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教育現場20年の報告に衝撃
人民教育全国集会
             勤労父母に依拠した教師  2009年8月24日付 

 「教育の崩壊をどう打開するか」をテーマに第31回人民教育全国集会(主催・人民教育同盟)が下関市で始まった。23日には、「子ども、父母、教師のつどい」が下関市の勤労福祉会館で開かれ、山口県を中心に北九州、沖縄、広島、大阪などから教師、父母、被爆者、戦争体験者など250人が参加した。つどいでは、20年来進められてきた「個性重視」「興味・関心」の「教育改革」で子どもや学校がどうなったのか学校現場の実態がいきいきと報告され、教育を意図的に破壊する攻撃とたたかい、働く勤労父母と団結して、未来を担うまっとうな子どもを育てる方向が論議され、確信こもったつどいとなった。
 はじめに人民教育同盟中央本部委員長の黒川謙治氏があいさつ。次代を担う子どもの教育の荒廃は、アメリカと日本の支配層が20数年前に教育を意図的に破壊する「個性重視」の「教育改革」をうち出したことにあるとし、それが「子どもを動物化させ、戦争の肉弾にする現代版の軍国主義教育だ」とのべた。そして、「教育の崩壊を打開するたたかいは戦争反対の重要な一貫である」こと、「事態がここまできて、現場教師が実態をおおいに暴露し、新しい進歩的な社会を築く力と精神を持った子どもを育てる教育をうち立てる出発点にしたい」とのべた。
 そして、基調報告が提案された。日本社会がまるで植民地のようになり崩壊しつつあるなかで、その象徴として多くの人が学校教育の崩壊をあげており、それが「20年来のアメリカと日本の支配層が、“新学力観”という名のもとに子どもたちに“個性重視”“興味・関心第1”の教育を押しつけてきたことにある」と明らかにした。そして「生産労働に携わる人人こそが、この社会を支える社会の主人公であり原動力であり労働や生活の実際と教育を結びつけ、日本民族の後継ぎを育てることが教師の使命だ」と訴え、「教育の崩壊をどう打開するか、おおいに論議していこう」と呼びかけた。

 「興味関心」で学校激変 教師からの報告
 はじめに2人の小学校教師が「新学力観」の教育改革による学校や子どもの現状を明らかにした。防府市の竹垣真理子氏は、学校現場で「あのときが転換点だった」といわれる1989年の「新学力観」「興味関心第1」をかかげた学習指導要領の改訂、その象徴となった小学校低学年で理科と社会を廃止して導入された「生活科」の実情を報告した。「育てる花に段ボールの帽子をかぶせる」「枯れたコスモスを校長やPTA会長を参列させて火葬にする」など、学校現場では「これでは子どもがバカになる」「教育ではない」という批判も抵抗もあったが「子どもの思いから出発する」「教師の押しつけはいけない」と強調され花に名前をつけてあいさつをさせる、雨の日に水やりをしても「植物に対して愛情がある」といって指導しない状況が当たり前になってきたことを明らかにした。そして「生活科をやれといわれて、子どもの興味を大事にする、教えてはいけないといわれたが、それは子どもにとってはテストも評価もなく“何でもいい”“好きなことをすればいい”というものだった。その中身は、朝顔を育てる、地域を見学するという経験はしても、自分がどう感じたか、何が好きかが全てで、勉強の内容が本物でなくなった」、これが子どもたちをウソでも自分が思ったこと、自分の意見は曲げないなど、非常に主観的で観念的な思考にさせたと語った。
 また「新学力観」の教育は自分の思い、自分の関心を第1とするため、みんなの経験から自然の法則性を追究することがなくなり、朝顔を育てる1年生は1人1人がペットボトルを用意して自分の植木鉢にだけ水をやるなど「集団で学びあう場であるはずの学校教育のスタートが徹底して個別化されてきた。そのなかで個人主義が強まるのは当然のことだ」と語った。最近の経験として、担任する2年生が、近所のおばさんからトマトの育て方を教わり、それをクラスみんなに伝えたことに喜び、「集団的に物をつくり出し社会で動いている人人の生産労働とそれを基盤にした生活が教育の源泉であること、教師がここに立つことが本当のことを教える教育を取り戻す第1歩だ」と語った。
 「生活科で育った青年が酒鬼薔薇事件や秋葉原事件を起こしているように、社会からも真実からもかけ離れた、度外れた“ウソ”の教育が子どもたちを自己中心、個人主義のとりこにし、学力も精神も退化させ、まさにひとたび戦場に送り込まれれば、何も考えずに残酷な兵士になる人間を生み出している。この大がかりな仕組みをはね返して子どもたちを勤労人民の後継ぎに育てる教育を父母、地域の人人、戦争体験者の方方の力を借りて取り戻していきたい」と決意を語った。

 体罰禁止掲げ教育崩す 個人主義人間作る
 続いて防府市の谷村芳宏氏は、学年はじめの家庭訪問で「先生、わが子が悪いことをしたら遠慮なくたたいてください。これまでの先生方にそれを頼むと“今は体罰はできないことになっている”といわれ、がっかりしてきました。よろしくお願いします」といった母親の意見を紹介。この20年で政府・文科省が進めた「個性重視」教育は、「教師の指導は押しつけになる。教えてはいけない」といわれ、「体罰禁止」を掲げて教育を崩してきたといっても過言ではないと実態を語った。単に教師が体罰することが禁止なのではなく、子どもの成長に必要な厳しい指導を禁止するもので、「大きな声で激しい口調で叱責する」ことから、「居残り指導」「給食を残させない指導」などまで「体罰」といわれ教師が萎縮させられていると語った。
 さらに「体罰」をしたら処分があり、マスコミや教育委員会から異動させられた例も多く、「子どもたちのなかで善悪や正義、不正義が曖昧にされ、自由放任をはびこらせ、自己中心の動物状態に陥らされている」とのべた。中学校になると動物状態が深刻化し、生徒同士のトラブルが暴力事件に発展し、学校は厳しい指導や正面から向き合うこともできず、一方の親が相手の子どもを警察に訴えるなどして、親や地域がますます学校に不信感を募らせるという悪循環をくり返しているとのべた。
 「問題は、“体罰禁止”の教育の結果、どんな人間が生み出されているかだ」。困難に直面すると自分の挫折を人のせいにし、見ず知らずのものを殺傷してはばからない、戦前の軍国主義よりもはるかに凶暴な攻撃的個人主義人間であり、「かつての戦争でアメリカ兵がニタニタ笑って日本の女子どもを機銃掃射でゲームのように殺してはばからない思想とうり二つだ」。「個性重視」教育は「自由と民主主義」を掲げた現代の軍国主義教育といっても過言ではないとのべた。そして「教師集団と父母、地域を1つに結びつけること、この力が戦争を阻止し、子どもの教育を立て直す確固とした展望である」と訴えた。

 学習内容も様変わりに 高校生や母親も発表
 続いて、小中高生平和の会のリーダーの高校3年生の女子2人が発言した。「ゆとり教育世代」といわれ、小学2年のときに完全に土曜日がなくなり、勉強内容も削られ、体育では「みんなで楽しくやろう」といって、バレーボールもワンバウンドや四回触るのも許されたり、小学校の図画工作もスケッチではなく空想画を描いたり、教師が頼んできた教材を組み立てるのがほとんどだったという経験を語った。そして「私たちはゆとり教育のなかで育てられてきたが、今、学力低下やゆとり教育の見直しといわれ、小学校1年から高校3年までの12年間は何だったのかと思う」とのべた。学校の勉強と平和の会の違いとして、学校では過去の出来事の1つとして教えられる戦争や原爆について、平和の会では被爆者や戦争体験者に学んで本当の戦争の真実を知ることができたこと、「これからも学校や平和の会以外でも多くの人から学び続けていきたい」と語った。
 宇部市の母親が発言し、数学の円周率3・14を3で習った学年があったり、理科でも塾に行っている生徒しか知らない問題があったりと、「削減された内容を学習せずに学生を終わってしまうことが起きている」と不安を語った。そして親がもっと子どもの教育に関心を持って向き合っていきたいと語った。

 小学校に英語教育導入 日本語学習は軽視
 その後、現場教師の北九州市の林田正人氏が「英語教育」の実態についてのべた。今年、全国の小学校で英語学習が試行され、多くの子ども、教師から批判の声が出されていること、教師たちは「そもそも日本語も十分に読んだり書いたりできないのに、英語なんて」「英語の時間は固定されていて、学年の行事が組めない。運動会の練習はどうするのか」と語っていることを紹介した。北九州は八年前から総合学習で英語学習が導入されていたが、今年からは、担任が中心となって教えなければならず英語学習への強い怒りと要求が出されたことを語った。
 そして、「英語教育の最大の問題は中身とその狙いだ」とのべ、「英語教育はアメリカを崇拝して、日本を劣等民族として見る構図をつくり上げようとしている」と語った。子どもたちが自分の気持ちを言葉に表すことができず、それが原因でケンカが起こっている。「言語は実際の生活を通して、人と人との関係を結ぶなかで生まれ、日本人は日本語を使った日常生活のなかで、相手の微妙な気分、感情、機微にも触れた理解と会話を覚えていく。しかし学校では日本語学習を軽視し、英語学習を重視している」「ますます子ども同士の意志疎通ができなくなり、ばらばらになりいじめも増え、分断されていく。英語教育の問題は、ただ単に外国語の習得のやり方、時期の問題ではない。子どもたちをアメリカの戦争の肉弾として差し出すのか、それともアメリカ支配に断固反対し、日本の独立と平和をめざす子どもたちを育てていくのかが問われている。教師、親、地域の人人とともに論議を巻き起こそう」と締めくくった。
 退職教師の上野紀郎氏は、学校現場に非正規雇用の教師が増加し子どもの教育に影響を与えている実態をのべた。山口県を見ても、1年契約の臨時教師と時間給の非常勤講師が合わせて1000人近くおり、山口県の教職員約8600人(管理職を除く)のうちの13%にあたると明らかにした。教育委員会は「“財政難だから仕方がない”というが、行財政面からも教育破壊が進んでいる」と語った。

 戦争に進む時期と酷似 被爆者も危惧
 その後、被爆者や戦争体験者の発言が続いた。下関原爆被害者の会の河野睦氏(77歳)は下関で空襲にあい、親せきを頼って広島に行き被爆した経験を語った。そして今の教育について、「“ゆとり教育”で子どもが自由にふるまい、先生の話し中でも立ち上がって歩き回るなど私たちの年では想像できない。このような調子で大きくなり勉強はできても、自分勝手な行動をとり我慢をすることができない子どもが多くなる。自分の思いが通らなければイライラして人を傷つけたり、人の物を取り上げてしまう優しさのまったくない人間になっている。政治家をはじめ大人たちが戦後のアメリカ式教育で追いつめている。戦争から一生懸命立ち上がってきたのに、今現在、だんだん昔のように戦争に進んでいる気がする。アメリカのオバマは核廃絶を唱えながら、自分の国だけはしっかりと核を保存して戦争になれば何の時でも核を使う。戦争になれば女、子どもが1番苦労し痛めつけられる。戦後65年間築き上げた日本を壊してしまわないように、力を合わせて頑張りましょう」とのべた。
 続けて萩市の退職教師の枇杷木諄子氏(95歳)は、戦前の教師たちが、子どもたちに軍国主義指導を注入する役割を担わされてきたこと、戦争に突入すると小学校の校舎のきれいな壁も迷彩色に変えられ、学校が小さな軍事施設になっていったという経験を語った。そして現在の「個性重視」の教育が、アメリカが要求する戦争教育であり、子どもを戦争の肉弾にする教育だと戦中、戦後の経験を重ねて語り、「戦前のようにならないように、たたかわない、偽りの教師にならないように、みなさん声を上げ、仲間をつくってたたかいましょう」と訴えた。

 教育崩壊の打開へ 参加者ふくめて論議
 休憩を挟んで会場からの意見発表に移り、挙手による発言が続いた。宇部から参加した上宇部小に孫が通っている婦人は、「昔の学校は先生はみな厳しく、授業中悪さをしていたらチョークが飛んできたり叩かれたりして、善悪の判断を教えてもらっていた」と切り出し、「今、小・中学校では何かあればすぐに警察を呼び、高校ではすぐに退学となって、本当に先生たちは子どものために本気なのかと思ってしまう。そして今の子どもたちは親が一生懸命働く姿に感謝する気持ちが薄れている。親の背中を見て子どもは育つというが、親がもっと自信を持って子どもに接してほしい。働く親を尊敬できる子どもを育てていこう」と呼びかけた。また上宇部小の原爆展に参加し、感動した思いを語り、「先生方と私たちが協力して子どもたちがまっとうに成長できるようにがんばっていこう」と語った。
 続いて、下関市内の小学校教師は、4年生の実態について「先生へ暴言が飛ぶ、席を立って友だちを蹴る、算数の授業がつまらないからと学校を歩き回る」など、子どもたちが簡単にキレる実態があると語った。子どもの数が減り、3年生のときは3クラスだったのが4年になって2クラスになったことで、荒れがひどくなっていること「教師の人数を増やすことが必要だ」と訴えた。
 戦争体験者の安岡謙治氏は、外地に行ったなかで1番若い世代であったこと、同期が90%戦死した経験にふれ、「今、昔のような戦争に帰っていくような気がする。なんとか止めなくてはならない。戦後は、われわれのことを“あいつらは右翼だ”などといわれたが、仲間のなかでだれ1人戦争を許すやつはいない。今、戦争をさせないために、戦争の真実を伝えたいと動き出している」と語った。そして教育について「学校に体験を話しに行くと、最初はダラダラしている子どもたちが、話を始めたらビシッとする。とくに、泳いでいるカエルやデンデン虫を食べたという食べ物の話が印象に残っているようだ」と語り、「今、“このままの世相でいいのか”と一生懸命考え、行動している先生方と一緒に、私たちも頑張っていきたい」と語った。
 下関原爆被害者の会の大松妙子氏が続いて発言し、「役人どもが机の上で考えた、“ゆとり教育、エリート教育”は中身は空っぽだ。小学校から英語を教えるなどもってのほかだ。学校の先生たちも教育委員会に負けないで、政府のいいなりにならないでがんばって下さい」と力強く励ました。北九州の戦争体験者も軍国主義教育と自らの戦争体験を語り、「力を合わせて教育をよくしていきたい」とのべた。
 その後、若い母親も意見をのべた。退職教師の婦人や大阪の高校教師は、長周新聞の“教育改革の二〇年”の教師座談会を読んで衝撃を受けたことをのべ、「国策で子どもの教育をムチャクチャにされてきたこと、その後ろにはアメリカがいる」と語り、勤労父母の側に立った教育運動を確立する出発点にしたいと決意が語られた。

 生産労働に教育の源泉 教師集団形成へ
 最後に3人の小学校教師から働く勤労父母の労働や生活のなかに教育の源泉があるという展望を指し示す教育実践が報告された。萩市の阿部喜久恵氏は、今年3月で退職し、4月から非常勤講師として勤めながら、「地域の父母や農漁民、長崎や広島での原爆展のポスター貼りなどに参加し、世間の風にあたるようになった」ことで、世間と切り離された学校や教師の姿が見えてきたと語った。「現職のころは地域の人や戦争体験者は“学校教育に協力してもらう人”と思っていたが、それはまったく逆で地域で生産し働く人人が本当の教育者だと思うようになった」と語った。
 長門市の江原美佐江氏は、2年生を担当し「生活科」の授業を使って親の仕事を調べ、子どもたちが成長していった実践を報告した。宇部市の佐藤公治氏は五月に学校原爆展をおこない、地域や父母が150参加し取り組みが喜ばれたと語った。そして、「教育改革に反対し、社会や歴史の真実に立って教育する教師集団が歓迎され、地域と団結することができた」ことを語り、新しい教育運動の出発点に立ったと語った。

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