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子供を産み育てられる社会に
少子化もたらす過酷な搾取
               夫婦2馬力でも足りぬ収入    2014年5月28日付

 「少子化によって2060年には人口が8674万人、高齢化率39・9%の社会が到来する」(国立社会保障・人口問題研究所)「2010年からの30年間で子どもを産む20〜39歳の女性人口が5割減る自治体が896(全国1800市区町村のうち49・8%)にも及ぶ」(有識者団体・日本創成会議)等等、生命の再生産すらできない社会になっていることが頻繁にとり上げられ、急激な人口減少を危惧する声が高まっている。「子は宝」といってきたが、今や1〜2人産んで育てることすら困難な状況に現役世代が置かれ、夫婦2馬力で働いてもとても満足な収入を得ることができない。保育体制などもカネばかりかかって、女性労働力を駆り出す割には社会的に支える仕組みが乏しいことが大きな問題になっている。
 
 未来摘み取る貧困政治の産物

 下関市内のある保育園は、〇歳児を積極的に受け入れていることが母親たちのなかで評判になり、遠方から入園してくる幼い園児が後を絶たない。育児休暇を延延ととれるほど雇用環境は悠長ではないため、出産を終えてしばらくすると多くの母親たちは職場に戻っていく。しかし〇歳児になると保育士の手がかかることから受け入れ先が乏しい。預かってもらえる保育園が“駆け込み寺”のように有り難い存在になっている。朝が早い親になると、6時過ぎには子どもを保育園に預けに来るため、冬場は5時30分に園長が出てきて、室内を暖めて待機しているという。夕方のお迎えも6時30分過ぎにやってくる親たちが多い。母親が残業になったりすると作業着姿の父親が迎えに来ることもある。地元の園児よりも、離れた土地から通勤途中に預けていく親たちが多いのも特徴だ。
 4歳と2歳になる子どもを育てている30代の夫婦は、昨年まで介護関連の職場に勤めている夫の収入だけで家計を回してきた。土日も休みなく働いているものの、手取りで11万円。これに児童手当として2人合わせて月3万円(3歳以降は1人1万円)が支給され、かつがつやりくりしていた。派遣の身で医療事務をしていた夫人は、出産を機に職場を辞めなければならなくなり、いざ保育園に預けて働こうと思うと、今度は再就職先がなかなか見つからず身動きがつかない状況になってしまった。保育料の高額さにも驚いた。〇歳児なら毎月3万円以上もの保育料が請求されるからだ。3歳児になるといくらか安くなり、2人目は半額になるということでようやく入園がかない、医療事務の仕事にも復帰することができた。それでも毎月の保育料を捻出するのはたいへんだ。
 「2月、6月、10月に入る児童手当でなんとか家計が回っている。熱を出したり怪我をするとその都度保育園の先生から電話がかかってくる。できるなら家に連れて帰って見てやりたいけど、頻繁に仕事を抜けることもできない。いつも母に迎えに行ってもらってしのいでいる」と夫人は話していた。医療事務の仕事に復帰するさい、面接で「子持ちですか?」「お子さんは何歳ですか?」と問われ、正直に2人の子持ちであることを話し、それでも仕事はきっちりやる旨を一生懸命訴えた。「子持ち」というだけで振るい落とされることは、母親たちみんなが経験していることだ。職場に穴を開けるとみなに迷惑がかかるだけでなく、せっかく見つけた仕事を失いかねないため、母親の助けをかりて何とか子育てできている状況なのだといった。
 仕事を終えて保育園に迎えに行き、家に帰ると、暴れる子どもたちを気にしながら夕食をつくって食べさせ、洗濯も同時進行。風呂の準備もして2人をまとめて入れ、寝させるまで息つく暇も無い。自分の身体もゆっくり洗えない。兄弟が喧嘩して泣き始めると、ついつい大きな声を出して叱ってしまい、「こっちが泣きたくなる」と思うこともある。朝も喧騒に包まれる。朝食をつくってしまうまでは「寝た子を起こさないように」気をつけないと、たちまち子どもたちに手がとられて何も進まない。トイレに行かせて着替えさせ、朝食を食べさせて家を出るまで戦争のような状態だ。育児ノイローゼで暴発する母親の気持ちは痛いほどよくわかる。しかし産んだ以上は「大変だ…」といって負けたくないし、子どもの笑顔を見ると元気が出てくる。
 別の30代の夫婦も、子どもが産まれてから母親がパートを辞めざるを得なくなり、製造現場で働いている夫の収入13万〜15万円とパート代7万円を合わせて20万〜22万円あった収入がいっきに減り、弱り果てた。夫婦共働きでかつがつだった家計収入がたちまち目減りして苦労した。今時、産休や育休がとれるのは銀行や市役所くらいで、“育メン”などどこの脳天気がいっているのか? と思うような状況だ。
 1歳の男の子を抱えている20代の母親は、離婚して下関に戻り、祖父といっしょに暮らし始めた。上の子も引きとりたいが金銭的に苦しいためかなわず、かといって唯一引きとって帰ってきた子の保育料として示された金額は5万円。母子2人暮らしなら減額査定になるが、祖父の年金等が家計収入として計算されたため、言葉を失うような金額に跳ねあがった。これではパートで稼いでも収入はみな保育料に消えていく。
 子どもを産んでゆっくりしているような経済的な余裕がなく、かといって預ける場所もない。いざ預けると保育料金が高額で、収入はみな手元から消えていく。母体保護などうたってきた制度も名ばかりになり、働かなければ家庭が崩壊してしまうほど、母親たちが社会的に労働力として駆り出されている実情がある。夫の1馬力で食べていける時代ではなくなり、「専業主婦」が少なくなっているのも特徴になっている。
 今年に入って年子の2人目を産んだ30代の婦人は、妊娠して病院に行ったさい、医師から遠回しに中絶を進められた。悩んだ末に出産することを決意して医師に伝えると、年子でたいへんな思いをする親たちを幾人も見てきて心配していたことを聞かされ、それでも頑張るならと共に出産まで応援してもらった。産んだ場合に、仕事との両立で周囲に助けを求められるような環境なのか、細かく医師は尋ね、最後は本人たちの覚悟を見ての対応となった。いざというときに頼りになる周囲や家族がいない場合、個別家庭だけで困難さを抱え込んだあげくに破綻して、育児放棄など悲劇につながるケースが少なくないからだ。出産や生命の誕生は喜ばしいはずなのに、手放しで喜べない。「少子化」が叫ばれながら、子育てする環境は悪化するばかりで、中絶する親も多いことが産婦人科医師たちのなかでは語られている。
 小学校や中学校では母子家庭や父子家庭が増え、クラスの半数を占めるような状況も決して珍しくない。共働きもあたりまえで、PTA役員を決めるにも「仕事が忙しいので…」とみなが断る状況が普遍的だ。
 小学校1年生の子どもを抱える母親は、ヘルパーの仕事をしている。夜でも電話がかかれば駆けつけなければならず、子どもといっしょにご飯を食べる時間もない。子どもたちが眠った後、夜中のスーパーに働きに行く母親もいる。2〜3つのパートを掛け持ちしている親たちも多い。小学1年生の妹と2年生の兄を男手一つで育てている父親は、妹のクラスが学級閉鎖になったさいに、1人で家に置いておくこともできず、兄もいっしょに休ませたことを語っていた。インフルエンザでも広まれば学童保育でも預かってもらえないため、親たちが電話をかけあって引き受けられる家庭を探したり、助けあいながら乗り切るケースもある。夏休みの学童保育は、親が働いて居場所がない子どもたちがたくさんいる。
 ある小学校では、家に帰っても誰もいないため、夕方の六時過ぎまで校庭で遊んでいる子どもたちがいる。いつもボンカレーが入った袋をぶら下げていることから、帰ってそれを温めて食べているのだろうと教師のなかで話題にされている。食生活がレトルト食品やスーパーの総菜などに偏っている場合、身体が弱い子が多いことや、そんな子ほど病院に行けない厳しい経済環境に置かれていることが語られている。子どもたちもそうした家庭環境のなかで親に心配をかけまいと頑張っているが、愛情に飢え、かまってもらえずに暴れる子もいる。

 高まる社会化要求 転換迫られる社会運営

  アベノミクスで有頂天になった次は「ウーマノミクス!」「女性が輝ける社会に!」といって安倍政府が女性労働力の活用を叫んでいる。しかし、いわれなくても既に多くの女性たちが働いている。父ちゃんだけ働いても食べていけないから、母ちゃんもかけずり回り、少子化がますます酷い社会になっている。いずれ8000万人まで日本社会は人口減少に見舞われるといわれ、いかに子どもを産み育てにくい社会になっているかを示している。
 深刻な労働力不足が問題になるなかで、ならば「外国人労働者を引っ張ってくればよい」といって低賃金労働に拍車をかけ、女性が働ける職場といってもせいぜい派遣やパートなど六万〜七万円の仕事ばかりである。さらに、自治体は保育行政を投げ捨て、民営化によって企業参入を促し、ますますカネがなければ預けることすらできない方向に向かっている。ベビーシッター事件のような出来事も、働く母親たちからすれば決して他人事ではなく、「母親一人の責任か?」という思いはうっ積している。
 戦争をするさいにあれほど「産めよ増やせよ!」と号令をかけていたのが、戦後69年たってみたら子どもを産めない社会、まるで出産制限でもかかったような社会になった。一人っ子政策をしなくても出生率は1・4で、出産年齢も20代から30代、40代へと上昇している。
 少子化になるのは賃金が不当に安く、耐えがたい貧乏の状態にあるからで、誰しも経済的な余裕があるならすきなだけ産めるにこしたことはない。子どもが多い方が、国としても働き手を確保でき、国力が富むことはわかりきっている。問題はそれができない状態になっていることである。「労働力が足りなければ外国人を」というまでに政治が堕落し、国の未来よりも企業利益を優先した結果、日本社会は先進国のなかでも突出した衰退状況となった。
 子どもが自由に産め、それを豊かに育てることができる社会こそ求められている。そのためにカネのかかりすぎる学校教育や保育行政を抜本的に見直し、医療費や保育料、給食費にせよ親たちの負担を軽くして育児支援を充実させることが求められている。幼児にせよ学童にせよ、現在ほど共働きで親たちが社会参加しているなかで、その保育や受け入れを個別家庭の自己責任に委ねて家庭崩壊や一家離散を野放しにするのではなく、社会化することも待ったなしである。
 そうした社会運営のために必要な経費は、労働力を好きなだけ食い物にしている大企業から法人税として納めさせ、彼らが社会的責任を負うこと、政府というものが社会を維持するために機能することは当然である。日本社会の食いつぶしが政治、経済など全分野にわたって進められるなかで、国の未来を担う子どもの誕生までが抑制され、終いには老人ばかりになって「介護が大変」と大騒ぎしている。老人に支給するはずだった年金もみな食い物にして、金融市場で溶かしてしまう始末である。まともな社会運営への転換が迫られている。


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