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行動始める学生・青年労働者
全国各地の原爆と戦争展で
              原水禁平和運動の新局面
      2008年6月6日付

 広島、長崎をはじめ全国各地で展開されている「原爆と戦争展」で、学生をはじめ若い世代が第2次世界大戦の真実を紹介するパネルに真剣に見入り、被爆者、戦争体験者の話を衝撃的に受け止め、「2度と戦争を起こさせないためには、行動しなければならない」と意欲を高め、原爆展運動に積極的に参加するようになっている。こうした若い世代の新鮮な反響が被爆者、戦争体験者が体験を語り継ぐ意欲と使命感を高める作用をおよぼしており、原水爆禁止・平和運動の新たな局面を生み出している。今年の八・六広島行動を支え、牽引する若若しい勢力が前面に登場することが期待される。

 広島・長崎で相つぎ協力者に
 広島では、「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会が主催して、各地で連続的に「原爆と戦争展」がくり広げられ、昨年来、青年労働者や学生など若い世代が真実を求め、行動を求めて参観し、被爆者と青年学生の交流会が開催されてきた。そのなかで、被爆者・戦争体験者と熱を込めて語りあい、アメリカに謝罪を求め、原水爆禁止、核基地撤去を求める署名に応じ、原爆展の活動に賛同・協力することを積極的に申し出ていることが特徴である。
 とくに、4月に開催された広島大学医学部や、現在開催中の広島修道大学での「原爆と戦争展」には、学生たちが「歴史の真実を学びたい」と、真理を探究する意欲を高めて熱心に参観している。学生たちはパネル展示を見て、「アメリカの原爆投下の目的や占領政策、敗戦と国民を死ぬにまかせた第2次世界大戦の惨状」について、とくに空襲の全国的な被害の状況や、戦死者の大半が飢えや病気で亡くなったことを「初めて知った」「日本人があれほど被害を受けていたとは知らなかった」と衝撃的に受け止めている。広島で生まれ育った学生の多くが「小さいときから平和教育を受けてきたがこんなことは学校では習わなかった」「知っているつもりだったが、知らないことが多い。もっと真実を知るようにしなければいけない」と反省的に受け止めている。
 学生たちのなかでは、祖父母から被爆や戦争の話を聞いてきたことを思い起こし、それを理性化して真実に迫ることができたことに確信を強めたことが語られている。彼らは「大衆の声、被爆者の声が歴史の事実だ」「パネルを見て自分たちの調べの浅いことを知った。なによりも一般庶民の率直な意見をもっと知るべきだと思った」と口口にのべている。また、「おじいさんから戦争の話を聞いていたが、自慢話にしか聞こえずいやだった。でも、原爆展を見てそうではないことに気づいた」(広島大学学生)と、みずからの認識を転換させたことを感慨深げに発言している。
 また、学生たちが「被爆者の生の体験に直接ふれて学びたい」と、被爆者の話に耳を傾ける機会を得たことを喜び、長時間にわたって真剣に耳を傾け、質問したり、意見をかわす状況が見られる。これも、もう1つの特徴である。そうして、第2次世界大戦と戦後の対米従属についての理解を深め、みずからの認識を急速に飛躍させている。ある学生は被爆者の体験に根ざした真実にふれて、戦後民主主義への幻想を振り払い、偏見を改めることができたことへの感謝の気持ちをあらわした。
 こうした生きた学習を通じて、米軍再編問題や現在の腐敗しきった政治、社会状況についての論議が広がり、「これからは自分たちが伝えていかないといけない」「体験者に学んだことをどのように生かしていくかが大切だ」と、8・6を頂点とする「原爆と戦争展」の賛同・協力者に相次ぎ名前を連ねているのである。
 長崎でも、6月に開催される原爆と戦争展のとりくみに、昨年会場を訪れた学生が参加し、「はじめて地元で身近に体験を聞けた」ことに感動し「被爆者があれほど真剣にやっているのに、のほほんとしているのはいけない」と発言。被爆者が「あんたたちがやらないといけない。頼みますよ」と歓迎している。

 岩国・沖縄や下関でも
 こうした状況は、岩国や沖縄で開催されてきた原爆展キャラバン隊の展示や下関のシーモールでの「原爆と戦争展」(下関原爆被害者の会主催)のなかでも共通して示された。
 岩国でのキャラバン隊の展示では、若い郵便労働者が真剣にパネルを見て「オレンジプラン(日露戦争後に策定された日本侵攻計画)などアメリカの戦略があった。もっと戦争の真実を知っていきたい」と冊子を購入したり、30代の男性が「マスコミに疑問を感じる。新聞では厚木か岩国かという対立関係としてしか描かれず、背後にあるアメリカの意図がかくされている」と憤激をまじえて語るなど、青年労働者の反応が顕著にあらわれた。
 沖縄県内でのキャラバン活動でも、日本の独立と平和をめざす運動方向について、高校生や現役世代との論議が活発におこなわれるなど、全国各地で「アメリカは日本をなめている」「日本はアメリカから独立すべきだ」という世論は若い世代のなかで圧倒していることが示された。全国空襲を指揮したルメイ将軍の残虐さとともに、ルメイに勲章を与えた戦後の日本支配層への怒りも共通して出されている。
 下関・シーモールでの原爆と戦争展では、外資系生命保険会社に勤める青年が「日本の生命保険会社がアメリカの資本に乗っとられ、従業員はきびしい競争にさらされている」とのべ、「戦時中も関係のない庶民が犠牲になった。いつも戦争する者は安泰なところにいて、関係のない国民が犠牲になる。アメリカは爆弾が飛んでこないところにいて、いつも他国を戦場にして、いい目を見ている」と憤激を込めて語っている。
 広島大学医学部では、学生や大学院生が「社会に役立とう」と資格をとって卒業しても、職につけないという切実な問題が後期高齢者医療で戦争を体験してきた人人を抹殺しようとしていることへの怒りと重ねて論議された。若い世代が日本の独立と平和を願い、行動を切実に求める背景には、アメリカのグローバリズムによる市場略奪が進むなかで、ワーキングプアとして非人間的な労働を強いられている状況からの解放を求める状況がある。また戦後一貫して、原爆を最大の武器にして抑圧し、日本を荒廃した植民地状況に追いやってきたアメリカが、ふたたび日本に原水爆の惨禍を強いようとする策動をうち破る方向を模索しているということを示すものである。
 こうしたなかで、被爆者、戦争体験者はみずからの体験を参観者に語る姿勢をいちだんと高め、原爆と戦争展のとりくみに力を注いでいる。
 青年たちは、政党政派・思想信条を超えて、私利私欲なく子どもたちや若い世代に体験を語り継ぐ被爆者、戦争体験者の気高い使命感と生き方にふれて、心を揺さぶられ、みずからの生き方を問い直している。そうした思想的な葛藤を通じて、体験者の体験と思いを継いでいけるような人間になること、そのような政治勢力の出現を切実に求めている。「高杉晋作は植民地支配をはね返した。現代こそ高杉晋作のような人物が必要だ」という意見が、各地で若い世代のなかから出されていることにも、そのような問題意識の高まりが示されている。

 自らの人生を問い直し
 広島で被爆者の体験に学んできた女子学生は、劇団はぐるま座の『動けば雷電の如く』の舞台稽古を見て、「自分の意志を曲げずに行動する姿、仲間にとても信頼があり、先頭に立っている姿にひかれる。同じ20代の高杉のその生きざまに圧倒された」とのべ、「自分の利害などではなく、日本のためにという大きな志」を持って真剣にたたかう者が団結すれば、「時代を動かすことができる」ことに確信を持てたこと、そうして、「自分自身の生き方について考える転機となった」ことを感動的に語っている。1950年8・6斗争では、青年労働者がその人類史的な使命を自覚して行動の先頭に立った。その伝統を今にひき継いで力強く発展させる条件は成熟している。

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