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教育の崩壊をどう打開するか
8月に人民教育全国集会
            学校の実情を父母に訴え   2009年7月17日付

 毎年8月に教育集会を開催してきた人民教育同盟が今年は「教育の崩壊をどう打開するか」をテーマに、現場の教師が生活科導入以来のここ20年で学校教育と子どもたちはどのようになってきたか、その実情を報告し、父母や祖父母、地域の人人の意見も出しあって、子どもたちを働く親たちのたくましい後継者に育てる方向を見出していく斬新な集会にしようと準備を開始している。その訴えが注目を集めている。
 人民教育同盟の教師たちはこの間、6月の本紙の教師座談会「子どもを動物化させてきた教育改革、戦場の人殺しつくる目的――生活科以来の20年で学校教育崩壊」を、山口県や福岡県などの学校や地域で宣伝して、その反響の大きさを実感してきた。
 ある校区では教師が集まって、教師座談会を読みあわせして論議した。生活科導入以前には毎年、地域のパン工場や鉄道、バス会社に社会見学に行き、子どもたちも間近で労働に触れて喜んでいたが、それができなくなったことや、「自分の気持ちを言葉で伝えることができないのですぐにケンカになる」「相手が悪いととことんいう」など子どもの現状が次次と出されるとともに、それが大きく見たときに意図的な教育の破壊であり戦争の肉弾づくりであると論議され視野を広げた。
 ある教師が校区の八百屋さんに教師座談会の紙面を渡すと、「地域で子どもを育てるということに大賛成。これまで子どものことを学校に連絡しようと思っても、学校が遠かった。だいたい不審者扱いされるのではないかと思い、以前のように子どもを怒れない。教師が“体罰”と攻撃されること自体がおかしい。それでは子どもが育たない」と堰を切ったように語り、運動への協力を申し出ている。
 そのほか教師座談会を読んだ親のなかでは、「学校がこんなことになっていたのか」「現実社会とかけ離れた場所になっている」「参観日に子どもが立ち歩いたり奇声を発したりしても先生が叱れないのを疑問に思ってきたが、そういうことになっていたのか」と驚くとともに、「家庭訪問では、テストの成績より人間的に育ててほしいといつもいっている。親が汗水流して働いて得たお金を粗末にしないよう、家でも厳しくしつけている」「教師と親、また親同士がバラバラになっている。親と教師が協力しあわないと子どもは育たない」など切実な要望も出されている。それはまた、労働者である親たちの、子どもの教育と今の社会に対する問題意識を高めている。
 退職教師や戦争体験者のなかでは、「戦前は皇国史観をたたき込まれて戦場に送り出されたが、今では自由・民主で攻撃的な自己中心人間ができ、平気で人を殺している」ことが論議になり、「今の親のそのまた親の世代である自分たちが、戦後民主主義にどっぷりつかってきたこと自体を考え直さないといけない。戦後、アメリカ的な個人主義や合理主義が持ち込まれ、日本的な考え方が破壊されてきたのではないか」「教育の問題は日本の将来にかかわる問題だ」と、戦後総括論議とも結びついて深い問題意識が語られている。
 こうした問題意識を持つ人人が一堂に会して、子どもの教育の現状と今後の方向についておおいに論議して深めることが、新しい教育運動をおこす出発点になるはずだと、集会への期待が高まっている。

 第31回人民教育全国集会への呼びかけ 宣伝チラシの主旨
 人民教育同盟は「教育の崩壊をどう打開するか」と題する第31回人民教育全国集会への案内チラシを配布している。以下、要旨を紹介する。今年の教育集会初日「子ども、父母、教師のつどい」は、8月23日(日)午後1時から、下関市幸町の勤労福祉会館でおこなわれる。
   ○………○
 日本社会がまるで植民地のようになり、未来に向けて発展するのではなく、崩壊しつつあると危惧(ぐ)する声が高まっています。そしてその象徴として多くの人が学校教育の崩壊をあげています。
 今、子どもたちは人の話が聞けない、すぐかっとなり手が出るなど愚民化・動物化させられています。このような子どもたちが無数に育っていけば、戦場に出されるとすぐに人を殺しても不思議ではないと多くの人が語っています。
 なぜそうなったのでしょうか。この20年来の日本の教育をふり返ってみると、幼稚園で「自由保育」をやり、それを小学校での生活科へとつなげ、「新学力観」の名のもとに全教育活動で子どもたちに「個性重視」「興味・関心第一」の教育を押しつけてきました。「ゆとり」と称して学校5日制を導入し、「嫌がることは押しつけてはいけない」「指導ではなく支援を」「体罰禁止」など自由放任の教育を進め、子どもたちの自由勝手を煽ってきました。また、「ひまわりさんが暑いから」といってひまわりに帽子をかぶせる、トイレのスリッパのお面をつくりスリッパの気持ちを考えさせるなど、生活科の遊びのような教育を進歩的だといって全教科に押しつけてきました。
 1、2年生から理科・社会をなくし、生産労働の実際、自然や社会の実際から教育を切り離し、科学的なものの見方や考える力をなくさせてきました。また、日本語もきちんとしゃべれないのに、「英語教育」が導入され、その結果、自分の気持ち第1で仲間と心が通わされず、平気で相手を傷つけ、ついには人殺しをする青年がつくられてきているのです。ここには、日本人を劣等民族にして植民地化を強め、カネとモノを巻き上げ、青年を戦場の人殺しにするという許しがたい狙いがあります。
 アメリカ発の金融恐慌は、日本と世界の人民を塗炭の苦しみのなかに投げ込んでいます。歴代自民党政府はアメリカを肥え太らせる売国政治を強行し、農漁業を破壊し、労働者をモノ扱いにして大量に首を切り、家族ともども路頭に放り出しています。年寄りから年金を奪い日日の生活さえできなくさせ、毎年3万人を超える人人を自殺に追い込んでいます。
 学校教育でも、義務教育費の国庫負担金を削減し、学校統廃合を強行し、臨時教員を激増させるなど、教育予算は世界の先進国のなかで最低です。父母の教育費負担は耐えがたいものになっており、貧乏人の子弟は教育を受けられない状況です。さらに、麻生政府はソマリア沖の「海賊退治」といって自衛隊を派兵し、北朝鮮脅威論を煽って朝鮮船舶の臨検を叫び、いつ戦争が起こってもおかしくない状況をつくり出しています。
 農業、水産業、工業、商業をはじめとして、生産労働に携わる人人こそが、この社会を支え発展させています。親は、生産労働の経験を通じて子どもたちに「みんなと仲良くしてほしい」「少少嫌なことがあってもがまん強くなってほしい」と願っています。働く者の思想、資質にこそ教育の源泉があり、みんなが団結して社会のために働くことが尊いのだと子どもたちに教育していかなければ、学校教育に展望はありません。
 戦争と核兵器をもっとも憎み反対しているのは被爆者や戦争体験者であり、最近の戦争の接近に危機感を募らせています。そして子どもたちに、戦争反対とともに人間としての生き方や日本の美風、民族の誇りを迫力を持って伝え、平和な未来のためにがんばれと話しています。
 教師は学校の狭い枠の中だけで子どもを見ていては、多忙化に飲み込まれ、子どもを愚民化・動物化し、結局は戦場へ送り出すことになります。教育を発展させる力は勤労人民のなかにあります。教師が、父母や戦争体験者、地域の人人など大多数の側に立ち、日本社会全体を将来にわたってどうするかというところから教育をとらえるならば、子どもたちを真に独立した平和で繁栄した社会を建設する担い手に育てることができます。
 今年の教育集会ではまず、現場の教師が学校や子どもの実情を思い切って父母や地域の人人に知らせることです。そして子どもをたくましい日本社会の後継ぎに育てるために、教師、父母、地域の人人が団結して、教育の崩壊をどう打開するかについて、おおいに論議する集会にしましょう。

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