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憲法改悪阻止の国民的大運動を
               戦争・反動・貧困・売国の道     2006年6月2日付

 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇、または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。これは日本国憲法(九条)である。憲法はまた、平和主義とともに国民主権や基本的人権を定めている。小泉自民党政府はこの憲法を改定するための国民投票法案成立をすすめている。憲法に対応してつくられた教育基本法も国会審議を開始している。戦争の反省から出発した戦後の歴史を覆して、戦争のできる専制国家をつくろうとしているのである。
  
 自衛軍創設等も盛りこむ 新憲法草案
 「新憲法草案」は、性格を定める前文をすべて変更。冒頭に「ここに新しい憲法を制定する」と宣言し、痛ましい戦争の反省に根ざす憲法の歴史を断絶している。そして「天皇」の文字すらなかった前文に「象徴天皇制はこれを維持する」と加筆。第一章の「天皇の地位、国民主権」の項は国民主権を削除。主権在民という民主主義を制限することを明らかにしている。
 第二章では「戦争放棄」の章題を「安全保障」に変更。「戦力不保持」「交戦権の否認」を規定した九条二項を削除し、「内閣総理大臣を最高指揮者とする自衛軍を保持する」との規定を新設した。武力参戦をやる上での憲法上の障害を取り除くものとなっている。
 第三章の「国民の権利および義務」では、文中の「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」と変えた。公共の福祉に反しない限り国民の権利が尊重されるとしていた内容を「公の秩序に反しない限り」と変更。「国民の権利」を制限して「公」と称する国家の利益、秩序だけを尊重させるとしている。米軍や自衛隊の土地接収や食料提供などにうむをいわせず従わせることの障害を取り除くものである。
 「国会」「内閣」の項では内閣総理大臣を「自衛軍最高指揮者」とし、衆院解散権を持たせ、権限を強化。「司法」では軍事裁判所の設置を明記。「財政」では「必要経費の支出の承認」を新設し、米軍が要求するばく大な戦費支出にいつでもこたえる体制にした。
 「地方自治体」では、「地方公共団体特別法の住民投票」の規定(第九五条)を全文削除。「地方自治体の種類」を「基礎地方自治体」と「これを包括し補完する広域地方自治体」の二つにわけ、市町村合併、県の廃止と道州制の法律的裏づけとする。中央集権国家への法制化である。 
 
   教育基本法改悪も策動 愛国装う売国が中味
 この憲法改定の動きとあわせて、憲法と深くかかわりのある教育基本法改悪法案を決定し国会審議段階にのせている。「教育の目的」の項に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛する」との文面で「愛国心」を導入。戦前の戦争動員への盲目的な状態をつくった反省として重視された「教育への不当な支配」の文面について、それを否定する文面は強い反発で削除されたが、改定がその志向を持っていることは明らかである。
 この「愛国心」は、「公の秩序」に従うなどという憲法改定内容とあわせるなら、「お国のために」という国策への無条件服従を意味するものであることは明らかである。それはアメリカが日本を隷属の下において辱めを受けているという現実を承認し、アジア・世界各国への排外主義を意味することは明らかである。それは対米従属から日本の独立を願うというほんとうの意味の愛国心ではなく、強いアメリカには言いなりになって弱いアジアに襲いかかるという恥ずべき売国精神にほかならない。
 そして教育基本法の改定をすすめる勢力がやっている内容は、教育の機会均等主義をなくして、教育を企業の営利活動のようにし、金儲け原理、差別選別の競争原理にさらして、社会的な責任とか使命とかを切り捨てたエゴ人間の育成である。この教育破壊を、あからさまな行政権力による「教育への不当な支配」として実行するものである。この盲目的なエゴ人間が、我が身を守るためには他人を攻撃する、アメリカの国益のための侵略戦争で、人殺しをする人間をつくることとつながっている。
 かつての戦争への動員は、教育が重要な役割を果たしたことが深く反省された。戦争をやろうという指導者にとって教育をその道具にすることが不可欠なことはかつての戦争が証明するところである。

   戦争への逆コース 歴代の自民党政府★ハ
 この「改憲」の中心は憲法九条の「戦争放棄」を覆すことである。そして改憲に先行してすすめている実態は、自衛隊が米軍の指揮下に入り統合され独立国の権利を投げ出すとともに、日本全土を原水爆戦争の前線基地にするというものである。アメリカの国益のための戦争を「愛国心」といってやる。そのためのものをいわせぬ専制国家をつくろうというものである。
 自民党改憲勢力は、「おしつけ憲法反対」「日本はアメリカに頼っていてはいけない。自前の軍隊をもつべきだ」と叫んでいる。また「平和は大切だが、中国が攻めてきたらどうするのか」と叫んでいる。自民党憲法調査会は「新憲法草案は自民党らしさがかけている」と主張し、「国民の義務」に「国防の責務」を追加するため二次草案作成に入っている。
 敗戦後制定された日本国憲法はアメリカ占領軍のもとで制定されたが、日本の支配階級が引き起こした戦争によって、320万人に上る戦死者を出し、親兄弟は殺され、家財道具は焼き払われ、餓死にさらされた、悲惨な戦争を二度と繰り返してはならないという日本人民の意志を反映したものであった。それが主権在民、恒久平和、基本的人権の尊重などの銘記となった。生活分野でも「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」としている。そのほか思想・良心・信教の自由、表現の自由、学問の自由、職業選択などの経済活動の自由、教育の機会均等を保障した。教育基本法では戦前の軍国主義教育の教訓から「不当な支配」を戒めている。それは再びいまわしい戦争を引き起こしてはならないという痛恨の体験に根ざしていた。
 この実行をさぼり、戦時国家にむけた逆コースへ引き戻してきたのが歴代自民党政府であった。それは戦後目下の同盟者として復活した日本の独占資本集団が、アメリカの要求にしたがってすすめたものである。かれらは戦後憲法は決めたが、1951年サンフランシスコ単独講和と日米安保条約でアメリカの日本占領を法制化し、「安保」を憲法の上に置いて今日まですすめてきた。憲法はじゅうりんされつづけてきたが、その憲法が今やかれらの野望にとってはじゃまになったのである。
 1990年代の米ソ二極構造崩壊は戦後世界の基本的な対立構造を大きく変化させるものであった。日米関係では97年には、新「日米防衛協力指針(ガイドライン)」を決め、「平素から武力攻撃、周辺事態に際して効果的に日米協力を行うための堅固な基礎を構築する」と日米軍事同盟体制を宣言。9・11テロ事件以後の02年米国家安全保障戦略では「最大の防御は適切な攻撃」と宣言し、先制攻撃と単独行動主義へ転換。「同盟国と密接に協力する」とし日本を動員することを明確にした。

 米国も改憲要求し圧力
 これと連動してアーミテージ米国務副長官が、「憲法九条は日米同盟にとって妨げの一つになっている」(04年7月)と発言し、この翌月にパウエル米国務長官が「安保理の一員としての義務を果たそうとするなら、憲法九条は再検討されなければならない」(04年8月)と圧力をかけた。自民党は「押しつけ憲法」といっているが、今度もアメリカの押しつけを、自分たちの意志といっているだけである。
 日本では99年周辺事態法、01年テロ特措法、03年武力攻撃事態法、03年イラク特措法、04年国民保護法など、憲法改定を待たずに戦時国家体制づくりをすすめてきた。国内の軍事弾圧法制を整備し米軍への協力態勢を構築。日本にミサイル防衛(MD)を導入すると決め、陸上自衛隊をイラクに派兵する前例もつくってきた。今月には国民合意もとらず日米政府間だけで米軍再編最終報告を発表し、自衛隊をまるごと米軍指揮下におさめることを決めた。座間へ陸海空自衛隊をも指揮する米軍司令部を設置し、新「安保」宣言では、戦争動員範囲を「地球規模」へ拡大しようとしている。「押しつけ憲法反対」といって国の最高法規である憲法を「自主的にアメリカの戦争に総動員する」と日本中を売り飛ばすものへ変えようというのである。

  対米盲従では共通 悪質な「日共」・社民
 他方で、各政党の対応は対米盲従でアメリカの企む戦争に日本を総動員する方向と対決しないことが共通している。
 公明党は支持層に戦争体験者や戦争反対世論が強いため「憲法の精神や九条は変えず、必要な条文を加える」といい、テロ特措法、有事法、イラク派兵法などのさまざまな「戦時法制」を加えることに懸命。自衛隊のイラク派兵でも党首がまっさきにイラクに飛んで安全のパフォーマンスまでした。
 民主党は「国際協調の必要性といった時代の要請に即した憲法論議」を一貫して主張。PKO(国連平和維持活動)などで武力行使を認める態度。「国際貢献」と欺きアメリカの肉弾作りに手をかしている。連合など大手労組に政治問題は扱ってはならないと行動を抑圧し産業報国会のような役割をはたしている。
 悪質なのが「護憲」をかかげる社民党と「共産党」の看板を掲げた「日共」修正主義集団などの「革新」勢力。社民党は「憲法の掲げた目標の実現を誓う」とし、「日共」修正主義集団は「憲法改悪阻止で奮斗する」といい、どちらも口では「護憲」の立場。ところが行動は逆で、社民党は村山首相のとき「自衛隊合憲発言」をし自衛隊派兵に道を開く仕掛け人となった。「日共」修正主義集団は「天皇を除くかどうかは国民の総意で決めればよい」として天皇制を容認。自衛隊も「災害救助のためならいい」といい容認。どちらも「戦前の軍国主義反対」と主張して、アメリカが「自由・民主・人権」の名で引き起す戦争に協力する欺瞞的な立場をとっている。
 「戦争のできる国にする」ための憲法改定であるが、日本人民のなかでは、第二次大戦の痛ましい体験と戦後の苦難に満ちた経験は風化しているどころかますます鮮明によみがえるものとなっている。憲法改定は日本人民の貧困、反動、戦争、売国による困難を法制化しようというものであり、繁栄、民主主義、平和、独立の日本を願うあらゆる要求を合流させた、全国民的な世論と運動を強めることが求められている。

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