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教育への政治介入先行する下関
管理統制強まり現場は窒息
                子供不在の非教育     2014年6月11日付

 安倍首相が教育改革に熱を上げ、これまで独立性を持たされてきた教育委員会および教育長を自治体首長の支配下に置くことや、首長の権限で教育大綱を決定し、その方向に沿って教育行政を運営していくことなど、教育への政治介入を深める改革案を次次と打ち出している。「お国のために死んでこい」といって子どもたちを洗脳教育した痛恨の体験から、戦後、教育は不当な支配に服することがないよう厳密に定められてきた。これを69年前の状態に戻すという時代錯誤である。このなかで、お膝元の下関ではわざわざ法改正しなくても、早くから教育行政が安倍代議士側近の勢力やその代理人である市長に牛耳られ、教育現場は過剰なまで管理統制されてきた。安倍教育改革の結末がどうなるのか、先行実施されている下関の実態を見てみた。
 
 代議士が関与する教育長人事

 今年2月、下関市内の小学校でバスケットボールの指導中に、体育館で高い場所にのぼろうとする子どもを教師が静止し、肩をつかんだ拍子に子どもが転んで肘を骨折するという事があった。約四カ月たった最近になって、県教委、市教委がその指導について体罰認定し、減給処分を決定した。メディアが行政の発表内容をもとに「教師が子どもの骨を折る暴力」「体罰だ」と報道したものだから、多くの人人は「親が訴えたのだろう」と受けとり、問題になった学校のPTAのなかでも、勝手な憶測や疑心暗鬼を生み出しかねない状況がつくられた。
 2月時点でケガをした子どもの親と学校で話し合いがもたれ、円満解決していたのに、なぜ今になって体罰騒動に発展したのか? 当事者の子どもの親自身が多いに驚き、「うちの子の指導をめぐって保護者会まで開かれて…」と困惑していたことが関係する人人のなかでも話題にされた。それほど唐突な処分発表と報道だった。
 子どもが先生の指導を聞かなかったり、それを身体を掴んで静止したり、厳しく叱ったりすることはどこでもある。背中を向けていた子どもを振り向かせようとしたところ、運悪く転んで骨を折ってしまった、というのが今回の真相のようであるが、「骨を折るほど体罰を加えた暴力教師」というニュアンスだけが世間に広まり、教育現場を萎縮させる効果をもたらした。
 頭のおかしな変人教師が横暴に子どもを殴ったり蹴ったりしているわけでもないのに、不慮の事故までがみな同列で扱われていく。当事者に取材すれば、それが体罰や暴力であるか、悪質であるか否か判断できるはずなのに、商業メディアも窓口取材だけを鵜呑みにして、世間に対してレッテル貼りしていく構造を改めて浮き彫りにした。
 下関市内の他の学校からも「解決していたのになぜ?」「体罰といえるのか?」という声が多く出されている。このなかで、学校運営が円滑におこなわれるように現場を後方支援するはずの教育委員会がこの数年来は摘発業務の専門家になりきっており、何においても介入してきて、現場に混乱と疑心暗鬼を生み出していることが一つの問題として語られている。今回の体罰騒動に限らず、教育委員会や教育長がみずからの対応に落ち度がないか、その保身や自己防衛のために現場をトカゲの尻尾にするし、管理統制ばかり強めて現場が窒息しているというのである。
 「やめたい…」と嘆く教師が多く、校長や教頭についても他市に異動したら大喜びして、精神的に解放されている人人が少なくない。当の教育委員会についても、今春に課長が定年を1年前にして依願退職したことが同僚たちのあいだで驚かれ、「とにかく教育委員会から離れたかったようだ」「嫌気がさしたのだ」と話題にされた。一人二人ではなく、なぜみなが「やめたい…」と思う状況になっているのか? 子どもたちの成長にかかわる教育者としての喜びを投げ捨てるほど、嫌気がさすのはなぜなのか? である。

 メール魔のよう… 現場に届く細かい指示

 学校現場にはパソコンのメールを通じて、県教委や市教委が通達や調査依頼などを湯水の如く流している。とくに現在の波佐間教育長体制になって「学校運営を判断すべき校長が必要ないほど細かい指示」が文書やメールで送りつけられるようになり、その数は膨大である。メールの受信箱に通知がある度に、ため息をつきながら現場の教師たちはのぞいている。午前2時に着信していることもある。校長、教頭になると個人の携帯にも四六時中、市教委からメールが入って指示が飛ぶ。
 「教師の過労が社会問題になっているので勤務時間を調査しなさい」「○○県で下校中に子どもが事故に巻き込まれたので、校区内の危険箇所をチェックして報告するように」「宇部で不審者が出たので周知して気をつけるように」等等、枚挙にいとまがない。必要であることなら誰も異論は挟まないが、くだらない指示も含まれていることから、みなが振り回されて疲労困憊している。メール魔に襲われているわけでもないのに、着信への反応はそれと似たものがある。
 学校のなかで起こる様様な事態への対応も指示は細かい。今回のように市内で「体罰」があれば、「感情的になってはいけない」「ケガをさせてはいけない」という校内研修が市教委主催で開かれ、各学校に通達が下ろされる。暴れる中学生に対する対応も決して手を出してはならず、正面から向かうと体罰になるので、後ろに回って抱きかかえる等等、細かいマニュアルが定められている。叱ってげんこつでもしようものなら暴力教師に認定されることから、荒れた子どもに教師が必死に抱きついたまま「何をしているのだろう?」と思う場面もしばしばある。人格のある一人の教育者と子どもとの関係というより、市教委のロボットと子どもたちが対面しているような光景である。
 文科省キャリアの嶋倉剛が教育長に天下ってからは、荒れる子どもたちを片っ端から警察送りにするようになった。パトカーが10台近く中学校に乗りつけ、30〜40人の警察官が校内で大捕物をしたこともあった。子どもの荒んだ心情に接近して、教育者として対峙するというより、教育を放棄して「警察へ」「鑑別所へ」がやられるようになった。親が苦情をいいに来たり、要望をしたり、子どもの喧嘩や学校でのいざこざも日日起こる。マニュアル対応できるほど同じ問題が起きるわけではなく、家庭環境も含めて子どもたちが置かれている状況は千差万別である。臨機応変に親や子どもとも意思疎通を交わし、信頼関係を築いてあたらなければ、とても解決できるような代物ではない。ところが校長や教師が教育的見地から対応すべきところ、教育委員会が登場して事を荒立てない対応ばかりが優先される。親からの苦情も様様あるが、謝るべきではない問題まで「謝罪しなさい」という指示が飛んだりもする。
 マニュアル化の最たるものが「いじめ対策」で、文科省が推進するコミュニティスクールについて、「下関市は全校区にできた」といって、今年度は下関市を会場に全国大会が開催されることが決まった。国会で「いじめ防止対策推進法」が成立し、各都道府県教委による「いじめ対策マニュアル」の作成が義務づけられたが、下関は真っ先に作成し、それに基づいて各学校が具体化し、報告するよう指示が出た。いじめ対策の先進地だそうである。

 校長会後の懇親会 酒注ぐ為に列作る校長

 下関の教育行政をめぐっては、江島市長の時代から「全国先端」が多方面で導入されるようになった。全国最大規模の教科教室型の実験校として川中中学校が選ばれ、安倍人脈として教育長に天下った嶋倉剛(前教育長)になると、全国でも前例がない大規模な学校統廃合計画をぶち上げたりしてきた。「アジアへの植民地支配はなかった」という昨今の右傾化で台頭している歴史観を早くから下関の教育行政に持ち込んだのも嶋倉剛であった。教育長の任命制も先取りで、首長どころか代議士が関与するのだから、国会で現在論議されている法改正など下関の教育行政にとっては後付けである。
 嶋倉氏の任命権者はだれの目から見ても安倍首相で、教育委員たちが互選によって選んだと思う者はいない。郷土下関に縁もゆかりもない人間が、政治家に見込まれて教育行政のトップに君臨し、やったことといえば勉強についていけず、暴れている中学生たちを端から警察送りにしたり解決能力のないことばかりで、最終的には混乱をもたらして収拾がつかない状況にしたあげく、文科省に送り返された。
 政治家が見初めた人間が教育長に任命され、教育行政において采配を振るうとどうなるかは、嶋倉剛だけでなく、現在の波佐間体制を見ただけでも歴然としている。教育的理念などとは無縁の現場管理、出世欲や権勢欲を根底にした政治家へのおべんちゃらがやられ、教育行政が薄汚れた世界に引きずり込まれていく姿である。
 細かい指示やマニュアルがこれでもかというほど溢れて、教師をロボットのようにしていく。管理統制が強まったのは嶋倉体制からであるが、その後の波佐間体制になって一層拍車がかかったといわれている。現場の教育力を信頼していないことが根底にあり、偉い教育委員会、もっとはっきりいうと波佐間教育長こそが偉い教育者であって、その他の教師は見下しているという点に最大の特徴がある。
 人事や処分などの権限を振り回すことから、校長会も自由な論議が難しくなり、息苦しい上意下達の場に変貌した。本来、校長会や教頭会は現場の管理職が相互に交流しあい、意思疎通をはかる自由な会合であるが、最近の下関市では毎回教育委員会が出席し、時には午前中は市教委が延延と通達に時間を費やすこともある。他市から下関に赴任した管理職は「初めて校長会に参加したとき、教育委員会が自分たちよりも先に会場で待っていて、あれ? 会場間違えたかな? と驚いた。以前の赴任先で市教委が参加するのは年に数回だったもので…」と語るほどで、異様に映っている。校長会の主催者が校長たちではなく、いつの間にか教育長になり、下下が号令をお聞きする場になった。
 そして校長会や教頭会の後の懇親会になると、教育長や課長が親分になってしまい、彼らに酒を注ぐために校長たちが長い行列をつくって、自分の番が来るのを酒瓶抱えて待っている。教育者がおべんちゃら大会をやる姿は、決して子どもたちに見せられるものではないと良心的な校長たちは心苦しく感じているが、酌をしない側がむしろ少数派である。こうして教育そっちのけの主従関係ができあがり、ヒラメが培養されている。
 偉い教育長が偉くない校長たちを指導し、現場の教師になるとさらに見下しているから、指示メールにはきりがない。「何から何までなっていない現場」をチーム波佐間がマニュアルでしつけているような光景である。そうして自分が偉いと思えば思うほど自己顕示が強くなるのか、教育長の挨拶が長くなり、会合では教頭や校長たちが「今日は何分しゃべるんだろうか…」といって時計をこっそり確認する。その調子で運動会まで出てきて延延挨拶をするから、父兄が「いい加減にしろよ!」と激怒する始末となった。
 教育長がしたためたエッセイの自費出版本までが出され、中尾市長が主催者になって出版記念会も開かれた。その場に校長たちが一封包んであらわれる。「不当な支配に服さず」どころか市長との密月を自慢し、学校現場に市長を招いて子どもたちに授業するまで「政治介入」には見境がない。市長が任命する教育委員といえば、林芳正代議士の従兄弟にあたる林俊作氏が登用され、月1回の教育委員会に参加するだけなのに毎月13万4000円の報酬がプレゼントされる。政治介入というより私物化も甚だしい実態がある。

 子どものため教育者たちの奮起期待

 政治介入ならずっと以前から当たり前のようにやられ、教師の管理統制という意味でも下関は全国より一歩も二歩も先を行っている。その結果、教師は窒息しそうなほど束縛され、子どもたちとかかわる以上に膨大な書類作成に追い回され、「やめたい…」人人が後を絶たない。「問題を起こす子どもは警察に送れ」があらわしているように、子ども不在、教育否定によって、学校現場はますます荒れが拡大し、教師もみずからの存在意義が見いだせなくなっていることが大きな問題になっている。そこにあるのは教育委員会の自己防衛と保身、教育長のとどまることをしらない権勢欲や自己顕示欲の誇大化であり、下関の子どもたちの成長にとって何の関係もない大人たちの別世界だけである。政治が教育の上に君臨し、教育者がおべんちゃらをやる汚れ世界の先駆ともいえる。
 教育はときの国家権力や行政と一線を画し、子どもたちに直接責任を負ってやられる営みであることは教育界の常識である。それはかつての戦争の深刻な反省から定められてきた。教育基本法が変わらないうちから政治介入がやられ、教育長を代議士が任命したり、市長と教育長の目を覆いたくなるような密月の関係が教育現場にも持ち込まれ、市教委が異質な集団へと変質していく。下関市教委といえば、社会教育複合施設(ドリームシップ)や学校耐震化、新博物館建設など巨額利権を動かす部署としても知られ、市職員の配置からして教育と縁もゆかりもないような顔ぶれが多数配置されてきた。真面目な職員ほど心を病んでいくのも特徴だ。
 戦前ばりの皇国史観を振り回して、脳味噌が極端に右に寄った人間、科学的な思考力のない子どもづくりが教育改革によって持ち込まれようとしている。教師が従順に調教され、物言えぬ管理統制が行き着いた先が「お国のために死んでこい」をやる洗脳教育だったことは、戦争体験者たちの経験が裏付けしている。現在は「お国のため」「天皇陛下のため」に死んでいく子どもではなく、英語が話せる米軍の鉄砲玉づくりである。一部のエリートがいれば、あとは非正規雇用などの奴隷状態に甘んじてくれる思考力のないバカで良いし「貧乏をエンジョイしてくれ。そのかわり成功者の足を引っ張るな」(竹中平蔵)という連中が「改革」に顔を突っ込んでいる。ゆとり教育をやり、さんざんバカづくりをしたあげくに「学力テストだ」といって振り回し、一方で体罰騒動やいじめ騒動に見られるような、加害者、被害者という二分化によって教師と子ども、父母のまともな関係を分断する圧力も強まっている。
 子ども不在、教育否定の閉塞した状況に対して、個人個人の我慢や辛抱ではなく、子どもたちのために教育すべきは教育し、積極的に教育者として立ち向かっていく行動が切望されている。

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