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上関、岩国、広島結び決着を
上関原発計画撤回
              原水爆戦争阻止の課題として   2004年9月4日付
 
 中国電力のすすめる上関原発計画はまったく行きづまり、最終的な決着が大きな焦点になっている。上関に原発計画が持ちこまれて四半世紀、力関係は大きく変化してきた。国策として推進してきた政府は上関町を切り捨て、合併に誘導して上関町を消滅させ、責任を雲散霧消させる方向に動いているほかに、中電は原発どころでない企業側の事情もあって、県当局と同様に責任回避のゲタ預けと、遠い将来のための原発利権の温存のために上関町民をふり回している。この現状は、原発計画は撤回させないかぎり終わりにはならないということである。局面を大転換させるエネルギーに満ちた全町、全県、全国民的な世論と運動を起こすことが最大の課題となっている。それは現実に進行している戦争情勢とつながったものであり、売国政治にたいする全国民的世論とつながった運動を山口県、広島県を中心にまき起こすことが重要になっている。
   
 遠い将来の利権温存はかる中電
 上関原発をめぐっては、最近になって欲ボケの神社本庁が炉心予定地の神社地売却を承認するという動きがあった。しかし売却処分に反対する住民が差し止めを求める仮処分を申請することが濃厚で、そうなればふたたび塩漬けとなる。売却承認を受けても、推進派幹部たちの表情は、利権にありつけるほんの一部分を除いて一様に疲れきったものだった。「原発ができる!」と何度も何度も騒いではとん挫して、そのたびに踊ってきた現地推進派はすでに冷めきっている。地元では熱狂的に原発推進を叫ぶものは一人もいない。
 中電は町の主導権はしっかりと握りつつ、しかし電力自由化もあり、島根3号機もすすめているなかで慌てて上関原発を建設する意気ごみなどないというのが多くの関係者の評価となっている。
 原発推進の総元締めであった経済産業省も今年5月に発表したエネルギー供給長期計画のなかで、2030年度までの原子力発電所や原子炉の新増設計画を10基程度とする方針を示した。2010年度時点までに4基、それ以後2030年度までに6基建設するとした。もともと2010年度までに16〜20基の増設・新規立地をかかげていたのを、東海村臨界事故後の01年には10〜13基に下方修正したが、その目標値をさらに下げた。電力会社が2010年代半ばまでに運転開始予定の原発計画は全国で17基あるが、現実には建設の見こみのない計画も多くふくまれている。今後地元の抵抗などで計画が進展しなかった場合、30年度までに運転開始できるのは半分以下の八基とみこんでおり、知事同意で「登山口」といわれた上関は事実上対象外となった。
 国の意向としては、今年度の上関町への地方交付税の減額に象徴されるように、「立地点」としての特別扱いはなかった。県当局も裏舞台での長年の推進政策にはほおかぶりして「事業者がすすめることであります」と他人事であるばかりか、国と連動して合併による地元解消に誘導していった。原発をやめたとはいわず、しかしやるともいわず、責任だけは回避しながら、遠い将来の利権を温存し当面は機会をうかがっている生殺しの状態においているのである。それは「原発はできない」「終わった」ということではなく、撤回させなければやめないということをものがたっている。
  
 原発は大量破壊兵器 米国の出撃拠点報復の危険
 上関原発をめぐる最大の焦点は、世界は米同時多発テロ以後、戦争放火者アメリカがアフガン、イラク戦争へと突きすすみ、小泉政府が侵略戦争への下請参戦に踏み出すなかで、第一級の軍事施設としての問題である。原発はただの電気製造所ではなく、原爆の材料であるプルトニウムを生産する最大の「大量破壊兵器」そのものであり、最大の標的となる。郷土を廃虚に導くミサイル攻撃を待つ固定された核爆弾となる。
 明らかなのは、アメリカの戦争出撃基地として米軍基地が増強され、侵略戦争の下請軍隊として参戦して恨みを買った日本に報復攻撃の危険が高まっていることである。テロ事件以後原発周辺を海上保安庁の巡視船が監視し、有事のさいには自衛隊が鉄砲をかかえて警備する、まさに一級の軍事施設として最重要防衛施設であることがだれの目にも明らかとなった。
 歴史的にふり返ってみるならば、原子炉の開発がもともと原子爆弾の製造を直接の目的にしてはじめられたものであった。アメリカは第2次世界大戦のなかでマンハッタン計画をすすめ、世界ではじめて自然には存在しない原爆材料のプルトニウム製造用原子炉をつくりあげた。ナチス・ドイツへの対抗を大義名分として原爆製造に着手したが、1945年5月にドイツが無条件降伏したのちも開発をつづけ、同年8月6日に広島へ投下して、一瞬にして26万人の生命を奪い、8月9日には長崎へ投下して約7万4000人を殺りくした。
 原子力開発の歴史は、軍事と不可分に結びついて発展してきた。原発は、原爆で開発した。原子炉でできた蒸気でタービンを回しただけのものである。原発は副産物として生じる熱エネルギーによってタービンを回して電気をつくるだけでなく、プルトニウムを生産する設備である。
 1981年にイスラエルが「イラクの核武装化を阻止する」といってイラクの建設中のオリシス原発を空爆して破壊した事例がある。テロ事件でアルカイダはアメリカのスリーマイル原発を狙ったと騒がれた。最近ではアメリカが北朝鮮の20万`hの原子炉、5000`hの実験用黒鉛減速炉、部分的に完成した再処理施設と建設中の5万`hの原子炉を「大量破壊兵器だ」といって大騒ぎした。上関原発から見たら10分の1以下の原子炉も、世界の常識では「大量破壊兵器」なのである。
 日本には合計すると52基、4508・2万`hの原発が稼動している。このほかにウラン濃縮工場、再処理工場があり、大事故でとん挫しているが高速増殖炉もある。そして原発の使用済み核燃料を再処理して抽出したプルトニウムは、2010年までに約70〜80dを保有することになるといわれている。原爆を投げつけられて59年たった日本はアメリカの従属国として世界の標的にさらされる超核大国、超大量破壊兵器国になった。
 研究者の発表では、原爆製造に必要な核分裂物質の量は、高濃度ウランであれば20`程度、プルトニウムであれば5`程度とされている。原発が生産し、無制限に日本列島に蓄積された原爆材料のプルトニウムは原爆1万4000〜1万6000発分に匹敵するものになった。
 日本の歴代政府はアメリカのいいなりになって、日本中の沿岸に原発をびっしりとつくり、農漁業は破壊して食糧の自給もできないようにして、しまいには日本を戦場に戦争をするというのである。これは愛国心を捨てた売国政府しかできないことである。
 さらに原発のようなものを建設するというのが、郷土を放射能と爆風と熱線の火の海にすることすら辞さない、まさに政治も経済も文化も教育も荒れはてたものにするのと同じで、売国政治の象徴となっている。
   
 米軍岩国基地の増強 広島沖美町のNLP基地も
 137万`h2基という世界最大規模の上関原発がミサイル攻撃の標的になったならば、その惨状は広島、長崎の比ではない。上関原発は1年間運転すると広島原爆の約3000個分の死の灰を蓄積することになる。そして、上関に隣接する岩国では米軍基地増強がすすめられている。
 日米両政府は7月末、岩国基地に米空母艦載機の地上基地・厚木基地(神奈川県)を移転する計画を公表した。厚木基地は、FA18ホーネット戦斗攻撃機など約七〇機の艦載機を持つ空母キティホークと多数の戦斗艦を配備している横須賀基地と連動するものである。空母が横須賀基地に入港したとき、艦載機が厚木に飛来し、そこで離発着訓練をやったり、設備の検査などをおこなっている。戦争と直結した最前線基地である。横須賀の港湾機能と厚木の空港機能をまとめて岩国に移転しようというもの。
 岩国基地では現在、1000b沖合への拡張工事をすすめ、基地面積をそれまでの1・4倍に拡張。そこに新たに全長2440bの滑走路を新設し、現在のものとあわせて2本にしようとしているほか、水深13b、長さ360bの原子力空母接岸能力を持った国内最大の軍港建設をすすめてきた。空母や強襲揚陸艦など大型艦船が接岸できる機能を持ち、ヘリポート機能を持ち、空母艦載機の基地機能まで持たせた国内最重要の一大出撃拠点にする計画が進行しているのである。
 そして広島県沖美町大黒神島への米空母艦載機による夜間発着訓練(NLP)基地の建設計画も依然くすぶっており、岩国とあわせて米軍の専用滑走路を3本にして大増強しようとしている。また艦船を修理しようと思えば広島市や呉市があるという位置関係になる。瀬戸内海に一大軍事要塞を築く構想が動いている。 米軍岩国基地の機能、岩国から安芸灘一帯の軍事施設を麻痺させようと思えば、数十`しか離れていない上関原発を攻撃すれば一瞬にして達成されることは素人でもわかることである。
 戦争放火者アメリカが人類の頭上めがけて原爆を投下し、一瞬にして無辜(こ)の老若男女を殺りくして59年がたった今日、熱線と爆風と放射能の海にさらされた日本の国土を、その後単独占領して乗りこんできたアメリカのために、ふたたび核戦争の戦場にさせるわけにはいかない。アメリカの従属下で基地を増強し、原発を建設し、まさに日本の主権を売り渡し、生命、財産を投げ出して日本をアメリカのために利用しつくす売国政治にたいして、団結できるすべての県民、国民世論をつなげた斗争を山口県、広島県を中心にまき起こすことが求められている。
 世界で唯一核戦争の戦場にさらされ、原爆を投げつけられたのは日本だけである。「あの閃光が忘れえようか!」、二度と原爆を使わせてはならないという固い決意のもとに、戦後広島から発展した原水禁運動はその後世界的な運動に発展して、原爆投下者の手足を縛りつけてきた。上関原発建設を撤回させる斗争は、核戦争を阻止し、世界平和を実現するうえで重要な課題である。上関原発、岩国基地、広島原爆の問題は対米従属下の戦争という一つに結びついており、山口県、広島県を結んだ計画撤回の運動を強め、最終決着をつけることが求められている。

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