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上関町長選の対立点
いまや戦後処理が焦点に
合併で逃げる中電・国・県

 中国電力の上関原発計画はもちあがってから二二年になる。満州事変から敗戦までの日本の第二次大戦は「一五年戦争」といわれた。上関
の原発戦争はそれよりもっと長い「二二年戦争」なのである。しかもこれは町内の「内戦」であり、古くからの人情深い町民同士が二分していがみあい、疑心暗鬼となり、自由なものもいえない関係が二〇年以上もつづいてきた。中電という大企業が金を使い、国、県という権力が乗りこみ、商業マスコミや、自民党や右翼暴力団、さらに反対派の内部まで手を回して混乱をつくり出した。そしていまやまったく行きづまった。いま六度目の町長選を迎えているが、上関をめぐる実際の焦点はなにか考えてみたい。
 上関町では町長選にむけて、片山町長と、右田前議員が出馬を表明、室津の浅海氏が出るとされている。反対派は依然出馬の音沙汰がなく、推進派三人が争う不思議な構造となっている。
 全国的にはもちろん全町的にも、いまさら原発推進はないという世論が圧倒しており、上関原発はまったく見こみがないという評価が定着している。力関係としては決着がついているのである。そして、中電がいまやまったくやる気がなく形だけ動いていること、国も県もやる気はないこと、「撤退といえば責任が問われるので、口で推進といってジワーっと逃げている」というのが町民の評価である。
 原発で失われた22年 豊かな漁場も荒廃
 中電と国、県は撤退しようとすれば、二〇年以上も大混乱させてきたことから、その傷跡は深刻であり、また「原発ができればなんでもできる」といってきた行政上の二〇年間のたち遅れははなはだしいものであり激しい責任追及は避けられない。いま「日本経済の失われた一〇年」といわれるが、上関は「失われた二二年」となる。
 第一に、みながいうのが町民の分断である。推進派、反対派で親兄弟まで引き裂かれ、疑心暗鬼になって、町民同士の信頼にくさびが打たれてきた。いいたいものも周囲を見渡していわなければならない。第二に、「若者の住みやすい町」という宣伝は大ウソで、実際には若い人材がつぶされた。町長、町議会をはじめ、町の各界のリーダーは老人ばかりが滞り、当時四〇代の中堅層はいまや六〇代になった。「町の活性化」というが、まぎれもなく人間の不活性化が進行した。そして老人がふえるのに、老人は肩身の狭い思いを強いられた。
 上関の発展の原動力は漁業である。この二〇年、漁業をまともに発展させていたら、いまのような町のていたらくではない。漁民はみな魚の値段が大幅に下がったことが大きな悩みである。全国的に魚価は、輸入や養殖物がふえて、豊漁でも不漁でも安いといわれる。それにたいして上関は、個人としての漁民はよそより働いても、魚価を上げるための、たとえば佐賀関の「関サバ、関アジ」のような努力、また共同での出荷、加工、また町民が町でとれた魚を買うところがない事情など、共同事業としてやるべき漁業のとりくみが話にならないほど遅れた。
 また長い海岸線を利用すれば相当の開発余地があるが、漁場の管理は乱れたままである。カナメは、原発による投機主義が支配してきて、漁業としての共同事業が必要なのに、一致団結の関係ができなかったのである。漁民は魚価は安く、魚はへるなかで、個人としての労働はよそよりがんばらざるをえないが、漁民の共通利益に立った共同事業が決定的に破壊されてきた二〇年であったといえる。
 山は荒れ放題、竹が繁殖して農地を占領する。猿やタヌキがはびこって、年寄りがつくった野菜は食べ放題。鉄鋼、造船を軸とした上関の商工業も、漁業の発展に依存している。
 道路・交通の便は、二〇年たっても基本的に進展がない。長島周回道路などできていれば、長い海岸と山を活用したさまざまな産業の可能性ができ、年寄りや子どもの足の便だけでなく、流通の便の有利さもけた違いであったろう。農道も整備していれば、若者が農業で食べていけるような可能性もあった。
 このような事業は、原発計画がないところではどこでもすすんだものである。県などは、予算の使い道に困る状況で、ところかまわず道路をつくった経過もあった。上関では原発計画があったばかりに、これらはすべて放置されたのである。それは馬の鼻先にぶら下げられたニンジンとされたのである。
 老人が安心してかよえる病院、介護される施設、若者が安心して子どもを育てられる保育所や学校なども、原発計画があるばかりに放置された。
 こうして片山町長は、室津の埋め立てにしても、皇座山のスカイライン道路に代表されるような、町民には役に立たず、利権集団だけの役に立った事業に大金を投じて、借金をこしらえ、合併でも他町から厄介者あつかいされる羽目になった。
 片山町長や、町議会は中電のシナリオを忠実に実行した関係であり、上関町をこのように混乱させたち遅れさせたのは、二〇年以上も原発計画を引っぱった中電と国、県の責任である。
 責任追及逃れの合併 上関町ごと消滅図る
 二二年も原発を推進してきた中電や国、県は、みずから撤退するといったら、以上のような問題に責任を負わなくてはならない。いつまでも「推進する」といいながら、責任を問われず、非難を浴びるようなことがない形で、どうじょうずに逃げていくかが、現在の焦点になっているといえる。
 ここで見ておくべき重要な問題が市町村合併である。現在、小泉政府の大号令によって、上関町も例外ではなく市町村合併が迫られている。上関町も平生、田布施、柳井、大畠の各市町とともに合併の協議に参加している。先日も各市町から片山町長に「上関はどうするのか」と迫られたが、片山町長は「国に聞く」と返事したといわれている。
 合併は、要するに上関町役場がなくなって、柳井市の七〜八人程度の支所ができるというものである。町長も、町議もいなくなるわけである。新柳井市の議員は町内から一人か二人になって、なんの発言力もなくなる。町民は文句をいうところがなくなる。町としてはなんの事業もできなくなる。合併は二〇〇五年三月までの実施が義務づけられ、法定協から二カ年かかるとされている。したがって今度の選挙は合併が大きな問題とならざるをえない。
 片山町長は、原発の交付金は上関にだけ落ちるように「特区にする」とムシのいいことをいっている。それは国が決めるものではなく、各市町の協議で認められなければどうしようもない。「上関だけに金が落ちるように」といっても、なにかをつくれば維持費もいるわけで、それは新柳井市の責任と権限になる。借金だけは押しつけて交付金だけは上関にくれといっても、各市町は相手にするわけがない。第一、合併すれば上関には町長も議員もおらず役場もなくなっているわけで、なにか事業をやろうにもやるところがない。
 要するに国や県も片山町長に、原発と合併の問題で、まともな指導はせずにほったらかしているのは明らかである。
 上関の推進派も合併をしたら原発は終わりだとみなしている。中電が上関原発の建設に乗り出したのは、自分が頼んで回ったくせに、上関町の誘致要請があったからだという責任のないたてまえになっている。その決議した上関町議会が役場もろとも消滅するのだから、誘致決議も消滅するほかはない。上関にとっては、誘致する見返りもなくなるが、誘致にともなう責任をとるものもなくなってしまったわけだからみな無効とならざるをえない。
 中電が上関原発をやるためには、あらためて新柳井市、市議会に申し入れて、その議決を求めなければならない。小さい上関で二〇年かかって買収できなかったから、広い新柳井地域を買収するのには五〇年かかってもむりであろう。そこまで中国電力という企業が存続するとは、中電役員でも信じていないことである。
 それ以上に現実問題として、国、県と中電にとって合併は、行きづまった上関原発を撤収するさいの責任のがれになるという問題である。中電としては「上関町さんが誘致されたのでやってきたが、町がなくなったのではいたし方ありません、当方はやる気だったのに片山町長ら推進派の力がおよばず、とうとう上関町さんが解散されたのでやりようがありません。われわれは今後も推進したい」といって逃げていくという結果であろう。合併すれば、原発問題の責任は雲散霧消し、上関町は二〇年の混乱の傷跡や町行政のたち遅れは放り出されたままだれも責任をもつものはいなくなる。
 その責任が負わされるのは町内の推進派である。上関町内のいわば原発戦犯の代表は、前商工会長の田中正巳氏が代表で、片山町長、そして西元前議長、また反対派の看板で推進をした山戸氏ら四人組が代表である。二番手としては、四代では山谷区長・議員、上関の大西組合長などの名が上がる。遅れていまごろに戦犯候補の仲間入りをしようというのが右田氏や浅海氏などである。
 田中氏は高齢ではあるが、引退して関知しないという構え、西元氏はみんなの見るところ「いまやタダのじいさんという格好」で、落ちて幸せという印象。いちばん事情のわかっている二〇年の推進の主役たちの関心は、原発終了にともなう責任追及のがれがいちばんの関心と見てよい。
 そのなかで主要戦犯の片山氏は今度も、意地のように出馬を表明した。合併というのは企業の倒産・整理と同じで、資産、負債などいっさいを調べあげることになる。漁協合併時の調査で、不明金が表面化して関係者が自殺するような事件が起きている。さて上関町は、片山町長と推進勢力にとって、全部の会計をひっくり返しても安心といえるかどうか。他人にやらせたらたいへんで、ここはなんとしても自分で幕をしめて証拠隠滅か、という勘ぐりが動くのも当然といえる情勢である。すでに中電は町内で「片山がバカだから推進がすすまない」といって若手をあおり、戦犯処分の影が漂う関係である。
 対立候補の名をあげた推進派二人も、われこそ推進ができるという売りこみだが、今時の推進をするというのは現実離れした絵空ごとといわざるをえない。かれらも片山町政の悪事をへたにあばいたら、やぶ蛇になりかねない。推進の三番手以下の町議連中は、推進派であれ反対派であれ、合併すれば年金が柳井市議並みの三倍になるのは魅力だという関係がある。ちなみに「反対派」議員は合併推進である。原発が終われば自分の勝手で、上関町民はどうなってもよいということである。
 中電と国、県の魂胆は、行きづまった上関原発を、かれらの責任が問われないような形で、自然消滅に導くことにあり、合併すなわち上関町の消滅が、かれらの責任のがれの機会とみなしているということができる。
 主人公の力を示すとき 町民の大論議を起こし
 上関町長選をめぐる現実の焦点は、すでに原発を推進するかどうかではなくなっている。合併を期して中電や国、県を責任をとらずに逃がすのでなく、原発の撤退という既成事実を中電と国、県に公然と承認させることであり、かれらにきちんとした戦後処理をさせること、すなわち二〇年の町民の混乱、傷跡の回復、行政のたち遅れの回復を責任をもってやらせるかどうかである。
 そのタイムリミットが二年後であり、今度の町長選でその選択が問われなければならない。北朝鮮にたいする政府の態度のように、いつまでたっても戦後賠償・国交正常化をごまかしてひきのばすという恥ずかしいことをさせてはならない。
 そのためには町民の論議を起こし、まさに主人公としての役割をはたさなければならず、論議の発展のなかから、町をどうすすめるかの政策をつくりあげ、それを実行する代表者を押し出すことである。三人の推進派候補の推進の叫びはいまや空疎であり、推進願望を叫んで合併にもちこみ、中電と国、県が上関への責任を投げ出して逃げさせるものにしかならない。現実に即した、地に着いた対立点をもった選挙戦が望まれる。

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