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聞く耳なく暴走する独裁国家
野田政府巡る記者座談会
             国民守らぬ米国・財界の道具   2012年6月13日付

 自民党がたたきのめされた後に登場した民主党も、野田政府まできて圧倒的な国民から見限られ、宙に浮いた権力が消費税増税や原発再稼働、米軍再編やTPPなど何事をやるにも国民のいうことなど聞く耳なく突っ走りをやっている。国政が国民のために動くという信頼はなくなってしまっている。そういう国政の現状をどう見るか、どうすればそういうものにいうことを聞かせることができるか、記者座談会をもって論議した。
 
 戦後日本支配の欺瞞力失う

  原発再稼働や消費税、米軍再編など野田政府による聞く耳なしの突っ走りが目立っているが、大衆世論はどうなっているかからまず出してみよう。
  福島であれだけの原発事故をやって、しかも終息もせず、検証もされず、対応策もなにもないのに再稼働を押し切ろうとしている。反省がないし、住民の生命や安全を守るというような姿勢がまるでない。消費税もこの不景気のなかで、みんなの貧困がひどくなって産業も衰退しているなかでやろうとしている。米軍再編もアメリカからいわれるままに、国はいくらでも金を出す。オスプレイ配備も強行だ。「沖縄に配備されるまで一時的に岩国にいる」といって山口県や岩国市は実質的に容認していく流れだ。沖縄は「来るな」といっているのだから岩国常駐のコースだ。以前から浮上していた構想の普天間の海兵隊を岩国に移転させるコースだ。大インチキの突っ走りだ。
  下関市政を見ていても、大震災が起きても消防庁舎の海岸埋め立て地移転をごり押しする。リーマン・ショックが起き、今では欧州危機と円高、大企業の海外移転・工場閉鎖があいつぎ市民が極端に貧乏になっても、200億円規模の市庁舎建設事業、駅前開発などそれ以前の計画をあくまで突っ走る。これでもかというほど箱物散財を続けようとしている。市民はこれほど貧乏になって、さっぱり地元経済が回っていないなかで、そんな市内状況の大変化などお構いなしだ。市民の生命の安全とか生活をどう守るかなど考える市政ではないのだ。説得しようといっても聞き入れる相手ではないという評価に立たなければことはすすまない。
  下関でもこれだけ貧困と失業が深刻ななかで大企業は海外移転であるし、生活が苦しいのに国は消費税をいう。ごり押しすればとんでもない貧乏社会になるし、失業や倒産が激増する。どこを回っても消費税に賛成する人物を見たことがない。このご時世に5%を10%に引き上げたらどうなるかはわかりきったことだ。増税したら中小企業も経営が成り立たず倒産が増えると企業関係者や税理士は口を揃えて言う。政治が国民生活の息の根を止めるようなものだ。
  商店に行くと年金支給の前というのもあるだろうが、とくに年寄りは出費を控えていて閑古鳥が鳴いている。客が来ないという。「これで消費税を上げられたら壊滅しかねない」「生きていくのが精一杯なのに、政治家はなにを考えているのか」と怒りが出される。
  日本医師会が消費税反対を打ち出しているが、医療関係者に聞くと3割負担の今でも外来受診は減っているという。消費税を上げたらますます来なくなる。そうすると早期発見、早期治療ができなくなる。病状が深刻になってからでは治療も大変でお金もかかる。しかし少しのことなら我慢して、あるいは市販の薬で対処したり、みなが安上がりで済むように出費を抑制しているのが特徴だ。医療機関の診療報酬は決まっていて、消費税を転嫁する先がない。今はまだしのいでいるが、10%になれば小さい診療所ほどやっていけなくなるといわれている。閉院に追い込まれかねない。入院患者の受け入れをやめていく医療機関も増えているが、ますますこの流れに拍車がかかる。患者が高負担でかかれないだけでなく、医療機関そのものが減っていく。
 
 国政への怒り沸騰 貧困進むなかで散財 社会を潰す政治

  国というのは何なのだろうか? という意識が語られている。市内のある自治会長が地域の500軒を調査して30軒ほどが生活保護だったという。仕事がないし、老人の孤独死も増えている。小泉純一郎が非正規雇用を広げてから若者は働いても食っていけなくなっているし、自分たち農民も農業で生活できなくなっているなかで、あえてTPPや消費税をやって社会を崩壊させていくこの政治はなんなんだ? という問題意識を語っていた。
  ある食堂の大将も野田政府の突っ走りにカンカンに怒っていた。「当初は物腰低くというかヘナッとした印象だったから、少しはいうことを聞くかと思っていたら、まったく逆だったじゃないか。消費税もだが、F35の購入にしてもすべて突っ走りだ。だれのいうことも聞かないで暴走するじゃないか」と。民主党もだが、応援していた中尾市長もすべて公約を投げ捨てていく。市も県も国も政治がデタラメなことに憤っていた。
  食堂で働いている婦人は、大学生を抱えている婦人たちが子どもの職がないことに頭を悩ませているといっていた。大学を卒業して家にいたりするから、家族の心配は募る一方だ。「これで増税されたらみんな首をくくらないといけない」といっていた。
 B 市役所のなかでは、とくに生活保護や介護保険、市民税など市民生活と向き合っている部署の職員のなかで、貧困化の問題が話題になる。ある職員は「情勢の変化に対応しないといけないんだ!」と危機感を語っていた。年寄りが増えてしかも貧乏になっているし、若者の失業もすごい。このなかで以前の市庁舎計画などをそのまま実行していることについて「呑気に箱物をしている場合じゃない」と強い調子で話していた。窓口で応対する市民一人一人の生活の深刻さが痛いほどわかるから、散財劇に怒っている。生活保護も若い世代の申請が増えている。
 C 大阪の無差別通り魔殺人があったが、みんな先が見えない状態に置かれている。おかしくなって、自分のことしか考えない蛮行に及ぶ者も出てきていると話になる。タクシー運転手と話したのだが、客がいないのでまったく車が動かないと話していた。「みんなが貧乏で暮らしていけないのに、市は市庁舎や駅前開発や大盤振舞が改まらない」「上層部が好き放題なのをどうすれば止められるのか」といっていた。
  突っ走りの異常さをみんなが感じている。消費税についても景気が悪くなるのはわかりきっているのになぜやるのか? だ。市民生活や国民生活がどうなってもよいという政治への怒りが沸騰している。大飯原発再稼働にしてもメチャクチャだ。あれほどの事故を引き起こして本来なら監獄でおとなしくしていなければならない連中がそのままの体制でやろうとしている。免震棟もなく爆発したら作業員も配置できない。津波対策の堤防もない。住民避難も100`ぐらいでは足りないがそれもない。だれが指図しているのかだ。
  豊前海の漁師たちは、三陸であれほどセシウム騒ぎをやって食物規制を加えたり、「危険だ!」と煽っておきながら、一方で「安全だ」と再稼働することに「辻つまがあってない」といっていた。野菜も肉も国産にはさまざまな規制を強化しているのに、輸入物は野放しで入ってくる。こういうダブルスタンダードがへっちゃらでまかり通っていく。「生レバーは食うな」という一方で原発再稼働だ。国民の健康や生活を心配しているのではない。
 D 再稼働について福島県民は激怒している。野田が「被災者の複雑な気持ちはわかるが、国民の生活を守るのが責務だから再稼働するのだ」といったが、福島の十数万人もの人たちが故郷を追われて避難生活をしているのに、まるで国民ではないようないい方だ。
 
 大収奪のための国家 戦後民主主義の幻想が崩壊 最先端の下関

 A
 国民の生命、財産、安全を守る政府ではないし、民主主義国家でない。独裁国家だ。ここをはっきりさせないと対応できない。要するにアメリカと日本の金融資本が好き勝手に食い物にし大収奪していくための国家だ。だから国民のいうことなど聞かない。多数決といって選挙をやっても公約をみな破棄する。自民党がやっても民主党がやってもだれがやっても同じ事をする。議会制民主主義のたてまえもとらない。それを下関では中尾のようなものが先端を切って実行している。
 E 中尾が自民党林派の内部学習会をしたとき、「市民に迎合ばかりしていたら市政はできないので、マイナス面もあることをハッキリさせて行政運営にあたる」と発言していたが、「痛みを伴うのだ! ぶれない政治だ!」という調子の世界観だ。
 A 公約違反でぶれまくっていることを「ぶれない政治」といっているのだ。中尾はまともに考えたら頭がおかしくなるはずだ。おかしくならないのなら、相当に頭の機能が人間離れしているということだろう。
  唐戸の店主が話していたが、人をだましたことへの怒りは強烈にある。
  しかし戦後の日本の国家というのは、そういうものだったということだ。その認識にたって一切の幻想を捨てたら、どうすれば効果があるかが出てくる。アメリカや財界の独裁国家ではなく、国民のために動く国家にするには、説得やお願いではらちがあかないということだ。力と力の問題だし、大衆の実力でなければいうことを聞かない。安保斗争のような大衆の実力を示す政治斗争がいるということだ。
 独裁で突っ走っている政府だが、勤労人民との関係で、突き詰めたときどっちが強いかだ。どの時代でも、いかなる権力者も働く人民が力の源泉だ。生産人民が働いてつくった富から年貢や税金を出すから権力が維持されてきた。この人民の力が権力者から離れたときには権力者は持たない。
  はぐるま座の全国公演のなかで、口蹄疫でやられた宮崎県とか、各地で「町おこし」の運動が盛り上がっている。東北でも同じだ。国は輸入自由化とかTPPとか消費税とか市町村合併とか、わざと農漁業をつぶし地方をつぶすことばかりやる。これとたたかって、自分たちの力、地域共同体の力を結集して農漁業を興していくという動きだ。日本中でそういう世論転換が動いている。
 A 独裁で突っ走るということだが、別の面から見るとアメリカや財界の側に欺瞞する力がなくなっているということだ。人をだまして引き連れていく余裕がなくなっている。一見すると凶暴であるが、もう一面から見ると支配体制の脆弱であり、戦略的に見ると支配の衰退だ。原発再稼働にしてもなんの説得力もないし、見られたザマではない。
  自民党であれ民主党であれ、何党が出てきても同じで、財界、官僚機構、軍隊、警察、メディア、御用学者など権力機構そのものがアメリカの代理人となっており、そのもとで総理大臣はだれがなっても同じことをやる。小沢一郎は反米というほどの人物ではないが、アメリカの意向とは違うというので血祭りにあった。
  若手知識人のなかでも戦後の日本支配の構図を問題にする発言が目立っている。政治家も官僚もメディアも露骨にアメリカ直結で事が動くし、そのアメリカではとくに金融資本が政府を乗っ取っているから、目先の利益だけで政治が機能し、国民の世話をする国家ではなくなっているという指摘だ。
  戦後総括の意識変化がある。各分野で戦後民主主義の幻想が崩壊している。第2次大戦から続く戦後社会の本質が浮き彫りになっている。戦争で武力によって日本を単独占領し、アメリカが一元支配の体制をつくった。天皇と財界は、支配の地位を失うのを恐れて戦争を長引かせ国民をアメリカの犠牲にさらさせてヘトヘトにさせ、アメリカの庇護の下ですべての民族的な利益を売り飛ばして自分たちの地位を守ろうとした。国益など考えていないのだ。
 戦後アメリカは一時は日本を高度成長で太らせて、根こそぎ吸い上げている。日本の独占資本は国内を切り捨てて海外に行ってもうけようとしている。海外で商売をやろうと思ったら、その地の労働者を世界一劣悪な条件で搾りとろうというわけだから反抗がある。そのためにはアメリカの核の傘で権益を守ってもらう関係だ。日本本土を中国、朝鮮との核戦争の盾にしてでも日米同盟にしがみつく理由だ。国をつぶす国賊ということだ。
 
 懲罰化の方向露骨 むき出しになる本性 戦後社会の本質

  独裁国家になっていることとセットで、先日の天皇訪問の異常警備ではないが、厳罰化、懲罰社会の方向があらわれている。オウムの高橋の逃亡劇がニュースで流れるが、あれだけ世の中に監視カメラがあることに驚く。どこでだれがなにをしているのか、手にとるように権力側には把握できる仕組みになっている。
  フェイスブックは米軍がかかわっている技術だが、以前なら個人情報を集めるのに難儀していたが、本人が意識していなくてもあれを使うことによってその情報が権力側に簡単に集まってくる。携帯やスマートフォンもGPS機能がついていて、だれがどこにいるのかわかる。盗聴も容易であることは、前から知られている。街を歩けば監視カメラ、車で走ればNシステムで監視。県警がナンバーで摘発しようと思えば一発だ。
  メールもサーバーに集まるものをみんなチェックしようと思えばできる。グーグルも個人情報の収集機能が問題になっている。パソコンも匿名と思ってインターネットに下手なことを書き込んだら、IPアドレスで割り出されて、どこのだれが書いたのかがすぐにわかる。殺人予告なんかがすぐ捕まるのはそのためだ。どこのどの回線から書き込んでいるのかわかるからだ。ホームページにどこからアクセスして閲覧していったかも足跡がつく。
  ものすごい監視社会ができあがっている。それでも怖いから天皇が下関に来るだけで3000人もの警備体制を敷く。敵は人民をひじょうに恐れている。だからこその弾圧体制だ。
  特攻隊で生き残った男性が、天皇問題とかかわって戦前戦後の経験を語っていた。自分たちの世代はだまされっぱなしで、あの戦争のときに本気で志願して出ていった者はいなかったという。出ていかないことには怒鳴られていた。御真影からなにからみんなをだまして、ほとんど友人たちは殺されていったのだと話していた。戦後は零戦に乗っていた危険人物としてGHQのリストに挙げられ、大学を受けようと思っても「オマエはダメだ」とあしらわれ、予科練崩れが犯罪を起こしたら、すぐに自分の家に土足で上がってきて、タンスから家具からひっくり返していったという。
 その結末が今のような世の中になった。あれだけの者が死んでいって、こんな世の中では面目が立たないといわれていた。天皇がのこのこイギリスに行ったりするが、あのとき特攻を出した者が責任をとったのかと。大西中将は腹を切ったが、あれだけ殺しておいて、その上の張本人は生き残ってのうのうとしている。そして反省していない。今の国の体質がまったく同じだと。自分たちの仲間のためにもなんとかしたいという気持ちを募らせていた。
 A 国民に対する対応の仕方が戦争のときと同じだ。しかしずっとその体質が戦後社会を貫く本質だった。第2次大戦であれだけのひどいことをして、戦後は一時期平和の仮面をかぶってきたけれども、だましようがなくなって本性をむき出しでやっている。国民のことなど一つも考えていない。それならどうするかが問われている。全国的に大衆が結束して実力でたたかうし、いうことを聞かせなければ動かない。
 人民の行動機運が高まっているなかで、戦後民主主義に幻想を持っているチャンピオンが社民勢力や「日共」集団で、太刀打ちできずに人民から見放されているのも、もう一つの特徴だ。

 主人公は生産人民 突っ走るが風前の灯火の権力者 全国団結に活路

 B 
原爆展をとりくんでいて去年とも印象が違う。一段と世論が高揚している。原爆投下から戦後社会について考えなければという意識が動いている。みんな現代を変えていくために今原爆を語り継ぐことが大切だと考えているし、長崎でもみんながポスターを貼らせてくれたりする。
 あと長崎でも商店主のなかでは金融問題を扱った紙面に反響が大きい。読者のなかでもIMFの要求でポンポン10兆円とかを出していくことに怒りが出されていた。そんなことをやりながら「税と社会保障の一体改革」などというからふざけている。アメリカのいいなりですべてが決まっていく国の姿があぶり出されている。マニフェストとあれだけ騒動して選挙したのが、糞くらえでひっくり返すのだ。だから幻想がない。
 このなかでむしろ自分たちの地域や人間関係を基礎にして、そこに根を張って生きていくしかないという意識が強まっている。商店のもうけといっても地域あってこそだし、買い物サービスをしてみたり、商店にコミュニティーセンターをつくったり、紙芝居をしたり、みんなのつながりを大切にする流れがある。原爆展のとりくみがそことつながっている。なにかに幻想を抱いていてもどうにもならないから、自分たちで自力でやっていこうとなっている。
  東北を見てもそうだ。国には復興させる意識がまるでないなかで、岩手県の田老や重茂にしても自分たちの力で瓦礫のなかから立ち上がっていく。下からの団結や連帯を求める意識が強まっているし、パワフルに行動していく機運がある。経済情勢が悪化して苦しいのは事実だが、そこで世の中に敗北していくのか、連帯と団結によって打ち勝っていくのか、イデオロギー的には真っ二つに割れていく。自殺者も毎年三万人だが諦めや敗北ではなく、全国的な連帯と団結に展望がある。そういう情勢だ。苦しいからこそ働く者のイデオロギーというか人民性が強まっていると思う。東北ではだれのための復興なのかが問われてきたが、だれのための国政で、だれのための市政なのかという問題と共通する。
 A 権力側は突っ走っているがどっちが強いのかだ。国民がいないと権力など成り立たない。主人公は人民大衆であって、人民がいなければ権力は食っていけない。生産人民がいて社会があるというのが客観的な真実だ。国民がいなければ社会は成り立たない。生産人民が東北でも堂堂としている。全国各地の町おこし運動を見ても、生産人民が主人公になって負けずにやりはじめている。
 消費税を上げたら不景気になって経済活動も落ち込むし、倒産する企業が続出すれば税収はガタ減りする。やはり国民次第なのだ。アメリカだって、ドル安にして雇用を作らなければ大変なことになるといって尻に火がついている。失業と貧困が広がれば国内の危機が深まって収拾つかなくなるから、日本を犠牲にして食い物にするためにTPPを押しつけて、自分のところの輸出産業をテコ入れし、雇用を維持しようとしている。それを日本の支配勢力は売国奴だから、どうぞどうぞと歓迎している。ほんとうにデタラメであるし情けないくらいに売国奴だ。
 D 安倍晋三の放り投げからはじまって、1年ごとに首相が替わる。この政治の無策無能ぶりというか劣化をみんなが感じている。政治に権威がない。強気な突っ走りをするが弱い。賞味期限が切れるのがどんどん早くなっていく。
  野田も風前の灯火だ。国民からバカにされきった男が、「消費税を値上げした歴史に残る首相」としてアメリカに認められたいがためになりふり構わず暴走する。ドジョウといったが米国産輸入ドジョウだ。遺伝子組み換えドジョウかもしれない。国産ではない。日本民族のなかでもっとも恥知らずなタイプの男だ。力を持っている人民が全国的に連帯して動き始めたら世の中は変わる。

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