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子供不在、教育否定の体罰騒ぎ
大阪・桜宮高校問題巡る座談会
               勝利至上主義体育の破産    2013年1月16日付

 大阪市立桜宮高校(大阪市都島区)で、体育科の2年生でバスケット部のキャプテンでもあった男子生徒が自殺するということが起き、その原因が「顧問の体罰にある」とマスメディアが大騒ぎするなかで、橋下大阪市長が「すべての市立小中高校の体罰調査をやる」といい、下村文科相は「全国の小中高校で体罰の実態調査をやる」と指示している。高校生の自殺は痛ましい事件だが、残された生徒たちのためにもその原因を探って教育を立て直すという方向に進むのではなく、“体罰があったか、なかったか”“いかにひどかったか”に問題を切り縮めて、現場の教師に子どもを教育させない抑圧だけは強めるという方向に事態が進行している。今回の問題をめぐってなにが動いているのか、解決方向はどこにあるのか、本紙記者座談会をもって論議した。
 
 一斉に体罰調査や統制に誘導

  まず経過から見てみたい。
  この男子生徒は、3年生が引退した昨年9月にキャプテンになった。新チームはじめての公式戦である新人戦が近づく昨年12月、練習試合で負け、みずからのミスを顧問の教師から責められたことや、「キャプテンがしんどい」というと「じゃあ二軍チームでいいんやな」といわれたことに悩んでいたという。そして12月23日に自殺した。
 桜宮高校のバスケットボール部は、現在の教師が18年間顧問を務めるなかで、この5年間で3回インターハイに出場するなど常連校となった。顧問は大阪府の国体チームの監督も務め昨年は全日本チームのコーチにも選ばれている。また同校は、大阪府全域から入学でき全員が運動部に所属する「体育科」(1980年設立)が特色で、五輪メダリストやプロ・スポーツ選手を育てる高校として一年中泳げる温水プールやトレーニングルーム、合宿施設などを完備し、昨年は水泳、剣道、ボート、女子ソフトボールがインターハイに出場している。
 1月に入って始業式の8日、大阪市教育委員会と桜宮高校校長が記者会見し、男子生徒の自殺を公表。顧問の体罰があったことを認めたうえで、自殺と体罰との因果関係については「断定的なことはいえない」とした。しかしマスコミ各社は執拗に体罰の有無を追及し、3時間半後に再び市教委に体罰を目撃したとする生徒のアンケートを公表させた。
 同日、橋下市長は「教育現場の最悪の大失態だ」「いじめによる自殺よりたちが悪い」「教育委員会に任せておけない。首長が陣頭指揮をとる」といって、弁護士5人による市の外部監察チームを100人規模に拡大するとともに、市立の小中高校すべてで体罰の有無について一斉調査すると発表した。翌9日には大阪府警が顧問について暴行容疑での立件に動き、顧問の教師や他の教師、バスケ部員などから事情聴取を始めた。
 11日、下村文部科学相は、全国の都道府県教育委員会に対して体罰の実態調査を指示した。また安倍政府は「ヤンキー先生」こと義家弘介政務官を大阪市教委に派遣し、体罰の実態調査を求めると発表した。
 一連の経過を見ると、学校現場や市教委をこえたところで大きな力が働き、統一して動いている印象だ。

 メディアの騒ぎが異常 人人は冷静な受止め

  この問題についての人人の受け止めはどうだろうか。
 C 北九州の商店主のなかでは、「自分自身も子どもを持つ親として、子どもが自殺したことについてはかわいそうだが、今後どういう対応をしていくのか注目している」という意見や、「先生が何十発も殴ったというのはいきすぎだが、そのあとの騒ぎ方が異常だ」と冷静に見る意見があった。「悪いことをしたら殴られるのは当然。自分も厳しく育ててきた」という声も出ているがなにが事実なのかわからない、どのように見たらいいのかという意見が多く出されていた。
 D 下関市の中学校教師は、「体罰は行き過ぎたかもしれないが、子どもが自殺したことには別の要因があるのではないか。例えば顧問の態度が気にくわないとか、腹が立つということはどこでもあることで、親に相談するとか集団で退部するなどいくらでも方法はあるし、実際にそういうことは頻繁にある。なんでその子がだれにもいわずに、自殺という選択肢しかなかったのか。そのへんがはっきりしないままで、体罰だけを問題にし、子どもの自殺と体罰とを最初から結びつけてシナリオをつくられたら怖い」という。昨年のいじめ調査の次は体罰調査で、何か起きるたびに教育現場が上に振り回され混乱していくことを危惧していた。
  バスケットをボランティアで教えている教師は、指導者にもいろいろいて、スポーツ競技の「勝つため」というのに違和感があるという。監督の名誉欲で叩かれると、子どもからしたらたまらないと。スポーツ一つとっても、逆上がり全員達成をした上宇部小の体育実践のように「できないこともできるまで頑張る」「自分のためでなくみんなのため」という勤労人民のモラルを育てるのか、それとも競争主義、勝利至上主義に乗せられていくのか。後者のあらわれとして今回の問題を見ていた。
 中小企業の社長は、「なんでバスケットで死なないといけないのか」という。四〇発殴られたことだけが理由ではないんじゃないか、一つの部分だけを切り取る報道ではよくわからない、という。でも「悪いことをしたら叩かれていい」ということはいっていた。
  川中中学校で自殺があったとき中学生の母親だった女性は、当時のマスコミ報道を経験しているから、「マスコミのやり方は疑問。活字になっていることは事実ではない」と話す。友人の教師が「週明けに上から調査がくるだろう。去年も大津の事件でいじめ調査が下ろされたがそのときもマスコミが騒いでグチャグチャにしただけで、その後がどうなったのかさっぱりわからない」といっていたという。「マスコミは何が何だかわからなくしますよね」と話していた。
 A 下関のPTA関係者は、マスコミ報道への違和感とともに、橋下市長らがやっていることに「全然教育的臭いがない」という。「子どものために“体罰がいけない”というなら、子どものためにどんな教育をしていくのかを示すべきだが、昨年の大津のいじめ自殺のときは“いじめはいけない”といって、警察を学校に入れて教師を萎縮させた。子どもの教育のためにやっているんじゃない」と見ている。
 そしてうち勝っていく力として、上宇部実践に確信を持っている。「子どものために身体をはって本気でやっていくし、若い先生をはじめ教師集団を団結させてやっている。上から目線じゃないし、自己保身とは無縁だ」と。いくら「いじめはいけない」「体罰はいけない」と騒いでも、教師、父母、地域が共有しあえる方向性を持った教育をうち立てないことには解決にならないし、そのためにこの教育運動を発展させることを切望していた。

 別の方向へと煽動 「体罰」だけ騒ぎ教育潰す 先端走る大阪

  一つは、メディアの騒ぎ方の異常さをみなが感じている。全体の関係のなかから切り離して、「体罰」問題を煽って、バレー部もやっていたなどと騒ぐ。きわめて意図的だ。そこにはどんな子どもに育てるかという論議はない。子どもたちが社会に出てさまざまな困難や挫折に直面するが、それに負けない子どもにどう育てるかという論議はまったくない。
  教育をどんどん否定していく。北九州の皿倉小で恐喝が問題になったときも、メディアが校長を追及し、校長は「どっちもうちの学校の子だからすべてを表に出すことはできない」といったら「いじめ隠しだ」と騒ぎ、校長を自殺に追い込んだ。教育を否定して別の方向に持っていくことに違和感を感じている。そしてこれまでさんざん経験してきたので、結構冷静に見ている。
  自殺に対して、勤労人民の見方とメディアの見方とはまったく違うと思う。ある中学校教師は、「成果主義、競争主義、勝つのがすべてというのを主張してきたのは橋下さんじゃないか」という。
  下関のある高校教師は、「自分たちは部活を教育活動の一環と考えてやってきたが、インターハイ常連校になると勝利至上主義がひどくなっていく。メディアも最近では野球だけでなくバレー、バスケ、サッカー、ラグビー、陸上の全国レベルの選手にまぶりつくし、集まる寄付金も少少の額ではない。20年近く同じ学校に勤務するというのは普通では考えられないが、インターハイ常連チームの顧問は校長より権限を持っている」という。こうした傾向は、20年前から「高校の多様化」「特色ある学校」と文科省がいい始めてから強まったのではないかといっていた。
  橋下市長も、桜宮高校の父母を「勝つためには体罰もありという保護者の意識改革が必要」などと責めているが、市立桜宮高校がどういう高校かは一番よく知っているはずだ。
 08年に大阪府知事になった橋下がまずやったことは、安倍内閣が始めた全国一斉学力テストの結果を市町村教委に公表させることで、ここで「クソ教育委員会」発言が出た。そして「百マス計算」の陰山英男を教育委員に据え、小3から中3まで習熟度別指導をおこなうなど、学力による差別・選別と競争を強め、「ダメ教員は排除する」と宣言した。高校でも、府内全域から成績優秀者を10の進学校に集め、この10校の進学成績を急上昇させようとしたり(「文理学科」の設置)、私立では生徒をたくさん集めた高校に重点的に補助金を与えたりと、高校間の競争を煽った。桜宮高校をスポーツの優秀校として競わせることを推進してきた側だ。
  大阪の高校教師が、「学校の生き残りをかけ、学校の知名度をあげるために部活に力を入れ、“○○大会出場・優勝”といった結果だけを追う成果主義が強まった。そのために優秀といわれる教師をひっぱってくるし、教員も勝たなければならないという重圧から必死になって、生徒を発奮させるために叩いたり、負ければ呼び出してボロクソにいう」「“国立大学○○人合格”を目標にする進学校も、予備校が発表する順位に振り回され、学校の序列化が進んでいる。生徒も教師も神経をすり減らされ、教員はうつ病になり退職に追いやられている」といっていた。そういう意味で今回の顧問は、橋下流儀に忠実な教師だったということではないか。

 全人間的な成長を阻害 各地の「体育科」も

  山口県でも「体育科」は、週6時間ぐらい体育がある。部活に入ることが必須だが、挫折すると荒れ方がひどい。
 F 5日制になって以後、スポーツ少年団に入る子どもが増えた。スポーツ少年団にも格差があり、たとえばサッカーでも、地域の子どもを集めて地域の人や教師が教えるチームもあれば、バスで送り迎えして金もかけてサッカーをするクラブチームもある。「目標はプロ選手」という非現実的な夢を持って競争させられる。そしてサッカーだけはプロ選手並みに上手なのに、鉄棒はまったくできないといういびつな子どもが生まれているという。休日はほとんど試合や練習でへとへとになり、学校では疲れが出て勉強に身が入らない。こうしたことに危惧(ぐ)を語る人は多い。
  「どんなことがあっても自殺してはいけない。逃げだし、それで解決しない。世の中はそんな甘いもんじゃない」と強調していた北九州の商店主は、「オリンピックに出たい」といっていた息子に、「スポーツだけでは生きていけない」と話したという。「それだけで人間は成長しない。スポーツだけで来た子は精神面が強いように見えるが、競争ばかりで本音の所で人と助けあうことができなくさせられているから偏っていて案外弱い。挫折したときにすぐ潰れる。それが今の教育に欠けているのではないか」と指摘していた。
 E スポーツについても、商業主義的なものとそうでない人民的なものとを割って考えないといけないと思う。優秀な選手をアイドルのように扱って、高校駅伝でも助っ人で外国の選手をつれてくるが、結局ごくごく一部の者だけが生き残ってカネを稼ぐプレーヤーになるだけだ。だから体力が衰える30歳過ぎたら潰しがきかない。そして早死にしたり、自殺するスポーツ選手もいる。残酷なものだ。
  「高校の多様化」といって受験競争第一主義、体育では勝利至上主義教育を推進してきた結果、生まれるのは人を蹴落としてでもという自己中心的な思想であり、仲間が信じられず視野も狭くなって、困難に直面すると弱い。文科省の教育改革の破産だ。義務教育に9年通わせて、九九もできないし漢字も読めない子どもになっていることに父母は驚いたが、高校の教育もこの20年余りでかなり行き詰まっている。大阪はその先端をいっており、そのなかであらわれている問題ではないか。そしてその結果としてこういう事件が起きたとき、今度はそれを別目的で騒いで一体何をしようとしているのかだ。
 
 肉弾作りとの激突 大津事件とも共通の対応 戦争動員の手法

 B
 橋下は今回の問題で、「教育委員会には任せておけない。首長が陣頭指揮をとる。そういう条例をつくる」といった。これは昨年の大津市のいじめ自殺のとき、越市長(ハーバード大ロー・スクールを修了した弁護士)が「市教委や学校といった素人は信用できない」といって弁護士などで外部調査委員会をつくり、滋賀県警が学校に押しかけて強制捜査したのと似ている。それは、安倍の主張と共通している。
 安倍内閣は新年早早、教育再生会議の復活をうち出し、そのなかで「教育委員会制度の見直し」や「6・3・3・4制の見直し」という、すでに破産した新自由主義改革を掲げた。メンバーは佃和夫・三菱重工業会長や大竹美喜・アメリカンファミリー生命保険最高顧問などで、彼らこそ教育の素人だ。その彼らが学校教育にクチバシを入れ、教育への統制を強めようとしている。
 F 第二次大戦の全国民的な犠牲への深い反省から、教育基本法第10条は「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負っておこなわれるべきものである」と定めた。教育委員会の公選制はその一環で、その後それが否定されて任命制になり、今制度自体を廃止して首長の直接の指揮に変えるという。それは、学校現場を再び不当な支配に服させるもので、安倍内閣の意図する対米従属下での戦争体制づくりにつながるものだ。しかしそれでヒラメ教師ばかり増えれば、子どもたちは今以上に従うわけがなく、教育の崩壊はいっそう進むだろう。
 D 自殺まで利用して別目的で煽動していくというところに、支配権力側の反人民性があらわれている。結果としてあらわれた部分の問題をとりあげて騒ぎ、世論を動員して学校を絞め殺すやり方は、戦争動員の手法と同じだ。これでは死んだ生徒も浮かばれまい。その高校の生徒たちや親たちは、今どういう思いで過ごしているだろうか。
  文科省の教育が破産しているなかで、今の学校の枠内で問題を考えれば、真面目な教師ほど頭がおかしくなったり、退職に追い込まれたりすることになる。そこを突破したのが上宇部小の実践だ。教師たちが学校の枠を飛び出して、親や地域の人人、被爆者と結びついて、その歴史的体験や思想感情を共有し、これが当たり前だと確信を持って教育している。
 そして逆上がり全員達成の鉄棒実践で、子どもたちが集団のなかで励ましあい援助しあいながら育ち、最後までできなかった子もそれで敗北せずにできるようになる。そこでの確信から勉強にも意欲的にとりくみ、生活も規律正しく変えていく。そういう知育・徳育・体育が結びついた集団的な成長に、親や地域が絶大な支持を寄せている。そのような勤労人民のモラルが子どものときに身についたら、成長する過程で挫折したとしても負けないし、自殺などしないと思う。またそういう子がいじめを見たら、友だちを思い全身の怒りでもって「いけない」といえると思う。
  イラク戦争のときブッシュ政府は、全国学力テストを導入して黒人など貧困家庭の子弟をわざと落ちこぼれにし、その名簿を軍に渡して戦場に送った。安倍内閣の教育改革はそれを真似たものであり、「体罰反対」といって教師を統制して、子どもたちをアメリカの下請戦争の肉弾に駆り出そうとしている。だがそれは民族の破滅の道だ。上宇部実践で切り開かれた教育運動のように、「子どものため」で教師集団が一致団結し、父母や地域と結びついていけば、支配権力側がどんなことをやってきても怖いものはない。それは全人民的な戦争阻止、「安保」破棄のたたかいに合流するだろうし、それが勝利の保証だ。

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