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上関原発をめぐる対立点
米国のため、国廃墟にする象徴
       農漁業破壊、大量破壊兵器の製造 2003年3月6日付

 【上関】 中国電力の上関原発建設計画は20年をこえたいま、まったく行きづまっている。5期20年の片山町長は中電からも国からもほうり出された状態。対する浅海陣営は漁協、町連協などの推進派2軍族が町内推進派の代がわりによる原発騒動の延長戦をめざして鼻息を荒くしている。その目標は、地元の推進の力を示して逃げる中電と国を引きもどそうというもので、はなから見とおしの暗い運動。反対派の山戸氏をはじめ、反対派議員の方はいまだ町内を動かずモジモジ遠慮した状態。町民のなかでは、選挙は候補者のためのものではなく、町民のためのものであり、町の進路をめぐって町民の意志で町政を動かそうという論議が強まっている。中電が原発計画をもちこんで22年、原発をめぐる中電や国、県と町民の対立点はなにか、あらためて論議の発展が求められている。

 戦時にはミサイルの標的になる原発
 町内でもっとも語られている問題は第一に、原発がミサイルの標的になるという問題であり、年寄りたちは集まるとかつての戦争でいかに難儀をしたか、それを子や孫たちにくり返させてはならないという問題の大論議となっている。
 町内の世論を大きく転換させたのは一昨年のニューヨーク・テロ事件であり、その後のアメリカのアフガニスタン攻撃と現在のイラク攻撃である。ブッシュは「パールハーバー攻撃をした国民と同じ目にあわせてやる」と、原爆を受け、空襲を受けた日本国民のような目にあわせるぞと金切り声を上げた。
 イラクの戦争をやるまえから、イラク占領は日本方式にするといい、戦後の日本のように「民主化をしてやる」といっている。「民主化」のおかげでいまや、子が親を殺し親が子を殺すような自分勝手な世の中になり、「民主化」された日本の小泉政府は、大義名分の説明もつかないまま、アメリカのいいなりになって、テロ対策特措法をつくり、有事法制化をはかり、インド洋には自衛隊を派遣し、イラク戦争にむけてイージス艦を派遣している。それは、1996年の「日米安保」の再定義、翌年の新「日米防衛協力指針(ガイドライン)」の約束にもとづいたものである。戦後58年、「民主化」で民族精神も愛国心も骨をぬかれた結末となっている。
 日本との関係では、大量の石油の貿易国で親日感情が熱い中東で、アメリカの国益のために参戦し、経済大国の日本がぶざまにも外交の自主性も投げ捨ててわざわざ嫌われようとしている。朝鮮やイラクとの関係で敵対して戦争を仕かけることは、相手から攻撃されてもしかたがないというものであり、日本を原水爆戦争の戦場にし原発を標的にして、全土を廃虚にしてもアメリカのためならしようがないというものである。
 いま朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発問題で騒いでいる。最近では再処理工場を稼働させようとしているのが核開発に直結しているといって大騒ぎしている。ここで「大量破壊兵器」「核開発」だといって騒いでいるのは、5000`hの原子炉である。日本の場合、100万`h級の原発が50基以上あり、再処理工場もあり、青森には大規模な再処理工場もつくっている。よその国のことでは大文句をいっているが、よその国から見ればけた違いの「大量破壊兵器・核開発」国である。小沢一郎が一夜にして数千発の原爆をつくることができるといい、安倍晋三官房副長官も核武装できるという発言をしているのはそのことを指している。
 日本には計52基、4508.2万`hの原発が稼動しているし、ウラン濃縮工場、再処理工場があり、重大事故でとん座している高速増殖炉もある。原発の使用済み核燃料を再処理して抽出したプルトニウムを何十dと保有している。国内を「平和利用」といってだましても、原発は広島原爆や長崎原爆の材料を生み出す軍事施設であることは世界の常識である。
 アメリカへのとばっちりで、137万`h2基という世界最大級の上関原発が標的とされたなら、その惨状は広島、長崎の比ではない。上関原発は一年間運転すると広島原爆の約3000個分の死の灰をつくり出すといわれている。「戦争をするというのに、補償金をもらっても命とはかえられない」「ミサイルが飛んでくる時代になった」と上関の老人層はとりわけ危機感を強めている。
 テロ事件は、原発が米軍基地と並ぶ第一級の軍事施設であり、保安庁や自衛隊警察が武装して警備体制をとりはじめた、まさに戦時には標的となる代物であることが現実問題となった。原発周辺が漁船も商船も立ち入り規制になることは明らかであり、町内への交通規制、住民生活への監視・統制など、まさに戦時中の要塞地帯のような目にあうことは明らかである。
 原発は平和が大前提であり、戦後の憲法の決まりを破って戦争をはじめるというのではとんでもないというのが町民の一致した世論である。

 ペテンだった原発による地域の振興
 第二の問題は、原発による地域振興がペテンだったという問題である。上関町は「原発がくればなんでもできる」と20年もいっているあいだに、原発計画のないよその町と比較しても産業基盤、生活基盤の整備が遅れに遅れた。片山町政は上盛山展望台や室津スカイラインなどの町民の役に立たない事業を重ねて、借金だけは約60億円もかかえた。老人が多いのに医療福祉の整備は遅れ、年寄りは通院するにも難儀な思いをしている。子どもたちが生活する条件も悪くなり、若者が定住する町づくりも空文句であった。
 漁協は原発の方ばかりに熱心で、魚を有利に販売するなどの共同の努力が破壊され、補償金をほしがる以上に漁業のもうけを失う結果となった。一本釣りの魚は市場では網の魚の数倍で売れているが、上関の浜値は網と同じ値であつかわれている。500万円水揚げしてきた漁師が300万円ピンハネされたとすれば、20年で6000万円となる。補償金の比ではない大損害なのである。
 原発は電力会社は金がかかりもうからないといって嫌がっている。国がさんざん日本の沿岸に危険な原発をつくったうえに戦争をはじめようというバカなことをしている。それはアメリカの要求だからである。
 戦争をやれといううえに原発もやれという。それはアメリカの国益のためには日本の国土を廃虚にしてもかまわないという売国政治の象徴的なものである。
 漁業が困難というのは、機械ばかりが発達して高い資金がいるが、魚価は買いたたかれて下がるばかりという問題である。工業資本がもうける市場とされ、養殖などでの競争のほかに海外からの輸入で魚の値は下がるばかりである。農業も輸入すればよいという調子で、国内で農水産物の自給ができない状態にしてきた。要するにアメリカが要求する自由化の犠牲になっているのである。
 いまではアメリカの要求であるグローバル化といって、国内では規制緩和、構造改革をすすめてきた。上関は海運業が歴史的にさかんなところであるが、規制緩和・自由化で運賃は引き下げられ、片山町長や右田氏などをはじめ、タンカー組は青息吐息になっている。しかも上関から都会に出ていったものたちが、グローバル化でリストラにあい、失業し、就職がなくなっている。金融機関も自動車会社もスーパーも外資に乗っとられて、倒産が激増しているのである。国の財政や金融も、アメリカのバブル経済の破たんを支えるために奉仕されており、税金は増やし、福祉や教育などの予算は削りに削って、日本の資金はアメリカに流し、銀行は日本には貸し渋りなどして回さなくなって企業の倒産がふえている。
 アメリカのグローバル化への追従政治は、日本の農漁業から製造業まで生産をさんざんに破壊し、日本の経済を破壊し荒廃させるものである。原発はまさにアメリカのために国土を荒廃させ廃虚にさせる典型的なものである。
 原発計画を20年以上もかかえた上関町の経済が衰退したのは、原発が地域をつぶさなければうまくいかないからである。
 戦後自民党政府は工業優先で農漁業を破壊する政治をやって、食糧自給さえもできない状態にした。田舎には未来はなく都会こそ夢があるという宣伝をして若者は出ていった。しかしいま、製造業は海外に移転して国内産業は空洞化、都会では失業、就職難があふれ、ホームレスになるか自殺に追いこまれている。田舎に帰る場所のある若者はもどるものもふえている。農漁業やそれに根ざした製造業を守ることは上関町民にとっても、日本全体の国益から見ても必要なことであり、真の国策であらねばならないといえる。地方は農漁業ができないように追いこまれて、なお原発をつくって海も山もダメにするという郷土の売りとばし、しまいには戦争と破壊にまでつき合わされる羽目に甘んじるわけにはいかない。

 原発騒動で人情に厚かった町も破壊
 第三に、原発推進政治は、金もうけがすべてで世の中がどうなろうと知ったことではないという、中電下請のかいらい政府のような状態にした。20年におよぶ原発騒動のなかで、町を支配したのは原発にぶら下がり、自分の損得だけをはかる拝金主義、町を売りとばす投機主義と売町政治、それによってもたらされた利権と腐敗の支配であった。町長、議員、商工会、組合長、区長などの幹部連中が、中電や国の方ばかり見て、町民の世話をする意志も能力もないのに大きな顔ばかりしてきたと語られる。
 そしてなによりも人情に厚かった町民がズタズタに分断対立させられ、団結が破壊された。
 この四月に迫る町長選挙は原発計画に終止符をうつための“最後の戦”と話されている。戦争でさんざんな目にあい、最後にはアメリカの原爆や空襲で何十万人もの女、子ども、老人まで殺された。戦後はアメリカの「民主化」で繁栄するかのように騒がれたが、農漁業も製造業も結局は太らされたうえにアメリカにしぼりとられてさんざんに破壊された。そのうえに原発と戦争は、アメリカの国益のために日本を廃虚にするというものである。
 原発を推進する一番のおおもとはアメリカであり、それに従属する政府、電力会社をはじめとする原子力メーカー・独占大企業集団であり、そのために自民党からインチキ野党、マスコミから警察、右翼暴力団などが総動員で町民をしめつけて推進してきたものである。
 したがって問題は上関町だけではない。全県、全国の人民の共通の問題である。上関の町長選挙の勝利は、たんに上関だけではなく、アメリカのために国をつぶそうという売国政治に風穴をあけ、平和で豊かな社会の実現をめざす全国民の願いを代表した痛快な課題となる。

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