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福田正義主幹紹介へ


教育・文化論 福田正義社説集
          

福田正義主幹の長周新聞社説集の一環として「教育・文化論」をまとめている。創刊号の一面でとりあげた、子どもが学校にもっていく金はどこに使われているのかを、勤労父母の目となり耳となった描いた社説にはじまり、新教育課程、教師の勤務評定、学力テスト、勝利した下関学園斗争など、一連の社説が収録されている。文化についても、社説でとりあげたものを収録している。
 
 民族の子として育てよう/青年運動の高揚を望む/勤務評定と道徳教育
 学力テスト反対のたたかい/何が非行をつくりだすか など全69編を収録
   
        発行・長周新聞社  B6判 178頁   定価1200円


●民族の子として育てよう (1955年7月17日)

 子供をどのように育てるかということは、すべての父兄にとって一番大きな問題である。それは、自分の子供たちが、立派な、心の美しいものになり、幸福であってほしいという、切実な願いからである。同時にまた、国の将来の担い手たちへの期待からである。
 敗戦とそれにつづく十年のはげしい時代のうつりゆきは、いやおうなしに、子供の生活態度の上にもはげしい変化をもたらした。「このころの子供は……」という親たちの感じ方は、いつの時代にもある時代の変化からくるものであろうが、しかし今日ではそれは特別に大きいひびきをもっている。
 問題の中心はどこにあるか? 好戦的な露骨な軍国主義教育を捨て去ったことはよい。事実、子供たちの間で、自由な発言や人間尊重、自治精神は高まってきているし、いったいに民主主義と平和へのあこがれは強まってきている。
 しかし、日本がアメリカの従属下にあるという事実の影響は、おおうことができない。
 子供たちは、日本がアメリカの従属下にあることを感じとっている。少なくとも、対等平等の関係にあるとは考えていない。アメリカは優れたものであって、日本は劣ったものであるという民族的劣等感が子供の心を根底で支配している。問題は、それが大人の側からつぎこまれるところにある。民族の背骨を折るような、このような劣等意識の育成は、何にもまして決定的な弱点となってあらわれる。
 新聞、ラジオを通じてまき散らされるアメリカ的生活様式の賛美は、子供たちの心に、何が真に貴いものかということを見失わせ、おしゃれ、享楽、金銭万能の考え方をつぎこむ。子供たちの希望の中に夢がなくなって、現実的になってきているといわれるのは、実は個人的、享楽的、刹せつ那な的、金銭万能の考え方のあらわれである。
 さらに大きい影響を与えているのは、子供たちの周囲、とくにその家庭とその周辺に浸透してきている、アメリカ的生活様式、それによる秩序の崩壊と享楽主義である。しかも実際には、経済生活の低下によって、願望と現実がともなわず、悲劇の原因となっている。それは犯罪をも誘発している。
 今日とくに重要なことは、軍国主義の復活が、「民主主義のゆきすぎ」の批判という形で、前記の状態と結びついてあらわれてきていることだ。
 これらの事態に対して、これを是正しなければならない学校教育が、これを助長する傾向にあることは、深く反省する必要がある。
 以上のような事態の中に、今日の子供の教育の問題の中心点があると思う。
 民主主義の精神による教育は、徹底させられねばならない。民主主義は、享楽主義でもなければ、退廃でもない。アメリカ的生活様式と民主主義を混同してはならない。したがって「民主主義のゆきすぎ」に名を借る、後側からの攻撃からは子供を守らねばならない。
 子供の中から民族的背骨を抜くのでなく、民族の子供として、徹底した民族教育をすることが大切である。民族が独立していないという事実の上に立って、独立を目指す意識を高めねばならない。国を愛することは、他国による従属に甘んずるのではなく、反対に、自由・平等・互恵の原則に立って、民族の誇りを高く堅持することである。


●戦争遺児と“靖国参拝”  (1957年5月1日)

 毎年中学三年生になった戦死者の遺児を靖国神社にまいらせているが、今年の遺児たちは、もう誰も父を知ってはいない。物心つくにしたがって、境遇の差はあれ、父のない悲しみを小さい胸の片隅に抱きつつ、母から聞かされてきた父を心に描いているだけである。父がどういう人であるかは思ってみようもないが、父がいないというきびしい事実には果てしもなくつき当たらざるを得ない。そのことはまた、なぜ父が亡くなったかということに向き合わないわけにはいかない。遺児たちの作文が、色あいのちがいはあれ、戦争をはげしく憎み、思っても思っても父が死んだという取り返すことのできない口惜しさを書きつづっていることにも、それははっきりあらわれている。
 ある子供は、片手がなくなってもよいからなぜ生きて帰らなかったろうと書き、ある子供は、神社で、涙でものがいえなかったが、しばらくして、母様がお嫁に行ったこと、自分はおばさんに育てられていることを父に語った、と書いている。
 問題は遺児たちにとってはっきりしている。戦争が父を奪い、不幸をもたらしたのである。だからほとんどの子供たちが、ふたたび戦争の起こらないようにすることを誓いとしている。
 ところが、死んだ肉親、とくに父というようなものに対して子供がもつ感情を逆用して、戦争をも美化しようとする一部の大人たちの悪い企みがあることを見逃すわけにはいかない。いうまでもなく、これらの遺児たちは、その戦死した父たちとともに、また苦難の中を女手一つで彼らを育てているその母たちとともに、さらには彼らを残して再婚しなければならなかったその母たちとともに、すべてみな、例外なくみんなの意志に反して起こされた戦争の犠牲者である。取り返すすべもない犠牲である。ところが、死んだ父を美しく心に描こうとする心に乗じて、死へかりたてた戦争をも美化して遺児たちの心に焼き付けようというのである。“父が立派な人であった”ということと“父を殺した戦争も立派であった”ということはまるきり違うにもかかわらず、父への思慕の心にそれを重ねて焼き付けようとする企みである。
 それが“靖国神社参拝”という行事にからみついていることは、靖国神社の宮司の言葉にもはっきりあらわれているし“国のために殉じた”という表現にもあらわれている。そういうやり方で、遺児だけでなく遺族の心をまぎらわすことは、最もたちの悪い精神の愚ぐ弄ろうである。同時に、ふたたび戦争への道を準備してゆく上で国民の反対を取りのぞくための巧妙に仕組まれた心理的詐術である。必要なことは、遺児たちの苦しい生活、進学、就職の上で国家が援助を与えることであろう。


●入試の実態を直視しよう  (1960年2月3日)

 子供を、自分の力でできるだけ上級の学校に行かせようというのは、すべての父母の切実な願いである。それは、子供の知識を豊かにし、子供の人間としての内容を高め、子供が社会へひとり立ちしてつきすすんでゆくに際して、さまざまな困難を切り開き、人間として立派に生き、幸せに暮らせることを願う、その願望と結びついている。
 そのことはまた、自分の子供の幸福という形であらわれているが、同時に、自分の子供だけでなく、自分の子供をふくむ子供たち全体が、新しいよりよい社会をつくり上げていってもらいたいという願望とも結びついている。また、そうでなければ、社会の進歩はないわけであるし、自分の子供に限ってみても幸福であれるわけはないからである。
 したがって、教育は、今日までの社会の発展の成果の上に立ってより新しい時代を切り開き得る世代を育て上げることでなければならないし、そのために、社会全体が、その社会の責任において、子供たちを教育しなければならないのである。
 戦前の教育勅語を中心とする軍国主義教育は、軍閥・財閥どもが侵略主義に国民を動員するためにその目的に教育を従わせた。戦後の教育基本法が「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」(第十条) としたのは、そのような、時の支配権力が自分の目的に教育を従属させることの誤り、その結果としてもたらされた償い難い損害に対する批判として決められたものである。
 ところが、戦後に、アメリカと結びあった独占資本の支配が強化されるにしたがって、戦前とはちがった米日支配者の目的に教育を従属させようとする動きが、目に余る状態になっている。たとえば松田文相は、一月三十日に技術教育強化について、「現行の六三三四制は教育の機会均等を目指したものだが、産業界などからは、中学、高校を一本化した職業教育のための教育を要望する声が高い」として、これに全面的に従って、新教育課程を組立てている。と同時に新しい時代を切り開くにふさわしい創造性のある豊かな世代を教育するのではなく、独占資本が使うに便利な“手ごろな商品”としての知識をもつことを強く要求しているのである。
 だから政府は、父母たちやまた子供たちが望むほど、それに必要な教育施設を十分につくりはしないし、基本的な教育 (知識・人間内容をふくめて) をする気はない。
 そこに、弱肉強食の最初の激しい経験に、中学生たちが当面しなければならない基本的な原因がある。しかも、それを根本的に解決する道を選ぶのでなく、多くの父母は、入学試験を通すためにいっさいの力をそそいで、教育の基本的な目的を見失うような状態を現出し、教師は教師で、父母からの強い要求の前にいかようにもし難い状態に追いこまれ、それらが悪循環して、子供への愛情に立ちながら、子供の商品化の道へすべりこんでゆくという悲劇を拡大させているのである。
 入試の問題を、正しく直視する必要がある。そして、父母、教師が手を握って、根本的な解決の道を見出さねばならない。


何が非行をつくり出すか (1963年3月17日)

 いわゆる“非行”青少年の問題が、毎日の新聞をにぎわしている。とくに、中学を今年卒業する進学しない子供たちの行為が目立っている。これらの問題は、今にはじまったことではないが、年とともに多くなり、最近ではそれがきわだってきている。
 きわめて楽しかるべき記念すべき卒業式の日が、多くの教師たちにとって、反対に神経を緊張させて事の起らないことだけに心づかいする日になっており、いくつかの学校では、警察署と連絡をとって、万一の場合に警察が出てくる準備をしているところすらある。
 これらの憂うべき現状、年とともにそれがひどくなってゆく現状について、父母も教師も、何よりも社会がこれに注意を払わなければならない。
 いわゆる“非行”青少年、学校内外で問題を起す青少年の問題をその青少年の個人の資質と見る考え方、その青少年の家庭環境だけに帰する考え方は、根本的に見当違いであろう。そのことは、起ってくる問題の性質を見ても明らかである。最近の卒業期の事件が進学できないいわゆる就職組として在学中から差別をうけている子供の集団的な行動となっていること、それらの子供たちの学校当局へ対する不満の爆発、進学組に対する対立意識の爆発、というような形になってあらわれていること自体が、問題のありかが個人の資質や家庭環境だけの問題でなく、そこに作用しているのは社会的な諸関係であり、そのことに対する社会・学校の無関心な放置であり、とくに、学校において正しい教育路線がとられていないことにある。
 宇部市の神原中学校の教師に対する不当処分事件に見られるように、校長みずからが差別教育の先頭に立っており、こういう状況の中で子供たちがゆがめられることになってゆくことに心を砕いている良心的な教師を、市教育委員会や県教育委員会が弾圧するという事態は今日の教育のおかれている状況がいかに憂うべきものであるかを物語っている。
 池田首相のいう「人づくり」にあらわれていることは、徹底した差別教育であり、何よりも子供を人間として考えず、独占資本の支配と収奪に便利な道具と考えていることである。中学校の三年生の作文集を見ると、現在の中学生活に対する疑問が圧倒的に多いことが目立つ。たとえば、
 「私たちが競争までしてなぜ点を得ようとするのだろう。なぜ、なぜ、なぜ、私は毎日のようにこの言葉をくり返した。ようやく得た回答がつぎのようなことだ。今の現実の世界では上級学校へ行くため、その先は大会社に入り、よい給料を得たいというのが目的だろう。そうした立身出世のため自分可愛さに他人をも突き落そうとする気持ちになりかねない。それで本当の豊かな社会生活ができるだろうか」
 「中学校というのは、いったい何のためにあるのだろう! 私たちの今の現状は、まるで高等学校入学のための予備校も同然ではないか。本来の目的というものはどうしたのだろう。……たとえば最近では、幼稚園に入園するのまで試験がある。よい幼稚園に入園する、それはつぎによい小学校に入るための踏み台。よい小学校に入るのはよい高校に入るため、よい高校に入るのはよい大学に入るため、よい大学に入るのはよい職につくため。こう考えてくると、極端にいえば、よい幼稚園に入るのはよい職につくためだ、立派な学問を身につけるためではないということ。……私たちはもう少し考えるべきである。そして、学問をするのに、こんないやしい打算をすて、もっと純真な気持ちで学問に接し……」
 これらの中学生は、進学の路線の上に立っている。そういう子供たちすら、このような疑問を深く心に刻んでいるのである。これが、進学できない子供のことを考えたら、思いなかばにすぎるものがある。このような教育のゆがみが、文部省を頭とする反動教育のあらわれである。ゆがんだ“人づくり”政策の具体的なあらわれである。問題はここにある。


●日本民族の美風のために  (1964年5月6日)

今や、わが国では、わいせつとエロティシズムと惨虐と犯罪模写は、ある特殊な人物がある特殊な場所で、人を避けてひそかな楽しみにふけるというようなものではなくなっている。
 わいせつとエロティシズムは、堂堂と普通の健全な家族の中に公然と入りこんで、子供や青少年や母親や父親の前にまかりとおっている。いやそれどころではない。映画館からショー劇場から、街頭に公然と姿をあらわし、街を歩くすべての老若男女の目にさらされるようになっている。
 年ごと日ごと、ますます露骨になるわいせつとエロティシズムをいかなる子供も、たとえ幼稚園から小学校に行く子供といえども、避けて生活することはできなくなっているのである。
 わいせつとエロは、映画、テレビ、ラジオ、演劇、ショー、家庭雑誌 など、すべてのマス・コミの中を 大手をふって横行し、それこそ、これでもかこれでもか、とその不潔さを競っている。
 これが、吉田茂から岸信介、さらに池田勇人が内閣総理大臣であるもとで、特別に「人づくり」政策のもとで大いにはんらんの度をましているのである。
 いったい、わいせつとエロにうつつを抜かしていて、いったいどういう人間ができ上がるだろうか? いったい、どういう子供が育ってゆくだろうか? 池田勇人は、どういう「人づくり」をやろうとしているのだろうか?
 人に親切な人間ができるか。真実を宝のように大切にする人間ができるか。親兄弟や友だちに思いやりの深い人間ができるか。正しいことのためには決然として勇気をもってたたかう人間ができるか。社会の発展と日本の繁栄のためには自己を犠牲にしてもたたかう人間ができるか。清純で豊かな心をもった人間ができるか。日本の民族的道徳を発展させ、つくり出してゆくような人間ができるか。
 どれ一つでも「できる」と答える勇気のあるものはいないだろう。
 親たちは、子供に学問を学ばせ子供をより高い学校に行かせ、心の正しく豊かな子供にしようと大変な努力をしている。その努力の行われているすぐ横で、わいせつとエロと犯罪が、家の中から街頭から映画館からというふうに大はんらんしているのである。親たちの涙ぐましい努力を台無しにしつつあるのである。
 裸になったさまざまな女が、それはある場合は少女であり、ある場合は娘であり、ある場合は人妻であり、ある場合はバーの女であり、ある場合は母親である女が、男の性欲の奴隷として享楽の対象として描かれる、それらのわいせつとエロが、青少年の心理にどうひびくか、青少年の道徳観、婦人観、男性観、母親観、父親観、社会観、異性の友人観などをどう形づくってゆくだろうか、ということは、われわれの深く考えてみなければならないことである。
 少なくとも、倫理的道徳的には動物に近い白痴を育て上げることに役立っていることだけはうたがう余地がない。日本の民族的な美風とか、心のあたたまりあう床しい道徳観などとは、およそ縁もゆかりもなく、反対に、そういうものを根こそぎ破壊しつくしてしまうだけである。
 そういう意味で道徳的白痴を大量に「人づくり」するということは、日本の将来にとってどういうことを意味するだろうか。日本の民族的発展・繁栄とつながりあうことが考えられるだろうか。
 そういうことは、断じてないのである。
 わいせつとエロティシズムと退廃のはんらんは、植民地の特徴である。世界のいたるところで、外国帝国主義が占領し支配し侵略しているところでは、一つの例外もなく、支配の手だてとして、民族意識を骨抜きにし、性欲と退廃の痴ち呆ほうとするために、わいせつとエロを大量にはんらんさせる。そして、売国的なカイライがそのお先棒を担ぐ。
 こういうものと断固としてたたかい民族の美風を守り抜く民族だけが外国帝国主義の支配の鎖を断ち切ることができるのである。われわれは、このことを心に深く考えねばならないところに立っている。


教育の投機主義は許せぬ   (1965年10月3日)

 地方労働委員会の勧告を無視した二教師の首切り、さらに、県教組下関支部長・松宮孝治郎氏 (向洋中学校教諭) へ対する告訴事件によって、下関学園の問題が大きく市民の前にクローズアップされることになった。ここでわれわれは、この問題の本質を考えてみたい。
 下関学園に子供をやっている多くの父母、下関学園の生徒と卒業生ならびに教師が、一致していっていることは、下関学園が学校として、われわれの常識では考えられないほど授業、運営がデタラメであることである。
 教師も施設もまるで足りなくて三つの組を一緒にしてマイクで授業するとか、教師がいないために「自習時間」ばかりが多かったり、運動場整地の作業ばかりやらせたり、早く帰らせたり、というふうで、したがって教科課程は正しく行われず、また必要な実習も行われず、学校の生命である「学び学力をつける」ということが、ほとんどといってよいほど無視されている。
 電波学校を高校として認可させるために、父母を動員してさまざまな工作をしたり、買収行為のようなことをやったり、父母に莫大ばくだいな資金援助をさせたり、また、電波学校がすでに高校としての資格をもっているようにいったり、また卒業までには必ず認可が得られると信じさせたり、というふうな、ほとんど詐欺にひとしい行為が一貫してやられている。その結果、中学卒業後三年間の教課を経たにもかかわらず、生徒たちは中卒者として取り扱われ、あるものはもう一度四年制の夜間学校をはじめからやりかえるということが起っている。高校は新たに認可をうけた場合は、認可をうけて三年後、つまり一年に入学したものが三年の全課程を終ってはじめて資格ができるものであることは、はじめからはっきりしているのである。学校当事者がそれを知らぬことはない。父母の、子供がよりよい状態で教育がうけられること、高校資格を望むこと、これらの崇高な感情につけいって、育友会をほとんど自由自在にあやつって、勝手気ままにふるまっている。
 卒業生の就職あっせんにしても無責任きわまるもので、就職先がよいか悪いかというより、その扱いがデタラメであり、いうことと実際がまるで違うことに、一様にはげしい怒りをもっている。
 これらを一貫しているものは、学校当事者が、中学を卒業して社会へ出るか大学へ進学するかというとりわけ重要な時期の子供を預りながら、子供の教育という問題について誠意も熱意もなく、ただ企業としての学校経営にだけきゅうきゅうとしていること、そのことのために生徒の青春と父母の熱意が利用されあやつられているという事実に突きあたらざるを得ないのである。今度の教師の首切り問題が起ったとき、大阪にいる卒業生たちが集まり「後輩のために」といって学校当局の不誠実を事実にもとづいて語りあい、それをテープに吹きこんで送ってきたことは、すでにその内容とともに本紙に掲載したが、これらのことは、学校を卒業して「懐かしかるべき母校」がどんなに無残な思い出として焼きついているか、それを「懐かしい母校」にするために、同時にあとから卒業してくるもののために、これら卒業生たちがどんなに思いを砕いているかを物語っている。それはまた、すでに自分の子供たちが卒業している父母たちが、学校運営を改めさせるために熱意をもって労を惜しまないという事実にもあらわれている。
 下関学園の教師たちが、それを改善したいと願うことは当然である。また、小中学校を経てそこに子供が行って、そのような無残な状態におかれることを、小中学校の教師たちがだまって見ていることができないのも当然である。下関学園の教師たちの学園改善の努力は、反対に学校当事者によって二教師の首切りとなり、教員組合の学園改善のための努力は、松宮支部長への挑発による告訴事件というワナによって迎えられたのである。
 こういうことが教育の世界で堂堂と行われ、改善に対して熱意をもつものは、学園の教師であれば生活権を奪い、中学校の教師であればワナを仕掛けて警察に告訴して陥れ、悪事だけがはびこって、いつまでも幾百幾千の子供たちが「学校企業主義者」の犠牲になってゆくことを、社会は黙って見ておくだけでよいだろうか?
 下関学園は、もともと労働会館三階の一室で、二、三の教師による高校受験準備のための塾として出発したものである。高校入学が困難という状況のもとで、その規模をしだいに大きくして予備校と称するようになり、ここで現在の同学園の理事の大半を占めている下関医師会の一部幹部と結びつき、高校への入学準備学校から、それらの生徒を収容するための下関電波学校となった。そして、政治的な裏工作を経て下関電子高校の認可をとったが、それは前記のように、現在二年生までで、三年生は依然として高校資格のないままである。
 これらの成り立ちの経過が示すように、それは一つの教育理念にもとづく学校建設とはまるで裏腹で、高校入学が困難という状況につけいって「学校教育」という名による「投機事業」としてやられていることである。私立学校の場合、経営を成り立たせることに苦心が払われることは当然である。しかし、重要なことは、正当な教育理念にもとづき青少年を教育するという信念を貫くことが大原則であって、それを可能にしてゆくものとして従属させて経営が考えられねばならない。下関学園の現当事者たちは、学校という手段によって金もうけすることが基本的な原則になっていて、そのために「学校事業」という手段が選ばれており、教育のさまざまな問題はそれに従属させられている。投機主義というゆえんである。このような考えをもつものは、他の手段を選べばよいのであって、かりそめにも教育を手段としてもてあそんではならない。それは幾百幾千の青少年の青春と未来に汚点を残すという、許しがたい社会的害毒を流すからである。
 下関学園の問題は、校長を先頭とする理事会に最も大きい責任がある。同時に、これを監督する立場にある県・市の教育委員会、私学審議会にも大きな責任がある。われわれは、幾百幾千の青少年のためと、教育というもののあるべき純粋さのために、社会の責任において、下関学園当事者の反省を促し、非を改めさせ、抜本的改革を求めねばならない。

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