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   <狙撃兵>   小泉の小泉による選挙か          2005年8月23日付

 衆議院選挙は奇妙キテレツなことになっている。不信任を食らって行きづまった小泉が、いつのまにか「正義と力」を代表しているかのような顔をしている。テレビや大新聞がまつり上げているのである。そして、弁の立つ女官僚や女学者、さらに裏ワザの金もうけ名人ホリエモンなど、新型人間の落下傘候補をつぎつぎに決めて「自民党改革」だといきまいている。
 小泉や安倍も3代目であるが、代議士業も早くから徳川時代にバックして「大名の子は大名」という時代になってきた。それにしても今度、まるきり地元に縁のないものが雲の上で決まって当選するのであれば、選挙のような面倒くさいことはしなくてもよいということになる。このような「選挙のない時代」というのは、近代資本主義社会以前にもどったということになる。これを「時代の流れ」「進歩」のようにいうのであるから、進歩という言葉は野蛮という意味に「改革」されたわけである。
 国会の方も、総理大臣を決めるのは国会であるのに、小泉ごときにすっかりなめられてしまって、「議会制民主主義」というのは独裁という意味に「改革」されていることを教えた。小泉に脅されたら、エライさん顔をしてきた高村や古賀などもすぐにしっぽを巻き、コワモテを売り物にした亀井や綿貫なども泣きべそをかくというわけで、国会もなにをしているところかわからない。
 だれがどう見ても、小泉本人が頭が切れて力をもっているとは思ってはいない。直接には大新聞やテレビが「世論の力」という格好で小泉をヤンヤともちあげ、そのうしろでブッシュ政府の高官どもが「小泉が勝利することが望ましい」といらぬ口ばしを入れ、アメリカやイギリスの大新聞が「まれに見る行動的な指導力」などという調子ではやしたて、さらに日本の国民経済を売り飛ばすことでアメリカに認められて商売をしている経団連の親玉どもが支持するからである。
 「下関を食い荒らすばかりで世話をしない安倍晋三氏が総理候補というのでは、日本国民はどうなるだろうか」というのが下関の人間の心配である。この安倍氏が、訪米してブッシュ政府の高官連中がもてはやしたら、とたんに鼻息が荒くなった。日本の総理大臣は、国会が決めているのではなくてアメリカが決めており、アメリカの植民地総督だったというのではたまったものではない。
 小泉は「小泉の小泉による小泉のための選挙」のように思いこんでいるようだが、投票するのは国民である。選挙はこの空中に舞い上がった勘違い連中を青ざめさせる絶好の機会となる。
                                            那須三八郎

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