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国策とたたかう先進地・上関町
本紙記者座談会 上関原発巡る情勢
                戦争標的と無人島化阻止     2007年3月12日付

 中国電力の上関原発計画は、1982年の公表から25年目を迎えた。今年は、4月に県議会議員選挙があり、参議院選をへて10月には町長選がおこなわれる。町内では幹部層のなかの「推進派」も「反対派」も、派と名のつく勢力はすっかり瓦解状況にある。町民の世論は大きく変化しており、25年の押さえをつき破る様相も強まっている。上関原発計画を巡る情勢はどうなっているか、最終決着をつけるための方向性、などについて記者座談会をもって論議してみた。

 県議選も国策と対決 熊毛郡区は吉井氏倒すかが焦点
 司会 まず、当面の焦点となっている県議選の動きはどうだろうか。
  県議選は3月30日告示、4月8日に投開票の予定だ。熊毛郡区には、推進派の柱となってきた自民党県連副会長の吉井利行県議と、「反対派」看板の小中進県議の2人が立候補を表明している。今回は、市町村合併で大和町と熊毛町が選挙区から抜け、2人だった定数は1に減った。そこにこの2人が争っている。吉井氏が負ければ、この地域の推進派県議はいなくなる。
  吉井陣営ははじめ「かなりあせって動きだした」と話されていた。ただでさえ、小中氏に3800票近く差をつけ1人勝ちだった熊毛・大和が選挙区から抜けた。その上、この地域では「原発反対」が強いし、この間の農漁業と地方生活切り捨て、地方予算切り捨て・合併推進という国策に対する住民の怒りは強い。上関町内で吉井氏は1軒ずつ個別訪問をはじめて、町民のほうが「お山の大将だった人がめずらしい」とかいって、びっくりしている。案内役は、選挙違反で町長を辞めた加納簾香氏などがつとめていて、町内推進派も人材枯渇の観を呈している。
  中電も3月から本格的に動きだしたといわれている。吉井氏を意地でも当選させるというので、上関町内だけでなく、平生町などにも範囲を広げている。平生では、親戚とか友人までたどって「吉井を頼む」といってくるとみんなが驚いている。上関では毎度おなじみの中電事務所の個人情報フル活用の脅しすかしという中電選挙だ。中電の事務所も近年能力低下で、退職した小池氏が天下り先から「バックアップにもどってきた」という話もある。
  一方の「反対派」・小中氏の方もひと癖あって、住民が頭を悩ませるところがある。住民からは、「頭が高すぎる」とか「当選する気があるのだろうか」とかもいわれている。
  小中氏は前回選挙で田布施町議から、反原発1本で当選した。前回の上関町長選は、推進派の柏原氏と反対派の山戸貞夫氏の立候補となったが、町民からは「わざと負けて推進派候補を通すための候補」とも評価された。小中氏はこの「裏切り専門」として祝島でも信頼が乏しい山戸貞夫氏と親しい間柄だ。この辺のうさんくささを漂わせた「反対派」候補だ。
  上関町内では、山戸氏など「反対派」のインチキは知れ渡っているが、平生などでも「山戸と一緒の小中は信用できないのではないか」との話も広まって、住民はやりにくい面がある。
  今度の選挙で、平生の民主党・山田健一町長の側近たちが、吉井陣営のために奔走しているのも1つの特徴だ。これまでは、旧社会党出身だから「原発反対」という雰囲気を振りまいてきたが、町民からは「山田町長が、原発推進で動きはじめるのでないか」という声も上がっている。
  県議選はこれまでの上関町内の選挙のように、複雑な仕かけだ。「反対派」候補はいかがわしいが、住民が負けるわけにはいかない。こんな仕かけは上関では毎度のことだ。選挙は小中氏の人気投票ではない。中電と国策に対する住民のたたかいだ。とにかく、中電と国、自民党二井県政直結でこの地の原発推進の旗頭である吉井氏を倒すかどうかが大きな焦点だ。熊毛郡区から、推進派の県議がいなくなったとなればインパクトは大きい。中電の側は、吉井氏を落としたのではどうにもならない関係だ。

 大慌てとなる自民現職 県東部の選挙区も
  熊毛郡区だけでなく、県東部周辺の選挙区がどこもおもしろい。柳井市区では8年ぶりの選挙となったが、自民党現職の長谷川忠男県議が「あぶない」といわれている。古くから“ボス政治”を続けるから、支持基盤だった土建業者に嫌われて、県議会副議長といっても安泰じゃない。新人が飛び出して20年ぶりの選挙となった大島郡区も、自民党現職で県連3役の柳居俊学県議が大慌てをしている。光市区でも、河野博行県議が引退して息子が出てくるが、「親父の七光りで出馬して簡単に当選する時代でない」といわれている。
  上関周辺の原発がらみだった政治地図が、県議選の結果次第で激変しかねない。自民党県連の副会長とか県議会副議長とか、自民党の原発推進派がそろってやばい。これが、みな落選した日には、中電はアウトだ。必死になる中電の動きも説明がつく。
  光近辺でも、市町村合併させられた旧郡部の住民が頭に来ている。大和町の人は、「今まで自民党に入れてきた年寄りが、だまされたとみんな腹をたてている」といっていた。大畠町も柳井市にはなったが、合併したから単純に長谷川とはならない。
  どこでも国策反対ののろしがつながってきている。大島郡区も住民運動が噴いている基本は、市町村合併による切り捨てだ。それに、漁協合併が加わり高校統合問題があり岩国の基地拡張問題がある。熊毛郡区は合併取り残され組の上関、平生、田布施の原発選挙といった感じだが、これも国策だ。
  合併をしなかった平生は、財政的にものすごく締め上げられている。町として存在することが難しいぐらいだ。町議選でも、現職議員が半分逃げ出して、定数が減ったのに無投票になりかねないという惨憺たるものだ。町の崩壊に対する怒りはどこでも大きいが、それは、国、県に対する怒りだ。国策にいわれるまま、町がつぶれていいのかどうかだし、その1番の実行者が自民党の吉井県議という関係だ。県議選は、周辺住民とも連携した、国策との対決になっている。

 海山守り抜く町民 上関町内・街潰しへ怒り沸騰
 司会 10月に上関町長選も控えているが、上関町内の動きはどうだろうか。
  昨年2月に町議選があったが、24年たって町がつぶれてきたということが選挙前から深刻な論議になっていった。人口減少率が中国地方で1番の4%(過去5年間)で3700人になったということが話題になり、「原発がくれば繁栄する」のワンフレーズは相手にされなくなった。県と中電の側は町議選の前段に、祝島漁協の合併決議、室津の外村勉議員の寝返りなど、反対住民に崩しをかけて「推進圧勝」を狙ったが、枠外から立候補した田中氏の当選などで町民の反対する力が崩れるどころか、強くなっていることを証明した。
  最近では、中電は初めから“上関無人化計画”を狙っていたのではないかという論議が広がっている。色色いってきたが、現実に町はつぶれてしまったじゃないかと。長年反対でがんばってきたお婆さんたちは、今度の町長選は絶対に勝たないといけないという気合いが入っている。それに町内では、目の前だけ見ていては、何も解決しないという声が大きくなっている。
 米軍再編と激突している岩国の動きが注目されているし、本紙がやっている、第2次大戦のキャンペーンが深い反響を呼んでいる。年寄りが多いが、みんな戦争を体験しており、戦後の世の中のいい加減さに頭にきている。
  町民の政治的な視野がぐっと広がってきている。原発のはじめの頃は、「上関だけが特別に寂れていて、時代遅れの人間ばかり住んでいる町」というイメージ宣伝が相当やられてきた。ここまできて現実をみると、どこも一緒じゃないか、上関よりもっとひどい状態のところが多い。「上関は、原発で振り回されて可哀想」などといっていた他町村のほうが、合併で町ごとなくなってしまった。
  上関も年年寂れているのは事実だが、それ以上によその衰退ぶりはひどい。夕張の財政破綻が話題になったが、山口県内だけみても、集落が消滅したところがある。山口県内には、国のいう「限界集落」(65歳以上が、集落人口の5割を超えて、社会共同生活の困難な地域)が420あると数えられている。その3割近くは山の中まで合併した岩国地域に集中している。萩の山奥や阿東町、その他の農業地域も似たり寄ったりの状況だ。
 それと比べたら、上関町内の各集落ははるかに元気がある。「町衰退の象徴」といわれる八島でも、50人以上住んでいて限界集落まではいっていない。やはり海と山があるおかげだ。
  さすが縄文人、弥生人が住んだところだけはある。縄文の古くからずっと歴史があるのは住みやすいからだ。原始共同体時代の、腹が減ってやりきれない時代に、人が生活したところだ。海の幸、山の幸に恵まれて年寄りも暮らしやすいところだ。四代の地権者の年寄りが「敗戦後の苦しい時代に、海と山があったから立ち上がってこれた」、「だから死んでも土地は売らない」というのは、根拠がある。事実、戦後は1万数千人以上の町民が住んでいた。もうからないといっても、どんづまりの自給自足まで下がると、ひじょうに生命力がある。だから、海と山だけは守らなければならないという意識は強くなっている。

 国策は意図的な無人化 日本全国で共通
  むしろ今の上関の衰退は、わざとつくられてきたということだ。病院も保育所も学校も不便で、交通も救急車で運ばれる間にかえって死んでしまいそうな悪条件。以前の片山町長時代は金のばらまきで役に立たないものばかりつくっていたが、柏原町政というのは合併誘導、予算締め付けが特徴だ。兵糧攻めの無人島化政策が露骨になった。しかしそれは上関だけのことではなく、日本中が同じだ。
  八島でも、人口が50人を切れば渡船の補助を国が切るということが問題になっている。定期船がなくなれば、完全離島になってしまうが、これも廃村にしろという政策上の問題だ。先祖代代人が暮らしてきて、今後も生活しようと思っているのに、「便利が悪いところに住むのが悪い」といった調子の政治だ。
  一方で「無人島になどなるものか」の力もすごいものがあると思う。山口県の山間部の集落が崩壊しているが、上関の場合それと比べたら元気だ。それは原発計画が持ち込まれ、国策で中電が乗り込み、さんざんに締め上げてきたが、それとたたかってきた力がそうとうなものだということだ。祝島でもあれだけ条件が悪いもとで、500人は住んでいる。八島でも「絶対に離れんぞ」の声は強い。
  原発計画の1番最初の時期は、「過疎だ」「10年たてば廃村になる」と大騒ぎして、「だから原発だ」といっていた。しかし廃村にならずに25年たった。みんな頑張っているということだ。わざとでも人が住めなくなる政治がやられてきているが、負けていない。上関町民は、自信を持って良い。
  敗戦後、「海と山だけで立ち上がってきた」という話は、今また現実味を帯びてきた。都会にでた町民の子供達も、失業やワーキングプアで生活できない。田舎ではかつがつ生きていくにはいいが、子供を育てることができない。それが矛盾になっている。
  年寄りのなかには、田舎を守っておかないといけないという思いがある。農業や漁業をつぶした国は必ず滅びるという。だから海と山は守らなければならないという。今時、急に大儲けできる話はあるもんじゃない。上関だけでなく全国どこでも同じだ。しかし、農業や漁業をつぶすことはどんな国でもできないことだ。金をもらって売り飛ばしてしまえば何も残らないという話だ。原発ができれば、戻る場所もなくなって、「上関難民」になってしまう。

 戦争問題が論議に 「平和」の前提崩壊・国廃墟にする原発
 司会 町内では、戦争問題が論議になってきているが、どうだろうか。
  日本中みんな生活ができなくなって、戦争に向かって進んでいるという声は大きい。年寄りが、元気になって体験を語っているし、「岩国はたいしたものだ」と注目されている。中電とくらべたら米軍のほうが遙かに強い相手だが、それに真っ向勝負を挑んでいる。推進ゴリゴリの町民も、岩国には感心している。
  「ミサイルが飛んできてもいいのか」と長周が宣伝しはじめたときには「それはオーバー」という雰囲気があったが、いまではみんなそれを問題にしている。全国でテロ対策訓練などをやって、日本の国土が焼け野原になることを想定した避難訓練をしている。下関市でも、「市民保護計画」といって、ゲリラ上陸とかミサイル攻撃、核攻撃まで想定した対策をおおまじめにたてている。「原爆を投げつけられたらビニール合羽を着て逃げろ」などバカなことをいっている。上関も同じだ。わざわざ原発という標的をつくって戦争をやる国にする。柳井の中電LPGタンクとか周南の石油タンクとか日本中を爆発物だらけにして本土を戦場にした戦争をやるという。だいたい農産物も水産物も自給できないようにして戦争をやるという、こんなことはまともな為政者ではない。戦争時代に原発を推進するのは国賊だということだ。
  「上関町国民保護計画」はどうなっているんだろうか? どの自治体も3月か4月までにはまとめているはずだ。原発が標的になることは誰が考えても常識だ。守りようがないだろうが、ミサイル攻撃された時の町民の避難方法はどう計画するのだろうか。祝島でも、目の前をドカンとやられれば、四代より祝島のほうが、まっすぐ放射能をかぶる位置だ。四代、白井田、上関といっても逃げ場がないことは同じだ。漁師は金をもらって万歳どころの話ではない。
  原発をつくってどう上関町民の保護計画をつくるのか見物だ。実際に原発ができれば、原発は自衛隊が警備することになる。上関は軍が管理する町になる。東海村の臨界事故の時には、自衛隊が道路封鎖していた。東海村の住民を外に出さないようにしていた。放射能を担いで外にでれば、放射能をまき散らす。だから「あんたらだけがかぶっておきなさい」「そこでじっと死になさい」というやり方だった。上関で道路封鎖は、1本道だから室津あたりでやれば簡単なことだ。
  原発の問題というのは、環境破壊の問題があったり、安全問題とか、町の振興の問題とかあるが、最大に大きな問題は戦争問題だ。ミサイル1発で上関町はもちろん国土全体が廃墟になる。戦時中の空襲どころではない。だから岩国問題というのは町民にとって人ごとでは無い。岩国基地は、沖合拡張と艦載機部隊の移転でアジアでも有数の軍事基地になる。岩国基地を麻痺させようと思えば上関の原発を攻撃する方が簡単だ。
  国が戦争をしようかという時代に、補償金などといって浮かれてはおれない。原発計画が浮上した25年前の時期と、社会構造自体が変化している。当時原発を推進した町民の前提が崩れている。平和な社会だという信頼の上で、企業誘致すれば、町が発展するというものだった。国民保護計画をつくる時代になって、原発をつくるというのは冗談ではない。話が違うし、そんな推進ではなかった。
  上関で語られていることは、上関のことばかりではなくなっている。上関でやられていることは日本中でやられているし、日本がどうなっていくのかという問題が語られている。農漁業を潰す社会は潰れるじゃないか、戦争をやってどうするのか、戦争であんな苦しい目にあって、いい社会をつくろうとしてきたのにどうしてこんな社会になったのか、など真剣に論議される。日本全体が、もう1度、国を立て直す時期にきている。上関の原発25年は日本中の縮図のような体験だということだ。

 全国の流れ変える位置 国策に負けぬ先進地
  上関町の上の方にいる幹部は、全国1のアホ揃いかもしれないが、いくら潰そうとしても潰されない町民の方は全国の先進に位置している。政府や日本中の自治体が、アメリカの言いなりで、大企業天国にして、外資や大企業が好き勝手に働くものを搾り取り、行政を私物化して、若者も年寄りも生活できないようにしている。大企業が国策を掲げて乗り込んだらどんなことをやるか、上関は全国の先進地だ。それを押しとどめてきた、力を持ってきた地域ということになる。これを町長選でひっくり返したら、全国の流れを変えることになる。明治維新の時に上関と周辺地域は、倒幕戦争の拠点となったが、そんな雰囲気も漂う状況になっていると思う。
  町長選といっても、推進派もバッターがいないが、「反対派」もダメだ。裏切りばかりをやってきた祝島の山戸氏がのこのこ出てくるわけにはいかない。岩木議員といっても、似たり寄ったりの評価だ。町内の既存勢力は、白組も赤組も混ざってピンク組になってしまい「付けているワッペンが違うだけ」と町民に見られている。
  そこで林宮司のような人が町長選に出馬するなら町民は沸き立つ状況にある。
  気骨や気迫のある人物が必要とされている。そのためには、町民の中からの大衆的な運動が前提だ。相手は国策であり、 大企業の中電であり、それこそGHQばりの個人情報を使った金力、権力の攻撃だ。それと斗って打ち負かす力は全県、全国と団結した町民の大衆的な団結の力だ。これまでの町民のなかの推進派、反対派の枠を超えて、とくに商工業者や漁民という経済を担う町民が中心になって、年寄りの知恵と力を生かしながら、町民大団結をつくることだ。
 さらに原発とのたたかいは国策とのたたかいであり、合併などによる農漁業の破壊、地方生活の破壊とのたたかいであり、戦争、特に原水爆戦争を押しとどめるたたかいだ。それは上関だけの課題ではなく、全県、全国の勤労人民の共通課題だし、全町、全県、全国の団結がいる。
  県東部では、岩国でも熊毛でも大島郡も国策に対決して下からの決起が始まっている。25年がんばってきた上関は1目おかれているし、岩国や広島、大島につながっていけば大きな力になる。県議選から参議院選挙を経て町長選になる。全県、全国との団結を広げて町長選後から結集へ、町民の大論議をおこしていくということではないか。
  町内では町民に圧力を加える力は以前から比べたら段違いに弱まっている。漁協が最大の圧力機関だったが合併で弱くなった。商工会も町民を締め付ける力はない。議員は町民からはバカにされている。インチキ「反対派」を使った陰謀も使い古し状態だ。中電が前面に乗り出す羽目になるが、これも能力低下で退職者に頼むような有様だ。全体がバラバラ分解状況だから、町民が下から動き始めたら連動しやすくなっている。
  上関町は、戦後60年のうちおよそ半分の25年が原発できたが、世の中全体が狂ってきて、上関はその典型になっている。アメリカと大企業は好き勝手に国を使って横暴を極めているが、上関は大企業が乗り込んだ国策と対決してがんばり抜いてきた先進地だ。上関が力を示せば、全国的な亡国の国策の流れを変える力になる。

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