トップページへ戻る

郷土愛に立った市政実現を
本紙記者座談会
             ブッシュ・安倍・江島政治の破産   2008年11月7日付

 下関市では、安倍元首相を審判する衆議院山口4区の選挙とともに、3月15日に投開票を迎える市長選挙をめぐって、熱気を帯びた関心が広がっている。安倍代理の江島潔市長が登場して以来の13年で郷土下関をどうしてきたのか、このまま黙って見ていて良いか、みながさめざめと論議している。市長選、衆議院選挙をめぐる情勢はどうなっているか、江島市政の性質はいかなるものか、江島市政と市民の対立点は何か、市民世論と市民運動はどう進むべきか、本紙は記者座談会を持って論議してみた。
  この間の経過では「江島市長は当選したつもり」というのが話題になっていた。対抗馬をつぶしてあきらめさせる線で突っ走ってきた。満珠荘問題が端的で、6万人の存続署名を集めても聞く耳を持たないし、「日共」議員らがあきらめを煽って停滞していた。しかしこの敗北主義を突破して「6万で聞かないなら10万集めよう」と進む過程で市民の運動が活気づいてきた。新庁舎や学校統合問題などもあり、熱狂的な雰囲気を感じる。江島市長は6万人を認めないというが、裏返したら6万人が市長を認めない、不信任署名という関係になる。新市庁舎建て替え撤回、統廃合計画撤回の署名などもはじまり、下関市内は署名運動が行きかっている。
  新庁舎の建て替え撤回を求めた10月29日の総決起大会はたいへんな熱気に溢れていた。勝利感がすごい。自民党とか党派に関係なく、「郷土下関を守ろう! 夕張にするな!」といった思いをみなが共有していた。「誰とでも団結できるのだ」という確信が出てきている。あるかぽーと問題で唐戸では商店主の分裂があったが、今度はその分裂を乗り越えて新庁舎建設問題では大団結して動いている。何しろ雰囲気が明るい。市内を回ると各所で市長選をどうするかが話題になる。誰か出てくれないかという、ある意味傍観者的な姿勢ではなくて、江島市長を引きずりおろして勝つためにどうすればよいかと、みなが市長選の主人公のようになって考えているのが特徴だ。
  唐戸が立ち上がっていることに、よその住民も喜んでいる。市長選に対抗馬が出てこないことにイラついたり、あきらめる空気も一時あったわけだが、変化してきた。「ギリギリでもいいから、絶対に候補を押し立てよう」などの声が出ている。みんな同じことを思っている。「安倍代議士もいっしょにひっくり返そう」という声も多い。
 満珠荘署名に再び力を入れはじめたのが、9月末。実質1カ月少しで、署名は8万人を突破した。1カ月で2万人を上乗せしているし、すごいパワーだ。みなは満珠荘もさることながら、「江島をやっつけろ!」の思いが乗り移っている感じだ。最近、自治会の人たちが集めた署名が届けられたのだけど、書き込む枠が足りなくて1つの枠に4人分書き込んでいる人までいた。
  「江島を落とさなければ下関が沈没してしまう」という危機感は相当なものだ。1カ月くらいまえは暗いムードで「市長選の対立候補がいない…」となっていたが、何が何でも候補を出そうという熱気がある。新庁舎の問題にしても全市的に取り組みが発展している。移転反対というと建設は承認されていて地域エゴの争いにしかならないわけだが、唐戸も市民全体の思いと同じでなければならないとして、建て替え反対が圧倒的だ。庁舎は頑丈だし、補強で十分。箱物のムダ遣いはいい加減にしろと。

 13年間でどうなったか 寂れ切った下関
  市長選を展望して第1に重要なことは、江島市政と市民の対立点を鮮明にすることだ。江島市政というものはどういう性質の市政なのかという問題だ。
  江島市政の13年間がいったい何だったのかみんな振り返っている。安倍晋三、林芳正、江島潔氏など、代議士7光りが代替わりして登場した10数年来だが、下関はどうなったか。寂れきってしまったではないかという思いがうっ積している。
 小泉構造改革の全国先端の施策が次次と導入された結末が現在の下関だ。江島市政は箱物をやりまくったが、地元業者が潤ったわけではない。安倍代議士出身の神戸製鋼所とか、政治ブローカーの疋田善丸氏が連れてきた紐付き業者とか、北九州などの市外業者ばかりが受注してカネは市外に流出するばかりだった。選挙前年の今年はちょっとだけ地元発注にシフトした程度だ。
 地元土建業者を見てみると、小泉元首相の地元・横須賀に次いで全国2番目に導入された電子入札によって、過酷なダンピング競争に投げ込まれてきた。そして50億円の入札残を自慢するのが江島市長だ。中小企業が疲弊すると就職先がない若者たちは出ていくし、全国でも突出して少子高齢化が進行してきた。
  最近は、世界恐慌の煽りで彦島の三井化学の系列会社が3年後には富山に全社員の移転を計画しているとか、エム・シー・エスも派遣社員を切っているし、どうなるかわからないといった話が飛び出している。小売りなども厳しいし、中小企業も状況は悪い。新卒者すら雇ってもらえない状況で、下関の街として吸収できるだけの余裕がないのが現実だ。そして年寄りだけが下関の街に残されていく趨勢。これが安倍代議士の地元の姿だ。

 わざと中心市街地潰す 少子高齢化に拍車
  全市民がひどい目にあっている。13年たって、とうとう食いつぶしてしまったというのがみなの実感ではないか。最後的に市役所新庁舎や学校つぶしを動かしはじめた。まるで外来種の略奪者だ。29日の集会で21世紀協会のメンバーが発言していたが、それが紙面に掲載されて大きな注目を浴びている。
  東洋経済誌が扱った人口20万〜50万都市のデータ比較で都市ランキングを紹介していた。02〜07年の五年間の推移で、人口の減少率が84都市のうち多い方から6位に下関は位置している。マイナス2・8%だった。高齢者が人口に占める割合は多い方から2番目で26・4%。4人に1人が65歳以上の高齢者だ。そして9歳以下の子どもの割合が少ない方から4番目の8%。北海道の函館や旭川、東北地方の都市と争っている。年寄り比率が高いし子どもが少ない。大企業の支店流出が相次いでいるという。真ん中の現役世代がいないということは、今後加速度的に少子高齢化が進行するということだ。
  九州経済調査協会のレポートでは、2030年の下関の人口は20万9000人にまで減少すると予測している。ここ何年かの衰退でとくにひどいのは中心市街地で、人口減少と高齢化がもっとも進行していると危惧(ぐ)している市職員も少なくない。本庁地区の高齢化率はわずか5年間で5ポイント近く上昇している。30%というと、豊北町と変わらないくらいだ。人口減少も平成12年に1万1489人だったのが、平成18年段階で1万724人に減っている。マンションが増えたことでかつがつ保っているが、通りの中に入ると崩れかけた民家や廃屋、更地なども目につくようになった。
 あと、小売店舗の衰退も顕著で、平成12〜18年の統計では中心市街地にあった小売店舗数は1664だったのが1348店舗まで2割も激減している。販売額も比例して2割減になっていた。オフィスの郊外移転や山口市などへの流出も相次いでおり、オフィス人口は平成8年の調査で1万1890人から平成13年は8895人まで25%も減少していた。その後7年もたっておりいったいどうなっているかだ。
  昼間から国道を赤信号で渡れるくらい閑散としている。爺さんや婆さんが赤信号を渡っていくのをよく目にする。車が通っていないのだ。中心市街地の少子高齢化の実情は王江・名池小学校などの子どもの少なさを見たら歴然としている。
  第4港湾がなくなったが、貯金局も早くになくなった。大きな官庁が姿を消した。NTTも山口に行った。企業では資生堂なども出ていって更地になった。合併以前にはカネヤスも菊川に移っていったし、県酪もそう。銀行も下関に支店を置いているところが少なくなっている。東京銀行がなくなったし、広島総合もなくなった。有効な手だてを打たないままみな逃がしている。
  それで市庁舎移転して学校をつぶしたら市街地はぶっつぶれることがわかりきっている。人口減少と少子高齢化がすごいのに、山側の勝山方面を再開発するという。需要はないのに開発するのだからバブルだ。少子化にしておいて学校をつぶし、ますます少子化に拍車をかける。一貫しているのは子どもを減らすという政治だ。「子どもが少ないのは市民のせいだ」みたいな雰囲気だが、行政が主導的につぶしているのだ。

 地元企業や産業も破壊 自殺者も増加
  水産関係では、必要以上にお金をかけて唐戸市場を建て替えたはいいが、挙げ句に競り場統合で市場機能は崩壊だ。中央市場で繁盛しているかというとあっちで競って唐戸まで持ってくるだけ作業が煩わしくなっただけだ。どうなったということもない。
  街が貧しくなるのと比例して生活保護もすごい。生活保護課の話では高齢化がすごくて保護率が上昇傾向にあるという。平成17年の段階で保護率は17・16%にもなっている。「全国よりも10年先を行っているのが下関」とは以前からいわれていた。
  それは「日共」や公明・創価学会の議席がヤケに多いのとも関係してくる。あの連中は貧乏人が増えるほどうれしいのだ。議席が増えて嬉しくなる関係だ。生活保護、就学援助、住宅斡旋など、斡旋が増えれば議席が温まる。
  とにかく中小ぶっつぶしが露骨だ。電子入札が代表的だが、そのまえには選挙で江島陣営に逆らった業者を徹底的に入札排除した。1年半の指名停止などで散散日干しにして、それを改善すると称して導入されたのが電子入札だった。差別なく今度はみながダンピング競争の渦に巻き込まれることになった。50億円の入札残で自慢されて、みなが怒るのは当然だ。
 中小企業者の自殺や倒産も相次いだ。市場原理・自由競争といいながら自分たちの利権、官製談合はやりたい放題。二重基準だった。地元企業をとことん使わない。市役所の食堂なども市外業者、耳つきのおかしなゴミ袋をつくっているのも大分あたりの外部業者だ。地域振興にたいする考えがまったくない。
  市内の全産業をひっくるめた事業所数は、平成8年に1万6481あったのが、5年後の平成13年調査では1万4859まで減少し平成18年調査では1万3319まで減った。10年間で2割減となっている。その分就労の場もなくなった。
  自殺者も多い。先日も岬之町で飛び込みがあって騒動になっていたが、火の山は人が寄りつかなくなったことで自殺の名所みたいになっている。「夜番が怖い」と係りのおじさんたちが話すほどだ。火の山の隣の霊鷲山の入り口にも、広成建設(JR西日本)がイジメ抜いて失踪した下請会社社長の写真が尋ね人として掛けられている。中小企業などでは「自殺した知り合いが1人や2人は必ずいる」と話されるほどだ。

 効率ばかりで予算削減 文化や教育面でも
  文化や教育面はどうなったかというと、東行庵の高杉史料持ち逃げ事件があった。観光などといっているが歴史的な遺物を片っ端からつぶしてしまうのは、第1別館を取り壊そうとしたのにも共通する。郷土のないがしろもいいところだ。図書館を民営化図書館にしてしまうというのもある。市役所も株式会社みたいにしてしまって、公共性とか社会性などはどうでもよくて、効率ばかりを追求している。金がないといって学校予算もぶち切っていく。
  学校の栄養士さんがいっていたが、ほとほと困り果てているみたいだ。給食費は上げられないけど、物価高騰で食材は値上がりする。しかし現場責任で補助はない。質を落としてもやっていけない。市はガス代を少し足しただけだ。デザートを付ける余裕もないし、牛肉は高価なので鶏肉に変えるなどして対処しているようだ。母親たちは子どもたちがお腹を空かせて帰ってくると話題にしている。
  学校のボロさ加減も天下一品だ。子どもには金をかけない。「だいたい自分の子どもも捨てたようなものではないか、自分の子どもだけではなくて下関の子どもまで全部捨てる気か」と話題だ。「江島市長は門司の女の所から下関に通っている」という話があるが、最近では「3人目の女に子どもが出来た」といううわさもある。「下関の若者は子どももつくれないのに、江島市長は7人もつくっている」という話も流れている。
  保育園を奪われた地域などは、父母がたいへん怒っている。「自分ばっかりあっちこっちに子どもをこしらえてなんだ! 市長だけ一夫多妻なのか」と。子どもの敵だが、女の敵だともいわれている。
  アメリカでもクリントンなどが浮気をして叩かれていたが、公に責任を持つ市長の倫理観は大事なことだ。江島市長はこれほど噂が立って市政不信が募っているわけだから、自分の口でホントかウソかちゃんと説明すべきだ。職員については倫理規定とか綱紀粛正などやってきた。議員連中も「日共」議員を先頭にして、兵頭議員の品位が悪いといって懲罰ではしゃいでいるが、自分たちの品位や市長の品位は問題にしない。

 市場原理型政治は破綻 政治詐欺の姿暴露
  切り捨てでは、旧4町でもだまされたという世論がすごい。何もかもなくなっていく。役場を取り上げられた。
  江島政治の特徴は聞く耳がない独裁政治だ。逆らうものへの制裁政治だ。民主主義ではない。市民のためにというのがかけらもない。市民のいうことは聞かず、安倍代議士のいうことぐらいしか聞かない。
 選挙では対抗馬を出させない構図が歴史的につくられている。1期目の当選も上手にやってのけた。市民党と称してうまく市民をだまして、安倍派の正体を隠して、自民党批判票と自民票をゴッソリ得票した。市民をだますのが平気で、今破綻した金融詐欺型の政治詐欺だった。だまされたものの自己責任という調子だ。市場原理・新自由主義型政治のさきがけだったのだ。
 2期目は江島氏の裏切りに怒った人人などが古賀敬章氏を担いで激戦になったが、今度は対抗馬を叩きつぶすのが手段だった。その後、“戦犯リスト”なるものまでつくられて、対抗した業者には血なまぐさい制裁がやられた。古賀氏の日東建設は兵糧攻めにあってつぶされ、対抗したら大変なことになるとみんなが恐れおののいた。3期目は実質の不戦勝。そして、前回の4期目の選挙がある。中尾氏をみなが擁立すると連合・松原氏をぶつけてきた。やはり対抗馬を叩きつぶすシカケだ。安倍事務所が丸抱えして江島選挙をやってきた。
 選挙をやらせないわけだし、それは公職選挙法にも書いていないほどの選挙違反だ。下関の市長は市民の声を聞かないでも安倍事務所のいうことを聞いていたら当選するという構図だ。

 「日共」との関係も密接 安倍事務所
 安倍事務所の力といっても、力を与えているのが連合と創価学会だ。何があっても安倍派だ。組織票が動く。土建業者票などは前回市長選では相当に崩れていた。最後の砦が「貧乏人の党」と称する創価学会や「労働者の味方」を標榜している連合なわけだ。連合は旧同盟系も総評系も与党になっている。江島市長そのものが革新系を抱き込むのを重視している。以前は市民の会も抱き込んでいた。
  「日共」との関係も相当に密だ。前回市長選で「日共」・田川弁護士が江島に手を振っていたのが目撃されて話題になっていた。おおっぴらには江島応援はできないだろうけど、隠れて応援しているに違いないと話題だった。
 安倍事務所の力は大企業をバックにしている。そして議会各派も全部従えている。それで独裁政治体制ができている。議員連中というのも江島市長が何かやろうとすると、市民の前に市民を心配した振りをしてあらわれるが、すべて江島市長の手先になって振る舞うことが暴露された。満珠荘署名もそうだったし、角島保育園にもまぶりついてねじ曲げをやった。川中中学校の教科教室問題でも父母らをあきらめさせた。
 運動をとかく潰そうとする。梶栗駅などは、定宗議員や門出、福田議員らが代理人になって、ワーワー騒いだりする。唐戸があるかぽーと開発計画を撤回させる力を見せると、市民派と称する議員メンバーが登場して運動を鎮静化させたり、分裂させたりする。そのチャンピオンは「日共」議員どもだ。江島市長を打倒しようというのなら、こういう政治構図を突き破らなければ実現しない。

 終っている安倍型政治 先端いく江島市政
  このような江島市政があらわす下関の政治状況は、安倍型ということだ。安倍政治はブッシュ・ネオコン族のご指名で総理大臣になった関係だ。つまりブッシュ型の下関江島市政ということだ。単独行動主義、新自由主義・市場原理主義の市政だ。そして、小泉、安倍政府の構造改革の市政版をどこよりも真っ先にやりたがってきたのが、江島市長だ。電子入札、学校統廃合、教科教室、社会教育複合施設の公設民営化方式、世界初の犬猫安楽死施設などきりがない。
  「六連島に北朝鮮の潜水艦が攻めてきて上陸した」といって実働訓練をやってバカ騒ぎしたのも全国初物だった。ミサイル騒動のときには、市役所にすぐ対策本部を設置して、部長らを緊急召集した。「大気汚染の状況はどうか!」などと部長らが聞かれて応えられず「危機管理の意識が足りない」と叱り上げられたとかのエピソードもあった。作戦司令部か何かの隊長ごっこのようだったといわれていた。米海軍の掃海艇が下関港に入ったら花束持って駆けていく。
 最近では、新市庁舎と関連して今の市庁舎の土地に自衛隊ヘリポート基地をつくるといっている。防災公園というが、下関のど真ん中の唐戸に自衛隊基地を持ってくるというものだ。700億円も使う人工島は軍事目的しか使い道がない。軍事騒動ではしゃぐのも安倍型だ。
  文科省課長の天下りである嶋倉教育長も安倍人事だ。「朝鮮半島を侵略したという歴史的事実はない」と放言して問題になり、翌日に記者会見でもう1度念を押していた。今度の空幕長もそうだ。安倍内閣で取り立てられた人物だが、「侵略というのは濡れ衣だ」とやって、翌日も開き直るしそっくりだ。拉致問題担当の旦那の中山前国交相も同じ類。この手が自民党とか自衛隊、文科省などにとぐろを巻いている。
 戦後レジームの枠の外にいる連中ということだ。江島市長もそのタイプだ。こういうのは破産しているのだが、破産していることを自分は気づかない。
  下関ほどの独裁政治をやっているところはそんなにない。聞く耳なしの突っ走り。拉致制裁というが下関では市民が一番制裁されてきたと思う。

 新自由主義人間の特徴 安倍人事の嶋倉教育長
  新自由主義人間の特徴をあらわしている。嶋倉教育長も赴任早早、在日市民を激怒させて逃げ回っているといわれ、今は学校統合の説明会に出ている。ところが父母や自治会に対して、ムキになって自説を認めさせようとする。あんなにムキになって住民と喧嘩したら、まとまる話もまとまらない。説明会をやればやるほど逆効果になることがわからないようだ。自分のいい分ばかり主張してみなは腹を立てる。自己中心で対話力がないのだ。下関の部長ポストには現在5人の天下り官僚がいるが、以前では国際弁護士ライセンスを持っている超エリートと自慢していた部長がそのタイプだった。世間ではバカじゃないかといっているのだが、自分ではエライ人と思っている、そのギャップがすごい。
  あのタイプは行き詰まるとすぐ破産する。そして放り投げたりする。国から下関に天下った人たちは、頭がおかしくなって帰っていくことでも有名だ。別の何とか局長も、心の病になって帰っていったという話だ。
  そういう新自由主義は国際的に破産したということだ。ブッシュ政府はのたれ死にし、民主党の黒人大統領に代わった。ブッシュという親分がこけて、安倍代議士も江島市長も終わっているのだ。今や亡霊になっているといっていい状態だが、本人たちは幽霊になっていることに気づいていないのだろう。自民党は、対米従属で構造改革の旗を振った清和会を筆頭にして旗色が悪くなっている。責任を問われる小泉は要領よく逃げたし、麻生は清和会のいうことを聞かない。空幕長や中山など清和会・安倍グループが切られている。アメリカの詐欺金融の大破産とともに、安倍銘柄企業がつぶれているのも特徴だ。
 市長選はブッシュ型の安倍代理市政の破産を確定する機会になる。4区の衆議院選挙も同じだ。安倍氏は前回の郵政選挙で13万票だったが、前前回から減っていた。これが落選はしないとしても、10万票を割るようなことになったら、中央政界では死んだも同然だろう。自民党が惨敗することは明らかで、「自民党をつぶした戦犯」として責め立てられる羽目になるだろう。

 注目される下関市長選 停滞破り再び活発に
  下関の市長選、衆議院選は、ブッシュ型の破産した詐欺的な新自由主義を一掃し、下関市政を郷土愛に立ったものに変え、それが同時に独立、平和、民主主義、人民生活の繁栄をもたらす日本社会に変えることと結びついて、大変注目される位置にある。選挙では、安倍代理の江島市政と市民の対立点を鮮明にすること、そして市民運動でたたかうことだ。
  下関の市民運動が、停滞していたなかから再び活発になってきた。どうしてそうなったかの教訓が大事だ。江島市長が、角島の保育園の存続要求に対して地元はまったく同意していないのに拒絶し、川中中の教科教室型建て替えもいくら反対といっても聞く耳がない。満珠荘署名も6万人集まっても聞く耳がない。あるかぽーと問題も、廃案になったのにまた同じような計画を蒸し返す。「なにをやってもダメだ」の空気があった。議員連中が出てきては、「あきらめろ」といって回る。市長選も「対抗馬はダメなのか」という空気があった。
 この転換点は、満珠荘問題だった。「6万人で聞かなければ10万人集めよう」「江島市長が認めないというなら、市民が江島市長を認めない意味だ」といって、明るくなっていった。もう1つは、「日共」江原議員が満珠荘の会に介入して、「署名運動とか市役所前の抗議行動とか、議員を怒らせることをしてはならない」「議員工作を重点にする役員体制にする」と総会のでっちあげをやろうとして、それが賛同者に相手にされず失敗したことだ。
  それは唐戸の商店主らに響いた。唐戸が元気がなくなったのも、あるかぽーと問題で議員連中が介入してからだし、議員が出てきたら商店が分裂するということが話題になった。「日共」議員をはじめ「市民派」と称する議員連中を乗り越えたら唐戸商店主みなが団結してパワーが出てきた。市民の会も、「兵頭議員の会ではない。市民全体の会だ」というのが鮮明になって、さまざまな政党政派をこえて市民も安心した。

 「日共」集団どう見るか 党利党略で力なし
  市民運動を力のあるものにしようと思ったら、「日共」集団をどう見るかが重要だ。彼らが出てきたら、多くの市民は嫌気がさして遠ざかる。さまざまに屁理屈をいうが、「わが党」「わが党」の党利党略ばかりで大衆を利用するだけだという評価が定着している。
 実際に市民運動の能力はない。ゴミ袋値下げ署名は10万人を集めたが、「日共」集団は対抗して7000人しか集めきらなかった。議員は五人もいるが、どぶ板のおかげであり、江島市政に飼われて自分の票を確保している関係だ。
 議場では反対の手を挙げるが、市民の大衆的な運動をつぶすことによって、議会の江島市政多数派を保障し、自分のどぶ板の票を保障してもらっている関係だ。かれらが市民運動にあらわれたら、かならずつぶそうとする。市庁舎移転でも、勝山方面の「日共」議員は、地元自治会で「移転賛成」といっていたと話されている。
  委員長の志位が最近下関にきて「共産党が増えなければ世の中変わらない」ようなことを主張していた。大衆運動に対立するものが、何百年たっても増えるわけがない。
 傑作なのは、小林多喜二ブームで「私たちの先輩です!」といっていることだ。「日共」議員どもの具体的な顔を見て、同じ種類の人間とはだれも思わない。多喜二は拷問を受けても転向せずに殺された。みんなのために、大多数の大衆のために命をかけた人間と、自分のため、偏狭なわが党のためだけに大衆を利用して、権力に寄り添っていく連中とはまったく別の種類の人間だ。あれで何が共産党か。このカサブタを取っ払えば市民が思いきって動ける関係だ。
 ここで市民の会が、私心のない奉仕の精神で党派を超えた市民の団結のために献身し、江島市政とたたかう運動を助けていく役割は大きい。
  満珠荘利用者の会の分裂策動とかかわって、兵頭議員を懲罰せよと「日共」議員どもが騒いで、ビラなどで長周新聞の文句を書いている。あの文章自体まったく反論にもならないお粗末なものだ。こっちは号外にして5万〜6万枚配布しているのだから、赤旗読者に読ませたぐらいでは勝負にならない。宣伝カーを走らせてあの内容を市内中で演説したらいい。その度胸もない。兵頭議員懲罰で舞い上がっているが、これが証明することは、議会の権力に訴えて弾圧、江島市政に屈服させるというものだ。かれらの力というのは、大衆の中にはなくて、権力をバックにしているということだ。

 江島市長を倒せの機運 市民運動の力で
  市長選に向けて市民運動を強めようという機運は強まっている。満珠荘、新市庁舎、学校統廃合などの署名がガンガン進んでいるが、市民の問題意識は江島市長をなんとしても倒そうというものだ。
  候補が出たら、これまで経験したことがないくらい熱狂的な選挙になることは疑いない。みなが確信している。早く出過ぎても、自民党が前回のようにつぶしたり、選対本部にたくさんのブローカーやスパイが潜り込んで攪乱したりするのは選挙の常識だ。ありふれた候補者主人公の選挙常識でやったらつぶす力が強い。市民運動を強めて、その力で候補を押し立てたら敵側も手の出しようがない。
  原発建設をストップさせた時の豊北町長選などは、海側の何千人という人がいっせいに山側に行って訴えて回った。何千人もが個別訪問を始めると警察も手出しなどできない。原発を阻止するという対立点を鮮明にして、町民の運動を主体にして候補者を使うというものだった。
 市民が主体になってあっちこっちで勝手に草の根でワイワイなったら、選対も把握できないだろうが、そうなると安倍事務所をはじめあらゆる政治勢力、ブローカー、スパイなども手出しできない。そうなったら勝ちだ。
  下関全体の利益、郷土を守るために、“みんなのために”でいくべきだ。自分のためばかりがはびこって、市政上層にとぐろをまいて、市民を蹂躙してきた。市民全体の利益のために安倍代理の江島体制を飼い猫議会ともどもひっくり返そうというパワーが必要だ。

トップページへ戻る