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教育から下関の立て直しを
自由主義教育全国最先端
              99や漢字を教えて卒業を    2010年11月3日付

 来年1月におこなわれる下関市議選にむけて、下関をつぶれるにまかせるのではなく、何が何でも立て直そうという市民の論議が活発になっている。経済の疲弊がものすごいこと、それは水産業、造船、鉄工などの基幹産業、周辺に広がる農林業、沿岸漁業が切り捨てられてきたことが、地域経済全体にカネが回らなくさせ疲弊させてきたと語られている。その論議のなかで、地域経済の立て直しとともに、教育の立て直しが重大な関心となっている。下関の将来を担い、産業を担いうる子どもをどう育てていくのか、産業振興と人材育成は切っても切れない重要な問題である。
 下関市内で建設業を営むAさんは、最近若い従業員を数人雇ったが、彼ら全員が九九ができないことに驚いた。「自分も勉強ができる方ではなかったが、九九ができないことはなかった。勉強しないというが次元が違う。どんな職場で働くにも九九など基礎基本は必要だ。なぜ学校に行ってそれが身についていないのか」と驚きを隠せない。
 市内の造船関係の事業所では、精密な作業であり、技術を身につけて一人前になるには10年の歳月を要するという。「若い子を採用するが、その技術を最後まで習得して身につけることができない。途中で周囲の友人などから“もっと給料がいいところがあるぞ”と聞くとすぐにやめていって続かないのが多い。この技術がないと世界中の船はできないんだという誇りを持ってやっているがそれを担う誇りはないのだろうか」と技術の継承をどうしていくか思い悩んでいる。
 造船所を経営するBさんは、「うちのような鉄工所は夏はひじょうに暑く、その上焼けた鉄板の中に入り、油まみれになるきつい仕事だ。おまけに冬は寒い。年配者の技術者は、仕事に誇りを持って黙黙といい製品をつくるためにやる。だが若い子を雇っても“こんなにきつい仕事は割に合わない”などといって、数日間来てやめたりする。本当は若い後継者を育てたいが、時間をかけてゆっくり育てる余裕がないということと、それだけの熱意を持った若い子がなかなか少ない。産業を振興させるというとき、油まみれになって仕事をすることが尊いことだということを小さいころから学校で教える教育が大事だ。教育を立て直さないかぎり産業振興にはならない」と思いは切実だ。
 共通して語られているのは、3Kといわれる「きつい、汚い、危険」な仕事を嫌う若者ではなく、汗水流して働く労働者の誇りや資質を子どもたちに伝え育てていかなければならないということだ。そして教育の立て直しは下関の問題だけでなく、日本全国共通の課題だと語られている。
 学校教育はとくにこの20年来文科省が自由主義教育改革を推進し、幼稚園の「自由保育」、小・中学校、高校、大学では「新学力観」「個性重視」「興味関心第一」で、子どもたちの好き勝手をはびこらせてきた。保育園、小学校から「がんばらなくていい」「そのままの君でいいんだ」「強制してはいけない」と九九や分数がわからなくても、苦労して勉強させるのではなく、わからないまま放置することが奨励されてきた。漢字を何度も書いたり、算数の文章題を解いたり根気がいる勉強はさせなくなった。そして地道に額に汗して働くことよりも、楽してもうけることを賛美する教育がされてきた。
 これは教師に「指導してはいけない」「子どもに寄り添うのだ」などといったり、「子どもの人権だ」といって、しかると「体罰」といい、メディアまで大騒ぎし、教師を袋叩きにすることをともなってやられてきた。
 ある高校教師は、「この間の教育の流れが、農業や漁業とか鉄工所などの産業が尊いものではなく、ホリエモンのような楽してもうけたらいいというものだった。だから全員が事務職を希望するようになる。働くということの意味を学校でも教えていかないといけない」と反省の思いをこめて語られている。

 荒れ進み警察沙汰が増 教育はどうなったか

 この間、下関市の教育はどうなってきたのか。下関では3年前に安倍元首相の人脈で文科省課長から天下りという異例の人事で嶋倉教育長が就任した。そして下関市ではここ2、3年、中学校の荒れがひどくなり、警察沙汰がひん発した。
 家庭生活が困難になるなかで生徒たちが10人、40人とグループをなして暴れ、つぎつぎと警察に逮捕される事件が続いた。中学生になっても九九や分数、漢字が書けないなど勉強がわからない生徒たちが、教室にじっと座っているだけでも苦痛であり、暴れたり不登校になっている。これを徹底的に勉強を教えて解決するのではなく、暴れたら警察に送るという、教育の否定がおこなわれてきた。それは安倍元首相がやった教育基本法の改定、教員免許法の改定、12歳から逮捕できるとした少年法改悪の具体的実行であり、安倍元首相の地元の下関がその教育政策のモデル地域になっている。また、地域の自治会からの学校への寄付金を「受けとるな」と通達し、地域との切り離しを進めたことも怒りが強い。

 教育予算は毎年大削減 下関の将来を潰す

 また下関市の教育予算や環境整備の面で見ても全国先端で削減がおこなわれてきた。江島市長の14年間で、教育予算が毎年5〜10%の大削減となり、学校で絶対に必要なテストやプリントの用紙代やインク代など、義務教育費の“受益者負担”は全国的にも突出するものとなった。
 また予算削減をうたい小・中学校の宿直代行員を廃止して機械警備化を強行した。小・中学校校舎の大規模改修に予算を回さず、その結果学校耐震化率は全国でも異常な遅れである。文科省の調査(2010年)で全国の耐震化率の平均が73・3%に対して、最下位の山口県は53%で、下関はさらに低く40・7%と恥ずかしい数字となっている。
 これほどたくさんの古い校舎が放置されているのはなぜか。その背景に「学校統廃合計画」があると指摘されている。小学校は53校から38校まで15校を廃校にして、中学校は23校から17校まで6校を削減するという全国的にも稀に見る規模の大整理を江島市長時代にブチ上げた。子どもがいないから統廃合というが、学校をなくして子どもがいないようにし地域をさらに疲弊させるというものである。それはまた学校跡地を一等地として不動産バブルで一もうけしようというのがもっと大きな動機と思われる。統廃合計画は父母や地域の反対運動が盛り上がったのを受けて、中尾市長が「凍結」状態にしている。しかし「中止」にはなっておらず再浮上する可能性も秘めている。
 学校に配分される教育予算は中尾市長になっても増額されることはなく父母たちに教育費負担は重くのしかかっている。
 また中尾市長になってからは、幼稚園の統廃合計画が進行している。市内に28園(うち休園が2園)ある公立幼稚園のうち14園が統廃合の対象となり、来年度からは第四幼稚園が休園となる。子どもが増えるような政策はとらずに、少子化だから幼稚園をなくすという地域をさらに疲弊させる教育破壊である。「もうかるかもうからないか」が基準となって、日本の将来とか下関の将来は二の次という市場原理市政の典型である。
 下関の将来を担う子どもの教育が粗末にされ、公的な責任ではなく父母の自己負担、自己責任で教育予算はカットされる。そして勉強がわからなければ、「塾に行ってください」といわれ、塾に行けなければ九九や漢字も書けずに卒業する生徒が増えている。「最低、九九や分数、漢字を書けるよう基礎基本を身につけさせて卒業させることを、下関の教育行政として人を配置して徹底させるとか、忍耐力とか精神力も育てていかないといけない」と具体的な政策として要求する声は大きい。
 子どもの教育を破壊することは、下関の将来をつぶすことにつながる。駅前開発や市役所建設よりも産業保護・雇用確保に行政が力を注ぐことと、次世代を担う教育に予算を投入し、社会性を持ち産業を担うたくましい精神を育て、まともな学力をつけさせるよう教育を立て直すことは、下関の将来にとって最も重要なことだと市民の関心は強まっている。

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