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高校生や若者が現代重ね感動
『動けば雷電の如く』12月公演
                商工業者、町興しへ熱気    2009年12月25日付

 劇団はぐるま座公演『動けば雷電の如く――高杉晋作と明治維新革命』は、12月は福岡県柳川高校の学校公演を皮切りに、鹿児島県第二次公演として霧島市(300人)、日置市(400人)、湧水町(300人)、鹿屋市(350人)の4カ所、熊本県公演として植木町(250人)、宇土市(300人)、そして広島県の三原市(500人)と湯来南高校の学校公演がおこなわれ、合計約3000人が観劇した。高校生をはじめとする若い世代、また商工業者ら現役世代が舞台に非常に感動し、世のため人のために現代の世直しをやらなければならないという機運がかつてなく高まっていることを示した。

 舞台に引込まれる生徒 柳川高校で学校公演

 福岡県にある私立柳川高校の学校公演は、7日の5・6時限目を使って柳川市民会館でおこなわれ、修学旅行に行っていた2年生の一部を除いて570人の生徒と教師が観劇した。同校は以前、有名ミュージシャンを呼んでの行事のなかで、生徒たちが大騒ぎして演奏を聞かず、歌手が激怒してしまったということがあり、地域のなかで「どうなるのか」「大丈夫か?」の声も出ていた。当日は、会場の前列にワルといわれる生徒たちを含めた二年生が陣取った。
 幕が開くと、生徒たちは各所で細かな反応をしながら熱心に観劇。一幕一場で高杉晋作が「男なら」を歌い踊る場面では手拍子を始め、それが会場全体に広がった。一幕三場、毛利家譜代の臣、坪井椋之進という侍が肩を怒らせて奇兵隊の陣屋にやってきて、百姓らに「この下郎ども」と怒鳴る場面では、生徒たちは「あいつ、弱いんじゃない」と話しあい、これに逆らって農民の老婆が「奇兵隊とて、見下げてくれな」と踊り出すと、動作にあわせて「よいしょっ」とかけ声。刀を抜いた侍に、奇兵隊の甚平が「動くなっ。こっちゃ、熊でも猪でも百発百中の鉄砲撃ちじゃ!」と銃を構えると、「撃ち殺せ」と声をかけた。
 さらに二幕一場の高杉の講和談判や、二幕二場の萩脱出の場面では、シーンとして真剣に見入り、二幕五場、農婦たちが村中で寄せ集めた米を荷車に積んで反乱諸隊に届ける場面では、あちこちからすすり泣きの声がもれた。そしてカーテンコールでは、力いっぱいの拍手が会場に鳴り響いた。
 こうした生徒たちの反応は驚きであり、教師たちは「想像以上の舞台だった。こんなすばらしい劇をありがとう」と感動の面持ちで語り、地域から参加した人も「すごいですね」「伝わるんですね」とたいへん喜んだ。
 終演後、挨拶に立った男子生徒は、「舞台の世界に引き込まれ、自分たちもその時代の人たちと一緒にいるようだった。感動の舞台だった」と感想をのべた。

 現代の世直し重ね衝撃 第二次鹿児島県公演

 8月の鹿児島県第一次公演は、薩長同盟なくして明治維新はなかったこと、その原動力が長州と同じく百姓や町人の世直しを願う巨大なパワーであったことが、現在の「世直し」と重なって衝撃的な反響を巻き起こした。12月の第二次公演はこの反響が全県に広がるなか、霧島市、日置市、湧水町、鹿屋市で、いずれも商工業者が実行委員会の中心を担って意欲的なとりくみがおこなわれた。
 鹿屋市では天文館のシャンソニエ・ソワレ・ド・パリの代表者でホテルなども経営する加藤和子氏が実行委員長を引き受け、「鹿児島市のとりくみで町の空気が変わった。鹿屋でもそれをやりたい」と、みずから紙芝居の上演もやるなど精力的にとりくんだ。
 鹿屋市の中央商店街は驚くほどのシャッター通りになっていたが、商店主たちは負けていない。ポスター行動のなかでも「共栄町だけで商店は600軒はあったのに、小泉の規制緩和以来半分以下になった。戦後はアメリカのいいなりで、商売人はみんなやれなくなっている。このままでは商売人だけでなく、日本がなくなる。明治維新をやったときのような元気を出さないといけない」「小泉の規制緩和以後、大型店がたくさんでき、家賃が払えなくなった商店がどんどん廃業していく。今の政治にみんな怒っている。いまこそ維新をやらないといけない」と、世直し機運の大きな高まりが見られた。
 とりくみの過程で、来年1月に投開票される鹿屋市長選挙の候補予定者討論会が公演日にぶつけられるということもあったが、商工業者を中心とする実行委員会は一層奮起し、当日は若い世代や自衛官も含め350人が参加する盛況となった。
 湧水町は、3年前に粟野町と吉松町が合併してできた町。そのうち吉松町は、大雨の度に川が氾濫して田畑や民家が床上浸水の状態になってきた。それを解決しようと、井堰を壊して川筋を広げる工事をしたら、今度は下流の粟野町が水害にあうことになる。こうしてこれまで「両町が同じテーブルにつくことがなかった」といわれるほどの対立があったが、今回の『雷電』公演でその壁を取り払い、両町が一緒にとりくむようにしようと奮斗したのが商工会青年部の青年たちだった。
 商工会青年部長の今園邦彦氏(30代)は公演当日の挨拶で「140余年前、明治維新革命の礎を築いたのは、農民や漁民そのほか名もなき庶民の力だった。そのなかで高杉晋作は“親を捨て子を捨て自ら不忠不孝の人となり”と新しい日本のため、士農工商の身分を問わぬ奇兵隊を結成し、万民のためその身を捧げた人物である」「その一つ一つを現代に置き換えて観劇していただくと、いつの時代も人人が安心して暮らせる世の中にしていかなければならないと感じ、そのために自分たちはなにができるのかを、考え直すきっかけになると思う」と力強くのべた。
 また霧島市では、公演の過程で、同市敷根に東洋一といわれた火薬製造工場があり、「ここでつくられた火薬が戊辰戦争でも炸裂し、明治維新達成の原動力となった」という誇りある歴史が明らかにされ、大きな反響を呼んだ。火薬工場の建設は薩英戦争があった文久3年で、西洋の文献や設計図を頼りに日本の職工たちが独自に成し遂げた事業であり、明治維新は庶民の力で成し遂げられた革命だったという意識が強まっている。日置市では、維新の志士・有馬新七ら薩摩の倒幕派の存在が明らかにされ、薩長同盟に行き着く根拠が薩摩藩内にもあったことが示されて、地元の歴史研究家を激励している。

 町潰しに立向う取組に 広島・三原市公演

 広島県三原市は人口10万3000人余、かつて「高度成長」期には三菱・帝人の企業城下町として栄えたが、現在各企業の労働者は激減。それにともなって商店街の疲弊も烈しくなっていた。三原市公演は町の活性化を切望する地元の若い経営者たちが中心になり、周辺の農民、さらに朗読ボランティア「声の会」のメンバーなどが中心になって進められた。
 経営者H氏は「バブルのころは飛ぶ鳥を落とす勢いで、もうけることしか考えていなかったが、バブルがはじけるとまったく仕事がこなくなり、一時は自殺まで考えたほど人間不信に陥った。そのとき仲間に支えられ、世のため人のために生きることを学んだ」と語り、『雷電』坂公演を観劇。会場の熱気とともに「日本人として忘れていたものを呼び覚まされた。愚痴ばかりいうのでなく、今の時代に自分はなにができるのか」と衝撃を語り、実行委員会の代表を引き受けた。
 また事務局長になった経営者F氏は、山口県萩への旅行で手に入れた『高杉晋作』を読み込んで、H氏らとともに松下村塾のような学びの場をつくろうと、一年前に「志塾」を立ち上げていた。「志塾」のリーダーO氏は「今の日本が幕末だ。志とは自分の希望をかなえるためではなく、公のために生きること。はぐるま座はまさにそれを実践している。僕らはたんに一観客で終わるのか、創る側に身をおくのか」とみんなを励ました。
 JA三原女性部は七支部長会議で『雷電』の紙芝居を見て、「今、本当に百姓一揆を起こしたいと強く思った。減反、減反で土地は荒れていく一方、米の値段は下がるばかり。若者に農業を継げといえないのが悔しくてたまらない。農村は高齢者ばかりになっている。高杉晋作のようにだれかが声をあげないと!」と熱烈に支持。女性部長が「これは私たち農民にとって必要な劇。しっかり応援しよう」と呼びかけると、紙芝居が四カ所でとりくまれ、一七支店でチケットが扱われ、農業祭では劇団員と地元実行委員の大学生が衣裳をつけてステージ紙芝居をおこなうなど宣伝が広がった。
 なかでもミカンとワケギの産地で有名な佐木島でおこなわれた紙芝居は、60人が参加して大反響となった。「ミカンはつくればつくるほど赤字だが、先祖伝来の土地を荒らすわけにはいかない」「中学校も統廃合となり、島からどんどん若者が出ていくけど、いつかきっと帰ってこれる島にしたい」「幕末の農民たちのように頑張りたい」と呼びかけられ、公演当日には佐木島からフェリーで50人がかけつけた。
 こうした地元の鋭い反応は、はぐるま座オルグの立場を鋭く問うものであった。広島でのこれまでの活動が主に解放同盟や教組などに依存した体質で、広範な県民からそっぽをむかれてきた実際を直視し、その地の人人に学び地域の発展のために奉仕する側に転換するかどうかが問われたのである。ここで姿勢を正して、オルグが劇団の声明文の内容を正面から訴えると、「初対面の人間によくそこまで正直に話してもらった」「良い作品で世の中の役に立つ、これはわれわれの物づくりと同じだ。そこを信じてやるから真実がある」「これからは本音でつきあっていきたい」と率直な感想が出された。
 実行委員は進んで仕事を休んだりして売券や広告とり、宣伝カーの運転と役割を担った。JAや「声の友」の婦人たちは「三原にもこんなに熱心な若者がいたのか」と希望を見出し、企業家の青年たちは婦人たちの結束力と行動力に尊敬の念を抱くという関係で進んだ。若い実行委員は「本当の主役は俺たちだ! 公演をとりくみ、紙芝居を見るなかで、劇の主役は民衆一人一人だと気づかされた。自分の力はだめなんじゃない。自分が動けば世の中をよりよい理想の社会につくることができるんだと確信がわいてきた」とのべている。

  

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