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福田没10周年記念集会感想
              感動与えた全国団結の力    2012年5月23日付

 20日に下関市で開催された、福田正義没10周年記念集会が、大きな感動を巻き起こしている。集会参加者は、全国各地から一堂に会した各界各層の人人が同じ方向で頑張っていることに激励され、大衆が福田精神のもとに団結すれば日本を変えることができるという確信を語っている。今回は各界から寄せられた記念集会の感想を特集する。

 今後の発展に手応え   原爆展を成功させる広島の会  高 橋 匡

 このたびの福田正義没10周年の集会は、非常に盛り上がり、今後の発展に手応えを感じる内容だった。とくに、教育界の熱意と迫力がきわだっていた。宇部の先生方を先頭にした教育運動が、山口県内に広がって地域全体の盛り上がりを作っていることが手にとるようにわかり、その底流に福田さんの思いが強く引き継がれているように感じた。私たち広島の会の被爆者は、平和の旅や修学旅行などを通じて先生や子どもたちとかかわってきただけに、10年でここまで到達したことは他人事とは思えない喜びを感じている。今後は、これが他県にも飛び火して広がっていくことを心から期待している。
 そのうえでは、地域との団結、先生方同士の団結というものが不可欠であると思う。一人一人の力は小さくても、平和の担い手になる子どもを育てていく方向で一人でも二人でも仲間を増やし、団結を作っていくことがなによりも大事なことだと思った。10年前から始まった小中高生平和の会の卒業生が、今度は教師となってその精神を引き継いで赴任校で同様のとりくみを始められたことは、これから全国に広がっていく新しい芽生えを感じさせるもので、とても心強く感じた。
 派手さを求めるのではなく、人と人の心を繋ぎ、どんな困難な状況にあろうと着実に真実を伝えてきたことが積み重なって今日のような集会にまで行き着いたのだと確信している。私は、これからますます必要になってくる原水爆禁止の運動を引き続き広げていくこと、とくに、被爆者として被爆の真実を後世に引き継いでいく使命をまっとうしていくことを強く心に誓いました。
 また、劇団はぐるま座が苦労を重ねてたどり着いた成果も非常に大きかったと思う。『動けば雷電の如く』『原爆展物語』の上演によって、劇団員の純粋さに磨きがかかり、若い新入団員も増え、ますます頼もしい存在になってこられたと感じている。長周新聞とともに、これからも勇躍前進されることを願ってやみません。

 本物の教育・教師    下関原爆被害者の会  大 松 妙 子

 福田正義主幹没10周年、最高の参加者。死して尚名の残る偉大なるお方。病院の先生からパワーをいただきやっと参加させて頂きました。礒永先生の詩祭にも姉兄の死にも行けずに一人心に詫びておりました。今までは健康で病に対して無知故に病院生活をよぎなくされ、健康がいかに大事、大切であるかこの年になって知りましたが、今まで無知で皆様には迷惑と心配かけまして申しわけありません。また私ごときに心配して頂くことはうれしいこと幸いと思っています。
 ここに参加のみな様は福田先生の教えが生きていると思います。現在の日本破壊の一歩前福田先生の大衆民衆への温かい思い、長周新聞のみな様が多くの言葉実行。業績を継承しゆるぎない長周であること、益益の繁栄を願っております。
 私は広島の原爆被害者です。親は子や孫のため被爆者であること胸の中におさめ、固く口を閉ざしていましたが、下関に来てこの会にいつの間にか会員となり、吉本さんの下で長周新聞との連帯、長周新聞の被爆者への温情それも無償の支援が継続されているのも吉本さんのお陰だと思います。
 下関を基点に下関原爆被害者の会をはじめ市民の会、小中高生平和の会、小中高生平和の会の諸先生はすばらしい先生方。遠路宇部、防府、萩、北九州と未来を担う大切な子どもたち、日本を誇れる日本に変える教育に情熱と愛情、実行・団結と強い絆。そのような皆さんが、下関に集結。こんなうれしいことはありません。平和の会の卒業生、苦難を自分のものに立派に社会に貢献。先生方の愛情忘れることはないと思います。信頼できる先生に巡り会えた事を感謝しましょうね。各各の市、また県に小中高生平和の会ができれば、日本も変わると思い、いえ変えてほしいと思います。
 教壇に立ったことのない人間。中身のない自分がエリートと思う権利を振り回し、欲望の固まりの官僚たち。教育とは教えて育てること。先生、父母、子どもが一体化して信頼できる、それが本物の教師と思う。平和の会の先生たち、教えてあげて下さい。文科省殿へ。
 戦時動員され、虐殺同様に扱われ死んでいった中国人の遺骨を、安否を思う人の所に送り届ける話がありましたが、日中友好のためにも日本人の手で返還すべきと、運動が起こったと紙上にあり、同じ人間同士争うことなき平和が一番と大変感動いたしました。

 遺骨送還は下関の誇り   下関市民の会  堅 山 キヌ子

 福田正義没10周年記念集会。下関、山口県内はもちろん、全国各地からたくさんの方方が参加され、それぞれの立場で、ご自分の歩いて来られた人生を語られ、感動するばかりの1日でした。
 そのなかで、「負けるもんか、開拓魂!」の宮崎県川南町の河野さんの言葉がありました。私の故郷は霧島です。となり町です。口蹄疫でたくさんの牛や豚が殺処分されると聞いたときも涙しました。ひとごととは思えませんでした。私が子どもだったころ、私の家も少しですが牛がいました。豚もいました。売られていった夜は姉、弟、子どもたちみんなご飯も食べられません。泣いた記憶があります。
 河野さんも地域全体が悲しみに包まれたといっておられます。つらい日日だったと思います。でも少しずつ元気になられ、劇団はぐるま座の『動けば雷電の如く』公演が川南からスタートと聞いて実行委員になられ、頑張っておられること、心から喜んでいます。
 元気のなかった人たちが、「本当に見てよかった」「明日からの元気もらったよ」といわれているとのこと。本当によかったですね。心からうれしく思います。まだまだつらいでしょうが、地域の方方、心あわせて「負けるもんか、開拓魂!」で頑張ってほしいです。
 『遺骨を送還しよう』の構成詩を見せていただきました。下関でこういうことがあったことを知りませんでした。下関市民の手でこういうことがおこなわれたということは、誇りです。
 「そのとき火葬した人の話」では、「ちょっと見たら17〜18歳の子どものような、やせ細って死んで」という、生生しい記憶ということです。戦争とは人間と人間の殺しあいです。ただただ平和であってほしいです。私たち市民の会も、平和で安心して暮らせる下関にするために、これからも全国のみなさんと、長周新聞とともに頑張っていこうと思います。

 皆で団結の教育に展望       下関市  中 村 喜美枝

 福田正義没10周年記念集会に参加してとてもよかったです。たくさんの方が全国から集まっておられました。今、国も県も市もみんなおかしくなって、日本沈没寸前だと思います。政治家もみんな自分の懐を肥やすことばかりで国民のためになどという人は一人もいません。そのなかでこれだけたくさんの人たちが日本をよくしていこうと集まってこられたことがすばらしいと思います。
 私は今まで仕事ばかりで楽しく金もうけをさせてもらってきました。世の中のことなど全然知らずにいました。市民の会に入会して知らないことがあまりにも多いことに気づきました。だからお話を聞くだけで本当に勉強になります。長周新聞のことも共産党とかいう人がいますが、私はそうは思いません。感じる意見は人それぞれですし、私たちのまったく知らないことを教えてくれています。長周新聞を知るきっかけは福田記念館の3階でおこなわれていた原爆と戦争展を見たことです。原爆が落ちたとき、私は広島の田舎の方に住んでいました。ピカッと光ったのを見て、雷かなと思いましたが、後に原爆の光だと知りました。何年後かに広島市内で美容師の勉強をしながら働きました。そのときの隣の酒屋さんが被爆者で、原爆投下から何年もたって、治療をしていたのにまだ肩にウジ虫がついていたのを覚えています。しかし、パネルを見て広島にいながらなにも知らなかったんだと思いました。このパネル展も一人でも多くの人に見てもらいたいと思います。
 発言では若い人の発言がよかったです。今どきとてもしっかりしていると感じました。親御さんや先生方の教育がよかったのでしょう。一人でも多くの人に平和の会のことを知っていただきたい。今はできる子とできない子の差が激しすぎます。しかし勉強がすべてではないと思います。私たちが小さいころは「人の嫌がることを進んでやる人になりなさい」と教えられてきました。そんな教育が必要だと思います。発言された先生方が勉強だけでなく、「みんなで団結する」などの教育をされていることはすばらしいです。
 ほかにもたくさんの発言があり、どれも深く本当に勉強でした。戦争は絶対に嫌です。貧乏に負けない心の平和を願っていきたいと思います。

 民族の子育てる教師魂     山口県小学校教師 江 原 美佐江

 福田正義氏の精神をたたえ継承すべく、全国から多くの人が参加されたすばらしい集会でした。
 はじめに記念集会の基調が提案された。このなかで、私が思いを深めたことは「人民大衆こそが社会を変革し発展させる原動力であり、主人公であることをきっぱりと認めることである」ということです。ともすると日常は学校のなかにとじこもり人民の子どもを育てているにもかかわらず、人民大衆を信じることなく人民の子どもの力を信じることをうっかり忘れ、教育をおこなっているからである。忙しいからとか子どもが親が…とかの口実を作って、子どもたちを鍛えること、賢くすることを投げ捨てては決していけないとあらためて思いました。
 被爆者の方方のお話を聞いて原爆がどんなに大きな苦悩をもたらしたか、そのなかから死ぬ思いで立ち上がって平和を求めてこられた思いがよくわかりました。「若い人にこの思いを引き継いでほしい」の思いを受け継ぎ、戦争のない平和で豊かな社会を作るために、その後継ぎを育てる教育をしていかなければならないと思いました。
 「遺骨を送還しよう」の構成詩は人民の苦難を調べてそれを手助けしていく、という福田さんの精神をよくあらわしていました。「民族の誇りをとりもどす」とてもすばらしい活動です。
 「民族の子として育てる」の意見発表は、子どもの力を信じ、子どもを立ち上がらせるための教師魂をあらためて理論的に示してくださいました。これに続けと頑張っていきます。平和の会のリーダー二人と平場からの卒業生の意見は立派でした。涙が出ました。学校の子どもたちをこの人たちのような若者に育てていきたいです。

 全国の熱い思い一つに     宇部市・退職教師  重 谷 悦 彦

 福田正義没10周年記念集会は全国各地から参加された多くの人人の熱い思いが一つになり感動的なものとなりました。
 10年たった今、福田さんの業績はますます多くの人に引き継がれようとしています。「人民大衆こそが社会を発展させる原動力である」という思想に徹し、人民の根本的利益のために粉骨砕身の歴史は、口先だけでない行動が示すもので、その真実を知る人人が魂を揺り動かされてその後に続こうとしています。
 戦後67年、戦争の危機がますます迫ってきています。アメリカの盾にされ再び人民が戦火のなかに投げ込まれようとしています。まさに、福田さんの行動指針であった「仕方がないではすまされない」のです。しかし人人の思いと行動は確かな足どりで大きく動きはじめています。そのことをはっきり示した記念集会でもありました。被爆者の意見は体中が震えるほどのものでした。涙が込みあげて止まりません。そして民族の子として育てようと奮斗している人民教師、平和の担い手になるとする平和の会のリーダー、人民の劇団として、自力更生、刻苦奮斗の精神で公演活動に邁進している劇団はぐるま座。これらの活動が響きあって人人を大きく励まし、人人を団結させ、戦争策動に立ち向かい、独立・平和・繁栄の日本を建設していく大きな流れになっていくことを確信させるものでした。

 人民奉仕の思想に感銘    岡山県・早島を愛する会  佐 藤 辰 美

 集会に初めて参加させていただき、人民に奉仕するという福田主幹の思想が貫かれていたことに深く感銘いたしました。それは八路軍の思想と同じです。あらかじめ福田主幹の厳しい家庭環境など勉強して参加いたしましたが、なによりも困難にめげず真実を探求し続ける姿勢に敬意を表します。
 とくに広島、長崎の被爆者の方方の発言は、語るたびにつらく悲しい体験が思い起こされて、重い決断をしながらみなさんの前で語られていることと思います。全国の若者たちにどうしても伝えなければならない特別な思いがこめられた、真実の体験だからこそ、こうして原爆反対の運動が大きく発展してきたのでしょう。
 先生方の教育実践をお聞きして、あらためて真の教育とはなにかを考えさせられました。決して学校の枠内では子どもの教育はできません。被爆者の方方をはじめ昔のことを本当に知っている人たちの声を直に聞くことが大事であり、なによりも大勢の人の力を借りてつくりあげていくことだと思いました。
 岡山県の小さな早島町ではありますが、本当の意味での情報公開はなされておらず、真の民主主義はおこなわれておりません。昨年の東北の大震災の教訓から学ぶものは多多ありますが、原発も原爆もまったく必要ではなく、孫子のために、私たち一人一人が自分たちの力で郷土を守り、決して後退することなく前進していくのみだということです。
 住民の本当の声を吸い上げる町政とするために、褌を締め直して全国の方方とともに頑張っていこうと思います。『動けば雷電の如く』に引き続いて『峠三吉・原爆展物語』を楽しみにしております。

 全国的な連帯が必要     岡山県吉備中央町   松 井 正 寿

 私は岡山県吉備中央町で老人クラブの会長をしています。この度『動けば雷電の如く』の公演を一致団結の力で成功させ、私たちは大いに元気づき、今後も地域のために死ぬまで社会貢献でつくそうという意欲をかきたてました。単なる劇でなく、変革の劇だったから力いっぱいとりくみました。
 この度そのご縁で集会に参加させていただき本当によかった。私は福田正義さんの遺志を継承する追悼の集会かと思ったが、みなさんよく勉強されていて貴重な話をたくさん聞かせていただき、私にとってすばらしい社会参加となりました。
 被爆者の人たちの話はどの人も本当に切実なものでした。これはもっともっと全国的な課題としてとりくまねばならないと思いました。いろんな問題をどうみたらいいか、これから長周新聞も読んで勉強していきたいと思います。実行委員長さんが全国のネットワークが必要だといわれたが、本当にその通りだと思いました。岡山だけではだめです。こういうなかではぐるま座は全国にアピールする方針をうち立てて、それを劇のなかによく入れてやっていただくのを期待しています。

 同志の方方を肌で確認      広島市   佐々木 宏 徳

 先ずは記念大会のご成功、おめでとうございます。全国から、老若男女、多種多様な職業の方方が大集結して、とても熱い大会でした。
 私は広島の歓楽街、流川でラーメン屋を営んでおります。ご縁があって、劇団はぐるま座さん、長周新聞社さんに、平和の尊さ、大切さ、それを守るために必要な決意とは何かを、ただ頭で理解するというレベルではなく、腑に落とすというか、心を揺さぶって教えていただきました。
 とはいうものの、普段は場所柄もあって、仕事中からお酒を頂きながら、皆様にはお聞かせできないような会話をしておる訳です。時折、自分の感覚が孤立しているような感覚に襲われます。今回、大会に参加させていただいた目的の一つは、同志の方方を肌で感じ、確認すること、もっと正直に表現するなら、自分の感覚が孤立している訳ではないと安心したかったのです。
 参加の結果は…むしろ、自分が恥ずかしくなってしまいました。みなさんが本気で、真剣で。もちろんそうでいらっしゃると分かっているつもりでしたが、発言の機会までいただいたのに、「ありがとうございます」をお伝えするのが精一杯でした。反省する点は多多ありますが、参加させていただいて本当によかったです。帰路に着きながら、福田正義さんのイズムをたくさん人人が受け継ぎ、発展させていらっしゃったのを思い出し、みずからの決意も固め直すことができました。今日からまた、長周新聞で軌道修正を図りつつ、中四国地方最大の歓楽街で商売させていただきながら、きっかけづくり、仲間づくりに繋がる活動にとりくみます。
 本当の意味で、大衆が主役の国へと昇華する日を信じて。

 新鮮だった教育実践     宮崎県日向市切島二長寿会会長  森 迫 誠 郎

 よく知らないことがたくさんあったので、表面的なことしかわかっていないと思うが、集会で一番印象に残ったのは先生たちの教育実践だった。子どもたちが「みんなのために頑張る」、それも個人プレーではなく集団でおこない、みなで成就していくという教育実践はとても新鮮だった。今の社会のなかではほとんど聞かれないことで、こういう新しいものは、私たちの生活のなかでも生かしていきたいと思った。
 また集会に大勢の人が集まっていたことにも驚いた。私は福田さんのことはほとんど知らないが、集会の会場に行く途中に、福田さんの会館があった。一新聞社の社長さんの記念館ができるというのはよっぽどのことだ。この間長周新聞を少し読ませてもらっていたが、はぐるま座はじめ、被爆者の方の運動やさまざまなことが福田さんや長周新聞が支えてきたのだなと感じた。そういう運動が伝統として受け継がれ、続いていることはすばらしいことだと思った。
                                            (元高校教師)

 10年間の発展の集大成      沖縄県元幼稚園教諭  源 河 一 美

 福田正義没10周年記念集会に参加できたことを大変幸せに思いました。いっぱい学ぶことがあり、あらためて自分の姿勢を正さねばと思いました。この間、長周新聞紙上でたくさんの方方の福田路線への熱い思いを読ませてもらい感動の連続でしたが、本日の集会でさらに福田路線が各地で勢いをもって広がっていることを知らされ、沖縄もさらに路線学習を頑張らねばと思いました。長崎・広島・下関の被爆者の方方が若い世代へ語り継ぐ活動に命をかけてとりくんでおられること、そのなかで被爆体験を学んだ平和の会の子どもたちが、体験者の思いをしっかり受け継ぎ、たくましく成長しています。その子どもたちの一人がすでに教師になり、被爆体験を学ぶことの大事さを子どもたちに伝えたいと涙ながらに発言していた姿にすごく胸を打たれました。
 上宇部小の先生方三名による実践報告は圧巻でした。はぐるま座の演劇、小中高生平和の会の活動、被爆者の方方の語り部活動、市民の会のとりくみ、平和な社会を作るために各地域でたたかっている労働者のみなさん、各各の活動が長周新聞にとりあげられ、この一〇年間福田路線に導かれ、発展し、本日の集会で集大成されたように思いました。連帯が深まるすばらしい集会でした。
 「沖縄の平和運動一新」のパネルはうれしかったです。

  参加して心が洗われた     宇部市  退 職 教 師

 参加して心が洗われた。一人じゃないなと感じた。
 自分たちが現職のころは、組合の主導権をどこがとるかなどをめぐって仲間内でいいあいをすることが多かった。今の時代の方がたいへんだろうに、自分はなにをしていたのかと反省する。結局組合主義だったと思う。組合も非組も関係ない。学校なら子ども、世間なら大衆が一番大事。どこに身を置くのかということだ。
 自分たちのころは、上から嫌われることが正しいことだった。しかしそこに目を向けていては始まらない。発展の方向に目を向けていかなければいけない。
 とくに平和の会の青年たちの発言が純粋でよかった。真実というものはいつかは通用するようになることを教えてくれる。福田さんが語っていたどの立場に立つのかということが一番大事だと思う。自分が中心であれば、それで満足してしまう。民衆の立場に立つことが一番大事だとあらためて思った。
 これから参加者が全国各地に帰り、福田さんの路線で運動を起こしていくことが大事だ。参加して本当によかった。

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