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三井資本に謝罪を要求
下関・MCS閉鎖問題
          記者座談会  横暴許さぬ全市団結へ  2012年1月25日付
 
  昨年末に三井金属の子会社・MCS(下関市彦島)が工場閉鎖を発表したことを巡って、本紙では年明けに号外「仕方ないでは済まぬ 三井資本は社会的責任とれ」を出し、市民の会は「MCS工場閉鎖の撤回を要求する 三井金属と中尾市政は雇用を作れ」の署名運動と、あわせて宣伝カーによる街頭宣伝をはじめた。この活動は全市内でひじょうに大きな反響を呼び起こしている。この問題はMCSの労働者だけの問題ではなく、市内の労働者全体、全市民の問題だとみんなが受け止め、このような横暴に黙っていてはいけないと行動を求める世論がまき起こっている。それらの反響と合わせて、MCSの問題がどういう性質であるのか、それがこの地域にとって、他の労働者にとってどんな問題なのか、またどう運動を進めたらよいのか、記者座談会をもって論議してみた。
  昨年秋頃から、市内の消費がものすごく落ち込み始めたことが商店関係者のなかで話題になっていたが、市内の大企業がのきなみ知らぬあいだに撤退をしていたからだった。MCSが工場閉鎖を発表したが、神戸製鋼や三菱重工、彦島製錬所も縮小しているし、三井東圧は下請ばかりになっている。日清食品も撤退の話が出ている。客が買い物に来ないはずだ。
 B 宣伝カーを回しながら署名をしていると、若い人や小・中学生の反応が強い。小学生が宣伝カーの内容を聞いて、真剣にその内容を確認してくる。親が仕事をなくして給料を持って帰らないとか、学校に持っていくお金がない、買い物もできないとか、地域のなかに似たような状況があることを感じさせる真剣さだ。小学生が「うちの町内に回覧で回そう」とか「みんなのなかで署名を回そう」といっていた。
 大人のところでは、万策尽き果てて閉鎖するというものではないということに、「やっぱりそうか。三井はひどいことをする」「そういうふうにして大企業や大きいところが吸い上げて、放り投げて生き残っていく」「このまましていたらいけない」と署名をとりくんだり、宣伝でとりあげていくことを歓迎している。今でも若い世代が働くところがないのに、大きいところがこんなに勝手なことをしたら、本当に働く場所がなくなる、下関がなくなってしまうのではないかと。そのくらい深刻な問題なのに、市の行政としての対応はなにをしているのかと語られていた。
 C この間、労働者や地域に対するMCSのやり方のあくどさに意見がだいぶ出てきた。MCSの近所の人が、彦島の議員が「MCSはもって10年」と初めからいっていたことを最近聞いて腹が立ったといっていた。半導体は長く持つようなものではなく、三井資本は初めからその計算でMCSを子会社として設立し、もうけるあいだだけもうけて、もうけが少なくなったら撤退するという計画だったのだ。もうけた利潤は三井資本が吸い上げてしまった。TABテープの特許は三井金属が持っているはずだから、その技術料がとり放題だったろうし、販路も三井系列、株式配当も親会社で、巻き上げてしまっている。
 しかし労働者に対しては、持ち家を奨励したりしてきて、三井だから長期安定雇用だと思い込ませる労務政策をとってきた。しかも3000人も集めて、ばっさりいないようにしてしまった。労働者の人生を狂わせてしまった。その資本の犯罪性だ。三井資本は昔からこういうことをしてきている。40万、50万円の給料を出して、それがずっと続くかのようにだましておいて工場閉鎖だ。「生活がそれなりの感覚になっているから大変なのだ」といわれていた。単純に首を切られただけではなく、持ち家のローンをかかえて大変なことになっている。ペテンだし残酷なやり口だ。
  子どもがMCSに勤めていたという人が「最初からつぶすつもりだったんだ」と怒っていた。残業を毎日四時間とかしたら月に40万、50万円になっていたそうだ。今は配置転換でMCSを退職した形にして県外の工場に行っている。家族も仕方なくみんなついていったが、給料は相当下がったそうだ。「今からの人は行き先がなくて、“国外”といわれている」といっていた。「本当にめちゃくちゃ。社会的責任がないのか」と話していた。
 配置転換になったある家族は、小学生の娘が転校したくないといったので単身赴任になったが、手当は8000円くらいしかない。今まで下関でアパートに住んでいたが、奥さんと子どもが実家に居候することになった。下の子がお父さんと離れるのをすごく寂しがって「行かないで」というそうだ。給料は当然下がったし、交通費がかかるので月一回は帰って来れない。まともに会えるのは盆・正月だけだ。家族バラバラの生活になっている。
 市内の中学校の先生たちのあいだでも、三年生は受験を間近に控えているが、親がMCSを首になるので、県外に就職することになったら子どもも一緒に県外の高校に行かないといけないし、どこにしようか悩んでいる子どもたちがいると話になっている。3月が受験なのに、いまだに決まっていない。

団結破壊する労務政策 地元の若者かき集め

 E 労働者に対して給料はたくさん出しているが、労務政策が汚いといわれている。正社員、準社員、期間工、派遣社員、アルバイトなど差別・ランク付けをして、労働者的な規律や団結をつくらせないようにしていた。イジメや差別がはびこっていて、うつ病になる人が多いとも市内ではずっといわれていた。
  中小の製造業で働いている人が「三井金属のやり方はすごく汚い。首を切るだけじゃなくて、一人一人の将来もつぶしてしまった」といっていた。08年の大量解雇のときに採用したMCSの子たちに、技術を向上させる喜びとか、いい製品をつくる喜びがなく、決まった時間だけ与えられた仕事をすればいいという感覚で、強く叱るとうつになったり逃げ出したりする状態があったという。「三井金属の投機的な生産工程のなかに、学校を卒業したての若い子が入り、20歳そこそこで40万、50万円も手にして感覚が狂ってしまった者がいた。これを変えるのはなかなか難しいことだ。そうなれば一生転転とすることになるし、今解雇するだけじゃなくて、その子たちの人生を狂わせてしまっている」といっていた。
  近年では新自由主義、投資家資本主義、株主資本主義になって、経営者の方が株主支配のもとに置かれている。そして、もうかるあいだだけもうけて、もうからなくなったらすぐ逃げる。MCSでももうかっているあいだに株の配当も相当とっている。産業資本の論理では、技術を開発し、工場を建て、労働者を育成するし、それを保障する社会的な条件もいるし、それには時間がいる。パッパと資本を移動するのは、金融資本の論理だ。労働者に対する責任とか社会的責任がなにもなく、食い物にするだけ。3000人もの雇用を保障するために社会的にも相当協力体制をつくっている。真に受けてアパートを建てた人などはひどい目にあっている。地域の商店だってそれを見込んで体制をつくっているのに、元をとり戻す前にパーにしてしまう。大企業に協力したら大変な目にあうという経験だ。
  MCSの下請でも、閉鎖発表の前日にファックスが一枚来ただけだったそうだ。地域の食堂や酒屋なども、労働者が帰りがけに来て立ち飲みしたりしていたが、いまでは開いているか開いていないのかわからないようなところが増えている。
 三菱も去年から下請をしめつけて「何人分の給料しか出しませんよ」といって、下請の60歳以上の人が切られている。そういうことも重ねて地域の人は署名をとりくんでいる。ある婦人は一日で近所を回って集めてくれたが、号外を配りながら、いろいろ論議をして署名をしてもらっていた。MCSだけの問題ではなく、三菱も同じだし、日本全国で大企業が当たり前のように工場閉鎖をしている。「このままいったら日本はどうなるのか」という思いで署名が広がっている。
  関西にいた人が、「自分は企業に勤めていて、会社をつぶすようなことは絶対にしてはいけないと教わった。社会貢献をするのが企業で、ああやって家族も養わないといけない従業員を工場閉鎖といって簡単に首にするのが信じられない。社会的犯罪だ」といっていた。
 E 他の水産業や中小企業の人たちのなかでは、MCSが自分たちがとても出せないような給料を出して若い子をかき集めたから、一時は人手不足になり、「人手不足倒産」も出るような状態にまでなった。そしていらなくなったら全部切るというやり方に怒っている。その間の地場産業の人材の育成も困難にさせた。

大型店も全く同じ手法 建物簡素、社員は契約

  地域の商店などのあいだでは、「大型店も同じだ」と語られる。もうかるあいだだけかっさらって、もうからなくなったらパッと逃げる。ある商店主は、「大店法が撤廃されてから、どんなに大きな商業施設でも、それが地元をつぶすようなものでもよくなって、大手が好き勝手にできる素地がつくられた。地域が崩壊してしまった今でもその方向が継続されている。今回の三井金属のやり方とまったく同じだ」と話していた。
  北九州の旦過市場の人たちもMCS署名をとりくんでいるが、「まったく一緒だ」という。「自分たちは共存共栄で、最終的に地元に残って一緒に栄えていくという考え方だが、大型店は最初からその気がない」といっていた。建設業者の人がいうには、イオンなどは建物のつくり方から違い、簡単につくって、すぐに撤退できるようにしているといっていた。
 G 大型店もかなり増えているが、ヤマダ電機などは一年更新の契約社員ばかりがフロアにいる。店長とフロア長の2、3人しか正社員がいない状態だ。「わしらは調整弁だ」といっていたが、簡単に切って撤退できるように、ああいう契約社員にしている。40歳を過ぎたら肩たたきで、バックヤードに回される。MCSで切られるのと一緒だと、心境として一致していた。
  労働と資本の矛盾がきわめて非和解的な矛盾としてみんなとらえている。しかもこの企業だけの問題としてはみていない。全国的、世界的に共通の課題だとみている。その企業のなかだけで、なにか改良的なものをくれというものでは解決しない。資本の側としては、企業主だけではなく背後の三井資本だし、その背後の投資家、金融資本であり、労働者の側としても全産業的、全国的な労働者全体の階級としての対立と斗争だ。三井資本に対しては、雇用を確保せよというのが基本要求だが、加えて労働者と地域をだまして切り捨てるという横暴なやり口に対して謝罪を要求する必要がある。もうかるかもうからないかだけの問題ではない。
 D 署名に対する態度も、「三井が工場閉鎖を撤回するかどうか簡単ではない。しかし仕方がないといって黙っていたらいけない。黙っていたらどこでもやられてしまう」といってまわりにも働きかけている。
  もう一つが中尾市政への要求だ。市民生活の見通しがなく、地域経済が崩壊していくという緊急事態になっているのに、なにをしているのかということだ。市税収入も減ってしまって市財政もつぶれるというのに、なにを大型ハコモノの利権ばかりやっているのかということだ。三井の下関食いつぶしに照応して中尾市政の下関食いつぶしだ。
 MCS誘致で四億円も市民の血税から補助金を出しているのであり、三井資本に労働者の雇用と地域生活の維持に責任をとるように動けということだ。市庁舎建て替えとか、駅前開発などの大型ハコモノなどやめて、緊急の雇用対策をなぜやらないのか。草ぼうぼうになった街路の掃除とか、荒廃した山林の整備のための雇用とか、農村部の労働力不足を補う雇用とか、また若者を雇用できるような適正価格での市内業者への発注をやるとか、なぜやらないのかだ。長期の雇用を確保するためには、地域に根ざした地場産業をなんとしても安定的に振興させることだ。下関の崩壊を他人事のように見なしているのがけしからんところだ。
  中尾が「地元発注九八%」と最近出しているのが、土建関係などで大話題になっている。「市内に支店があることが条件」だから、住所だけもうけていたり、電話だけおいてだれもいないような幽霊企業も市内企業にカウントして、「地元に98%発注した」と威張っている。設計業界でいうと、全部の仕事のうち地元発注は約三割という。ほぼ市外に出て行っている。ああいうインチキを平気でいう。
  北九州の業者も下関に行くといっている。福岡から北九州に業者が入ってくるから、北九州の業者が下関に行く。
  印刷業界もひどい。工業の前に印刷が全滅するのではないかと話になっている。物品購入で印刷発注するものが原価割れのめちゃくちゃな価格だ。建設、建築は最低制限価格を上げたけど、印刷、解体、設計などはダンピング防止が一切ない。市外業者ですら怖いくらいの値段でみながとっていっているから、仕事がとれたと喜べない状態だ。絶対赤字だという状況が続いていて、どうにかならないのだろうかとすごく切実だ。
  酒屋もどんどんつぶれて、今はほとんどお年寄りがやっている。わずかな配達でもあてにしている人や、買いに来る人がいるから開けているだけで、いつやめようかという状態だ。間もなくゼロになるといっていた。そしたら困る人も出るし、「今からどんな町になっていくのか」と心配している。市が「市外発注をやめる」といって、行事ごとで酒を贈るときだけ注文してくるが、「市内の酒でないといけない」というが、市内の製造元も一軒しかなくなり、わざわざ問屋を通して仕入れて納めている。「日頃は大型店でどさっと買うのに、ああいう形だけする」と怒っていた。「根本的な大型店導入を開けて通しているというところを市が変えないとだめだ」といっていた。

金融資本と同じやり口 中尾市政の性質

  中尾市政の性質が、MCS・三井資本のやり口と同じだ。つまり市民のことなど知ったことじゃないという非常識は金融資本のやり方だ。川中の区画整理にしても駅前の再開発にしても山銀がもうける事業だ。野球場はミズノとか、図書館は紀伊国屋とか、あらゆる公共的事業は民間委託で、雇用は非正規、市民は負担増だ。
 そもそも市自体が、月に13万円弱の給料で3年しか働けない1000人の非正規嘱託雇用をしている。市の業務が回らないから雇っているのに、「緊急雇用対策」だと恩着せがましいことをいう。MCSがなくなったら1000人も非正規雇用をしている事業所は市内に他にない。市が働く者を生活できない状態にする先端を切っている。市内の買い物客がいなくなるのも当たり前だ。
 D 彦島では、西京銀行の支店がリニューアルオープンしたが、銀行だけがもうかっていると、象徴的な感じで話題にされていた。徳山かどこかから業者を連れてきて彦島支店の改装をやった。それで「西京銀行と取引してください」と市内の業者のなかでいって回るので、「お前らはなんか」と話になっていた。
  中小企業の人が、今年の本紙新年号の社説や座談会を見て「やはりこの新自由主義が浸透して、公共性とか社会性が破壊されたのが世の中を悪くしている一番の原因ではないか」といっていた。市役所からして、昔は公僕といわれ、一番公共性に気を遣わないといけないところが反対のことをしている地方自治体の現実とか、山銀にしても経済をどう活発にするかではなく、「外貨預金にすれば円安になる」といって、オーストラリア・ドルなどを売りつけている。結局損している人たちばかりをつくって、自分たちはリスクをなにも負わない。銀行が人をだます詐欺みたいになっているといっていた。
 だが、東北の復興も話になり、日本は行くところまで行くだろうが、そういうときに、結局国をつくっていくのは庶民の方だ。戦後復興もそうだったが生産する者が一番強いといっていた。「そのときには金持ちにはイモ一つやるまい」と。今からそういう意識が絶対に勝っていくといっていた。

物作りの方が強い現実 本当は脆弱な銀行

  開き直ったら物づくりをする方が強い。そこは共同体の団結だ。金融資本の天下だが、彼らは投機だけではもうからない。結局は労働でできた富を巻き上げているだけの話だ。働く者がいなくなったら金融資本なんて成り立たない。自分で自分をつぶしているのだ。山銀も威張っているが、それは金を借りているものに対してだけであり、金を借りていない庶民が預金しなければアウトだ。どっちみち人のカネで投機をしているのだ。
  市内の農水産物なども大型店に任せていたら買いたたかれてろくなことにはならない。大型店を排除した独自の消費販売ルートをつくるのに力を入れるとか、農村部でも集団化を進めて、生産や加工や販売までみんなが力を合わせてやるようにするとか、それに行政が補助をやるとかすべきだ。日本の都市がこれほど崩壊したら、結局農漁村が強くなるという意見が大きくなっている。都会にいては食えなくなるが、田舎に行けば贅沢はできないが自分でつくって食えばいいから、生活費はあまりいらない。
  農村部の振興でもいろんな方法がある。広島県の山奥の村では、製材所が製材した皮を燃やして自家発電をして、余った分を地域に流しているとか、今度は間伐材をチップにして村のストーブの燃料にしているとか、余ったチップを韓国に輸出しているという。それを高知県の知事が見つけて「うちでも導入する」といっていたとか。そうしたら山林事業も動き出す。山林は資源エネルギーの山だ。大昔からそうなのだ。
  最近、六連島に工場を首になった若い子が帰ってきたところが3家族あるといっていた。3人とも親の後を継いで農業をしているという。農漁業も高齢化しているし、もっと補助を出して若い子が後を継げる体制をつくったらいいじゃないかと語られていた。
  商店の婦人も、「博多にいる息子が下関に仕事があれば帰ってきたいといっている」といっていた。親も帰らせたいし、息子も帰りたいが仕事がない。「農業や林業、水産業などでも雇用があれば、息子も帰ってくる。下関はそういうことをすれば条件がある」といっている。成人式の前で署名をしても「下関で働きたい」とか「下関に帰ってきたい」という学生が多い。「働いている」という子たちも、聞いてみるとアルバイトみたいな働き方が多かった。ちゃんとした仕事さえあればいくらでも人は増えると思う。

転倒した社会の変革へ 労働者あっての資本

 A 署名、宣伝活動は大きな反響だ。MCSの問題は、神鋼でも三菱でも大企業はどこでも共通した問題だ。大型店による商店のなぎ倒しや生産者の買いたたきも同じだ。根底に金融資本の反社会的な荒稼ぎ主義がある。そして国政も市政もそっちの方を推進して、市民のため、地域のため、公共のためなどクソ食らえをやってきている。これでは市民は生活ができないし、下関は地域としてつぶれてしまう。それを黙ってみているわけにはいかないし、どう押しとどめるかだ。
 B 署名はいろんなところの労働者も、商店や中小業者も、小中学生や教師も、垣根をこえて広がっている。みんなが他人事ではない共通の問題ととらえている。とくに、世界経済が恐慌で円高なら仕方がないとかいうのではなく、行動をしていることを非常に歓迎しているのが特徴だ。
  はぐるま座が大阪公演を準備するなかで、争議をしている労組の労働者が、MCS問題の号外を見て、大阪でも同じだといい、とくに「企業が維持できれば良いではなく、地域全体の社会的な運動になっているのがすごい」「労働者の階級的で政治的な意識を高める運動が大事だ」といっていたそうだ。
  「企業あっての社会」ではなくて「社会あっての企業」だし、「資本あっての労働者」ではなくて「労働者あっての資本」だ。また「市長あっての市民」ではなく「市民あっての市長」だ。これが世の中のあたりまえのありようだ。これを転倒させるわけにはいかない。
 A 大企業や市政が、労働者や市民の生活など知ったことではないという社会的な責任などなにもない根源が、金融資本が好き放題に暴利をむさぼる仕かけになっていることにある。その根源が戦後のアメリカによる植民地支配だ。MCSの問題だけではなく、そのほかの大企業の撤退・縮小による雇用の問題、水産業、造船、鉄工などの地場産業の破壊、農林漁業の破壊、また市政によるさまざまな市民福祉の切り捨てなど、労働者、市民各層がそれぞれの具体的な要求とともに、そういう具体問題の根源にある問題の解決に向けて、すべての労働者、市民の共通利益にもとづく大きな団結をつくるような大運動をみんなが求めていると思う。
  市民の会が行動を先行させているが、各層の市民の団結をつくっていかなければならないと思う。市民はたたかわなければ生活できない。市民世論はこれまでと同じではないし、大きな変化をしていると感じる。三井資本には雇用を確保するとともに謝罪を要求するし、中尾市政への全市民的な要求を強める運動を広げることが重要だと思う。

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