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金持ちしか使えぬ介護詐欺
介護をめぐる一年
               介護料は値上げ、施設入れず    2007年12月26日付

 介護の社会化をうたって導入された介護保険制度は、今や「金持ちしか使えないぼったくり」だと多くの人が共通の怒りを募らせている。06年の制度改悪から、生活は激変し、次第に浮き彫りとなる実態は、年寄りをペテンにかけた国家的詐欺商法だと怒りが爆発寸前となっている。介護をめぐるこの1年はどうだったか。
 24日、宮崎市で100歳の認知症の父親を介護していた70歳の娘が父親を刺殺し、無理心中を図って重体となる痛ましい事件が起こった。徘徊する父親を捜し歩いては連れ戻し、在宅でずっと付き添っていた娘の献身ぶりは近所でも評判となっていた。今年だけ見ても、介護を苦にした事件は頻発の度を増している。
 高い介護保険料を否応なくつり上げてはわずかばかりの年金から天引きし、いざ介護を受けようと思っても制限される。病院からは追い出され、施設には空きもなく、行き場を失った要介護者が在宅となった高齢世帯では老老介護や病病介護に途方に暮れている。介護が必要な高齢者を抱えた現役世代は介護費用を捻出するためにも働きたいが、在宅介護のために働けず、鋭い矛盾となっている。
 在宅介護に直面している人人からは「自分も家内を殺して死のうと思ったことは何度もある」「やるかやらないかの違いだけ。人ごとではない」「介護保険が金持ちしか使えないのが問題なのだ。苦しんでいる人は山ほどいる」とうっ積した怒りが口口に語られている。
 第1号被保険者(65歳以上)の介護保険料は、全国市町村の平均保険料基準額で当初、月額2911円だったが、第2期(03〜05年度)は3293円となり、第3期(06〜08年度)は4090円と見直しの度に大幅増額。高い介護保険料を引かれても、利用するにはさらに自己負担がかかる。
 政府は06年に介護予防サービスを新設し、介護給付費の抑制と軽度者の報酬引き下げを強行した。要介護認定が変わり、自立支援と称して要介護1の7割が要支援1と2になった。「介護予防サービス」の訪問介護、通所系サービスなどは、包括化としてそれまで利用回数に応じて自己負担していたものが、月額制となり、利用回数が少なくても一律になったため、結果として負担が増えた。
 また、区分支給限度基準額が引き下げられ、利用は制限。従来、「要支援」なら自己負担額は6150円(利用限度額6万1500円)であった上限を、改定後「要支援1」で、4970円(同4万9700円)に1180円(1万1800円)引き下げ従来「要介護1」だった人は改定後「要支援2」として6180円(6万1800円)も引き下げた。

 ヘルパー頼む事できず 家族が体調崩しても
 さらに、同居家族がいれば、その家族の体調にかかわらず原則としてヘルパーは使えないよう改悪した。
 下関市内に住む要介護4で言語障害や身体的に不自由な夫人の在宅介護をしている70代の男性は、介護保険制度が改悪されて本格導入されたこの1年を振り返って、まず第1の問題としてヘルパーの利用制限をあげる。老老介護で持病のある男性宅にも来てもらえなくなったため、日常生活の家事負担が大きくのしかかった。
 男性宅では、7年前の介護保険制度ができるまでは夫人が難病のため、医療費も無料で、機器を使ってのリハビリなども無料で利用できていた。それが介護保険の導入とともにすべて介護保険を使うよう移行されたため、生活も大きく変わった。介護保険は保険料を払ったうえに利用するときには1割負担がかかるからだ。月に2人で14万円の年金収入からは介護に回せるお金にも限度がある。
 男性は、「介護者への支援がなにもない。なんでも介護保険を使えといい、デイサービスやデイケアを利用限度額の範囲内でやれ、訪問医療なども介護保険のかたちでできるからといっても金がないと利用できない。生活全般について支えになるものはなに1つない」「医療費も保険料も介護保険料もみんな否応なしで高くなる。この年になれば働けるわけでもなく今の政治は納得いかない」と憤る。
 要介護度ごとに利用限度額が決められており、これをこえてサービスを利用すると、こえた分の全額が自己負担となる。加えて通所や施設での食費、居住費も全額利用者負担となった。
 施設にしても、入所は常に100人待ちがザラである。やっとのことで入れても食費も居住費も全額自己負担。月に最低一三万円はかかり、その負担ができる家庭はまだいいが、わずかな年金を節約の積み重ねでかつかつ生活している老人にとって、それは高嶺の花であり、国民年金の2カ月分以上に相当する。
 下関市内で在宅介護をしている人人からは、岩国市での米軍再編反対1万1000人集会や、下関市政を動かす市民運動の発展などが感動を持って受けとめられ、多くの世論と行動が変えていくことへの確信が強まっており、“みんなが結束して立ち上がることだ”と意欲が語られている。

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