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国策で町つぶされた上関
町の合併・解散で責任逃れ
              全国の地方生活破壊を象徴    2006年6月14日付
 
 中国電力の上関原発計画は、1982年に持ちあがってから24年になる。戦後61年のなかの3分の1以上の期間、原発騒動による「内戦」で、町民はいいしれない困難を強いられてきた。その間に、人口は激減し町は廃村の道をたどる結果となった。中電という大企業が乗り込んで町を乗っ取ってしまい、それを国、県が国策といって推進した。そして今や、農協や漁協に続いて、町そのものを合併でなくしてしまおうとしている。「お国のために」といわれたとき人人は命を取られた経験がある。原発という国策のために、上関がどうなったかは、上関町民だけの問題ではなく、市町村合併その他の国策にさらされている全国各地を象徴する問題となっている。上関町では、24年という町民の人生をもてあそんだものへの深い憤りがわき上がっている。来年秋には、7度目の町長選を迎えることになるが、このまま黙って引き下がってよいかの思いが町民のなかで充満するものとなっている。

  人口は半減、米軍配備の危険も
 上関町内では、「原発の“ゲ”の字も出なくなった」「町民は無駄なことで人生を棒に振ったようなものだ」「いい加減に終わりにして町をなんとかしなければ」と口口に語られる。
 人口は、24年前の6900人から3700人台に半減し、老人ばかりの町となった。町長も議会も、賛成と「反対」だけを唱えて、町民の生活とか町の発展などはそっちのけで自分の損得にしか関心がない。上関は中電の占領状態におかれ、衰退は目を覆うばかりとなっている。一般の町民はもちろん、かつて熱心に推進していた商工業者などが、20年をふり返りながら深い憤りを語り合っている。
 中電の側は、昨年4月から国への原子炉設置許可申請に必要な詳細調査を始めた。4月末から、詳細調査が来年春までには終わって、「2009(平成21)年には着工できる」「来年には補償金の残り半額が入るかもしれない」などと推進派の会合で吹いている。「来年早くには二井知事の公有水面埋め立て許可がおりる」と、はやばやと補償金の使い道を考える漁業者もなかにはいる。今まで何十回と経験してきた「馬の鼻先のニンジン」で、すぐに落胆するというパターンである。
 一方で、20数年にわたり原発反対を貫いてきた祝島住民のなかでは、二井県政の側が仕掛けた漁業権放棄につながる漁協合併をするなどの複雑な事情を抱えながら、田浦に仮桟橋を設置する作業を、4月末から阻止し続けている。それは婦人たちを中心として、「中電ごときに屈服はしない」という意志が固いものであり、単純にシャンシャンでおさめることができない力を示している。
 この詳細調査の現状は、全調査計画の10分の1程しか作業が終了していない。四代の推進派住民のなかでは、中電はのらりくらりでやる気がないと語られている。中電としては、20数年のあいだに数百億円の金を使って、撤退するとなると幹部の責任問題になるという事情はあるが、それ以上に電力自由化のなかで新設原発などといっておれない企業としての事情がある。広島あたりでも、数年前から中電は、県庁や市役所などの大口の顧客を丸紅などに奪われて、足元に火がついているのだ。
 また、米軍再編によって岩国基地が軍港つきの空母艦載機常駐の巨大基地として増強されようとしている。そこから数十`しか離れてない上関に原発をつくることは、格好の標的となり、国土壊滅の危険をもつこととなる。米軍の側の事情からしても、増強した岩国基地が瞬時に廃虚になるというのでは、世界戦略にひびくことになる。もしつくるなら、迎撃ミサイルを配備するとか、海域の航行禁止や住民の立ち入り禁止など、米軍基地並みの厳戒態勢をとらなければならず、自衛隊だけではなく米軍が常駐する必要すら出てくる。
  
 責任追及させぬ県 町解散したうえ漁協・商工会も潰す
 現在二井県政は、3年後の2009年までと期限を区切って第2次合併構想を動かしている。このなかで上関を合併・解散させる計画を進めている。原発という国策を抱えているからといっても予算の特段の配分などというものはなく、財政で成り立たなくさせてギブアップさせるという手口である。これは市町村合併計画の当初「原発交付金は上関町だけに出す特例を」といった片山町長が切り捨てられて以来、国、二井県政としては一貫してすすめてきたものである。これは上関町の切り捨てであり、上関からの撤退という難しい問題を、いかに責任を回避して上手に達成するかが最大の焦点になっていることを示している。
 想定される合併は、対応する平生町や柳井市の側から見れば、厄介者を抱え込まされるというもので、無惨な吸収合併になることが予想されている。
 上関町の合併・解散は、原発計画で20数年、戦後61年のうちの半分近く、町民の人生の大半を原発騒動でもてあそんだあげくに、切って捨てるということである。しかも、中電も国や県も、町を混乱させ破壊した責任を回避する形で、「原発計画は町の誘致によるもの」で、「合併を選択したのも町の側の自己責任」という格好で、上手に逃げるという作戦以外のなにものでもない。
 中電は、片山町長の推進勢力を失脚させる一方で、「中電に協力金は求めない」と誓うものを町長にし、議員にしてきた。「中電や国、県の責任追及をしない」というのが、中電が認める町長、議員の資格となってきた。こうして、町民がどうなろうと自分がポストに就いただけで幸せいっぱいという、「中電チルドレン議員」をつくってきた。
 町内漁協もまた二井県政がすすめる漁協合併に合意した。原発が続く限り補償金問題が絡むが、なんのもめ事もなく放棄した。これも中電への責任追及の放棄という態勢にすることが重要な特徴である。原発計画で当初もっとも意欲的に騒動したのは商工会であった。この商工会も壊滅に近い状態で、合併解散の話が進んでいる。
 このようななかで、上関町民のなかでは、原発計画が持ち上がって以後もてあそばれた二十数年を振り返って、深い憤りがまき起こっている。周辺市町でも、上関の現状と行く末に深い同情が語られている。国策で、国が乗り込んだ結果町はつぶれてしまったのである。今やどこの市町村も、市町村合併という国策でさんざんな目にあっているが、上関の現状はその象徴的な存在となっている。
 
  町潰してきた中電 町民縛り原発推進
 中国電力の上関原発計画は、町民が持ち出した計画ではない。中電という大企業が乗り込み、国策として国、県が権力を使い、自民党や商業マスコミ、警察、右翼暴力団まで使って、買収や脅迫、陰謀などありとあらゆる手口を使って町民を縛りつけ、推進してきたものであった。
 平井県政とそれにつづく二井県政は、栽培漁業センターとか漁港整備などの予算を出したり、町予算をばらまいたりする一方、裏で反対派幹部を取り込んで、立地海域の漁業権放棄を意味する単独漁業権への書き換えを承認させるなどして、決定的な推進役を果たしてきた。
 中電は上関事務所に数十人の職員を配置し、町民一人一人の個人情報を収集して、就職の斡旋や仕事の斡旋、飲み食いの金ばらまき、タクシーチケットの配分、そして仕事先、取引先、親類縁者の側まで手を回した脅迫など、諜報謀略活動をもやって、意のままになる町長や議員をはじめ町の幹部連中をつくってきた。中電は戦後の占領軍と同じであり、中電事務所はまさに戦後のGHQと同じだといわれるゆえんである。
 上関町のさんざんな現状は、町民がつくったものではなく、中電が国、県をバックにして強権的な力でつくったのである。
 町民のなかでもっとも語られているのは、人間関係の分断。古くからの人情深い町民同士が推進派、反対派に2分していがみあい、親兄弟まで引き裂かれ、疑心暗鬼となり、自由にものもいえない関係が20年以上も続いてきたことである。耐えられず、町外に移り住んだ人の話も多い。町民同士のあいだにくさびが打たれた絆は、簡単に回復することができないと心を痛めている。
 「若者の住みよい町」のキャッチフレーズとは裏腹に、自由な発想をもった若者はつぶされて、若い人材はいなくなった。町長、町議会をはじめ、「長」がつく各界のリーダーは老人ばかりが大半を占める。「町のことを考えるリーダーがつぶされ、自分の損得しか考えないものがリーダーポストを占領した」と語られる。当初40代だった中堅は、いまや60代、70代の老人になった。それは取り返しがつかない損害である。子どものいる家庭は、暮らしにくいことから町外に出ていく。卒業しても町内に戻る子どもは少ない。また、老人は増えるのに、肩身の狭い思いをして生活をしてきた。

  意図的な漁業破壊 鉄工・造船・商店も衰退
 上関の中心産業は漁業だが、漁協は中電支配の原発推進の道具となってしまって、漁民の協同組合としての機能が取り上げられてきた。魚価をあげるための共同での集荷と出荷、加工の整備、ブランド造りなどの努力などはないがしろにされた。油代は県内でも有数の高さで、信漁連のつけ回しのピンハネは県下最高の状態。長い海岸線を利用すれば開発の余地があるものを、漁場管理は乱れたままとなった。また、漁業の町でありながら、町民が魚を買うところがないなど、共同事業は極端に遅れてきた。漁業が全国的に厳しい状況にあるなかで、上関の漁民はそれ以上の困難を強いられてきた。この20数年、漁業の共同事業をまともに取り組んでいたならば、まったく様相は違ったものになっていた。
 魚価は安く、漁獲も減るなかで、漁師は漁種別、地区別にバラバラのままで、一致団結の関係が破壊されてきたが、そのまま漁協は合併で解散し、ただの支店にしてしまった。
 農協は漁協より先に解散した。戦後は綺麗に整備されていた山は荒れ放題となって、猿やタヌキや竹が人間よりも威張るようになった。漁業に依存して発展してきた鉄工や造船、商店も衰退してきた。
 最近、上関の神崎元町議が酒屋を廃業したが、高齢化もあって商店が次次に姿を消し、町民は買い物に困る状態となっている。とくに車がない年寄りは生鮮食料品などが買いにくく、食いものにも困っている人人が増える有様である。こうして、ますます人が住みにくい町となっている。
 道路、交通の便も、周防大島町など他町村と比べて極端に遅れている。町内に安心して通える病院や介護施設もないため、「救急車で柳井に運ばれるあいだに死んでしまう」と語られるまでになった。農道なども整備されていれば、若者が農業で食べていける可能性もあった。今でも、年寄りは背負子をおって山に通っている。
 このような事業は、原発計画がないところではどこでも進んできたものであった。上関では、原発計画があり、国や県が力を入れていたばかりに、町民の役に立つ事業は放置されてきた。歴代町政は、室津の埋め立てや、30億円もかけた小学校、城山公園など、利権の役立つ大型事業に大金を投じて、財政をパンクさせた。
 以上のように、合併した他の町と比べても、それまでの基盤整備など20数年遅れさせたまま切って捨てられるわけであるから、原発を持ち込んだ中電と国、県の犯罪はきわめて大きい。
 室津の古老の1人は、「小泉強権政治というものが、最近では化けの皮がはがれてきたが、上関は、それが20何年も続いてきた結果なんだ」と語っていた。上関町をモデルケースにして市町村合併などの小泉強権政治がやられてきたのである。

 日本潰す政治との対決 全国の市町村も注目
 上関町の現状は他の市町村の大きな注目を受けている。「上関はデタラメだ」といっているあいだに、県内の市町村が合併で解散されて、上関町と同じような切り捨て状態になってしまっているのである。
 上関町では、来年秋に町長選挙がある。上関町内で、上関を崩壊させてきた中電と国、県の責任を追及し、全町の団結を回復し、再建を進めるという局面の転換が、切実に求められている。それは、農漁業生産を基盤とする地方生活を破壊し、市町村合併をはじめとする県民生活を切り捨てる小泉改革、二井反動県政に反対して県民生活を守る、全県民の要求と共有するものとなっている。とりわけ岩国基地を増強し、アメリカのアジアにおける原子戦争の前線基地に日本をするという、日本をつぶす売国政治に反対する課題として全県、全国が上関町民に連携している。

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