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子どもたちを戦場に送るな
第37回人民教育全国集会
               平和の担い手育てる教育    2015年8月24日付

 「戦争を阻止する教育運動を発展させよう」「教え子を再び戦場に送らない」をテーマに第37回人民教育全国集会「子ども・父母・教師のつどい」が23日、下関市勤労福祉会館で開かれ、子ども、父母、教師、退職教師、被爆者、戦争体験者など200人が参加した。戦後70年の今年、再び戦争の足音が迫るなかで、「子どもを二度と戦争に送らない」という決意を世代をこえて共有し、戦争を阻止できる力を持った子どもを育てる教育運動の展望を語り合った。
 
 被爆者の思い真剣に学び成長

 集会の最初に人民教育同盟中央本部委員長の佐藤公治氏は「今年は戦後70年の節目の年。戦争反対、安保反対の声が噴き上がるなかで本日の集会をみなさんとともに、戦争を阻止する教育運動の総決起の場としたいと思う」とあいさつ。
 基調報告では「“みんなのために”の教育で子どもを育てよう」「親・被爆者・戦争体験者の願いに立った教育を」「戦争を阻止する教育運動を発展させよう」の柱を提案した。
 集会前半では、この間各地で進めてきた「教育実践報告」を教師六人がおこなった。
 福岡県の小学校教師は、昨年2年生でかけ算九九・一〇〇問の実践を1年間続けてきたことを報告。「子どもたちを集団のなかで成長させ、“みんなのために”の力を発揮させるには、教師集団の団結が必要だ。教育のはたすべき使命は大きく、“戦争のできる国”にしようとする力に負けない教育を、“かけがえのない教え子を戦場に送らない”ための教育をみんなで築いていきたい」とのべた。
 つづいて沖縄の元幼稚園教諭は、「原爆と戦争展」の活動を中心に据えながら、沖縄市内外の幼稚園で、118人の幼稚園児全員が竹馬に乗れるようになった教育実践を描いた紙芝居の読み聞かせをしていると報告。読み聞かせを通じて体育活動を中心に沖縄市内外や離島にも広がっていると報告した。また、若い教師とともに沖縄戦の体験や被爆体験を聞く時間をもうけ、「再び教え子を戦場に送らない」という先輩教師たちの痛恨の思いを受け継ぐ活動をおこないながら、辺野古新基地問題も全国と力を合わせて頑張りたいと締めくくった。
 愛知県内の児童養護施設の元教員は、経済的な問題で親子が共に生活できない状態におかれている幼稚園から高校生までの子どもが生活する施設のなかで、月2回のスポーツを中心とした平和教室や原爆展パネルを使った学習などのとりくみを報告した。貧困や学力への劣等感を乗りこえていくうえでも原爆展パネルの学習などを通じて戦争体験を学ぶことが重要であることをのべ、今後も職員と団結し運動を広げていきたいとのべた。
 宇部市の小学校教師は、昨年の体育実践をふり返り「子どもは集団のなかで無限の力を発揮する」と確信することができたとのべた。「子どもたちは集団の力でどんな困難も乗りこえる。そのなかに戦争を阻止する力がある。みんなのために、みんなの力で頑張る教育を父母・教師と団結して発展させたい」とのべた。
 下関の小学校教師は、1学期に下関原爆被害者の会の被爆者が3度学校を訪れ、長崎へ修学旅行に行く6年生に体験を語り、食い入るように聞き入る子どもの姿に担任教師2人が衝撃を受けていたことを紹介。「教師は子どもたちが何が真実で何がごまかしであるかを見極める力をつけさせ、人に役立つことが喜びとなるよう育てたい」とのべた。
 大阪の高校教師は、安保法制が進められるもとで高校生の政治への意識が高まっており、親の生活が困窮化するなかで1、2年生の6〜7割がアルバイトで家計を助けていると語った。また、クラスの半数が母子、父子家庭という状況下で、生徒たちがたくましく成長し被爆者や戦争体験者と思いを通わせる基盤となっていると語った。
 現職教師につづき5人の退職教師がマイクを握った。
 宇部市の退職教師・重谷悦彦氏は、3歳のとき終戦を迎え、昭和40年に教師になったときに戦時中、皇国教師として教え子を戦場に送った先輩教師に出会い、子どもの見方や教育のあり方を論議したことを明かし、「この戦争前夜の情勢下で、退職教師の一人として伝える任務がある。戦争体験した世代のたたかいを伝え、交流を深める仕事をしていきたい」と決意をのべた。
 16歳で終戦を迎えた元中学校教師の石井邦男氏は、70年前の8月6日に勤労動員から帰省する途中、広島駅で遭遇した被爆母子の姿が忘れられないと語り、「今、政府が進めようとしている集団的自衛権の行使、戦争賛美は絶対に阻止しなければならない。私たち退職教師も積極的に参加して、戦争のない平和な日本の実現のために若い人と一緒に頑張っていきたい」と力強くのべた。
 その他の退職教師からも70年前に先輩教師たちが痛苦の経験から掲げた「教え子を戦場に送らない」という決意を現在の教師たちに受け継ごうという気迫に満ちた発言がおこなわれ参加者の胸を打った。
 ここで「第16回広島に学ぶ小中高生平和の旅」に参加した子どもたちが登壇し、構成詩を発表した。
 子どもと一緒に平和の旅に参加した母親は、今年「救護」として参加し、猛暑のなか広島市内の市中行進で子どもたち全員がゴールできたことへの感動とともに子どもが持つ力の大きさを改めて感じたとのべた。「子どもを戦争に送り出す母親にはなりたくない。平和を願う母親の一人です」と思いをのべ、子どもたちとともに平和を伝えていきたいと語った。
 専門学校に通う19歳の青年は、小学校6年生のときから9年間、広島に学ぶ平和の旅に参加し、現在はスタッフとして参加していることを語った。子どもたちが失敗したり、指導された後は2度と同じことをいわれないように頑張る姿を見て、「自分の行動に責任を感じているからだと思う。自分のとる行動が、まわりにどんな影響を与えるのか自覚することはこの先、何をするにも必要になってくる」と平和の旅でリーダーとして鍛えられた経験をふり返った。平和の旅で出会った被爆者、一緒にスタッフを担った看護師から学んだことを糧にして、平和な未来を担えるよう頑張っていきたいと生気はつらつとのべた。
 つづいて広島、下関の被爆者が発言。「今日は原爆で亡くなった弟の命日だ。今世の中が騒々しくなっているが、2度と親や兄弟を失うような経験を絶対にさせたくない。語り部になって8年になるが、これからも日本をよくしていくために命ある限り頑張りたい」(広島・上田満子氏)、「先日の下関市役所の原爆と戦争展で、大阪の先生が初めて見たといって驚き、帰ってからも子どもに伝えたいと戦争への関心が高まっている。私たちも少しでも役に立つために頑張りたい」(下関・河野睦氏)、「長崎で6歳のときに被爆した。体験を語ると子どもたちが真剣に聞いてくれる。子どもたちに役立つようにこれからも頑張っていきたい」(下関・平野兵一氏)と子どもたちへの期待を込めて語った。
 下関市のPTA関係者は、国会で安保法制を強行採決しようとしているなかで、「教え子を再び戦場に送らない」教育運動が広がっていくことへの期待をのべ、そのために父母と教師が協力しあっていきたいと語った。そのうえで、下関で11月7日におこなわれる劇団はぐるま座の『礒永秀雄の詩と童話』公演に一人でも多くの子どもたちが参加できるようにとりくみを発展させたいと、参加者に協力を呼びかけた。
 ここで現職教師と退職教師が舞台に登壇し1958年につくられた「子どもを守るうた」を合唱。
 教え子を戦場に送った痛恨の経験をへて立ち上がる教師たちの決意を歌った内容は、現在の状況とぴったりと重なり、涙を流す参加者の姿もあった。

 切実さ増す父母の意識 白熱した参加者発言

 集会の後半では、「教え子を再び戦場に送らない」決意を込めて3人の教師が発言し、それに呼応して母親や若い教師が次次と発言した。
 防府市の小学校教師は、かつて教え子を戦場に送った退職教師が、終戦後も教師を続けていくべきか悩んだ末に、戦争で殺された教え子のためにも二度と戦争をさせない教師として生きていく道を選びたたかってきた生き様と、今被爆者が「子や孫たちに2度と同じ経験をさせない」と体験を語る姿を重ね、「その決意を背骨として生きてこられた先生方の思いを今こそ私たちが引き継がなければならない」とのべた。
 そのうえで、社会問題化しているいじめや暴力、「友だちをバカにする教育」が戦争につながる教育であることを同僚教師が真剣に受けとめており、「“教え子を戦場に送らない”はすべての教師のスローガンだ」と確信したとのべた。
 国語の「一つの花」の教材を通じて親からも、「今は危険な気がする」「子どもを戦争にやりたくない」といった切実な意見が寄せられており、「教師は学校の側からではなく、親たちの願いの側に立って教育していくことが大事だ。また後悔することは許されない。ともに歩む教師の仲間と一緒に頑張りたい」とのべた。
 長門市の小学校教師は、この春高校を卒業した教え子が自衛隊に入隊し市長に激励されている様子をテレビで見て「まるで日の丸を振って万歳を叫んで送られたような光景だった」と衝撃をこめて語った。「まさか教え子が戦場に行く時代になるとは思っていなかった。かつて教師は“お国のため”に自ら子どもを戦場に送ったが、今は子どもをバラバラにして“中立論”を掲げて何も語らず戦争に送ることになる。今こそ“教え子を戦場に送らない”が教師の最大の課題だ」とのべ、覚悟を持って真実を教える教育を堂々とやっていきたいと語った。
 宇部市の小学校教師は、教師集団が結束して5、6年生170人全員で鉄棒逆上がりの全員達成をめざしており、1学期末の懇談会で父母たちから強い支持があり、平和の旅にも積極的に送り出すなど意識の変化があると語った。
 「今の情勢を見ていたら徴兵制になりそうだ」「被爆者の貴重なお話をしっかり聞いてきなさい」といい、体験を聞いた子どもは「僕はゲームやマンガで戦争はかっこいいと思っていたが、被爆者の話を聞いて戦争は絶対にしてはいけない、最低のものだとわかった」と感想を残したことも紹介した。
 会場からは集会の感想も含めて次のような意見が出された。
 「広島にいって子どもたちが“戦争反対!”を訴えた話を聞き、自分が何ができるかと考えた。諦めずに人のために頑張る子どもを育てたい。私たちも楽な方や強い人の意見に流されたりしがちだ。例えば現在の安倍政権に対して何も考えずに流されていたらどうなるのか、その後起こることはとんでもないことだと思う。ここで小学校教師として私たちが頑張っていかないといけない。教師自身も個人主義でなく集団主義でやっていかないといけない。教師が手を携えて子どもたち自身が考えて行動していけるような教育をしていきたい」(長門市・小学校教師)、「今日はじめて参加し、“子どもを戦場に送らない”ために何ができるか考えた。子どもたちのなかには自分のために人を平気で傷つける行為などを目の当たりにすることもある。6年を担任しているが修学旅行もあるので具体的に実践していきたい」(宇部市・小学校教師)、「私たちが小学校のときは毎年、体育館で“はだしのゲン”を見て、中学校では“ひめゆりの塔”を見た。今の教科書には戦争当時の写真もあまり載っておらず、教育現場で戦争がどんなものか教えていただきたい。今日あるかぽーとに3隻の自衛艦が停泊している。わが子が見学に行ったら自衛隊の広報官の方が家にまで来られた。“まるで赤紙がきたみたいだ”と家族で話題になったが私は“わが子が死んで帰るかもしれないのに送り出す覚悟はありません”と言った。自衛のための武器がいつ侵略や戦争のために使われるかわからなくなっている。教え子を戦場に送らないという先生たちの教育に期待している」(下関・母親)とのべた。
 集会は「教え子を戦場に送らない」ために、父母と教師が団結し、戦争体験者や被爆者に学んで戦争を阻止する教育を発展させるための大交流となり閉会した。

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