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メディアの犯罪に怒り
北九州市皿倉小校長自殺
                「いじめ隠し」報道撤回要求    2006年11月17日付

 教育熱心で知られた北九州市立皿倉小学校の永田賢治校長が自殺した問題をめぐり、北九州市内の学校現場では、メディアへの憤りとともに「永田校長の死を無駄にするな」「教育を守れ」との論議が沸騰している。教育的見地から見れば子ども間で起きた金銭トラブルを学校外に出さないのは当然で、ましてやメディアに詳細を発表しないのはあたりまえである。それを「いじめ隠し」と全国に大宣伝した悪質メディアにたいし「いじめ隠しではなかったという事実を全国に報道し直すべきだ」「訂正記事を出すべきだ」と憤激の声が広がっている。

 「学校内で解決するのは当然」
 15日に行われた永田校長の葬儀には400人が参列し、前日の通夜には教え子、教育関係者、校区の父母など1000人近い人が訪れた。通夜に行った校長の1人は「2階会場、階段、1階会場がいっぱいで外にも並んでいた。それを見ても永田校長の人柄をあらわしていると思った。こんなに慕われた校長が自殺に追い込まれ本当に悔しい。以前記者の質問を受けた経験があるが“責任はどうとるのか”と責任追及ばかりで教育的視点は皆無。売れればいいというメディアと子どもたちに責任を持っている教育現場とは根本から考えが違う」と強調した。
 市職員の1人も「通夜も葬儀もメディアが大勢来て“いい加減にしろ”と思った。記者会見の時も憔悴している校長や教頭にわざと詰まるような質問をしてバチバチ写真をとって報道した。メディアはすぐ“言論の自由”というが“おまえらは鬼か”といいたかった」と怒りに声を震わせた。皿倉小校区の住民も「いろいろ情報が入ってもきちんと取材すれば“いじめ隠し”という記事にはならないはず。解決に向かっていた問題をぶちこわした以上、メディアはきちんと責任をとるべきだ」と、激しく語った。
 学校現場では「いじめ隠し」のレッテルに、激しい怒りが出されている。「永田校長が生前にいわれていたように“どちらもうちの学校のかわいい子ども”というのは、どの先生も思っていること」と話す教頭の1人は「加害者の名前など全部明らかにしろ、隠すなというが、そんなことをすると学校は成り立たない。それは今回の結末を見ても明らかだ」と憤る。「子どもの教育のためならいくら批判して貰ってもいいが、興味本位の報道は事態を悪化させるだけ。教師は子どもを被害者、加害者とは見ないし、いろいろ悪いこともしながら教育し成長させるのが学校。だからすべて発表するわけがない。それを“いじめ隠し”ということ自体、教育になんの責任もない人がいうこと」と強調した。
 「“100円おごってもらった”という話は山ほどあるため金銭トラブルにはしない。10万円をこしていたから“金銭トラブル”としてきちんと対応している。これがなぜ“いじめ隠し”になるのか」と怒る教師も「事件が多いから目をつぶりたくなるような状況のなかで、自分が矢面にたち学校内で解決しようとしたのは教育熱心だからだ。これを全国に“いじめ隠し”と報道したのは撤回させないといけない」と語った。

 教育守るために結束を
 現在メディアは自分たちの責任は棚に上げて「市教委や教育長の対応が問題」と攻撃の矛先を変えてあおっているが、学校現場では「最大の原因はメディアだ」「教育関係者は結束して発言する必要がある」と語られている。教育長が永田校長を叱責したことへの批判も、教師のなかでは「自分たちが教育長を批判するのは教育を守るためで、だれかに責任をおしつけるメディアと一緒にされては困る。学校が自信をもって教育するためにも教育長は学校現場をメディアの暴力から守る立場を貫くべきだ」と論議されている。

 

      「メディアの殺人」と憤激       2006年11月15日付
 
 北九州市八幡東区の林で12日、市立皿倉小学校(512人)の永田賢治校長(56歳)が自殺するという痛ましい事件が起きた。皿倉小では児童のなかで起きた「金銭トラブル」の解決にむけ必死の努力を続けていたところ、突然、大手商業新聞が11日朝刊で「小学校がいじめ隠し」と大宣伝。それ以後、永田校長に「いじめ隠し校長」のレッテルがはられ、全国からメディアが殺到。地域も学校現場も市教委内も大混乱に陥っていた。毎朝校門で子どもたち1人1人に「おはよう!」と笑顔で声をかけていた永田校長を知る地域では「いい先生だった」と死を惜しむ声とともに、「殺したのはメディアだ」と激しい憤りがまき起こっている。

 金銭トラブルをいじめと騒ぐ
 皿倉小では14日朝の全校集会で錦戸歳尚教頭が永田校長の死を伝え、全員で黙祷した。同校に通う子の母親の1人は「500人以上いる子の名前を全部覚えていた。泣顔で登校した子を見るとすぐ担任に“なにかあったのか家に電話してやれ”というような優しい先生だった。今度の金銭トラブルも校長先生は“被害者の子も加害者の子も自分の子。どちらも守らないといけない”といっていた。だから表に出さなかったと思う。新聞に出てから学校に“死ね”とか“牢屋に入れ”とか激しい電話がかかるし、メディアが子どもに“犯人は誰か”と聞いて回る。メディアが騒ぐからこんなことになった」と吐き捨てるように語った。
 皿倉小校区の年配者も「子どもが好きで遠足にもすべて参加していたし、地域行事に積極的に出てきていた。亡くなったことを知って泣いた子もいたという。最近も敬老会の会合に来られていたのに…」と話す。別の親も「うちの子も“テレビが校長先生をいじめたからだ”と、いっていた。メディアはもういい加減にしてほしい」と語った。

 後輩校長が慕った存在
 市内の後輩校長や教育関係者のなかでも「太っ腹なところがあってなにか悩みがあると相談できる校長」として慕われていた。「スーツやネクタイがきらい」と校内では長靴姿で世話を焼くため「長靴先生」とも呼ばれていた。校長の1人は「先輩や、同僚が病気になったりすると真先にかけつけ“どうしたのか”と声をかけるタイプ。このような自殺事件があれば真先に遺族の所へかけつけて悔しがる人。記者会見で“いじめを隠す気はなかった”とのべていたが、自分たちの実感は金銭トラブルの方が度合いとして深刻。必死で努力しているときに、全国に“いじめ隠し”と大宣伝されて本当に悔しかっただろうと思う」と唇をかんだ。
 「いじめを隠したというが、双方の主張を調べるまでは時間がかかる。教育現場として“いじめ隠し”など考える人はいない。それに教育現場なのだからメディアにどの子が加害者だなどいわないのは当然。それを“あいまい”だと批判されても絶対に応じられない」と語る教師も「教育熱心な校長が“いじめを隠して自殺した”といわれ、闇に葬られるのは悔しすぎる。報道をするなら正しい報道をするべきだ」と怒りをぶつけた。

 事実確認ができぬ状況
 ことの経過は9月26日、5年生の保護者が「娘が六年生から“2万円渡すように”と要求されている」と相談。学校は調査に動き始めたが児童同士のいい分に食い違いがあったため事実確認を続けていた。しかし11日に商業メディアが「いじめ隠し」と報じ大騒ぎとなった。「メディアの暴力」報道がつづくなか永田校長は11日に記者会見。「いじめと報告しなかった責任」を追及され、手を震わせながら「いじめと報告しなかったのは私の怠惰」と謝るしかなかった。そして12日午前7時頃、自宅を出たまま帰らぬ人となった。
 現在メディアは「市教委の対応が問題」とあおっているが、学校現場では「たしかに校長や教育現場を守るという点では課題があったがメディアの報道が最も犯罪的だ」「2度とこのようなことを起こさないためにも教育関係者は結束して発言する必要がある」との論議が沸騰している。

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