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呉原爆展の大成功に確信
被爆者や賛同者の喜び広がる
            軍港の街の抑圧を突破   2004年3月6日付

 呉そごうデパートで開催された「原爆と峠三吉の詩」呉原爆展が大盛況のうちに終わり、とりくんできた被爆者や、賛同者となった商店主、自治会長のひじょうに大きな確信となっている。「呉でこんなことができるとは思わなかった」「呉では珍しい」と驚きや喜びと同時に、なぜこのような反響となって広がったのか、呉における歴史的な実情をふり返りつつ語られている。     賛同者や被爆者のなかで、これまで呉で表立ってあらわれることのなかった平和の力が、「原爆展に2400人という市民が参観したことに示された」と、語りつぐ使命感と今後も継続して呉でやっていきたいと期待をふくらませている。
 歴史的に軍港の街であり、いまは海上自衛隊が基地を置きイラクへむけて出港していくという緊張したなかで原爆展は開催された。自衛隊の家族や関係者も多く、「表立ってはうかつなことがいえない」という雰囲気が覆っていた。
 賛同者の自治会長は、「原爆展にあれほど集まるとは思ってもみなかった。2000人も集まらないだろうと思っていたが、それをこえて2400人が集まった。呉でこんなことができるとは思ってもみなかった。呉は歴史的に軍港の街だし、おたがいがどんなことを考えているのかわからなかった。これからは安心して語れるようになる」と顔をほころばせながら語っている。
 別の自治会長も、「呉でこれだけの人が集まるのは珍しい」と驚きの表情を見せた。呉という街は、自衛隊が出ていくときは「がんばって行きなさい」と行列ができて送り出す一方で、一部の人だけが「イラク派遣反対」をいっているという。「呉は昔から政治には無関心で希薄だと思ってきたが、ある意味ひじょうに関心が高いということだ。イラク問題になるとデリケートな面があるが、原爆の問題だからこれだけの人が集まったのだろう。イラク問題も原爆と同じ線上の問題だととらえていると思う」と語った。
 さらに呉には戦艦大和を中心とする海事博物館がばく大な予算をつけてすすめられていることにふれ、「平和とか戦争はぬきで、設計技術などを顕彰する目的らしいが、やはり大和が中心になってくるのは目に見えている」と危惧(ぐ)していた。
 別の商売人は、「呉でこのような原爆展が開かれるのははじめて。原爆とか戦争をいうまえに日常生活の人権や差別のことがたいせつといって、あまりこういう問題についてはやられてこなかった」と指摘。「自分たち以外のものの平和の動きは認めないなどひどい状態があった」ことを語った。
 原爆展を参観した呉空襲を体験した婦人は、「ほんとうに感動しました。成功してよかった」と喜びを噛みしめていた。そして呉空襲のときに真黒の死体をまたぎながら母親に連れられて逃げたこと、「それこそ自分さえよければいいというのが逃げました。そのつらい体験は子どもには直接話せないから書いて残しました。涙が先に出てとてもしゃべれません」と当時を思い起こしていた。「呉では差別問題や人権問題はさかんにやられてきたが、原爆や呉空襲のことがあまりに語りつがれていない。いまの政府を見ていると、当時のつらさを知らないものが戦争しようとしていると腹立たしくなります」と堰(せき)を切ったように語り、今後呉で語りつぐ運動をやってほしいと語った。
 今回の呉原爆展でみずからの体験をふくめてパネルを説明した被爆者はのべ50人にのぼった。会場のあちこちで身振り手振りで語りつぐ被爆者とそれを真剣に聞く子どもたちの姿が、印象深いものとして残った。参観した市民のなかでも「あのような語りついでいる姿がよかった」と共鳴の声が寄せられている。
 会場で連日体験を語った男性被爆者も、「今回は、あれだけの会員の人たちが積極的に体験を話したのがよかった。今後は語りつぐ体制を確立して、いつでも、だれでも語れるようにしていったらいい」とつぎの発展へ目をむける。さらに幼稚園の父兄会で体験を語ってほしいと要請がくるなどその後も反響が広がっている。
 はじめて体験を語った男性被爆者は、「原爆だけは体験した者、見た者しかわからない。いままでは説明するということはなかったが、みんなあれだけ関心を持っていることがわかった。いくら歳をとっても語りつぐ使命を感じましたよ」と語った。
 病気が治らず原爆展に足を運ぶことさえできなかった婦人被爆者は、「めったに開かれない原爆展に行けず被爆者として一生汚点を残すんじゃないか、悔しくて悔しくて残念でしかたありません」と、つぎの原爆展が開かれるときはかならず語ると誓う。そして「原友会(原爆被爆者友の会)も今回の原爆展で語りつぐことを使命とする会にするのがほんとうの姿だと思います。今回の原爆展がいいきっかけになった」と話した。
 また被爆者のなかでも原爆展を契機に、つぎの世代に語りつぐ純粋な気持ちで力を合わせていきたいと思いが語られている。

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