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汚い逃げはかる中電と国・県
上関原発めぐる情勢
             より悲惨な柳井との合併  2004年2月19日付

 中国電力のすすめてきた上関原発建設計画は、今年で23年目を迎えた。国が「国策」として電力会社が推進し、自民党やゼネコンなどの政財界から県当局、警察や弁護士、神社庁から商業マスメディアまで、あらゆる権力の総動員態勢で小さな田舎町に襲いかかった。だがいまやウンともスンともいえず、立地のメドはまったくない。山口県においては全国と結ぶ現地と県民の力が、26年まえの豊北原発計画を完膚無きまでうち負かしたが、上関でもうち負かした。だが中電と国、県は、20年以上にわたって上関町を引きずり回してきたあげくに、社会的な責任を取るのでなく、地元に責任を転嫁して逃げるというズルイやり方で撤退をはじめている。企業の社会的責任などどうでもよく、もうけにならなければ勝手に逃げるというのが当節はやりの「自由化」というわけである。上関をとりまく情勢がどのようにすすんでいるのか、今後町民のすすむべき方向と展望はどこにあるのか、町内の意見を聞きながらまとめてみた。

  身売り急ぐ柏原町政 兵糧攻めで合併強要
 上関町内では昨年1年の5回もの選挙をめぐる騒動をへて、国、県、中電は原発計画の撤退にむけて動き出したことがさめざめと語られるようになった。大きく潮の流れが変わっているのである。撤退の流れのなかで、片山元町長を筆頭に、町長候補に名のりを上げた右田氏も、町長になった加納氏も、選挙で金を配った神崎氏も、その他「われもわれも」と推進ボスの座に色気を出した親分衆たちは、波にのまれて表舞台から姿を消していった。ずる賢いものはさっさと引退し食い逃げをした。
 町内はめっきりおとなしくなった。それは中電や国からの「燃料補給」がなくなったからだと語られている。町民のなかでは、近年ずっと原発のことを好きこのんで話題にする人などいなかった。中電が日当としてカネをばらまいて動員するビラ配りや騒ぎで、「地元の自主的推進運動」の形をつくってきたが、それすらも影を潜めた。
 今年に入って、四代では用地買収担当の中電ベテラン工作員が、また1人上関から去って行ったのだとか、中電職員の人事異動でここ数年「新米さん」ばかりが送りこまれるので、年寄りはあだ名のつけように困っているとか、中電は例年推進住民には今後の推進計画や見とおしなどを話しに来ていたのに、今年は年が明けてもまったく話がないとか、中電はだいぶ態度が横着になっているとか話されている。某地区の推進派の新年宴会は例年の半分しか集まらなかった。
 「任期中に原発は着工してみせる!」「中電の協力金はいらない」といって出てきた柏原町長は、「国と県に自分のパイプがあるから」といっていたが、頼みの国や県からも相手にされず、「金がない!」と七転八倒する羽目になった。新年度の予算編成では、自慢の「パイプ」は「破断事故」の様子で、国も県も金を出さない。「初期対策」の原発関連予算も16年度まででうち切られる。地方交付税は他町村と同じように1億円ほど切られる予定で、役場の各部門1割カットの方針が伝えられた。
 継続事業はかかえていて、イヤでも予算を食う。そして町内のさまざまな補助金は削減される見こみとなっている。お花つくりだとか、観光協会、朝市、町主催の「水軍祭り」などのイベントも補助金カットの見こみが語られている。役場職員の給料カットやリストラがうわさされ、退職金も月賦払いになるとかの暗い話も飛びかいはじめている。
 そして柳井方面では、「上関が合併をしたがっている」との話が飛びかいはじめている。中電は片山町長と約束した「協力金」を出す気はなく、国や県も原発予算は出さない。そして兵糧攻めをして、合併推進・上関町の身売りへと追いこむ作戦の展開中となっている。中電に「ものわかりのよい町長」と見こまれて町長にしてもらった柏原町長は、合併の推進・原発の自己責任による断念・上関町の売り飛ばしの方向へすすむほかない町長となっている。

  骨抜き狙いの大騒動 文句言わせぬ体制
 町民のなかで、いまの事態をとらえるうえで、昨年1年の騒動がなにをものがたっていたかさめざめと語られている。1年まえのちょうどいまごろ、国や県が柳井地域との合併を迫り、上関町が市町村合併から離脱したのが大きな転換点であった。
 片山元町長は柳井地域との自治体合併をめぐって、合併すると原発計画の消滅は明らかで、国に特別あつかいを懇願したが、国は見捨てた。国や県の誘導方向は、柳井地域の合併であって、原発の切り捨てであった。合併とは、上関町にとっては町長も議会も教育委員会も役場もなくして解散し、身売りをするというものである。これまでの中電の植民地から、今度は柳井市の植民地に身売りさせるというものである。
 そして3度の町内選挙は、町内ボスが中電に怒る元気もなくさせてしまうという、もういちだんの骨ぬき作戦であった。「片山がバカだから原発ができない」と中電にそそのかされた推進派二軍族がつぎつぎに色めき立って手を挙げたがみな沈没していった。
 最大の悲劇は加納氏と神崎氏で、当選の喜びも1日だけで、選挙違反逮捕となった。町議会のホープを自認していた右田氏はそれより早く涙の沈没となり、「今度はおれの天下」と思っていた西議員も「直球しか投げられない男」といわれてチュンとなる羽目となった。現在では「原発はできる」と騒いでいるのは岡村商工会長ぐらいしかおらず、町民からは「推進はだれがしているのか」といわれる状況となった。
 町議会もまた補欠選挙で、河内氏や小浜氏など推進派若手が切って捨てられ、中電に給料を保証されている推進会の事務局長の井上氏を告示の2日まえに押しこむという芸当を中電はやった。町議会も、中電に文句をいうものはいなくなった。
 「片山では原発はできない」といって推進派内部の抗争がはじまったのは、昨年からではなく6年まえの無投票町議選後、ことに田中商工会長が商工会総会で解任のクーデターにあったごろからであった。それは中電があおってきた。議会では加納、右田、西氏らの連合軍、役場では柏原課長らが、中電の口車に乗って反片山の旗振りとなってあらわれた。
 原発問題のはじめからの、電力の資金配分役をしていた中心人物の田中氏、町長役をしてきた片山氏とともに、町議長をしてきた西元氏が2年まえの町議選をまえに地元でクーデターにあい失脚した。これらの事情のわかった推進派三人組は、中電から切られたわけだが、別の面では中電の逃げの事情を知って「足下が明るいうちに逃げるが勝ち」という態度となっていた。
 昨年の山口県警の選挙違反摘発は、上関の推進派から見れば、県警の裏切りというべきものであった。20年来、上関の選挙違反は警察が容認してきたからである。それは踊らされた推進派が捨てられた怒りもうかつに出せない空気をつくった。中電の推進策動はみなカネであったし、すねは傷だらけだからである。
 中電は推進派内の抗争を仕組み、何度かの選挙をつうじて、ようするに推進派の親分衆を去勢されたネコのようにし、中電に文句をいわない議会、町長をつくってきた。こうして推進派はすっかり骨ぬきになった状態で、中電から担ぎ出された柏原町長は、原発の推進どころか自己責任で断念し、合併で上関町を売り飛ばす責任とりの役目として登場させられた。役場の課長が町長の権力にひたる自己満足はあっても、責任をとることがその代償となった。
 原発は町内の推進派がすすめてきたものではない。中電が社運をかけてとりくみ、金をばらまき、尾熊毛にためこんだデーターで住民に圧力をかけ、国は国家的プロジェクトと位置づけて支援し、県知事は表むき中立の顔をして実際には商工労働部や水産部の権力をフル動員して推進してきた。自民党代議士、県議が旗を振って、商業マスメディアが世論誘導をし、警察はいかなる選挙違反をやってもおとがめなしで放免、暴力団やヤクザ、さらには反対の顔をした推進派まで使って推進してきた。町内の推進派はそのミコシの上に乗って使われてきただけであった。そして捨てられただけであった。
 推進派は崩壊から消滅にむかい、そうしてバカ騒ぎをするものは町内ではほとんどいなくなった。反対派の幹部連中も、議員報酬ほしさに町民の反対を利用してきただけで、結局は推進派といいことをしているろくな奴らではないという裏切りの正体が、何度かの選挙をつうじて暴露され、町民のなかでの信頼はすっかりなくなってしまった。
 これまで沈黙を守ってきた人人やまじめに反対を貫いてきた人人、推進してきた一般の人人のなかではさめざめと「原発はよくないものだ」「いいかげんに終わりにしないといけない」「中電支配の町ではなく、町民の町に再建しよう」という思いが語られている。

  全国でも撤回相つぐ 珠洲につづき巻も
 昨年末、日本国内で計画されていた原発の新規立地計画は、つづけざまに計画の撤回を発表した。石川県の珠洲原発計画が11月に撤回されたのにつづいて、翌12月には新潟県の巻原発計画が断念にむけて動きはじめ、年が明けて正式撤回となった。
 珠洲原発計画の断念は、北陸・関西・中部の3電力の側から、電力需要の伸び悩みやコスト削減を理由にして、撤回方針をうち出すものとなった。電力会社の社長が地元民にたいして畳に頭をこすりつけて謝ったが、「よっぽど悪いことをやっていたのだろう」といわれた。地元推進派は最後の最後まで事業者の「やります!」のポーズにだまされて、捨てられ、「断念するわけにはいかない!」「戦後補償がいる!」と怒りの声を上げた。
 巻原発計画は34年間もめた末に、用地問題にかかわって最高裁が下した判決が、立地に不利だったことを表むきの理由にして、東北電力が断念をうち出した。上関よりもはるかに先輩格で、20年まえには原子炉設置許可申請も出されていた。わずか3.5%の未買収地を残して、原子力安全・保安院による安全審査は中断していた。東北電力は巻町にたいして、公表されているだけでも32億円の寄付をし、漁業補償や地盤調査、土地代などをふくめると300億円以上の費用をかけてきたとされている。
 これらの撤退理由は、長期にわたって住民の反対の力が強く、切り崩しができなかったことが基本にあり、加えて電力自由化によって金のかかる原発どころではなくなったからである。とくに新日米防衛ガイドライン以後、政府が戦争の道をすすめ、原発が軍事施設として重要な防衛施設となるなかで、新規原発どころではなくなったのである。
 田舎電力会社の中電も例外ではなく、激しいコスト競争のなかで、この1、2年、設備投資額は過去10年間の平均2440億円と比較して半減の1200億円近くにまで落とした。会社のスリム化といって「合理化」、人員削減が容赦なくやられる一方で、島根原発3号機は3月に着工で、五洋建設が300億円の第一工期をとったのだとか、第二工期はどこそこが280億円で仕事をとったという話がはじまり、そのうえ上関原発一号、二号機を建設する力などないことは明らかとなった。
  
 中電・国・県の追及を 原発問題の解決が先
 中電、国、県が弄してきた推進策動は、小さな町のなかに内戦状態をつくり出して町民を分断し、争わせ、昔からこの地の人人が築き上げてきた町民同士の協力と助けあいの関係を切り裂いて、生活のすみずみに深い傷跡を残した。原発が持ちこまれてから、町のなかでは疑心暗鬼がはびこって腹を割ったつきあいができなくなったとか、本音を腹の底に押しこんで生活したり、推進・反対に分かれて家族の葬式にも行けないようになったとか、罪作りなものであったことが語られる。かつての戦争は一五年戦争といわれたが、上関の原発戦争は戦後60年のうちの三分の一以上の20年をこえるものであった。
 権力をうしろだてにした「無法地帯」では、金をもらって騒ぎを起こしたり、人を攻撃したりということが恥ずかし気もなく横行することもあった。そうした状況をつくり出してあおってきたのは、ほかならぬ中電であり、国、県が裏舞台を動かしてめぐらせたさまざまな陰謀の実行であった。
 そして町行政は極端にたち遅れてきた。隣の大島郡と比較してみれば歴然としたものとなった。原発計画があったばかりに、町の発展と町民の生活はよそと比較にならないたち遅れをしてしまった。なによりも、役場も漁協も商工会も、町の上の方がすっかり中電から買い占められてしまって、町民から奪われたことによって、町のリーダーらしいリーダーがいなくなってしまった。中電の尾熊毛事務所はまるで敗戦後のGHQであり、上関は中電占領下の植民地にされてしまったからである。
 中電と国、県が上関町を逃げる作戦は、予算を削減し、兵糧攻めにして、合併に追いこむというものである。町の自主的判断の形で合併に追いこみ、原発による責任逃れをしようというものである。
 20年以上も原発で町をさんざんに破壊し、深刻な傷跡を残しながら、その責任はとらずに、上関町をほうり出すというのはきわめて汚いやり方である。よその町を侵略し占領して、めちゃくちゃにし、しかも敗北したものは、ちゃんと礼を尽くし謝罪をし償いをするのが世界の常識である。
 とくに中電という電力会社は、山口県民が最大株主であり、国から利益を保証され、独占的な地位を占め、公共的な企業として大きくなってきた。企業はもうけるだけが商売であり、もうけのためにはなにをしてもよい、企業の社会的な責任などクソ食らえというのでは、勘違いもはなはだしい。これも当節のアメリカ直輸入の自由化ばやりというので、企業の社会的責任はなく、悪いのは誘致した上関町の側だというのでは社会は乱れるばかりである。
 しかも中電の上関原発推進は、国が国策にし、中電にやらせたものである。国民に責任を負うべき国、県が、企業の食い逃げを自由化推進といって加担するというのでは、ヤクザ企業ばかりがはびこり、政府はないのと同じである。
 上関町の行政関係者や町議のなかからは、「原発がダメなら合併を」との声が上がっている。それこそ町民がどうなろうと自分らの身が安泰ならどうでもよいという根性である。周辺でも「上関が合併したがっている」という話がかわされている。柏原町政が傾斜しようとする合併とは、上関町の「自主的判断」と称した泣き寝入り、町の売り飛ばしの実行である。
 上関町では合併問題のまえに原発問題での正しい解決が必要である。中電と国、県が原発撤退による町への謝罪と償いをすること、合併問題はそののちに考えればよいことである。原発問題の決着をつけないままに合併で泣き寝入りするという腰ぬけ精神では、町民の前で威張ってきた上関の親分衆は孫子の代まで恥をさらすことになる。敗戦国民の負け犬根性が問題なのである。
 20年余り、原発で踊ったこと以上に、捨てられたことがはっきりしたところで、怒ることもできない、親分衆のメカケのような根性が、いま以上に上関をダメにするのである。
 上関町で当面する課題は、推進でいい思いをしていまや捨てられた親分衆が、中電や国、県の責任、悪事をあますところなく暴露、追求することである。これまでいい思いをしてきた分、自分がブタ箱に入ってでも町民のため、孫子のためにいいことを一つだけでもやるのか、「去勢されたネコ」のまま笑いものとなって墓の中に入るか、みなが注目するところとなっている。
 町民のなかでは、「去勢されたネコ」となった古い親分衆に引退を願って、中電と国、県にたいする当然の責任を追及し、町を町民自身の力で再建する若い力を結集することが不可欠である。長年わずかなエサで飼い慣らされてきて、町民の前では威張ってきたが、中電の前では捨てられても捨てられても媚びを売る腐ったメカケのような親分衆のだらしなさを克服することが不可欠であり、自力で町再建を担っていく若手の力を結集して、漁業や農業などいまある産業と町民生活に根ざした町の再建が急務となっている。

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