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勤労人民の側に立つ教育に確信
人民教育同盟教師座談会
              権力による教育破壊破る力    2009年9月16日付

 8月に開催された第31回人民教育全国集会、その初日の「子ども、父母、教師のつどい」は参加者から強い共感を呼んだ。教師たちが、政府・文科省による「教育改革」の20年余りで学校と子どもはどうなったかを赤裸裸に父母や地域に明らかにし、それが子どもを動物化し戦場の人殺しにする目的であったことがはっきりさせられた。また、それを聞いた父母や戦争体験者は「先生たちの気迫を感じた」「一緒に教育を建て直すためにたたかっていきたい」という気持ちを強くした。こうして集会は新しい教育運動の出発点となった。本紙は集会をとりくんだ山口県と福岡県の人民教育同盟の教師たちに集まってもらい、この間の実践の教訓と今後の展望を語りあってもらった。
 司会 まず、この間の実践を出しあうところから。
  6月の長周新聞教師座談会のあと教育同盟で話しあい、今年の教育集会を座談会の方向でまったく新しいものに変えていこうと決めた。座談会で論議された、20年来の教育改革で子どもが動物化して学校が荒れ放題になったということは現場のどの教師も感じていることだ。それがズバッと活字にされると非常に強く共感する感じだった。
 教育集会は、昨年まで自分たちの教育実践の「自慢大会」をしていたところから、今年はものすごく飛躍したと思う。自分たちが一歩踏み出したというところを自覚して、これをまた同僚教師や親と団結してやっていきたい。
  座談会の内容は自分自身、衝撃だった。この座談会の方向で教育運動を進めていくことが不断に問われている。号外ができて、北九州でも教師のなかで読みあわせをしたり、家庭訪問をしたりして話しあってきた。教師からは「よく書いてくれた」と共感の意見が出された。そしてその原因がどこにあるのかという問題意識から読み込んでいった。地域に入るなかで、「学校が遠い」「学校の先生たちと一緒に地域の子どもを育てたいと思っているのにできない」という思いが出された。これにどういう態度をとるのかが問われた。それがつどいの成功まできて、勤労人民の力に確信を持ってやっていかないといけないと思った。
  座談会の記事を持ち込んで、教育運動を前に進めるという方向でやってきた。不十分ではあったが、1人でも多くの教師とこの20年来の経験について論議する経験が、すごく大事だったと思う。生活科についてどの教師も「痛い目にあった」というし、「今からでも変えていかないといけない」という思いも出された。
 つどいでは多くの人たちが、ここで教育が変わらなければ本当に日本の子どもがだめになると感じているし、地域の人人のなかに、教師と力をあわせて子どもを教育したいという要求があるというのを強く思った。教師が人民の側に立つ、そして地域、父母と一緒に教育をやるんだという立場に立たない限りはダメで、そこに尽きるのではないかと思う。
 豊北町を宣伝活動で訪ねたとき「このままでは農業がつぶされ、地域がつぶされる」と歯をくいしばって頑張っておられる意見を聞き、こういう人人のなかにこそ本当に日本の将来を考え、子どもの教育を変える力があると感じた。教師がそこに立たない限り、いくら「生活科が嫌だ」と愚痴をいいあってもまた負けていくだけだというのがはっきりした。
  座談会で日本の支配層が子どもの教育を意図的に破壊していることがはっきりし、目を開かされた。「自分がちょっと実践したくらいで、1人ではとても太刀打ちできない。今アメリカや日本の支配層とたたかっている人たちのところにしっかり足を運んで、一緒にたたかわないといけない」という思いが強まり、広島や長崎の宣伝活動に参加した。するとどの人も農漁業の破壊やソマリア沖への自衛隊派兵に怒っており、自分たちの生活と結びつけてどうにかしないといけないと思っていることを非常に強く感じた。そういう人人の意識と、自分が学校現場にいるときの意識は全然違う。自分にはあまり怒りがなかった。
 つどいまできて、これまで自分がどんなことをしてきたのかを振り返ると恥ずかしくなった。自分のなかには「教育改革に負けていない。生活科や総合学習などとたたかってきた」という思いがあり、それが子どもを育てると思っていた。しかし地域の人や戦争体験者、被爆者のなかに子どもを未来の担い手として育てる力があるということを、やっとつどいのなかで認識を新たにした。つどいでみんなが真剣に聞いてくれている様子、それが力なんだと感じた。教師が人民の側に立って、みんなが怒っていることを一緒になってたたかっていかなければ、とつくづく思った。
 また、これまで「一緒にやろうよ」と同僚教師にいっても「それはD先生だからできるんよ」という感じで、壁があったと思う。それがなんなのかわからなかったが、今後座談会の紙面を持って論議をしながら、まず相手の話を聞いて、どんなふうに思っていてどこでつまっているのか、どうやったら同僚たちが立ち上がっていけるのか、自分の側からでなく相手の立場に立って考えないといけないと思っている。

 共感呼んだつどい 重要な以前との違い
 編集部 今年のつどいは手応えが違った。参加した被爆者や戦争体験者なり、親たちがたいへん喜んだ。これまでとどう違ったのか、なぜ違ったのかが重要なところではないか。
  つどいでは会場が1つになっているのを感じた。私は英語教育について発言したが、拍手や相づちなど、なにかいうたびに会場から鋭い反応が返ってくる。大がかりな20年来の教育改革で子どもがだめにされていることに対して、「勤労人民のみなさん力を貸してください。一緒にたたかいましょう」と教師が大きく宣言した。あのときの拍手は一緒にがんばろうという共鳴の拍手だったのではないか。
 今までは、口では「人民のなかに力がある」といいながら、本当には信頼していなかったと思う。学校の枠のなかに身体だけでなく心も縛りつけられ、多忙化や抑圧に負けてはいけないと思いながら、学校のなかで四苦八苦していた。ときには、校長からの抑圧に反抗してみたりして、「自分だけは敵の教育とたたかうぞ」というのできゅうきゅうとしてきたと思う。今年のつどいで、勤労人民に頼らないと教育を変えることはできないことがはっきりとわかった。これまでのつどいと、形式は似たようなところもあるが、教師の立場がまったく違った。
  これまで教育は教師がするものという意識が濃厚にあった。だから自分の弱みは人に見せないし、学校の荒れている現状などはいわず、教育集会は教師の自慢大会になる。それでも「私たちは文科省のやることに反対している」と自分では思ってきたが、実際は「文科省とともに子どもを育てる」という姿で、結局学校に縛られて、学校の側から「守秘義務を守る」となっていた。だから20年間、「生活科はおかしい」と思っていても、それを父母や地域に明らかにするとはならなかった。その罪は重い。しかし今年のつどいで、そこを大転換しなければいけないという立場に立ったことはとても大きいと思う。

 教師の立場の転換が要
  「地域の学校」というのがなかなか理解できず、知らず知らずのうちに地域と離れた教育をさせられてきた。「地域に根ざして」といいながら、立場が逆転していた。これまで「自分が教育するんだ」というところで片意地を張って、地域を利用し、結局孤立してきたのではないだろうか。
 編集部 今年のつどいは、子どもの教育についてみんなが困っている、そこのところで、勤労父母や地域の人たちの関心に応えるという立場から、学校の実情をあからさまに報告すると、すごい反響になった。自分たちの自慢話ではなくて自分たちが依拠すべき勤労人民のために、みんなの関心に応えるためにというところへ、教師の立場として転換があったのではないか。つどいのような形で各校区で、教育改革の20年でどうなったかを明らかにしていったら、教師、父母、地域の強力な団結ができると思う。
 最近、長崎市の公立小・中学校で学校選択制の廃止が決まった。それは「このままでは地域が崩壊する」「子育てができない」と立ち上がった、自治会を中心とした地域の力だ。長崎では劇団はぐるま座の『動けば雷電の如く』や「原爆と戦争展」が大成功して街全体が活性化しているが、総選挙もあって活性化している。少数の活動家が「自分たちがやってみせる」というものと、人民に奉仕する思想に立って大衆に学び大衆の役に立つというものとでは根本的な違いがある。そこに今年のつどいの1番の教訓があると思う。たたかう1番の原動力は父母や勤労人民であり、その支持がなくて、それを代表することがなくて、今の権力をあげた教育改革の攻撃に勝てるわけがない。
  豊北町に行ったとき、商店主である親が「学校統廃合反対」の幟(のぼり)を学校に持って行くと「教育委員会からなにをいわれるかわからない」といって断られたと、残念そうに話していた。だいたい学校がなくなれば教師もいることはできなくなるわけだ。教師が、自分の首がどうなろうが、親や地域と一緒になって子どもを大事に思うところに立てと問うていると思う。親の意見の方がまっとうだ。
  私たち教師には、すごく自分を守るというものがある。文科省教育に文句はいうが、実際は文科省教育をやり、「私は人民の側です」と身の証を立ててきたのではないか。今年の教育集会では、それが違うんだ、子どものために本当に人民の側に立っていきますということを宣言したことで支持されたと思う。
  地域のなかに学校があるという感覚を失っている。地域の人は何十年とそこに住み、学校が発展するように援助してきているのに、私たち教師は地域に愛情がなく「私の学校」と思っている。親がいうのだが、「新しい先生がくるたびに学校が悪くなる」と。それに対して「前の先生はそうかもしれないが、私は違いますよ」といっていた。いうといわずと、教員評価、「教師の力量」論に縛られている。そこにつけ込まれて教師間も分断される。

 地域と共に育てる側へ
  萩から集会に参加した若い先生が、自分がどうか、子どもたちの指導をどうするかというのではなくて、地域がこれからどうなっていくか地域をどうするかという発言をしたのに驚いた。自分は今の勤務校は五年目だが、これまで地域がどういう状況にあるのかを考えてきていなかった。
 学校だけが教育をするのではない。教師が地域とともに子どもを育てているのだ。
  子どもたちにみかんづくりの体験をさせたが、農民はたいてい「あんたはどこの子かね」とまずはじめに1人1人に聞く。地域のだれのどんな子か、父ちゃんがなにをしているかをよく確かめてから、みかんづくりにとりかかる。やはり対象を理解するというのが教育の出発点だ。子どもが思っている以上に理解している。今はそれを「プライバシー」とか「個人情報保護」とかいわれて、理解しないまま教育をやっている。本当に親と切り離すように、切り離すようにやられてきた。本当は一緒になってやればこれほど強いことはない。

 全国的に団結展望 教育荒廃の打開へ・親も教師も切望
 編集部 今年のつどいで人民教育にはじめて目覚めたということではないか。この20年、学校現場はかなり閉じ込められ、分断されてきた。親たちや人民と分断されているし、全国的な教師の団結も分断されてバラバラ状態だ。そういう意味で敵の攻撃というのはすさまじかったし文科省・教育委員会で縛るとともに、なにかあるとマスコミが教師を袋だたきにしてきた。しかし、衆院選で自民党が大惨敗して新自由主義の教育改革も完璧に破産した。親たちや人民の政治意識は高揚しており、教育をこのままにしてはいけないという行動意欲も非常に強い。この間の国家権力をあげた大がかりな攻撃に対して、全国的に教師が団結し、親たちや労働者、勤労人民と団結していけば教育改革をうち破って、まっとうな教育ができるし、それをだれもが切望している。
  私たちも20年間だまされて悔しいと思うが、それでも教職員組合で教育改革や生活科に抵抗してきたという思いがある。しかし一般の教師は表向きそれもできず、歯ぎしりする思いでやってきて、その結果子どもや学校が荒れ、自分自身も疲れはて、ものをいえなくさせられて、実際には私たちの何倍もの怒りを持っていると思う。そこをいかに手助けしていくかだ。親や地域と団結していく展望をみんなが求めている。
  ある教師は、「私たちがなにかいうと袋だたきにあう」「本当のことを親にいって大丈夫か」という。教師のなかで、自分を縛りつけているイデオロギー上の問題は深刻なものがある。「だいたい親というのは学校に文句をいってくる」と思わされている。なかにはそういう親もいるが、大多数の親がなにを考えているか教師はよく知らない。教師はインテリだから知識は書物から生まれるように勘違いする面があり、人材確保法で給料があがるなどして人民的な感覚がなくなるように仕向けられてきている。世間が見えなくされ、自分で自分の首をしめるようになる。
  胃潰瘍になったりうつ病になったり、まじめにやる人ほど病気になる。ある病院に行けばうつ病と診断してもらえるので、元気なんだが、いついつから病休に入るからといって、そこに救いを求める状況もある。子どもたちがどうなるかでなく、自分の不満でしかない。人民的な立場で教師全体が団結していかないと展望はない。
  夏休みに親たちや地域の人たちと話をし、子どもの教育に大きな期待を寄せていることをひしひしと感じた。同時に「どうして子どもを学校に行かせてまともに育たないのだろうか。とても不思議」ということをだれもが感じている。そこに「教育改革という大きな意図が動いており、私たちは学校にいるが、本当にまともな教育ができていない」という話をするとビックリされ納得される。
 先日、校区でお祭りがあり、2日間午前中授業にして子どもたちを参加させた。学校中で1番手を焼いて、教師のいうことを聞かずに教室を飛び出したり、うまくいかないと人を殴ったりするような子どもが、お祭りのなかでは地域の大人のいうことをよく聞いて、練習も一生懸命して伝統の踊りを披露する姿を見て、われわれ教師はみんなビックリ仰天した。教師はその子の見方について認識を新たにしている。しかし、なぜそうなるのか、学校の方がまちがった教育をしているという認識は教師の方は不十分だと思う。地域での姿が本質だ。

 意図的教育破壊と対決
  今とくに「学力向上」といわれ、点数を上げることばかりいわれて、子どもたちにとって学校はまったくおもしろくないところになっている。
  「戦争と教育」の交流会に参加した20歳の女子学生が、「小学1、2年生で理科、社会ではなく生活科をやり、その延長で総合が始まり、これまであった国語や算数が減ったので、ますます塾に行ける子と行けない子の差がついてどんどん落ちこぼれていった。そして、中学校になったら教室を飛び出す子が増えた」と振り返っていた。
 編集部 親たちや人民のなかでもこの10年、20年のあいだに、学校が子どもを育てるところではなくダメにするところだという実感が強くなっている。それこそサルから人間に進化してきたのに「人間からサルに退化している」と思っている。それは教育ではなく、上から強制的にぶっつぶしてきた。
  看護師をしているある母親は、座談会で論議すると「子どもが家で、すぐに“死ね”という。私は“生きろ”とやり返す」といっていた。小学生の殺人事件も他人事ではないと、子どもの現状をとても危惧(ぐ)している。父母は勉強でいい点数をとってくれとは思っていない。人間としてまともに育ってくれというのが切実な要求だ。
  ある学童保育指導員は、毎日子どもたちを見ていて、なぜ腹を立てたのか理由がわからないが突然キレて物を投げたり、相手が当たって謝っても「絶対に許さない」というなど、自分の思い通りにいかなかったらものすごく暴れることを心配していた。座談会を見せて話をしたとき「今の世の中、子どもが育たない世の中になっている。人を殺してもいいという考え方がこの小さい子らの脳みそに焼きついているに違いない。本当に先生、頑張らないとよ」という。本当に頼むよという感じだ。地域の人のなかにも、子どもを心配している人がたくさんいる。そういう人たちとつながっていくしかないと思う。
  教育集会が終わってから、学校原爆展の報告集を持って地域に行った。
 すると参加されたある方が、「被爆体験を聞く会をぜひ老人会でやりたい」といわれた。その後すぐに被爆者のところにその話を持って行くと、被爆者は涙を流して喜ぶ。今年のつどいを準備する過程で、座談会の方向で教育運動を進めていくということを、自分は頭で理解していて、本当にその立場に立つということが抜けていた。地域の人人に学び、その願いに応えていくという方向で再出発していきたいと思っている。

 全社会的な視野へ 人民の感覚で・日本潰す教育破壊
 編集部 先ほど、広島・長崎の宣伝活動に入っていくのがとても新鮮だったという意見があったが、やはり1軒1軒訪ねて話を聞くと、人民のなかでなにが流れているかということがよくわかるし、確信になる。教育は統一戦線の立場に立たないと見えない。日本社会をどうするのか、だれと一緒になって変えるのかだ。親たちや戦争体験世代は、社会の現状に対する危惧が強い。その危惧のなかの大きな要因が教育だ。これでは日本はつぶれる。農業も漁業もなにもかもつぶれているが、1番つぶれているのは教育だ、これでは日本がめちゃくちゃになるぞという問題意識だ。
 防府で災害が起こったが、農民がいなくなって山が放置され、治山治水もできない国になっている。商店はつぶれ、医者にもかかれず、第1労働者が結婚をして子育てできるような状態ではない。これがこの間の小泉・竹中の構造改革、新自由主義改革の結果で、その一環が「個性重視」「興味関心」の教育改革だ。だから各層の勤労人民のなかに入り、人民感覚を持っていくと、教育の問題も見えてくる。
  原水禁全国実行委員会の総括会議で、この10年で50年8・6斗争路線の運動が非常に発展した、その路線とはどういうものかと論議された。私たちの場合、日本社会がどうなるか、農業がどうなるかということも考えずに学校のなかに縮こまって、「自分だけはいいことをやりました」といって地域から離れていた。50年8・6路線の逆をいっていたと思う。それでは人人から見放されるはずだ。
  言葉では「人民の教育をしよう」というが、実際は「私がどうやるか」と毎日追い詰められる感じだった。しかし5月と6月の座談会で重しがとれて、考え始めた。つどいまできて、やはり大衆のなかに力があるということが実感できた。
 編集部 教師座談会は、それぞれの教師がバラバラにされ各学校で閉じこもって部分しか見えないものを集中しこの20年という歴史的な観点、全社会的な関連でとらえて描いたものだ。それは1人ではできないし、1人1人の実践を集中して高めて返す組織の機能がいる。頼るべき組織がないなかで、これを大多数の教師は願っているのではないか。
  広島・長崎に入るなかで「アメリカは核を持って帰れ」というスローガンが、本当にそうだと思えるようになった。人人の意識がそうなっている。生活は苦しくても署名・カンパ活動でパッとカンパを出してくる。この世の中をなんとかしたいという思いがあふれている。
 編集部 峠の時期の原点に返るという原水禁運動も、広島・長崎で圧倒的な存在感になった。それは、押しつけがましいことをするのでなく、大衆のなかに入って大衆に学んでそれを高めて返す循環をずっとやってきたわけだ。参加している1人1人は目の前しか見えにくいが、しかし総合してみたらすごいことになったことがわかる。人民大衆がこの社会を発展させる原動力だ。人民のなかにたたかう力があるから、これを自覚するようにしていく。そうすれば一気に広がる。
 大衆のなかに入って学ぶというのは、最先端の知識がつかめるということだ。知識の源泉は人人の社会的実践、つまり生産活動、階級斗争、科学実験であり、ここから新しい知識が生まれる。年寄りが子どもたちに「どこの子か」から聞くというが、親、祖父母が誰かを聞いたらその子の理解ができる。教育する対象を理解するという当然のことだ。こんなことは人民のなかでは当たり前だと思う。
 坂本龍馬が大宣伝されている。この歴史的評価だが、長崎の丸山では以前丸山公園に龍馬の銅像を建てようというのが自治会の反対で山の上に追いやられた。丸山では海援隊はならず者集団で、龍馬はそういうヤクザの親分だったといわれていた。鹿児島でも龍馬の存在感は乏しい。高知でもそうだ。これが大衆の評価だ。これを理性化したら、討幕派ではなく現在のアメリカが望むような植民地的隷属容認の自由主義・グローバル人間だったという結論が出る。
  長崎では被爆者が「私たちがしなくては」と、ものすごく意欲的で驚いた。五年間でこんなに変わるのかと思った。

 問われる教師の使命感
 編集部 教師自身がどの立場かが問われている。学校は支配勢力が自分らの都合のいい人間をつくる目的が貫いている。同時に子どもの側も知育、体育、徳育を求めて学校に行っている。教師の独自の立場というのはない。支配勢力の側か人民の側かの2つしかない。
 高等教育で受けた教育が1番と思って、人民を蔑視していたら、自分の首を絞めるばかりでまったく誤ると思う。討議されたように、権力をあげた教育改革の攻撃のなかで、勤労父母の側に立って、教師集団がかれらと団結することなしに教育の展望はないと思う。
 全体の情勢から見ると、現状は抑圧がひどいので「仕方がない」「やむをえない」といっていたら、教え子たちが戦争に引っぱられて殺されるというところにきている。
 この時代で教師の使命感が問われている。やはり自分がどうするかではなく、勤労人民と共に、かれらの役に立つために、教師集団全体の団結のためにという立場で、国家100年を展望した日本社会の未来のため、日本全国の教育をどうするかという、大きな志が多くの人人と響きあうのではないか。
  母親が子どもを必死に育てる姿を見ていると、子育てに真剣な日本全国の母親たちが、子どもたちがないがしろにされていることに怒らないはずがないと思う。政府や文科省が大かがりに教育をつぶそうとしている実態がわかったら、親の怒りはものすごいものになると思う。今は「あの先生が悪いからだ」と個人攻撃になっているが、1人、2人の教師がメチャクチャにしたのではなく、大きな権力をもってしたのだというのを知ったら父母も立ち上がるだろうと思う。
 司会 では、きょうはこのへんで。

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