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記念集会実行委が発足
はぐるま座創立60周年
             人民劇団と共に日本変える     2012年10月1日付

 劇団はぐるま座創立60周年記念祝賀集会の第1回実行委員会が9月30日、下関市の福田正義記念館でおこなわれ、各界から約30人の実行委員が参加した。参加者は、はぐるま座60年の歴史とみずからの経験を重ねあわせてその舞台が生きる支えになってきたことを語るとともに、とりわけこの五年間、はぐるま座が自己変革を通じて人民劇団として再建されてきたことを心から喜び、はぐるま座とともに日本を平和で豊かな社会にするために奮斗する熱い思いを活発に出しあった。実行委員会は今後、支持者によるはぐるま座60年の総括論議を大いに巻き起こし、その集約点としての記念集会への参加を山口県と全国ではぐるま座の公演をとりくんできた多くの人人に呼びかけること、そのためにも創立60周年と下関移転の記念公演としての『動けば雷電の如く』下関公演の大成功を勝ちとることを一致して確認した。
 
 11月11日の集会参加呼びかけ

 はじめに実行委員会呼びかけ人を代表して重谷悦彦氏が挨拶に立ち、「劇団はぐるま座がたくさんの困難をくぐって創立60周年を迎えるところにきた。私は宇部で教師をやっていた40年前、『明日への誓い』ではじめて出会い、それ以降今日まで一緒に活動してきた。はぐるま座の奮斗に頭が下がる思いをいつもしてきた。長周新聞に載っている総括意見を丹念に読ませてもらっているが、この五年間ではぐるま座がどのように奮斗され変わってきたかは、作品そのものが変わったことで私自身も実感する。宇部で『原爆展物語』の公演をしたが、それを見たお母さん方が“原爆と戦争展”のスタッフとして中心に立って活動されている。人を大きく変える劇になっており、舞台が本物になってきた。60年を機に、社会の進歩をめざして一緒に飛躍していきたい」とのべた。
 次にはぐるま座を代表して本山みどり氏が挨拶をおこなった。続いて呼びかけ人の林田正人氏から、実行委員会活動についての提案がおこなわれた。
 提案は、創立55周年以後の五年間で、はぐるま座が借金奴隷の殿堂であった会館を解体し、『動けば雷電の如く』と『峠三吉・原爆展物語』を創造して、長期の停滞を脱して再び生き生きとした生命力をとり戻し、まったく生まれ変わって戻ってきたと指摘。60周年にあたっての総括論議の呼びかけに応え、人民劇団として再建を勝ちとってきた経験について支持者の側から大いに総括意見をのべて激励し、今後劇団が全国を結びつけていく活動に大いに期待するとともに、よりよい社会の実現をめざす運動を力強いものにする大交流の場として60周年記念祝賀集会を大成功させようと呼びかけた。またこの日までに実行委員は113人にのぼったこと、実行委員長を重谷悦彦氏、事務局長を林田正人氏とし、事務局をはぐるま座におくことを、提案した。
 また、記念集会は11月11日(日)午後1時から、下関市の海峡メッセ下関でおこなうこと、会費を3500円とし参加規模は500人程度とすること、集会は第1部を記念集会として実行委員会代表の挨拶、事務局報告、劇団はぐるま座60年の総括報告などをおこない、第2部は祝賀集会として乾杯、各界代表の挨拶、テーブルスピーチ、出し物などをおこなうことを提案した。

 60周年運動へ意見交流 人生重ね深い思い

 引き続き実行委員の自己紹介とあわせ、60周年記念運動への意見が活発に出しあわれた。
 冒頭、宮崎県川南町の河野美代子氏のメッセージが紹介された。「わが宮崎県は一昨年から口蹄疫、鳥インフルエンザ、新燃岳の噴火などなどこれでもかっ! と押し寄せる難題のなか、とくに川南町は口蹄疫の激震地で復興途上にあります。その川南に、はぐるま座が元気と勇気を持ってきてくれました。劇に対する魂の込め方、心からの叫び、せりふではなく役者本人の迫力ある言葉に、ただただ感動するばかりでした。そしてもともと開拓地であり、根づいていた開拓魂と、“こんなときだからこそ皆で力を合わせよう!”と奇兵隊のように団結心が生まれてきています」「はぐるま座のみなさん、川南に来てくれたように全国を回って雷電スイッチを入れてください。一人一人の力は小さいけど出してみよう、地域を愛する心を持とう、それが集まれば国を動かすこともできる」と記念集会に期待する声を寄せた。
 下関市のPTA関係者は「4年前、『雷電』の全国初演を実行委員長としてとりくみ、1400人に観劇してもらった。はぐるま座はこの5年間で大きく変わったと思う。『雷電』を全国185カ所で上演し、いろんな方からの意見に学んで生まれ変わってきた。このたび本拠を下関に移されたが、いい機会なので、10月20日の『雷電』下関公演を大成功させ、それで勢いをつけて60周年記念集会もぜひ成功させたい」とのべた。
 北九州市の小学校教師は、「31年前に『明日への誓い』に出会い、相川先生のような教師になりたいと決意して教員免許をとった」とのべ、60周年運動で奮斗する決意を語った。
 小中高生平和の会に携わっている教師は、「『原爆展物語』を見て、平和の会の子どもたちがめざす青年像が指し示されたと思う。原爆展スタッフのように、多くの人人の歴史的体験を受け継いで新しい社会を担っていく、そういう子どもを育てていきたい」とのべた。そしてこの五年間のはぐるま座のたたかいにたいへん学ばされ、勇気をもらっているとし、「私たち教師も、“文科省が悪い”“校長が悪い”という被害者で子どもを育てることに責任をもたない活動からの転換が問われたし、自己を改造して建設の側に立つことを学んだ。そして今年、上宇部小の鉄棒実践が“これこそ本物の教育だ”と歓迎され、一歩前進できたと思う」「この度はぐるま座が下関に移転したことは、この上ない励ましだ。私たちも“教育から世の中を変えよう”とやってきているが、下関の福田正義記念館を拠点に一緒になって社会を変えていくことができると非常にうれしく思っている。記念集会には教師や子どもたちとともに参加したい」とのべた。
 北九州市の小学校婦人教師も「長周新聞の総括意見を読み、新しい劇団をつくっていく過程を学んで、それが教師としての自分を変える力になっている」とのべた。同僚とともに『原爆展物語』公演に参加したが、ある教師が「総括意見はすごくよくわかる」とのべるとともに「『原爆展物語』と鉄棒実践はまったく同じだ」と語っていることを紹介。「その教師は、原爆展スタッフが被爆者のいうにいわれぬ思いを聞き出すまで粘り強く10年間も活動を続けていることと、子どもたちがあきらめないで“みんなのために”と力を出していく姿が重なったという。はぐるま座がみなさんの気持ちに沿った演技をされているからだと思う。勤労人民のたたかいが表現されているはぐるま座の舞台から学び、そっちの側から子どもを育てようとなれば、教師の団結も進むと思う」と発言した。

 世の中変える第一歩に 劇団再建支持し

 下関市の画家は、「劇団員一人一人が自分自身を変えていこうと努力されていることをすごく感じている。その歴史が60年。55年間格斗され、この5年間でさらにルネッサンスされて生命力をとり戻したとあるが、私も同じ気持ちであり、できることからとりくんでいきたい」とのべた。高杉晋作終焉の地でその歴史を守っている男性も、記念集会の成功のために知恵と力を出しあおうと発言した。
 下関市民の会の婦人会員は、「オスプレイや原発など、日本でさまざまな問題が起こっているが、はぐるま座が全国各地で公演して、そこで各地の人人が元気をもらって動き出している。こうして全国が団結して日本を変えるために、私も頑張っていきたい」とのべた。同じく市民の会の会員は、「はぐるま座が声明を出し、長年の困難な状況のなかから決起して新しく生まれ変わってきた。総括意見は自分たちと重なるところがあり、もっと学んでいきたいと思う。先日もみんなで稽古を見に行ったが、言葉だけでなく体からにじみ出る意気込みを感じた。自分たち市民の会も“みんなのために”で一緒になって社会を変えるために頑張りたいし、60周年をその出発点として大成功させたい」とのべた。
 下関原爆被害者の会の婦人は、「8歳のときに広島で被爆した。そのときの思いはずっと胸に秘めてきた。今語れるときをいただき、60年間ふせてきたことをなかなか外に出せないが、一人の力よりみんなの力の方が大きいし、私もこの道を迷わず生きていきたい」と発言した。別の婦人被爆者も「はぐるま座が下関に本拠を移されたので、大いに応援したい」とのべた。
 宮崎県の原爆展を成功させる会のメンバーは、「40年前、高校生のときにはじめてはぐるま座と出会い、『川下の街から』『明日への誓い』を見て、自分の人生を変えるほどの衝撃を受けた。しかしその後、それをこえるものがなかった。この間の総括意見を読んでこの5年間の転換を知り、人民の気分や感情、思いから離れてはだめだということを学んだ。最近宮崎での公演にかかわり、人民劇団として帰ってきたことを肌で感じている。60周年運動の成功のために頑張りたい」と語った。
 劇団員の家族からも「下関に来て、はぐるま座が頑張って苦労してやっていることを知り、自分も一生懸命ついていきたいと思う」と発言があった。

 運動を集大成する集会 『雷電』下関公演へて

 このような発言をへて、記念集会をどのような内容にするかも論議され、「はぐるま座とともに世の中を変える第一歩となるような集会にしよう」「全国の人人の熱い思いを交流しあいたい」「テーブルスピーチとともに、歌や詩の朗読、絵画の展示、寸劇なども検討してはどうか」など活発に意見が出された。そして「長周新聞紙上での総括意見を読んでも、今後非常に深い内容をはらんで論議が発展していくと思う。また10月20日の『雷電』下関公演は、市内の雰囲気を一変させるものとしてとりくまれている。記念集会はその集大成の場であり、そういう人たちの思いを集中して、みんなが“本当によかった”と思えるような内容として、発言や出し物も検討していこう」との発言があった。
 最後に重谷実行委員長から「きょうは60周年運動をぜひ成功させたいという熱い思いからの発言がされたと思う。団結して大成功させるために奮斗したい」とまとめられ、実行委員会を終えた。

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