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教育から世の中変えられる
第34回人民教育全国集会
             上宇部体育実践が大運動に    2012年8月27日付

 「教育から世の中をたて直そう! 戦争に反対し、子どもを勤労人民の後継ぎに育てる」をテーマにかかげた第34回人民教育全国集会が26日から下関市で始まった。初日の26日には勤労福祉会館の四4階ホールで「子ども、父母、教師のつどい」が開催され、教師や父母、祖父母、被爆者、戦争体験者など300人が参加した。今年のつどいは、「鉄棒逆上がり・7分間持久跳び 全員達成」を成し遂げた宇部市立上宇部小学校の教師集団の実践とその教訓がいきいきと報告されるとともに、上宇部実践を学んだ体育重視の実践が各地で大きな運動となって広がっていることを明らかにした。「個性重視」「鍛えてはいけない」などという犯罪的な新自由主義教育改革の抑圧を取り払って、勤労人民が望むあたりまえの教育を誇りと使命感に立って堂堂と進める教育実践と教師集団が生まれている。参加者に「この教育運動を広げれば、教育から世の中をたて直すことができる」という確信を与える画期的な集会となった。
 
 劇で生き生き発表 逆上がりや持久縄跳び全員達成 深い感動の渦

 はじめに主催者を代表して人民教育同盟中央本部委員長・佐藤公治氏が「子どもたちの力と教師集団の力が結束すれば“教育から世の中を変えられる”という確信を強く持っている。本集会がその大きな第一歩となるよう有意義なものにしたい」と挨拶した。続いて集会の基調報告が提案された。
 集会のはじめに上宇部小の体育実践を描いた劇『鉄棒逆上がり・七分間持久跳び全員達成』が上演された。上宇部小の教師や母親、広島の被爆者、また平和の会の子どもたちや他校の教師が出演し、鉄棒や縄跳びの全員達成に向けて教師がどのように子どもに声をかけ、励まして導いていったのか、迫真に迫る演技で感動的に描きあげた。
 劇は子どもたちが成長する大きな要因となった、広島の被爆者の体験を聞く第1場面から始まる。広島の被爆者・上田満子氏は紙芝居を見せながら被爆体験を語り、子どもたちはそれを囲むようにして真剣に聞き入る。上田氏は女学校1年生の13歳のときに被爆した。3歳の弟はサッカーボールのように顔が膨れ上がり、母親は「お化け」と思うほど髪はザンバラで目のまわりは赤紫に腫れ上がった。弟は家族五人の名前を呼んで息をひきとり、母親もそれを追うようにして亡くなった。上田氏は「戦後私は何事にも負けず、歯を食いしばって生きてきた。そして広島の会に入って数年になるが、私は生かされているのだと思って、こうして平和公園で体験を話している。私たちの後を継いで平和な世の中をつくってください」と子どもたちへ思いを託した。体験を聞いた子どもや教師は、被爆者の思いをストレートに受け止め、二度と戦争を起こさせないと決意して、その後の鉄棒逆上がりの奮斗につながっていく。
 第2場面は、鉄棒の逆上がりの練習場面から始まる。「ここ3年間、逆上がりができない子が圧倒的に多く、鉄棒にぶら下がることも、回ることもできず肉屋にぶら下がった肉のような状態の子どもがたくさんいた。これでは人間の進化ではなく退化だと、教師集団と子どもたちが結束して奮斗していった」。四月から九月まで、子どもたちは炎天下であろうが、手の皮がズルズルに剥けようが、親や地域の人に支えられながら鉄棒の練習をしていった。教師たちは練習のあとに「成功は痛みの先にあるものだ」「一生懸命頑張る姿が一番かっこいい」と子どもたちに語りかける。
 あと4人で全員達成となったとき、教師たちは「できないことが恥ずかしいことではなく、できないと思ってあきらめてしまう方がよっぽど恥ずかしい」「先生は自分のクラスが全員できたからといって喜んではいない。本当に喜べるのは全員が達成したときだ」「達成した子も、できない子をバカにしたり仲間はずれにせず一生懸命応援する姿はかっこいい」と励ましていく。
 運動会直前の朝、最後までできなかったT子が逆上がりを達成した。友だちが鉄棒を雑巾で拭いてあげたり、グラウンドに踏み台の山をつくって援助するなか、声援を受けてチャレンジしたT子がついにできたとき、みんなが「ばんざーい」と大喜びする。T子が書いた感想文が紹介された。「友だちがいっぱい“おめでとう、がんばったね”といって抱きついてきました。応援してくれたみんな、本当にありがとう」。また4年、5年で担任した教師の声も紹介される。「あの子が人前で発表するなど考えられなかったが、この前の委員会で自分からすすんで手を挙げて堂堂と意見をいう姿に驚いた。彼女のひたむきな頑張りがみんなを励まし、みんなが彼女を励ますという相乗効果だ。気になっていた女子同士のいざこざもなくなった」。
 次に運動会でとりくんだ7段ピラミッド完成までの映像が流され、その後の音楽祭でも子どもたちが力を発揮。担当した音楽教師の「どうせできないと弱音を吐く子は1人もいなかった。感性豊かな演奏と美しい立ち姿で感動を与えてくれた」との発言をはさみ、11月から始まった持久縄跳び全員達成までの子どもたちの成長の様子が描かれる。
 雪の日も練習に励んだ7分間持久跳びでは、最後に残ったのが体重60`を超すA男。学年の教師4人が「悲願の全員達成まであと1人、ぜひやりきりましょう」と意志統一する場面、A男が友だちに励まされながら練習する場面が描かれる。卒業まであと11日、大きな声援のなか自己新の3分30秒で力尽きたように大の字になるA男に対し、教師たちは容赦なく檄を飛ばす。「あなたは自分で三分台が跳べれば満足という壁をつくっている」「そんな甘えた考えで社会に通用すると思っているの」「どれだけ多くの人がお前の達成を願っているかわかってない。それが自分中心の考え方だ。鉄棒も持久走も最後まで頑張ったじゃないか。歯を食いしばって頑張ってみろ」。
 卒業まであと9日。この日は4分、5分と記録を塗りかえた。「あと30秒!」。子どもも教師も声をからして応援し、ついに7分達成したA男に全員が駆け寄りもみくちゃにする。4人の教師は泣きながら外側で万歳していた。
 続いて卒業直前の参観日で、親の前で子どもたちが発表した作文が紹介され、母親から届いた手紙も紹介される。卒業式では校長先生のはなむけの言葉が紹介される。
 最後に3年目の今年、逆上がりは5・6年生とも全員達成し、6年生は朝8時前に集合して草刈りや環境美化にとりくんでいることが紹介された。「全員達成したことは私たち教師の誇りとなっている。子どもたちはすばらしい。教育から世の中を変えていくことに私たちは確信を持っている」と締めくくられた。教育への情熱と子どもたちへの愛情あふれる劇は会場を笑いと涙の感動の渦に巻き込み、大きな拍手が送られた。

 「学校の枠」突破り展望 上宇部小教師が報告

 その後、上宇部小学校教師の佐藤公治氏が、体育実践が成果をあげた根拠について発言した。
 佐藤氏は第一に、教師が学校の狭い枠のなかに閉じこもっていては絶対にこの実践は実現しなかった、教師が学校の枠内の価値観をうち破り、学校から飛び出して社会的視野を広げ、被爆者・戦争体験者、勤労人民から学ぶことが、子どもたちを飛躍的に成長させると確信するとのべた。それは戦争体験者や父母、祖父母は子どもを次代を担うたくましい後継ぎととらえているが、学校の枠内で子どもを見ると「子どもが悪い」「親が悪い」と夢も希望もない暗澹たる状況になること、そこには子どもの見方に根本的な違いがあったとのべた。具体的には、広島の修学旅行で七年間続けて被爆体験を学んだことや、上宇部学校原爆展のなかで下関の被爆者に学んだこと、また劇団はぐるま座の『原爆展物語』を父母や子どもと鑑賞したこと、「没35周年記念・礒永秀雄詩祭」に参加したこと、などが子どもたちを大きく成長させる基盤となったとのべた。
 第二に「子ども不在の組合主義の打破」という問題にふれ、子どもの成長のために一心不乱に実践していくことが大きな飛躍につながったこと、子どもの教育のためには燃えるような情熱をもってあたることが教師の使命だとのべた。それは、「教師は子どもより偉い、自分は他の教師よりも偉いという傲慢な立場から物を考える。常に自分の満足を第一に考え、子どもの成長に心が寄せられず、自分の権利ばかりを主張する子ども不在の組合主義。体制に安住し、うまくいかないことを人のせいにし、建設すべき実践はなに一つない被害者同盟。この路線をうち破って、だれもが願う教育実践を仲間の教師とおこなったことが要の問題だった」と語った。
 第三に平和教室・平和の旅を通じて、子どもたちは勤労人民が社会の主人公であることを学び、勤労人民の後継ぎとしての資質を学び実生活を変えていったこと、そこに父母・同僚教師が参加していったことをあげ、それは子どもの成長や教師の立ち上がりを促す上で重要であり、そこで学んだ方式や精神を学校現場の教育活動で実践していったとのべた。

 広がる体育重視の教育 山口県下や福岡県で

 休憩を挟んで、上宇部実践に学んで大きく広がっている体育重視の教育実践について、山口県や福岡県の教師からいきいきと報告された。
 はじめに宇部市の小学校教師・山下美智子氏が登壇。昨年1年間の上宇部実践の経験は、これからの教育活動において一番必要なことだと確信し、新しく赴任した学校でも逆上がりから始めているとして、1学期の実践を発表した。
 4月から始めたクラスの子どもたちとの逆上がりの朝練は、1カ月続けたころから学校で話題になり、5年生全体のとりくみに発展したこと、最初は友だちに対して無関心で、鉄棒で自分は成功しても友だちの応援ができなかったが、意識的に応援する場面をつくっていったこと、さらに親にも鉄棒実践の効果について説明し協力を求めたことを報告した。そして、当初144人中39人しかできなかったものが、1学期末には131人ができるまでになったとのべた。
 そのなかで、休みの日に公園で父親と練習したり、手に豆ができたり皮がむけても頑張るように子どもたちが変わってきたことや、当初日記に「鉄棒をやると聞いたとき僕は涙が出た」と書いた子どもも、友だちの応援のもと1学期末に達成し、日記には「なんでも努力すれば達成できることがよくわかった」と書いたとのべ、「劇を通して昨年の実践を振り返り、いろんな障害を乗り越えて頑張ろうと再度決意した」と発言した。
 長門市の小学校教師・江原美佐江氏は、上宇部小の「逆上がり全員達成」の冊子に「こんな教育がしたかった」と感動した管理職が、今日の劇のために体育館にある移動式鉄棒の貸し出しに喜んで応じたこと、さらに知人の元土建業の夫婦が教育集会の呼びかけに感動して、長門市から下関市まで運んでくれたことを紹介した。そして上宇部小実践に学んでの3年間のとりくみを報告した。
 1昨年は1年生の担任だったが、クラスの子どもと体育の時間に鉄棒、登り棒、渡り棒、うんていにとりくみ、手にマメをつくって毎日見せにくる子どもたちの表情が輝いていた。そのなかである女子は、苦手な渡り棒を友だちの援助で成功させたことから、「朝の着替えもしない、勉強もしない、返事もしない、おしゃべりもしない子が、大の苦手だった人前での発表ができるようになり、友だちとも仲良く遊べるようになった」と、勉強や生活面でめざましく成長したとのべた。
 さらに昨年は体育重視が学校全体に広がり、昼休みと掃除の間の15分間、鉄棒や縄跳び、マットなどにとりくんでいることを報告した。1年生は昨年の冬から1分間の縄跳び持久跳びにとりくみ、休み時間のたびに運動場に飛び出していく子どもたちに「ストップウオッチではかって」と急かされる場面が何度もあるなかで、達成した子どもが増えていき、ついに3月中旬に最後の男子が達成した。
 「みんなでできるということがあたりまえなのに、あたりまえのことをやっていないということに改めて気付いた」と振り返った。
 そして今年は3年生を担任し、同学年全体で鉄棒の朝練を始めていることや、マット運動の前回りを全員達成して同学年の若手教師と喜びあった経験、さらに全校体育の成果を9月の運動会で地域や父母に披露することが決まったことなど、発展している状況を報告した。
 江原氏は、「今日の劇を見て、被爆者や戦争体験者に学ぶという強い土台の上に子どもたちの力を伸ばしていきたいと思った」とのべた。

 持ち返り実践に生かす 会場から教師が発言

 これを受けて会場からの教師たちの発言が続いた。
 北九州市の小学校で1年生を担任する教師は、「今日初めて参加して子どもたちが一生懸命劇をする姿に心を打たれた。うちの学校でも月・水・金の朝休みに鉄棒の前回り、逆上がりの練習をしている。今日思ったが、子どもができた喜び、頑張ろうと持続する力、それを私たち教師が一番喜ばないといけないと思った。その姿を見て、友だちができるのを子どもたち自身が喜びに感じる力として学校全体に広がっていくのではないか」と語った。
 同じく1年生担任の教師は、「最初はできる子は練習に来るが、苦手な子は足が向かない状況もあり、できたら練習をやめてしまう子どももいた。今日の集会で得たことを今後に生かし、子ども同士がお互いに喜び合える、そして教師が子どもの喜びを一緒に喜べる熱い気持ちを持って前に進んでいきたい」と語った。
 萩市の小学校で1年生を担任する教師は、登り棒とうんてい、鉄棒の三つを「全員で目ざせ遊具チャンピオン」を合い言葉にしてとりくんでいると報告した。1年生は長時間座っていられなかったり、運動会の練習をすればすぐに疲れてしまう状況があり、体力づくりの必要性は感じていたが、いざ始めると休み時間に教師が子どもたちに引っ張り出されるような状況が生まれていること、それを見た他学年の子どもたちが鉄棒の練習を始めていること、親たちも近くの公園で一緒に練習したり、学校の運動場で練習させたいと申し出があったことなどを喜びを持って語った。「子どもが素直になり、粘り強くなった。教師はやり始めた以上、全員が達成するまで頑張らせるのが大事だと、上宇部小の実践を見て思った。頑張りたい」とのべた。
 続いて北九州の小学校教師が2人続けて発言。20代の教師は「参加してまず驚いたのは子どもの目がキラキラ輝いていること。それ以上に先生方の目がキラキラを通りこしてギラギラしている。上宇部小で実践されている先生方の輝きが伝わってきた。これを持ち帰って実践に生かしたい」とのべ、婦人教師は「4年生を担任し、同学年で4月から登り棒とうんていと逆上がりをとりくんでいる。昨日まで全然できなかった子が突然できるようになるという場面をまのあたりにして、そういう場面に出会えるすばらしい職業につけたことをうれしく思う。上宇部小の先生方のように熱意を持って、子どもたちに“あなたたちには無限の可能性があるんだ”と伝えていきたい」とのべた。
 宇部市の小学校教師は、「前任校の熱い上宇部小で学んだことをいかに他の学校の先生方に伝えていくか、そういう使命がある」とのべた。昨年担任した6年生は、広島への修学旅行では平和の旅方式で少人数で体験を学んだこと、一見やんちゃで“今どき”な子どもたちが、被爆者の話を聞いて涙し、日常では見られない丁寧な字で被爆者にお礼の手紙を書く姿を見て、これが本当の教育だと思ったと語った。
 また今年5年生を担任し、体育重視で週に1回合同体育をしているが、先日炎天下のなかでふらふらになりながら、87人全員が馬跳びを最後までやりきったこと、また社会見学の反省会や「一学期振り返りの会」を学年全体でおこない、全員の前で一人一人が意見をのべる平和の会方式を取り入れたところ、普段教室で意見をいえない子が堂堂と発表したり、おとなしい子が運動会の応援団に積極的に名乗りをあげるなど、自分を変えていく姿に教師は感動の連続であったことを報告した。「子どもは全員ということに心うたれるものがあるんだと思った。全員の力というのはすごいと感じる。それは、同学年の教師が同じ方向を向かないとできない」とのべた。

 「これが本物の教育」 退職教師や被爆者も

 ここで退職教師が続いて発言。宇部市の退職して10年の男性教師は「教師はだれでも“子どものため”という思いを持って教師になっている。その初心が長年の教育改革で抑えられてきたし、教師は学校の中に閉じこめられてきた。そこの扉を開いて、被爆者や戦争体験者、農漁業などで働いている人たちの意見を聞いて、家族や友だちを大事にする子どもを育てて欲しいという思いを学んで、そこに立脚して教育を進めていけば必勝不敗だと思う」と激励した。退職して21年という婦人教師は「あれだけ真剣になって子どもたちのために頑張っている先生方の姿に感動し涙が出た。忙しいなか鉄棒だけでなくさまざまな面で子どもたちのために奮斗する姿に頭が下がる。できない子どもも一生懸命とりくみ、できたときの喜び、励まし合う思いやりに感動し、こうした教育が広がっていけば絶対にいじめはなくなるし、世の中は本当に変わると思う」と確信を込めて語った。
 次に下関原爆被害者の会の大松妙子氏が発言した。「国民の幸せを守るのが国であり政府であるはずが、政府・官僚が日本人としての誇りを持たず欲望と利権の塊だ。原爆で広島、長崎を廃虚にされ罪のない人人が殺されたが、そのアメリカの独裁に立ち向かう政治家は一人もおらず、残念というより悔しい。今大きな問題になっているいじめ問題について、文科省、警察、教育委員など教壇に立ったことがない者たちが教育論を語る資格はないと思う。教師は教師として子どもを育て教育する義務があり、家庭、父母への信頼が一番大切と思う。ここにおられる先生たちは本物の教育者だ。私の一番うれしいことは下関を基点にして、平和の会を筆頭に人民教育同盟の先生たちの団結と情熱あふれる教育があることだ。全国の学校に発展することを願っている」とのべた。
 北九州市の被爆者も集会への感動を語り、現在があるのは戦争で亡くなった多くの人たちのおかげであり、命の大切さや思いやり、感謝の気持ちを忘れず、国のために頑張ってほしいと語った。
 最後に、司会を務めた北九州市の20代の小学校教師が、「劇を見て、自分のこと以上に友だちのことを考え一生懸命応援する姿に感動した。子どもたちがいきいきと活動できるのは、先生たちが団結し、熱い気持ちを持って、あきらめないで子どもたちを信じ続けているからだと思う」とのべた。
 劇のなかで持久縄跳びができず最後まで残った子どもをどう達成させるか教師たちが話しあい、職員室でも「エイエイオー!」と気合を入れたことなどにふれ、「教師の思いが同じ方向を向いているとき子どもたちが成長するんだなと思う。子どもたちと先生がみんなで喜びあう学級、学年はステキだと思った。そんな学級、学年をつくっていきたい」という感想をいきいきとのべ、閉会を宣言した。


 

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