政策は、何よりも株価の上昇と円安効果によって、資本家的企業の利潤を増大させることをテコにしようというのであるが、後により明確にするように、全く逆立ちした考えである。株価上昇は、本来価値・富形成の根拠をもつ企業の利潤増大を根拠にしている。この根拠に基づかない株価上昇は、上昇の根拠をそれ自体もっていないバブルでしかないので、全く人為的政策   中央銀行の通貨増発とそれに基づく金融機関の株式購入によるしかない。いまや中央銀行(日本銀行)が、民間企業発行の株式を直接購入し株価を高めている。その上政府は、年金基金(GPIF)さえ使って株式購入を増加させ、株価上昇を支えている。
 株式市場では、株式・証券売買によって利得を獲得することを専業とする投資会社はじめ、証券会社・銀行・生命保険会社等が株式売買による利得獲得に走っている。株式売買による利得獲得には必ず投機・ギャンブルが伴う。まさに「投機主義」が支配する。このような投機的株式売買―利得獲得の行動は、株式を発行して資金を調達し、現実資本(各産業を利潤獲得目的で経営する資本)の運動をも支配する。その下で、現実資本による商品生産・販売の目的は人間生活に必要な富(生活資料)の生産ではなく、ここでも投機的利得獲得となる。投機的利得獲得が人間社会存立根拠である生産過程にも浸入している。「投機主義」が、株式・証券市場だけでなく経済の全領域を支配しつつある。
 しかし、それ自体根拠をもたない株価上昇―株式売買による利得獲得は、国家と中央銀行による人為的政策介入によってしか維持しえない。さらに株価上昇を図ろうとすれば、人為的政策を拡大するしかない。政策を拡大しなかったり、縮小させれば、たちまち株価下落―パニックに陥る。パニックによる社会的秩序の破壊を避けようとすれば、人為的政策介入を拡大させなければならない。1980年代以降資本主義各国に生じているのは、株式・証券価格上昇・バブル―― その崩壊・パニックの発生―― それを抑え、株価下落を阻止する一層の人為的政策の拡大のくり返しである。いまや中央銀行の通貨増発が銀行・金融機関に預金として非運用のまま滞流させれば、利子を課すというマイナス金利を導入し、人為的に創出した過剰マネーを、強制的に株式・証券投資にふり向けさせよう、としているのである。
 「投機主義」が今日の経済の体質となっている。まず株価を引上げて経済成長を図るという逆立ちした考えは、今日の経済のこの体質に基づいている。
 とらえなければならないのは、このような経済の体質をもたらしている現代の金融資本の性格である。この現代金融資本は、資本の究極的形態であり、その支配の矛盾を確実に解消する新たな資本形態はないことの確認である。
 
 新自由主義の総括

 まず新自由主義に関し一定の総括をしておこう。
 新自由主義政策の内容は、①規制(直接には資本家的企業の行動に対する)緩和、撤廃、②公的事業(国営、公営企業)の民営化―私的資本家的企業への転化、③そのための条件整備―公的事業(とくに福祉、教育事業)への財政支出削減、生活と労働分野の法改正(物的交換関係への解消)、である。
 新自由主義政策を推進する主役は、資本、大資本(外国資本を含めた)であり、その目的は彼らの行動の自由(弱肉強食の競争の自由)、利潤追求・獲得の自由の国家的保証である。
 ①新自由主義政策導入の契機は、1974~75年のスタグフレーション(資本主義各国における物価上昇の下での不況の継続)であった。スタグフレーションをもたらしたのは、71年8月のニクソン・ショック―米ドルと金との交換停止・ドルの不換紙幣化と価値低下―であり、ドル価値低下に対抗するOPECをはじめとする産油国の原油価格引上げ、物価上昇・生活費高騰に対抗する労働組合運動の高揚による賃金引上げ(企業にとってはコスト上昇)であった。いわゆるケインズ主義―― 国家財政支出の増大をテコとする景気上昇策は、物価上昇をもたらしながら、コスト上昇によって資本家的企業の利潤増大をもたらさないから景気上昇効果がない。その主な原因は、ドル価値低下―原油をはじめとする物価上昇に対抗する労働者の賃金引上げにある。ということから、すでに資本家的企業間の世界市場競争戦が展開されている中で、資本・大資本は、コスト削減・賃金引下げによる競争力強化―利潤拡大を目的として、新自由主義政策を求めたのである。とくに日本の財界が、民間産業大企業の競争力強化を図るため、労働組合をだき込んで減量経営・合理化を推進したのであるが、これは明らかに新自由主義のさきがけ(なおその思想に基づいてというより、現実的実利追求の観点に立って)であった。
 1980年代に入ると、アメリカ・レーガン政権、イギリス・サッチャー政権による新自由主義政策の推進と連動して、日本でも中曽根政権によって新自由主義政策が本格的に導入される。その中心は、国鉄分割・民営化であった。それを実行するため、中曽根政権は、国鉄労働組合を暴力的に(不当労働行為によって)弾圧し、さらに総評を解体させた。新自由主義の推進には国家暴力が伴うことをとらえなければならない。
 90年代。ソビエト・東欧「社会主義」崩壊によって、アメリカ帝国主義は新自由主義を世界的に推進・拡大する。その中心は、IT技術を駆使した金融投機・その自由化―― 金融資本を主役とした株式・証券投資・投機の世界的拡大、そのための各国の金融規制撤廃、銀行・証券の垣根撤廃(1999年グラス・スティーガル法廃止)であった。金融自由化とともに、アメリカが進めたのは、石油はじめ資源収奪を図る資本の進出であった。ソビエト「社会主義」崩壊による帝国主義的侵略への抵抗力弱体化をいいことに、軍事侵攻によって中東産油国に侵略し、共同体的生産基盤を破壊し、市場化と資本の進出を図った。新自由主義の世界化は国家暴力と不可分であることが、ここでも現実に示された。
 金融自由化は日本に波及し、バブル崩壊―実体経済の縮小の下で危機に陥った日本の銀行・金融機関の国家による救済・再構築に関わって、金融コングロマリット化―本来の銀行・貸付と株式・証券投資・売買、保険業務等の一体的経営―を進めた。
 21世紀に入って、小泉政権は、ドル危機対策として金融量的緩和策を導入し、投機資金をつぎ込みながら、郵政事業の民営化を図り、他方非正規・派遣労働の製造業分野への拡大を図ることを中心とした「労働」分野の規制緩和を進めた。
 小泉「構造改革」=新自由主義の「労働」分野への導入と、福祉支出削減・自己責任の強要によって、生活抑圧を蒙った日本の労働者・民衆の不満が高揚した中で、小泉以後の自民党政権―― 安倍(第一次)、福田、麻生政権は、小泉路線を踏襲(とうしゅう)するだけで労働者・民衆の不満に全く対応しえなかった。リーマンショックによる金融パニックに陥る中で、民主党政権(鳩山政権)が大衆の支持を受けて成立した(09年9月)。
 鳩山民主党政権は、当初新自由主義からの転換―鳩山ニューディール政策を進め、対米関係、直接には沖縄基地新設反対の姿勢を示したが、アメリカ帝国主義と日本財界の壁を打ち破れず、挫折する。菅政権―野田政権に移行する中で、野田政権は、オバマ米政権の強い要請に従ってTPPへの参加を決める。それは結局新自由主義への回帰であった。民主党版ニューディールは消えてしまった。
 安倍現首相(17年1月現在)は、12年の総選挙過程では、TPP反対を唱えていた。しかし政権を獲得するとともに、TPP推進に転換した。オバマ後継大統領選挙の中で、民主党ヒラリー・クリントンも、共和党ドナルド・トランプも、TPP反対を唱え、しかもTPP反対―グローバリゼーションから保護主義・排他的国益中心主義を主張するトランプ大統領選出という状況にも拘らず安倍政権はTPP協定を強行採択した。同時に、日米軍事同盟強化を図り、戦争国家化を進めている。
 究極の新自由主義政策であるTPP推進、すでにこの路線の展開によって世界的に矛盾が噴出し、労働者・民衆の不満・反抗が高まっている中で、TPP推進―新自由主義推進の主役を演じる安倍政権。しかもこの路線は、米帝国主義戦略に従い、それを補強するという戦争国家化と一体となっている。これは何を意味するのか。そして何をもたらすか。
 その前に、新自由主義政策の柱である規制緩和・撤廃の動向、とくに「生活」と「労働」分野の規制撤廃は何を意味するものであるかをTPP協定の中身と関連させて、とらえておこう。 

 ②規制緩和・撤廃 の狙い

 新自由主義政策の基本は、大資本・多国籍金融資本の行動の自由―利潤追求・獲得を目的とする行動の自由を保証することにある。それには、この行動の自由を規制し制限する慣習・制度・法等による規制の緩和・撤廃が必要である。ここで1980年代から進められてきた規制緩和・撤廃に関しまとめておこう。
 第一に、地域の生活・生存、あるいは環境保全上維持・保護されてきた地場産業企業、生活に直結する小商店、さらに生活に直接結びつく農業の保護のため行われてきた大資本の自由な進出・支配に対する規制を緩和・撤廃すること、第二に、人間としての生存権保障上公的資金(税金)によって公的事業として行われてきた福祉(医療、保育、介護等)、教育分野に、民間企業―私的利潤追求目的で経営する資本を進出させるための規制緩和、そして第三に、直接に人間生活に関わる労働時間、雇用、賃金保障上の規制緩和・撤廃。規制緩和・撤廃を、大きく以上の三領域に分けてとらえることによって、その狙いが明らかになる。
 規制緩和・撤廃は何よりも第一の領域から始まった。直接利潤目的で経営を行い拡大(あるいは撤退)する大資本の進出(撤退)に対し、それぞれの地域生活、地場産業の維持を図る上に、中小零細企業、農業経営の保護のため、一定の規制が行われてきた。また生活環境維持・保全の観点から、農業、森林等の保護規制が行われてきた。
 これらの規制は、利潤(金儲け)目的の資本の行動に対し、生活・生存条件の維持目的で中小企業、農業経営等の維持を図るためのものであった。これらの規制は、直接には貿易不均衡是正をせまるアメリカ政府の圧力によって、また過剰資金を形成しその処理を図るとともに、円高による輸出競争力の低下を回避し海外投資拡大を進める日本の大資本の要求も加わって、進められた。アメリカ政府―その政策を動かす金融資本・商社等は、農産物等の輸入制限・高関税の是正による貿易自由化、さらに商業、とくに小売り領域への資本の進出(大型店舗規制の撤廃等)を求めた。環境保護上規制が行われていた開発規制も、リゾート法(一九八七年)等によって緩和され、ゴルフ場等の開発が拡大した。
 貿易自由化、資本の自由化の進展は、90年代からは金融自由化へと発展する。上述した本来の銀行業務(預金―貸付)と株式・証券投資分野の一体化が進んだ。その下で投機的投資の流出入によるバブルとその破壊がくり返される。もっぱら金儲けだけを目的とした投資分野の拡張(撤収)の自由化は、資本内の弱肉強食の競争戦を激化させながら、経済全体を投機化させた。
 資本の産業分野での投資自由化・拡大に関しては現在農業部門に焦点が当てられている。耕作者中心の農業(農地所有権を含め)は、農地法等の改悪によって、直接利潤目的の資本(国内外の)・株式会社企業が農業に参入し、土地を利潤目的で利用しうるように規制緩和が行われている。(この点は、TPPとの関連で本項③で扱う。)人間生活に直結し、環境保全上重要な産業である農業が、資本による利潤獲得の場にされようとしている。
 第二の領域。最低限の人間的生活の保障―「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(憲法第25条)。「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び推進に努めなければならない」(同)。教育権保障(第26条)とともにこれは憲法で保証された人間として生き、資質を向上させる上の基本的権利である。
 なお自力で働くまでに能力、資質を高めていない者、怪我・病気で働けない者、すでに働き終って老後の生活を送る上に看護・保護を受けなければならない者等の生活権を保障するのは国の義務である。当然公的資金によって維持しなければならない。生活費ギリギリの賃金(所得)しか得ていない労働者・勤労者は、社会保障や教育の費用を負担する余裕はない。だから労働者を雇い労働させ利潤を得ている資本家的企業が、この公的資金を負担しなければならない。国は、資本の利潤に税金を課して、社会保障・公教育の保障、生きる権利の保障を行わなければならない。
 ところが新自由主義政策推進の中で、1990年代以降、国家はこの義務を果さないだけでなく、公的資金負担を労働者・勤労者に負わせる一方福祉支出、公教育費支出を削減して来た。「公助」だけでなく「共助」(とくに企業の負担)を切りつめ「自助」に委ねてきた。しかし保育・介護にしても、教育についても、それを受けなければ生活は維持しえない。その下で民間企業が福祉(保育・介護等に)に参入し、さらに教育分野にも参入を拡大した。民間企業は、一定の公的助成を受けているが、直接の事業目的は金儲けである。当然保育・介護、さらに教育を受ける者から料金(負担)を支払わせることになる。そればかりか、これらの部門で働く労働者に対しては、賃金をギリギリに削減し、一方では可能な限り雇用労働者を減らし、他方労働時間の延長、労働強化が行われることになる。
 公的な事業として、国(自治体)の責任で行われる場合には、当然一定の条件(専門の資格を有する者の配置、施設・設備等の整備)が要求される。しかしこの事業を民間企業に委ねるには、その参入を容易にし、また一定の利潤を保証する上に、規制緩和が必要である。ということで、福祉、教育領域への規制緩和が推進されてきた。その下で、保育・介護労働者の労働条件は悪化しこれら民間事業に預けられた子どもたちや老人に対する対応もモノ扱いにされた。老人介護においては、年金等の収入は没収された上に早く死ねといわんばかりの扱いが横行する。障害者保護施設で働く労働者が、国の負担軽減上障害者を殺害するという事件さえ起こった。
 保育・介護等の施設利用の負担を負えない者は、自己負担が必要である。病院からしめ出された老人の在宅看護に伴う負担が家族に加わる。老老介護等、負担に耐ええない家庭の崩壊が生じている。
 教育現場においても、公的資金支出が削減され、各学校自体による資金調達が必要とされている。地域への貢献といっても資金確保が目的なので、いわゆる産学提携―― 利潤目的の私的民間企業との連携となる。当然企業側は資金提供によって利益獲得を図ろうとする。利潤獲得目的の研究 ――儲かるか儲からないかが、研究の目的とされる。社会にとってどういう効果があるか、人間の生活・生存にとってどう寄与しうるのかという本来の基礎研究、人格形成を目的とする教育は放棄される。国の教育費支出が、全体的に削減される中で、国家的目的(軍事技術開発等)や資本家的企業の利潤獲得目的に即した研究・研究開発が増大する。
 国の教育費支出が削減され、利潤目的の教育事業・教育機関が増大する中で、教育を受ける生徒・学生の(それを扶養する親、家庭の)自己負担が増大する。授業料を支払いえない学生は教育を受けられず、奨学金も貸付け(利子を加えた返済を要する)が増え、卒業しても奨学金を返済しえない学生は、借金地獄に陥る。
 人間としての生活維持・向上・確保に関わる福祉、教育等の領域は、社会共同の負担によって維持されうるのであり、受益と自己負担という交換原理では維持しえない。しかもこれらの事業の目的が、利潤追求目的となれば、事業自体がその本来の内容(人間生活・人間的資質の維持・向上)を失ってしまう。
 第三の領域。生活と労働という人間が人間として生きる領域の規制緩和、撤廃に関し、それをどうとらえるかの基本視点を指摘しておこう。
 生活と労働 ――それは人間の人間としての営みの基本領域である。生活は、人間が人間として生きる場であり、働く労働者・勤労者にとっては、働く能力の再生産の場である。
 生活における人間関係は、直接の人間と人間の関係、互いの人権を尊重し合う中での共同し助け合い連帯する関係である。交換原理―物を交換し合う、対価を支払って必要な物を手に入れるという原理では生活は維持できない。
 この人間生活に必要不可欠な使用価値―― 物質的・精神的富、直接の対人労働サービス ――の生産の場が、労働の場である。労働においては、働く人間が主体である。労働は目的意識的な人間の活動・営みである。そこでは、目的とする使用価値の生産に不可欠な分業とともに、協業=共同・連帯活動が行われる。共通目的の認識に基づき、その目的を有効に実現する上で必要な労働・仕事の分担と責任の実行―― 人間労働は、目的意識的な共同連帯が行われる場である。この労働、とくに自然(土地、川、海、森林等)に対する目的意識的労働を通して、人間が働きかける対象であり、生存の基盤である自然・自然法則の認識、その法則に適応する労働のあり方、技術等が鍛えられてきた。
 同時に労働は、労働力の使用によって行われ、労働力を消耗させる。人間が生き、労働し続けるには、労働力―人間的能力の維持向上・再生産が不可欠であり、これが働く人間=労働者の生活の場によって行われる。十分な休養、生活享受、その中での知識・技術、さらに文化的領域を通した人間性の発展ーーこれが労働の場における目的意識的労働能力を維持向上・再生産する。生活と労働の関連をとらえなければならない。
 資本主義の下では、この人間能力としての労働力が商品化している。生産手段を自ら主体的に使う条件を奪われた労働者は、自分の労働力を自分自身では使用しえない。労働力を使って行う労働は、労働力を商品として買った資本によって、資本の生産過程、資本が利潤目的で営む事業において、使われる。労働力を商品として売ることに対する対価は、賃金であり、賃金は労働力の再生産=生活の場において労働力を再形成するのに必要な生活資料の購入と消費に必要な額を基準とする。
 しかし労働力の商品化は、本来無理なのである。労働者自身が自分の身体から切り離れない、自分自身が持っている労働力を、自分自身で使えない。その労働力を他人、資本家に売り資本によって使われることになる。資本主義においても、労働・生産活動を行うのは労働者である。その点からいえば、労働者は労働・生産過程の主体であって、資本(資本家)は、労働・生産過程の主体ではない。労働・生産活動の主体ではない、したがって本来の有用な生産物生産を担いえない資本(資本家)が、労働者に命令し、自らに従わせて、自らの目的―社会にとって有用な生産物の生産目的ではなく利潤獲得目的で、労働者を労働させるのである。労働力の商品化は、このような主客転倒を伴うのである。
 利潤獲得目的で、労働力を買い(労働者を雇い)労働させる資本(資本家)としては、労働力購入に必要な賃金を可能な限り低くし、労働者に行わせる労働(労働による価値形成)を可能な限り増大させようとする。さらには需要の変動に応じ供給・生産量を調整するために、労働者の解雇、雇用を、資本の都合に即して実現させようとする。
 しかしこのような資本の利潤獲得・拡大目的に応じた労働力の使用と雇用・解雇の自由の発揮は、労働者の生活破壊、したがって労働力の再生産・維持の破壊をもたらすことになる。生きた人間自身に属する労働力を、資本の都合で無制限に働かせれば、労働力の再生産に不可欠な生活時間、生活そのものが奪われる。物を購入すれば、その物の使用は買った者の権利だ。それと同じことを、資本は雇った労働者の労働に求めるのである。しかし労働力の使用は、物の使用とちがって、買い手の自由を発揮して労働時間を無制限に延長すれば、その再生産を不可能にする―― 労働力の使用(消費)自体が、その再生産に不可欠に結びついている。これは、労働力の商品化の無理の現われなのである。―労働者の組織的連帯と生きる権利の保障を求める闘いを通し、資本主義の下でも、労働力の使用に関し、労働力の再生産(生活)を損わないようにする規制、さらに労働力の再生産・生活を維持する上での、資本の都合による解雇の自由や、資本の一方的な要求に即した賃金支払いに対する規制を労働組合法、労働基準法等「労働」に関する規制を課する法によって、行なってきた。
 新自由主義は、この規制を資本の自由活動、競争力強化を阻げる“岩盤”規制だとして、その緩和、撤廃を求め、労働条件、雇用、賃金支払いを、資本の自由にまかせるべきだと主張し可能な限り実現してきた。例外とされた派遣労働を原則どの分野でも自由に行いうるようにすることから、正規・期限なし雇用の限定、非正規雇用の拡大、一般化、労働時間制限の骨抜き、裁量労働制による労働時間規制の解除、さらに労働者間に弱肉強食の競争を導入する成果・成績主義的賃金支払い等々で、「労働」領域の規制緩和を推進してきた。
 安倍政権は、同一労働同一賃金の導入とか、「働き度」改革とか、外見上はあたかも労働者に利するかのような政策を提示しながら、資本の自由な行動による利潤拡大自体を大前提とする労働の規制緩和・撤廃に焦点を当てている。絶対に物に解消しえない人間労働力、その能力の発揮としての労働を、可能な限り物化・ロボット化し、生産手段と同じように自由に扱いうるようにすること、生産手段・部品等の物を、資本の都合に従ってその調達を調整しうるように、労働力の雇用(解雇)を資本の都合に合わせること、資本の利潤増大への寄与によって労働者の賃金を査定し、労働者を弱肉強食の競争に巻き込み、労働者の組織的抵抗力を解体させること   これが「労働」分野の規制撤廃の狙いである。
 しかし労働力―人間労働の物化、ロボット=機械化は何をもたらすか。
 人間労働の特徴は、意識性に基づく自主性、創造性をもつところにある。これは、どれだけ発展してもロボットなどの物によって果すことはできない人間労働の特徴である。この人間労働が物化、ロボット=機械化されたらどうなるか。自主性、創造性は失われ、組込まれたデータに基づく定型的動きになる。働きかける対象の予想しえない状況変化に対し即座に対応を変えることはできない。
 福祉・教育の労働は、働きかける対象は生きている人間である。その人間の状態は日々変るし、個人個人によってちがう。人間的労働は、このちがいに応じて自らの判断に応じて創造的に対応しうる。福祉・教育など生きた人間に働きかける労働は、つねに創造的労働だといってよい。これはロボットではできないし、人間がロボット化すれば、対象のちがいを無視した画一的、定型的働きかけとなってしまう。それは本来の福祉・教育労働の崩壊である。
 モノを生産する労働においても、人間労働がロボット=機械に置きかえられたら、労働の質―有用労働の側面は画一化しただ量的側面(生産量)が支配することになるし、ロボット=機械は、その消耗に応じて価値を生産物に移すだけで自らの価値を超えた新価値を創造しえない。人間労働が全部ロボットに置きかえられることは現実にはありえない(ロボット自体人間の産物だから)が、もしそうなれば価値創造力(剰余価値生産)はなくなる。(資本の利潤源泉は失われる。)
 人間労働がすべてロボットに置きかえられないとしてもロボット化=機械化されればどうなるか。労働は、画一化・定型化され、有用労働の面、生産物の質に関する関心は失われ、生産量の増大だけが目指されることになる。ここでも人間労働の特徴である創造性は失われる。何が人間にとって有用か、そうではなく人間にとって害をもたらすものとなるかの判断力は失われる。操作ミス、経験を超えた状況変化への主体的対応力も失われるであろう。人間労働が無限に機械の操作と同じになれば、ついには機械と同じように、価値創造力自体が失われてしまうことになろう。これが人間労働の人間的特質を解体し、徹底的に物化してしまうことの帰結である。

③TPP―それをめぐる動向・意図

 TPPに関し、トランプ氏は明確に反対を表明している。ところが安倍政権は、協定の中味も明らかにせず討議らしい討議もしないまま強行採決して批准した。
 『長周新聞』は、TPPに関しくり返しその重大な内容を提示し、その反労働者・民衆の本質を明らかにしてきている。2016年9月以降の記事をみても、「国を乗取る多国籍企業―TPP批准阻止の大運動を」(9月14日①)、「背筋凍るTPPの真実・鈴木宣弘東大教授」(9月21日②)、「TPPの未来示す中南米の経験」(10月21日③)、「TPP批准―一番乗りの売国性」(11月7日④)、「世界情勢に逆行するTPP強行」(11月16日⑤)、「TPP以上の譲歩米国に宣誓」(12月12日⑥)、「これ以上の売国は許されない―鈴木宣弘東大教授」(17年1月1日⑦)、で徹底的にTPPの反国民性を明らかにしている。そしてTPP推進の主役は、多国籍金融資本であることを明らかにしている。
 本稿は、多国籍金融資本の本質を明らかにする観点から、『長周新聞』の記事・分析をふまえTPPに関し明確に認識しておかなければならないポイントをまとめておく。
 第一に、TPP協定の領域とその内容、第二に、その特徴、意味について、指摘しておこう。
 第一点、TPP協定(15年10月合意)の領域とその内容。
  〔農畜産物〕 コメは、99年の関税化との関係で77万tのミニマムアクセス(輸入)を続けてきたが、TPPではアメリカ5万t(三年維持)→7万t(13年目)、オーストラリアから0・6万t(3年維持)→0・84万t(13年目)の輸入枠を新設した。牛肉は、セーフガード(SG)付きで関税を現行38・5%から9%(16年目)に削減、豚肉はSG付き従価税4・3%から撤廃(10年目)、従量税482円(1㎏当り)から50円(10年目)に軽減。乳製品、甘味資源もTPP輸入枠設定。果物・野菜は、関税即時撤廃7品目、6年~11年目までに撤廃八品目等。しかもすべての農産物について、七年後の再交渉で関税が撤廃されると約束されている(『長周新聞』前掲①同②鈴木論文)。
  〔自動車〕 TPP域内での部品調達率が五五%以上でないと関税撤廃対象にならない。(日本は中国等からの部品調達が多いのでこの条件のクリアが難しい。)米国・普通自動車の2・5%関税―15年後から削減開始、25年後に撤廃。大型車の25%関税は29年間現状維持。しかもその間日本が米国車輸入を着実に増やすことが条件(②)。
  〔医薬・保険〕 新薬特許保護期間については、アメリカは製薬資本の圧力で当初20年を主張、合意では12年とされたが、オーストラリア、マレーシヤの要求は5年。日本の介入で5~8年と玉虫色に(②)。「従来は特許期限切れの医薬品は届け出をすれば自由につくれた。TPP協定では、政府は医薬品を開発した製薬会社に〈通知〉しなければならず、外資製薬会社の承諾がいる。外資製薬会社は日本の行政不服審査法〈改定〉による異議・不服申立(裁判)をし、その後も高価格のまま販売を継続することができる」(①)。
 医療保険に関しては、「政府の認める金融機関」(民間医療保険会社を含む)は、「例外」とされ、保険分野に参入できることになる。「医療に関する付属文書」では、政府は公的医療保険の見直しを約束している。「すでに日本でも108種類の先端医療が保険商品として民間医療保険を認められている。」(①)。「かんぽ生命のがん保険非参入、全国2万戸の郵便局窓口でのA社 〔アフラック〕 の保険販売」がすでに行われている(②)。
  〔成長促進剤、添加物、GM食品〕 農産物輸入自由化と関連して、食料品の安全に関わる規制が撤廃される。
 米国では牛の肥育のため成長ホルモン・エストロゲンが投与されている。それは発ガン性があるとして、EUでは国内での使用も輸入も禁止されている。日本では国内産の牛、豚への成長ホルモン剤使用を禁止しているが、輸入肉については検疫されず事実上野放しになっている。また米国の乳牛には遺伝子組み換え(GM)の成長ホルモンが注射されている。日本では牛成長ホルモンは認可されていないが、輸入は素通りである。またBSE(狂牛病)の危険性のある牛が輸入される。BSE発症例がほとんどない20カ月齢以下の牛に限定して輸入を認めていたが、アメリカからの圧力で30カ月齢以下に緩めた。日本政府は、「米国産牛肉輸入の月例制限を撤廃する準備をすでに終えている」(①)。
 遺伝子組み換え(GM)食品の「表示」ができなくなる。日本の現行法では、GM食品の輸入は原則禁止で、表示義務が課せられている。TPP協定では「現代のバイオテクノロジーによる農産物、魚、加工品」と定義し、「遺伝子組み換え農産物の貿易の中断を回避し、新規承認を促進すること」としている(②)。TPP協定での遺伝子組み換え食品の扱いは、中央政府による「強制規格」に該当するとし、それは「モンサントなど利害関係者の意見を聴取し、考慮」しなければならず、日本独自の「表示」は決められなくなる。(②)。
 鈴木教授は、「GM大豆やGMトウモロコシには発癌性が確認されているグリホサート系の除草剤がかけられていること」、さらに「防カビ剤も大きな問題だ」と指摘している。これを食品添加物に分類して日本への輸出を許可することにしている。外食や加工品を含めて、食品の原産国表示を強化することが求められるが、表示に関しては、「国産や特定の地域産を強調した表示」に関連して、このように表示することは、「米国を科学的根拠なしに差別するもの」としてISDSの提訴で脅される可能性もある、という。
  〔雇用、公共事業〕 TPP協定では単純労働者の流入は原則認められていないが、安倍政権の「規制改革会議」は「今後の日本の経済成長には外国人労働者は必要不可欠」と提言しており、また農業への株式会社参入と農産物輸出拡大のため外国人労働者を農業生産に活用することも明らかにしている。TPP日米並行協議の交換文書では「外国投資家の意見・提言を求め、規制改革会議に付託し日本政府に規制改革会議の提案に従って必要な措置をとる」としている(①)。TPPによって、公的事業の民営化が進むことになる。水道事業は「指定独占企業」に該当するとし、郵政事業のように民営化するとしている。国立・公立病院は、5年後の再交渉で民営化し、株式会社に転換し外国資本に売却しうるものとなる。
 公共事業の入札は、原則として外資を含めて公開入札となる。ハリバートン(資源開発公社)やベクテル(建設会社)などが、政府・自治体の公共事業を落札する可能性が高まる。地域建設業者、中小企業は倒産・淘汰される。
 地方自治体による地域振興も、TPPにより禁止される。TPPは、地元から雇用や物品・サービスの調達を求める「現地調達の要求」を禁止している。地産地消の学校給食も不当な差別として禁止される(現に米韓FTAでソウル市学校給食条例が廃止された。)鈴木教授は、日本の公共事業の入札は最も開放的になっており国際入札にかける公共事業の範囲が広いのに対し、米国は、TPPは連邦法にしか影響せず、州レベルの公共事業は国際入札の対象外だし、州法によるバイアメリカンも影響を受けない、と指摘している。
  〔ISDS条項〕 TPPの投資の項では、締約国の義務として「内国民待遇・国際慣習法に基づいて公正・衡平でなければならない」としている。地元業者、労働者優遇や環境保全・生活安全のための規制が、進出外国資本に損害をもたらしたとして、ISDS条項によって損害賠償請求が行われている。上述した原産地表示、添加物・GM等の表示を不当差別としてISDS条項に訴えることとか、地方自治体による固定資産税引上げ、地域企業優遇措置に関しても発動される可能性がある。
 TPP協定の「金融サービス」の項では、金融部門の国境の壁をとり払った、自由な進出(撤退)、金融危機に陥った際の自国金融システム救済のための規制をとり払うことを義務づけている(①)。
 アメリカのメガ金融グループ(シティバンクやゴールドマンサックス等)は、日本金融・保険等の資金 ――郵貯銀行(205兆円)、かんぽ生命(85兆円)、JA共済(52兆円)、年金基金(GPIF140兆円)、さらに日銀マネー、企業の内部留保(350兆円)をとり込み、世界的な投機に流用しようと狙っている(①)。
  〔知的財産権〕 日本の著作権保護期間は、作者の死後50年だが、TPPでは70年に延長される。著作権が親告罪(著作権者が刑事告訴しない限りOK)から、非親告罪(刑事告訴されなくても逮捕される)になる。TPP協定では、中央政府が法律制定によってネットの管理ができる。政府が認める方法、方針、命令に逆らえば、インターネットでの自由な「情報発信」「拡散行為」ができなくなり、サーバー運用も制限される(①)。
 以上をふまえて、第二点、TPP協定の特徴と意味をまとめておこう。
 第一に、TPPは、協定締結国間の商品貿易関係、資本投資関係において、制限、規制を撤廃し、全面的自由化を実現しようとする点で、新自由主義の徹底推進を図るもの、ということができる。国家的、国民的戦略産業に関しても、地域の地場産業、地域的生活条件維持に関わる産業・商業に関しても、自由化が要求される。
 オバマ政権に対しTPP交渉に関する要求書を提出した企業には、航空・軍事、通信・コンピュータ・半導体、電機、化学、食品・飲料、医薬品から、金融・保険、商社等の分野の大手企業が加わっている。その要求には、「すべての分野、いかなる形の貿易をも含む包括的市場開放」、投資に関しては「米国の対外投資にとって安定的な非差別的環境の典型を作り出すために、強力な投資保護、市場開放規定、紛争解決を組み込む」こと、「規制による障壁撤廃、規制の統一、知的財産権保護規定」がある。
 第二に、この点で決定的に重要なのは、人間の生活、生命に直接関わる分野の市場開放、資本投資の自由化が求められ協定で約束されていることである。
 農産物・畜産物は、人間生活の基礎である。しかも各国、各地域の生活習慣、株式に関わってそれぞれ特色をもつ食生活・食文化がある。この食生活・食文化を守るのは、各国、各地域の住民、そして農業を担う農業労働者が主体として活動しうることが決定的に重要である。農業生産を農民・農業労働者が主体的に担う―― そのためには土地・生産手段を農民自身が自分のものとして使い、何をどのようにどれだけ生産するか、住民・消費者の生活安定の観点(有用性基準)で生産を主体的に担うことが可能でなければならない。日本でも小農経営、農民・農業労働者の共同運営による生産、地域住民との生活協同組合を通した連携が行われてきた。
 1980年代以降、貿易不均衡是正を求めるアメリカ政府の要求によって、農産物輸入が増大した。日本の工業製品輸出を維持する上に、農産物輸入増大によって貿易不均衡の是正を図ってきた。日本農業は、工業製品輸出増大の犠牲とされた。それでもコメをはじめとする主食農畜産物の国産を維持する上で一定の歯どめ・規制が行われてきた。TPPはこの歯どめ・規制を全面的に撤廃してしまうことになる。アメリカ・オーストラリア等の農産物・畜産物が日本の食生活を支配する。日本の地域的食生活・食文化は崩壊する。
 外国農産物による支配というだけではない。人間の生存・生命に影響するGM食品、添加物だらけの農産物・畜産物が自由に入り込む。しかもGM食品の表示、国産・有機の表示等は、差別だとして、行われなくなる。生命に直接関わる食料品が、低価格を武器に全国的に市場を支配する。
 しかも、新薬特許保護期間延長で安価なジェネリック薬品の入手は難しくなる。生命保険も、アメリカのオバマケアの骨抜き、保険料引上げに示されるように低所得者は排除されてしまう。人間の生命を損う危険性のある商品の流入、そして生命を維持しようとすれば大きな自己負担が課される。その行きつく先は、人の生命を奪うこと自体を金儲けに利用する“死の商人”の支配ということになろう。(つづく)

 

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