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大量の低学力作り肉弾に
教育基本法改悪案
                 自己中心基調のニセ愛国     2006年12月13日付

 「軍事と教育はゆずれない」とは、ときの支配者が常に強調してきたことであった。戦争体験者は痛恨の思いを込めて、青少年を戦場に狩り出すうえで教育が重要な役割を果たしたと、警鐘を鳴らしている。安倍内閣は戦争をやる国にしようとしているが、戦争をやるには武器や弾薬がいくらそろっても戦争にいく兵隊をつくることが最大の問題であり、この2つの法案は不可分の関係をもって出されている。この「軍事と教育」の根幹にかかわる法案の採択を、メディアも国会も国民には余り目立たないようにして、今の国会で強行しようとしている。

 下層労働力作り軍に勧誘 米国の場合
 軍事にかかわって安倍内閣が提出している法案の1つが、防衛庁を「省」に昇格させる関連法案と自衛隊法改定案である。これは単に名称が変わるだけではなく、自衛隊を自衛軍ないしは国防軍にするもので、憲法9条を改定しない前に憲法に反して覆すものである。
 防衛省とすることで、軍事力をバックにした強い発言権を持つ大臣を誕生させ、予算要求や法案提出にも口を出すことになる。自衛隊は直接に米軍の指揮下にあり、米軍の直接の指図で政府を動かす体制を強めることになる。すでに地方自治体では自衛隊指揮下のテロ対策訓練などがやられているが、有事即応の軍事優先政府体制を作ることが眼目だといえる。
 自衛隊法改定は、「専守防衛」の建て前をかなぐり捨て、海外派兵を「本来任務」に格上げすることである。すでに「テロ特措法」で自衛艦がインド洋で米軍に洋上補給をおこない、「イラク特措法」で陸上自衛隊がイラクに派遣され、現在も航空自衛隊が戦場であるイラクで米軍の軍事物資の輸送に当たっている。自衛隊を米軍指揮下の侵略軍として本格的に使うというものである。日本の青年を肉弾としてアメリカに差し出すことを自衛隊の「本来任務」にするというのである。
 すでにこの10年で政府は、日米新ガイドラインに合意し、「周辺事態法」や「国民保護法」によって、アメリカの戦争へ日本のヒト・カネ・モノを総動員する準備をおこなってきた。こうして対米従属の日米同盟のもとで戦争をやろうとするとき、最大の課題は教育である。いくら法制を整え最新兵器をそろえても、それを使う兵隊がいなければ戦争をやろうにもできないからである。
 今の国会に提出されている教育基本法改定案は、戦時国家作りと深く関わっている。その大きな特徴は、教育の機会均等の原則を否定して、学校の企業的な競争と、子ども間の経済力による徹底した差別・選別、能力主義を露骨に強めようとしていることである。すでにトヨタなどがつくるエリート私学や中高一貫学校などをつくり、エリート教育をするというが、それは、ホリエモンや村上ファンドのような詐欺師的で冷酷な一握りのエリートとともに、大量の低学力者をつくり、まともに食っていくことのできない大量の下層労働力をつくるということである。

 高校が米軍へ生徒情報提供 拒否すれば罰則
 アメリカでは、命をかけて軍隊に出ているのは、黒人やヒスパニックなどである。大学に入学する資格を得るため、家族を養うため、悲惨な境遇を脱出するには軍隊に入って命を的にするような状態がつくられているからである。
 アメリカ社会は、70年代から始まった新自由主義のもとで、ごく少数のエリート(MBAを取得し経営者となる者など)と、トレーラーハウスなどに住む、大多数の非正規雇用者に二極化させた。アメリカでは国民の8人に1人が貧困レベル以下の生活をしており、政府が発行する食糧給付切符でなんとか生きのびている。医療保険に入っていない国民が4500万人おり、高すぎる医療費が払えないための自己破産があいついでいる。そして毎年100万人以上の高校生がドロップ・アウト(中退)していく。彼らは、貧困家庭の子弟であり、多くが黒人やヒスパニックである。若年無業者(16〜24歳)は約519万人(同年代の15%)にのぼっている。
 アメリカがイラク戦争を開始した直後の2002年春、「落ちこぼれゼロ法案」と呼ばれる教育改革法が議会で可決された。それは「中退者をゼロにする」という名目で、すべての高校に、生徒の個人情報を軍のリクルーターに渡すことを義務づけた。拒否した学校は政府の助成金をうち切るという罰則をつけて。
 イラクでの米兵の死者は2500人を超えるが、その多くは、製造業が死に絶え、荒廃して仕事がない地方の、学歴が低い若者であり、貧困家庭の、多くが黒人や移民の子弟である。海兵隊はそうした仕事のない街に狙いを定めてリクルーターを派遣し、携帯電話で高校生を呼び出している。そして落ちこぼれ層の、将来仕事のない若者をターゲットに、「大学の費用は全額、軍が出してやる」「軍の職業訓練がその後の就職活動にきわめて有利」「軍の医療保険が生涯適用される」と餌を与えて勧誘している。しかし「階層社会をはいのぼる唯一のチャンス」「食うためには仕方がない」といって入隊し、肉弾になり、生きて帰っても精神病に苦しんだり、軍病院は予算カットで予約もとれず、社会復帰ができないままホームレスの一員になる場合も少なくないという。
 「兵隊を出せ」というのはアメリカの要求である。兵隊を大量につくり出す基本条件は、アメリカの黒人やヒスパニックのような、まともに食っていけない最下層の若者を大量につくることである。すでに20代、30代の若者の多くが、契約社員や派遣、アルバイトなどの非正規雇用がまん延し、正規雇用といってもまともに生活できないものが多い。安倍首相のいう「再チャレンジ」は、兵隊になることによって月収30万、海外派遣手当て1日3万円をえて、結婚もでき子どもも育てるような「再生を図る」という意味になる。

 財政難で運動場売る学校も 英・バウチャー制の例
 政府は来年4月には、小・中学校で全国一斉学力テストを実施し、テストの成績を公表して学校をランクづけし、通学区を自由化し学校選択制にして、生徒のたくさん集まる学校に潤沢な予算を配分するバウチャー制の導入をたくらんでいる。
 このバウチャー制はすでにイギリスやアメリカで実施され、それが親の経済力の差によって子どもの将来も決まってしまうという、まるで旧時代に引き戻すような結果になっていることに猛烈な批判が湧き起こっている。イギリスでは、全国の子どもの7%が全国学力テスト上位の私立高校に集中しており、そのなかからオックスフォード大とケンブリッジ大の多くの入学者が出、そこから政府と大企業の要職が出ており、それらのごく1部のエリート校には潤沢な国家予算がつぎこまれる。しかし生徒が集まらない公立学校の予算は大幅に削減され、5000校以上が財政難から運動場を売り払わざるをえなくなった。学校評価を引き下げる成績の悪い子や授業中に荒れる子は排除され、年間で1万人以上が退学処分にあっている。
 教育課程審議会の元会長・三浦朱門は「今まで落ちこぼれのために限りある予算とか教員を手間暇かけすぎて、エリートが育たなかった。これからは落ちこぼれのままで結構で、そのための金をエリートのために割り振る。エリートは、100人に1人でいい。そのエリートがやがて国を引っ張っていってくれるだろう。非才、無才はただ実直な精神だけを養ってもらえばいいんだ」とのべた。エリートづくりとは大量の落ちこぼれづくりである。

 ニセ愛国心で戦争動員図る 排外主義が中身
 イデオロギー的な内容としては「愛国心」を入れ込むことである。戦争に人人を駆り立てるには、朝鮮や中国の脅威を演出し、「自分を守れ」「家族を守れ」「郷土を守れ」「国を守れ」というほかはない。
 「愛国心」というのはかつての戦争でも人人をだましたものである。それは中国、朝鮮、アジアの諸民族に対してはそれを蔑視する民族排外主義であったし、対米戦争になると本土を空襲にさらし、「国を守れ」といって無謀な戦争に駆り立てながら、天皇を頭とする支配勢力はすべての民族的利益をアメリカに売り飛ばしていた。現在に至るも、愛国心がまるでなく、売国政治をつづけてきたのが独占資本集団とその代理人である歴代の自民党政府である。
 真珠湾攻撃もアメリカ側からいえば「愛国心」をあおり、開戦の口実とするために待ちかまえていたものであった。ニューヨーク・テロ事件もアフガン、イラク戦争をやるためにブッシュ政府が大喜びしたものであった。日本でも戦争をはじめさせるために、米艦戦などがミサイルを日本の都市に撃ち込んで、「北朝鮮の攻撃」と騒いで武力参戦に動員していくという謀略もあり得る。
 ここでいう「愛国心」は、個人主義イデオロギーに対立しているのではなく、個人主義イデオロギーを基盤にしている。教育改革の基調は、自由競争、自己責任の大競争と差別、選別、ふるい分けであり、「自由」「民主」「人権」という、いつも他人が悪いと攻撃することを特徴とした自己中心・個人主義イデオロギーである。そのイデオロギーが「横暴な朝鮮、中国を懲らしめよ」と煽られたとき、「国を守る」と装って戦争を煽る排外主義である。
 日本の進歩発展にとって重要なことは、真の愛国心である。それはアメリカに隷属し、その利益のために他国への戦争に駆り立てられるという民族の辱めとたたかって、国の独立を求めるという愛国心である。自分の国を愛する独立心は、同じようにアジアと世界の各民族が独立を求めることを相互に尊重するという国際連帯の精神である。
 教育基本法改定のもう1つの特徴が、教育への国家統制をあからさまに強めようとしていることである。かつての戦争で教育が重要な役割を果たしたということから、教育への不当な支配を排すること、教育は直接国民に責任を負うという文言をなくしてしまうことである。それは教育をあからさまな国家の支配の道具にするというものである。これは戦後も実際的には教育基本法に反して歴代政府がやってきたことであるが、最近では首相直属の規制改革会議や教育再生会議という、企業人などがアメリカの指図にもとづいて、公教育の解体を進めていることで先どりしている。
 日本の教育の崩壊、戦争の肉弾づくりの危険に直面するなかで、教職員の役割はきわめて大きい。子どもたちを立派な未来社会の担い手に育てる課題は、戦争に駆り立てるものとの斗争を避けることはできない。それは広範な勤労父母、労働者、青年の失業や貧困に反対するたたかいと結びつくことによって力強いものになる。


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