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上関斗争勝利の転換点
全県漁民の要求・原発阻止
               核戦争阻止の共同斗争課題     2005年6月30日付

 祝島の漁民と住民は、中国電力の上関原発計画詳細調査のための海上ボーリングに実力阻止の行動をおこなった。行動は3日間で終わりが宣言され、内外で中途半端な印象を残した。しかし、この行動は祝島の下からの、婦人をはじめとする住民、漁民のたたかう意欲が衰えていないことを天下に示した。戦後60年のあいだの23年という長い期間、あらゆる艱難辛苦を乗りこえて原発を阻止してきた祝島の住民は、簡単にその意志を投げ出すことはないことを示した。同時に祝島の多くの住民は、このままでは勝利できないこと、全町、全県、全国の力と結びつくことを切望している。
   
 国策に勝った豊北の経験
 山口県では、中電の豊北原発計画にたいして、27年まえに現地、全県、全国の団結で完膚無きまでにうち負かした経験がある。上関斗争もまた、豊北につづく勝利への転換を迎える条件を大きくしている。
 上関原発では当初から祝島が反対の拠点となってきた。同時に祝島が主観的に、がんばればがんばるほど孤立していくというジレンマも抱えていた。人人を反対派に結集する方向ではなく、推進派に追いやるという結果にもなってきた。ここには指導路線に問題があり、豊北で勝利した路線と意識的に対立させる力が働いてきた問題がある。
 よく語られたことは、「祝島が漁業権を手放さない限り原発はできない」ということであった。そして「全町、全県の力に頼らなくてよい」とみなして、むしろ見下したり対立するのが立派とそそのかす力も働いてきた。さらに本来団結すべき島内、町内の推進派とみなす人人を敵視することが強調される一方で、推進派の親玉である「平井前知事や二井知事、水産部は推進派ではなく、祝島の味方だ」という見方も流されていた。
 原発は国策として推進してきたものであり、県がある場合中電をさしおいてでも積極的に推進してきたものであった。国策としてあらゆる権力、金力による表や裏から、脅迫、懐柔、諜報・謀略など特務まがいの手を使った攻撃を仕組んできた。
 上関原発計画は、すでに80年代ですっかり行きづまっていたものであった。それを覆しこれまで延長してきたのは、1994年の漁業権書きかえであった。それによって環境調査から今日までの道を開いた。それを仕組んだのは県であった。そして現在、県が国の方針といって、信漁連問題を契機にした県1漁協合併すなわち、全県の漁協の解散を強引に推進し、祝島漁協も「県からの支援金」とひきかえに「原発裁判が終わったら合併参加」・漁協解散、すなわち漁業権の実質放棄という降伏を組合の方針にするにいたっている。
    
 全国的な団結が要 国策打ち破る原動力
 この力任せでくる国策をうち負かす力はどこにあるのか、その実例は豊北斗争であった。
 第1の問題は、原発はだれにとってどのような問題であるか、したがってだれと団結してだれとたたかうかという問題である。
 現地だけでなく全県民的、広島県をはじめ全国民的に最大の問題は、原発がミサイルの標的になるという問題であり、国土を廃虚にするというものである。原発の沖には現在、巡視船が常時待機する状態となっており、政府の戦時避難訓練計画では、核攻撃とともに原発爆破時の避難を想定している。原発は原爆製造のための材料であるプルトニウムを生産する工場であり、広島原爆の何千倍という放射能をかかえている。政府はアメリカのいいなりになって日本本土を戦場とする戦争を準備しながら、破滅的な原発を新設するのは、国民の生命、財産を守るどころか廃虚にするものである。
 原発に反対するには、アメリカが背後で指示した戦争、核戦争を阻止して平和を守るという全人民的な斗争として構えるならば、全県的、全国的な共同斗争に結びつくことができ、祝島や上関住民の単純な経済生活問題とみなすなら、全県、全国と団結を広げることはできず、戦争を想定して国策をかかげた敵に太刀打ちはできない。
 また重要な問題として、上関原発が祝島の漁業を破壊させるだけではなく、内海漁場を壊滅させるという内海漁民全体の死活問題がある。県は県一漁協合併を強要しているが、同時に上関原発を推進し、漁協再建などはじめから眼中になく、山口県漁業をつぶす政策を意図的に推進している。現在内海漁場は水温の上昇による深刻な生態系の変化があらわれている。この海域の重要な変化は、伊方原発の3号機が94年に稼働しはじめたのち、きわだってあらわれてきたことを、内海漁民はみな実感している。そして、このうえに上関原発を建設することは、内海漁業を壊滅させることは必至となっている。
 上関原発問題で、県下の漁民に反対させなかったのは県であった。それは信漁連再建で支援金を出す見返りとして条件づけたものであった。それは今回の県1合併まできて瓦解し、県下の漁民が死活問題として上関原発に公然と反対する条件が強まっている。
   
 大衆こそが主人公 権力に勝つ偉大な力
 第2は、原発という単に中電が推進するだけではなく、核戦争政策がからんだ国策として、あらゆる権力、金力を総動員した推進攻撃をうち破るには、幹部任せではなく、住民大衆が主人公となって大衆主導でたたかうことである。
 豊北が勝利した重要な要因は、だれか偉大な指導者がいて愚かな大衆がついていったのではなく、町民大衆が主人公となって、下から団結して、指導部をも引っぱって、国策をうち破ったのである。幹部は個人の出世やもうけをはかるものは選別され、大衆に奉仕するという態度が認められた。どこの原発問題でも、大衆から離れたいかなる「立派な幹部」も、権力、金力の力のまえにはとりこまれて裏切るのが常識である。そうさせない力は大衆主導の運動にすること、すなわち真の意味の民主主義の実行が不可欠である。大衆こそ主人公であり、権力に勝つ偉大な力をもっているのである。
 第3は、原発を直接の経済利害だけでとどめるなら、国策にたいして勝利することはできない。まえにふれたように、原水爆戦争に反対する全人民共通の政治課題としてたたかわなければ勝利することはできない。
 第4に、「祝島ががんばれば勝つ」というような現地主義では国策には勝利できず、全島、全町、全県、全国の漁民や労働者、戦争体験者や農民、中小業者などあらゆる人民各層の共同斗争として、団結できるすべての人人の団結をめざさなければ勝つめどはない。
 豊北斗争で全県の勢力は、原発は現地の問題とみなしてその応援団になるのでは無力であり、全県でみずからの問題としてとりくむ運動となった。農民は同じような食糧生産を守る課題として、中小業者は大型店などによるなぎ倒しという産業構造転換政策に反対する課題として、そして大多数の県民は郷土を放射能の廃虚にさせず、さらに戦争をひき寄せることに反対する課題として、現地への恩着せがましい応援団ではなく自分たち自身の課題としてとりくんだ。
 上関原発問題は、23年になるが、一面で幹部任せでは反対派崩壊の危険性をはらみつつ、もう一面では大衆主導の反対運動の新しい転換の勝利の条件ができている。
 とくに上関に隣接する米軍岩国基地では、厚木基地の空母艦載機の移転をアメリカが要求し、広島県沖美町ではうち負かされたとはいえ着艦訓練場建設の動きも消えていない。アメリカは広島県をふくむこの海域を巨大軍事基地にしようとしている。そのどまんなかの上関に、国土を廃虚にする巨大標的の原発を建設するという国、県、中電のやり口は、尋常なものではない。この原水爆の禁止を求め、岩国基地増強に反対することと結びつけて、原水爆戦争をひき寄せる上関原発を白紙撤回する全県、広島県、全国の世論と運動を結びつけることがきわめて重要である。
 また県1漁協合併・協同組合解散とあわせて上関原発建設で山口県漁業を破壊することにたいして死活問題として反対する、内海、全県の漁民の行動を結びつけることである。それは上関が漁業を中心として地道な発展をめざす保証となる。
 以上のような豊北を勝利させた路線への転換が、20数年奮斗してきた祝島、上関町住民の勝利をもたらす原動力となる。

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