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子供戦場に送らぬ教師の使命
第2回全国教師交流会
              父母や体験者の側に立つ    2015年7月24日付

 体育実践を軸に「みんなのために」の集団教育を進めている山口県や福岡県の教師による第2回全国教師交流会(主催/人民教育同盟)が19日、下関市田中町の福田正義記念館で開かれた。安保関連法案の衆院強行採決という暴挙に対して大衆的な反対世論と行動が全国的に噴き上がるなか、教師は戦争を阻止するために何をすべきなのか、70年前の戦後出発で教師たちが掲げた「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンに込められた痛切な経験を学びなおし、今こそ教師が戦争を阻止する教育運動を発展させようと熱い論議と交流をおこなった。
 
 「個人の自由」は戦前の二の舞い

 午前中には退職教師の古田好都(下関市、元中学校教師)、石井邦男(山陽小野田市、元中学校教師)、黒川謙治(山口市、元中学校教師)の3氏から戦中、戦後の経験を学んだ。黒川謙治氏は敗戦の年に自宅近くの陸軍病院の山手で、広島の原爆にあい山口で死んだ兵士の死体がうず高く積まれ焼かれていた光景を見て、強い違和感と衝撃が走ったことを語った。戦争に行って死ぬことを「名誉の戦死」と信じていた子どもにとって、その光景は、「魚を焼くよりも悪い兵士の扱い」であり、それを見て「戦争は絶対にしてはならないと思った」と語った。さらに戦後は食料難がひどく、父親を戦争で亡くした同級生が給食時間になると校庭に出ていく姿を見かねて、男子全員でお金を出しあい「うどん玉」(当時五円)を買って、みなで一緒に昼食をとった経験などを語った。そして戦争は罪のない人を大量に殺し、人人の生活や人生に深刻な影響を及ぼしていることを実感し、教員生活三十数年間、「教え子を再び戦場に送るな」を掲げてたたかってきた経験を語った。
 石井邦男氏はアメリカ発の世界恐慌が起こった1929年に生まれ、満州事変、日華事変などを経た当時の小学校の様子をのべ、太平洋戦争では勤労動員させられ、戦後はガラッと教育が変わったことなど鮮明な記憶を思い起こして語った。「戦争で一番大事なのは軍事物資だ。今の安保法制は後方支援ならいいというが、戦争は後方も前線も関係ない総力戦だ。絶対に戦争をさせてはならない」と強くのべた。
 古田好都氏は、「鉄棒逆上がりと戦争反対は何の関係があるのかと思っていたが、みなが協力して鉄棒ができるようになるという資質と、被爆者が身を持って戦争は悪いこと、悲しいことだという教えがつながる。日常の教育のなかに戦争反対の問題をとり入れる実践はすばらしい。安倍内閣は集団的自衛権を決めた。安倍内閣は戦争内閣だ。今の人民教育でいけば必ずや戦争を止めることができる」と教師たちを激励した。
 退職教師たちの気迫のこもった発言を受けてはじめに若い教師が感想と問題意識を語った。福岡県の若手の小学校教師は、「今の日本は戦争経験世代の方たちの支えがあって成り立ってきたと改めて感じた」と語り、自分の祖父が戦争に志願し、もし数日間戦争が長引けば祖父の命も、自分自身も存在していなかったという家族の戦争体験と重ねて意見をのべた。最近、子どもたちに八月九日が何の日か問うたところほとんど知らなかったという現実に直面し、「今日本が危険な状態にあるなかで、子どもたちにどのように戦争を教えていくか、教師の責任を感じる」と語った。
 別の若い女性教師は、「安倍内閣は教育のなかにも戦争教育をとり入れようとしているのではないか。退職教師の話のなかで“修身”というのがあったが、心の中までコントロールされていたと知った。今、道徳教育の教科化や評価がいわれるが、それも国が一つの方向に持っていこうとしているのではないか。教育者としてそういう問題を見極めないといけない」とのべた。萩市の青年教師は、1学期の修学旅行で平和学習をとりくんだものの、戦争についてどう教えるか自問している心中を吐露した。「資料館を見て体験者の話を聞くことはしたが、なぜ戦争が起こるのか、どうすればいいのか、考えられる子どもにしないといけない。具体的にどうすれば戦争を止められる教育ができるのか、教師としてその責任を感じている」とのべた。
 その他、「私自身は“絶対戦争反対だ”と思って教員生活をしてきた。“教え子を戦場に送らない”とたたかってきた先輩教師たちは、かつて積極的に“戦争に行け”という教育をやった。しかし今教師は“個人の自由”を尊重し、徴兵制で教え子が戦争に行くのも行かないのも“君の自由だよ”といって、何も教えずに子どもを戦場に送っていくことになるのではないか」(長門市の教師)、「誰でも“戦争はいけない”と思っているが、どこか他人事と思っている自分がいる。教育現場は上からさまざまに指示が出され、その通りの教育をして、教師が何も教えないまま戦争に子どもを送り出すことになるのではないか。そういう思いを持ちつつも、一方で日常に追われている現実にジレンマも感じている」(宇部市の教師)などが出された。安保法制が衆院で強行採決され戦争が過去の問題ではなく現実味を帯びるなかで、「戦争を阻止するために教師が何をすべきか」、また「教師が子どもたちに何を語り教えていくのか」という切実な問題をめぐって論議が活発に進んだ。

 皆のためにの集団教育 戦争を阻止する力

 最初は萩、長門、宇部で定期的に教師交流会で論議しながら体育実践などの集団教育を進めている教師たちが語った。萩、長門では教師交流会に参加する若い教師たちが異動となり、各学校に集団体育の実践や、被爆体験に学ぶ学習が広がり、それに対して父母から絶大な支持を得て確信を深めている様子が報告された。また宇部からは音楽の合唱を通じて「クラスのため、みんなのため」という意識を育んでいる実践や、毎朝クラス全員でマラソンを継続するなかで、子どもたちが積極的になり規律も高まってきた様子を報告した。
 日常の体育実践やかけ算九九のとりくみを通じた集団を大事にする教育が、子どもの身体的、精神的な成長を促していることが実感を持って語られた。父母から支持が強いことも共通している。個人主義でなく「みんなのために」という集団の意識を育む教育が戦争を阻止する力になるという確信も出された。
 交流会では現実に直面する問題として、安保法制などの戦争情勢について、子どもにどう語っていくかをめぐって論議が進んだ。「教師は“アメリカと一緒になって日本の自衛隊が戦争をしていいのか”をはっきりと問い、日本が戦争をすることは絶対にいけないことだということを子どもたちに伝えるときにきているのではないか」という現職教師からの指摘が引用され、教師の立場について論議を深めていった。
 一学期末の懇談会でも、父母から安倍内閣の戦争政治への批判が出され、ある母親が「私はこの子を戦争に行かせるために育てているのではありません」ときっぱりのべたエピソードも紹介された。父母や地域のなかで戦争への危機意識が高まるなかで、「私たちは学校でどこまで子どもたちに話していいのだろうか」「私自身は徴兵制の危険性も感じているが、決まったわけではなく個人の憶測に過ぎない。どのように伝えたらいいだろうか」といった具体的な悩みも出た。
 現在、多くの教師たちが直面している「教師は“中立”でなければならない」という管理統制に対して、それを受動的に捉えて教師が何も語らず子どもを戦争に送るのかという、教育者の使命にかかわる問題として論議は発展した。それはまた「“戦争反対”と叫んでいるだけでは、戦争を阻止する教育にはならない」「“戦争は怖い、悲しい、悲惨”という教育だけでいいのか」という若い教師の葛藤も含めて、戦争を阻止できる力を持った子どもをどう育てていくか具体的に論議が深まった。
 各地の教師が共通して語ったのは「被爆者や戦争体験者の体験や思いに学ぶ学習が基礎」であること、最近では修学旅行や国語教材の「ちいちゃんのかげおくり」の学習の機会を捉えて直接子どもが体験者に学ぶ実践が広がるなかで、それが子どもの心の土台をつくる重要な教育であることが実感をともなって語られた。
 防府市の教師は、4年生の「ひとつの花」の学習で、戦争体験者に話を聞くことはできなかったが、子どもの音読に対して父母や祖父母の感想を書いてもらったところ、現在の安倍政治、安保法制に対する危惧や怒りが出されたことを語った。「私たち教師は“ここまでいっていいだろうか、これをやっていいかな”という怖れがあるが、父母や祖父母のなかで戦争反対という思いが非常に強くなっている。私たち教師はそこに学んで依拠すれば戦争反対の教育を強くしていけるのではないか」と語った。
 宇部市の教師は、この3年間一心不乱に鉄棒逆上がりや縄跳びなどを学年、学級集団でとりくんできた経験を通して「何事も一生懸命、みんなのことを考えてとりくむ資質が、戦争反対の力だし、本当に培うべき力だと思う」とのべた。体育実践を通して、「一つの目標に向かってみんなで頑張る」ことの大切さ、そのなかで発揮される集団の力が、一人一人の子どもの成長の源になってきたことを確信している。そして「今年担任している六年生は自己中でわがままで、教室では“死ね、殺す”という言葉が飛び交い、毎日が戦争状態だ。私は10月の修学旅行で被爆者の力を借りたいと思っている。その経験を子どもたちの土台にして成長させたい」と語り「小学校では子どもをバラバラにしたらいけない。それが戦争反対の力になると思う」と語った。
 「被爆者や戦争体験者の口からはアメリカに対する怒り、安倍首相が戦争をしようとしていることへの怒りが必ず出てくる。私たち教師がその体験者の怒りを学んで、“子どもを戦争に絶対送らない”という気迫、覚悟を持って教育していくことではないか」と語り、そのためには戦争反対の意識を強める父母や地域の思いと結びつき、その願いの側に立つ教師の立場が決定的であるとした。また「(戦争について)どこまで子どもに伝えていくかも大事だが、教師がなぜ戦争に反対するのか、どういう子どもに育ってほしいかを子どもに伝えていく、その覚悟が私たち自身のなかにいると思う。教育だけでなく、世の中を変えていかないといけないことがわかった」という意見も出た。
 最後の感想交流で、初めて参加した福岡市の教師は、「“みんなのため”という教育と、戦争反対がどう結びつくのか興味があって参加した。みんなのために頑張ることで、友だちの喜びが自分のうれしさに変わっていく。日日の授業のなかで今日学んだ新しい視点をとり入れたい」とのべた。別の教師は、「高学年を担任して非常に恐ろしさを感じるのは、他人に対する無関心だ。友だちのことが他人事という空気がある。その意識を集団のなかで変えていくことが、戦争に反対する教育だと思った」「教師としての自分の役目が見えてきた」と語った。その他、「子どもがいくら元気にかしこく育っても、戦争で殺されたら元も子もない。今私たちに一番に与えられているのは、“教え子を再び戦場に送らない”という使命ではないか」(長門市の教師)、「広島を題材にした音楽を通じて戦争についてどこまで伝えようかと迷っていた面もあったが、今日は自信をいただいた。文科省は“自由・民主・人権”教育といっているが、それは間違いだ。本当の自由は集団のなかでみんなのために頑張る教育のなかにこそあると思う」(宇部市の教師)と論議になった。
 最後に人民教育同盟中央本部委員長の佐藤公治氏が、「私たちの後ろには子どもがいて、親がいて祖父母がいて地域がある。われわれ教師がその側に立って、“教え子を戦場に送らない”使命でやっていく必要があると思う」とのべた。
 今後、8月5、6日の「広島に学ぶ小中高生平和の旅」、8月23日の「第37回人民教育全国集会 子ども・父母・教師のつどい」を大成功させることも呼びかけた。

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