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教育再建担う教師集団の役割
人民教育同盟教師座談会
               崩壊した文科省の教育    2007年9月10日付

 人人の教育に対する問題意識は非常に鋭くなっている。「学校は教育の場ではなくなった」「このままでは日本がつぶれる」という声が各地の学校・校区に充満するようになった。それは中曽根内閣の臨時教育審議会から、10数年前の「個性重視」「興味関心第1」の指導要領を出したあと、学校現場の崩壊がひどくなった。文科省は「知育偏重はいけない」といって、「ゆとり教育」をやらせたが、「ゆとりで低学力になった」からまた知育偏重をやるといっている。そしてこのままではいけない、教育を再建しなければならないという声が父母、教師のなかで強いものとなっている。本紙では、人民教育同盟の教師に集まってもらい、教育をめぐるこの10数年の情勢はどうなっているか、この状況を突破する教師集団を結集する方向はどういうところにあるのか、など語ってもらった。

 5日制と生活科導入で急変
 司会 教育をめぐる情勢はどうなってきたか現場の実感のところから出し合ってもらいたい。
  振り返ってみて、学校5日制と生活科を導入したことが大きかったとみんなのなかで話になっている。5日制になるなかで、子どもたちに「月曜病」があらわれた。2日も休んでテレビ漬けになったり、宿題もしない、忘れ物も多い。自分で自分のことができない状況に追いやられてきた。それを立て直したら金曜日がくる。現場ではこの現状にものすごく腹を立てている。当初は「親子のふれあい」「子どもにゆとりがいる」といってカモフラージュしてきたが、今では2日間休みがあることで、塾通いなど金による子どもに対する差別になっているのが、だれの目にもはっきりしている。
 体験重視の生活科については、子どもが亀を埋めているのに「死ぬよ」といってはいけない、子どもたちがするのを黙って見ておかないといけないというものだった。「教師は手を出すな」と教師の指導性を否定する。最初は少しだまされるものもあったとは思うが学校が「子ども天国」といわれるように崩壊しても手を出せないところまできて、生活科がなんだったのかが今はっきりしてくる。
 今の子どもの実際状況や解決したいことを教師が論議すると必ず「5日制と生活科よね」と出てくる。「あのときなんで5日制を喜んだのか」「あのとき反対していたら今、こんな思いをしなくてよかった」と。10数年たって、うち破る方向が求められている。

 指導させぬ抑圧強まる
  教育委員会など上から教師の指導性を抑圧する動きが強くなったというのが実感だ。今の学校でも、子どもにおもねるというか、「家庭的に不幸な子がいる。だから学校に来てくれるだけでいい。あまり厳しい指導はしてはいけない」といって、子どもの利己主義、自分勝手を許して教師が思いきった指導ができない。もう1つは学校の教職員組織で、校長をてっぺんにおいて教頭、教務主任、学年主任という序列で統制していく教育システムをつくっていこうとする動きは市内の学校を見ても強いように思う。
 学校の状況ともかかわって、親の方も子どもに「いいことはいい、悪いことは悪い」とズバっと教育できているかというと、そうでもない。教育懇談会である父親が「娘の悪い素行をしかるためにビンタしたが、はたしてよかっただろうか」と遠慮がちに聞いてくる。親の方も、「ドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)」といわれて抑圧されている。教師も親も腰が引けている。
 しかし去年と今年、学年の全教師が「子どもの自分勝手、子ども天下を許さず、体育で鍛えていく」と一致して指導した。そしたら去年の運動会は様変わりになった。これまでずっと抑圧されていえなかったこと、運動会の練習の最中にも子どもが泥いじりして石を投げるとか、噛みつくとか、整列しないことに対しても、「全体の利益のためには自分を律していかないといけない」と指導できた。教師が正しい指導をすれば子どもの自発性が発揚され、人民的なものが響きあって子どもたちも成長する、それを見た地域の人たちがすごく感動していた。「今まではだらだらしてしまりのない運動会だったが、先生の気合いと子どもたちのきびきびした動きのなかで、10年振りくらいにスカっとする運動会を見れた」と。権力側からやられてきた「自由・民主・人権」で学校が学校でなくなっている状況に対してはみんなが心配していたし、これをうち破っていったときにはすごい支持があるなと思った。

 放任で自己中心が拡大
  子どもの現状で1番感じているのは、自己中心がひどくなったことだ。例えば給食当番で整列するのが6年生になってもできない。幼稚園のころに、それをしつける段階があったと思うが、自由保育と称してしつけないでやってきて、並ぼうとする意識がない。自分しか見えていないという証拠ではないかと思う。人のことを考えるとか客観的に見るという思考が奪われてきている。他の子どもとのトラブルもすべてそこに起因しているような気がする。自分のところからしか物を考えないから、些細なことで傷ついたり、人と折りあいをつけることもできず、陰湿なやり方で報復する。
 例えば6年生のなかで1学期に起こったのは、気にくわない子のノートに、「バカ」「アホ」「死ね」「うざい」と書きなぐったり、手紙にそういうことを書いてその子の下駄箱に入れるとか、そういう形でしか発散できない。嫌なことは嫌と正面からいえばいいが、それがいえない。もう1つは、それにもかかわらず表面的にはなにもなかったようにシーンとしている。心のなかではあいつがやったに違いないという思いだけはあって、下の方では潜行しているが、絶対表面にはあらわさない。本当にみんなが心を通いあわせていくという関係が切り裂かれている。子どもは本来そうではないと思うが、切り裂かれてバラバラにされているということに心痛む状況だと、教師のなかで話になっている。
  自己中心がひどいというのは、同じ状況だ。すべて好き嫌いで子どもが動く。好きならやる、嫌いならやらない。例えばサッカーをしようというと、女子は、「サッカーなんか嫌」「やりたくなーい」と、6年生にしては幼稚だと思うが大きな声でいって、それでも無理やり「やるよ」というとむくれて嫌そうにやるので、見ている方も気分が悪い。また、給食の好き嫌いが激しくて、「合掌。いただきます」というとすぐに子どもたちは自分の食器を持って、自分の嫌いなものは人にあげて、好きなものは「ちょうだいね」と教室をグルグル立ち回る。「栄養のバランスが悪いと体を壊す」としかっても聞かない。ここがいつも職員室で論議になるのだが、「無理やり食べさせると明日から学校に行かないといい出して不登校になるのではないか」「そうしたら親が訴えにくるのではないか」という不安感があって、指導がしにくくなっている。
 10数年前に「興味関心第1」の教育が入ってきたとき、「押しつけはいけない」というのがあったが、水泳でも泳げない子を無理やり泳がせてはいけないとなる。最近では泳がせたら次の日から休む、水泳がある日は学校に行かないといい出し、親もそういってきたりして、そうなると「もう泳がせなくてもいいか」となる。でも本当は子どもはしっかり指導したら泳げるようになるし、それを本人もすごく喜ぶし、親も喜ぶ。子どもがそれを克服する機会はあるのに、そこで「無理やり泳がしたから学校に行きたくない」という子どもの主張が通っていくところがあって、「絶対泳げるからやろう」と励まして強く指導することができなくされている。その1歩のところで引いてしまう。本当に子どもに力をつけたいとみんな思っているが、なかなか思い切った指導ができないという状況がある。
 また「プライバシーの保護」といわれるようになり、今までは4月には家庭欄に親の年齢や仕事を書いてもらっていたが、最近は書いてはいけないとなった。教師も、親がどんな仕事をしているのかつかめない。「あまり立ち入って聞くものではない」といわれ、親と教師が分断されていく。国語の授業で親の仕事を調べて作文を書く実践をすると「そんなことをして大丈夫? プライバシーを侵害したっていわれない?」というような不安が教師のなかにある。そうして親と教師が心底一緒になって教育するというのが阻まれている。

 成長を阻む「個性重視」
  「個性重視」の新学力観が導入される直前に、保育所の自由保育の話を聞いた。そのとき保母さんたちから「絵を描かせるとき、本人が描きたいときに描かせるんです」といわれた。「でも小学校ではちゃんと図工の時間は図工と決まっているから、理科の時間に図工の絵を描かせることなんてできませんよ」というと、「子どもの興味関心を第1にして、個性を重視してやらないといけない」「ヨーロッパに研修にいったがこれはすごく進んだものなんです」といっていた。そこで教えられた子が1年生になって入ってきたら、図工の2時間になにも描かなかった。結局それが生活科に受け継がれている。
 20ぐらい前、最初に1年生を担任したときは、8時半に教室に行ったらみんなランドセルを置いてビシっと先生を待っている。それが生活科が入ったあと担任したときは、「席に着かんか」と毎日怒らないといけないほど様変わりだった。「今から○○の授業をします」といっても「嫌だ」というし、「まだ遊びたい」といってチャイムが鳴っても教室に帰ってこない。その後保育園で手直しが始まったが、それまでの間はメチャクチャだった。
 それと同時に、クラスの子どもを習熟度別(成績別)でわけて少人数で指導するというのも出された。「その子に応じて」といっていたが、習熟度別にしたら子どももバラバラになるし、できる子とできない子が分けられて、本来なら友だちに教えることで自分の力もついていくがそれもないので、結局子どもの力が伸びない。
 子どもはできなければできないままでいい、というものに変えられてきた。昔から運動会では組み体操と騎馬戦は定番だったが、「それは危ない」とクレームがつくようになった。当時、北九州のある研修会では「跳び箱ができない子は跳び箱を触っておけばいい」と教えられた。これは有名な話だ。しかし最近では組み体操、騎馬戦、マラソン大会も復活した。6年生のマラソン大会をしてものすごく親から喜ばれた。親は雪の降るなかを応援に出ていた。
 一方で集団というものを嫌悪するというのが日教組の活動家のなかで出ている。去年、組合の教研に参加したとき、「班がとても大事だ」「修学旅行では班を中心にしてリーダーを育てていく」と話をしたら、「班とは古いですね」といわれびっくりした。「個性重視」では班というものを考えない。しかし子ども自身は、全体を成功させるためには決まりを守らないといけないと思っている。

 集団で成長できず 気持ちがわからぬ子に・人間関係を破壊
  この10数年間、「個性は個人の中で育つ」と思いこまされてきたと思う。そして集団としての成長がストップさせられた。集団で動かないので、衝突も矛盾も起きないし、子どもたちは悩みもしなければ考えもしない。人の気持ちがわからないし、考えないので賢くならないし、助けあえない。
 私の大失敗なんだが、今年は2年生を担任して生活科をやった。1年生のときはアサガオを植えて友だちと比べながら育てた。2年生になると「夏野菜」なのでトマト、ナスビ、ピーマン、枝豆、オクラと品揃えをして植えた。植える物が違えば比較するだろう、僕のはナスビだけどピーマンはどうかな、と考えるだろうと思っていたが、子どもは他人の作物にはなんの興味も示さなかった。
 先日、算数で4人ずつの班をつくり、○△□を使って動物園、遊園地、町などの1枚の絵を班で完成させるという作業をした。1つの班がいつまでもごそごそしている。気持ちが通じあわないのだ。よくできる女子はよその班に負けたくないから「早くつくってよ」と命令する。1人の男子はどうやって動物をつくるのかわからないから手が進まない。もう1人は人は関係なくマイペースでやっている。もう1人の女子は班長に命令されるのが嫌で泣いている。それをみんな教師が代弁しないとわからないし、そういう衝突もないようなことをくり返していたら、人がどんなことで悩んでいるのか、喜んでいるのか、悔しがっているのかわかりたいとも思わなくなると考えるとぞっとする。「個性重視」のなかで人の気持ちがわからない子どもを育ててきたのではないかと思う。
  今の子どもの現状を見るとき、やはり教師のなかでは「学校5日制になってからだ」と話になる。「土曜が休みになってから狂ったよね」と。六6年生を受け持っているが、以前は教師の投げかけに対して、例えば教師が怒っていたら、なぜ教師が怒ったのか考えて自分たちで話しあって「次はこうします」というぐらいの力はあった。今は怒られても、なぜ怒られたのかがわからないし、怒られたということだけで、それが過ぎ去るのを待っていて、次はどうするかと呼びかけるリーダーシップをとる子もいない。
 また、10年前には子どもたちは家庭科で1枚の布からエプロンをつくっていた。今は布に型紙もついていて「縫いしろ」までついている。業者が市販しているのでそういうものを選ばざるを得ないし、1からやっていたら1学期では終わらないという不安もある。本当は子どもには力はあるのだが。どうしてこんなにできなくなったのか。
 それから、子どもになんでも1人でさせるようになった。意識して班学習もさせるが個人になったとき子どもたちが競争する。育てたミニトマトの数やアサガオの数でも競争になる。テストの点数をめぐって相当激しくなっていて、人のテストのまちがいを見つけて喜んで「あの人はまちがっている」といいにくる。すごく自分の点を気にする。人より二2点でも3点でも多くとりたいとなる。教師もそれにあわせてしまっているところがある。
 でもここ数年で先生たちも変化して、以前と比較して考え、少人数学習も分けないようにしたり、「やっぱり鍛えないといけない」など変わってきている。また「自由にさせないと個性を引き出せない」といわれ、図画でも出たとこ勝負で絵を描かせてその子のよいところをつかむのだ、ひらめきや奇抜さが大事、といわれてきたが、やはり基礎のクロッキーから始めてみんなで力をあわせるようにしようと変わっている。

 教師の魂抜き去る 体罰や呼びすての禁止掲げ
  新学力観が出されて以後、「体罰の禁止」というのが、自由保育あたりからすごく強調されるようになった。最初は、体罰とはたたいたり、なぐったりという解釈だったが、だんだん「子どもに無理強いをさせてはいけない」という拡大解釈がはびこりはじめて、居残り勉強も子どもが嫌がっていたら体罰になる。これで教師から子どもを鍛えないといけないというものをなくして、教育者としての魂を抜き去っていった。職員会議のたびに、体罰の禁止について延延とやられて、すごい重圧感になる。それが教師の指導性を奪っていくことと結びついたと思う。
 もう1つ、一斉指導をやめさせた。「教師の教えこみはいけない」ということで、個性重視で集団を崩していく。「一斉指導は古い」といい、「集団でやっていくよりも個に応じた指導をやれ」というふうにして一斉指導という言葉は消滅していった。
  今や指導とさえいわない。「指導してはいけない、支援だ」という。
  子どもの評価基準も「関心・意欲・態度」が第1、「知識・理解」(基礎基本)は1番下に置かれるなど、これまでと真反対に転換されて、子どもの見方から含めて全部転換されたような気がする。
 そのころ1番いわれたのは、子どもたちに対して「さん」とか「くん」とかで呼べ、正式には男子も女子も「さん」だ、呼び捨てはいけないと。そういうなかで子どもが感情表現をできなくなった。一時「宇宙人」といわれて、子どもがなにを考えているかわからない、子どもの感情が押し殺されて、能面みたいな顔の子どもたちが増えた時期があった。
 市販の教材教具が学校にまんえんし始めたのは、このころからひどくなったと思う。全部業者が学校に持ちこんでくる。1年生のアサガオなら鉢から支柱から全部セットで全員に買わせる。子どもたちが市場にされていく。それが「時間がないから」ということとあわさって進行した。
 02年の指導要領で「授業内容の3三割削減」といわれて、あの当時「3割削減は3割ではない。猛烈な子どもの学力低下を呼ぶのだ」と話されたが、それが今や実際に、子どもたちのなかから科学的、論理的にものを考える力を抜き去っていった。「子どもを大事にする」「自主性を大事にする」といういい方でそれがやられてきたと思う。
  「自分なりに」という言葉がすごく出された。学習が個別化していったし、子どもたちにここまで理解させる、ここまで到達させる、お互いに意見交換して深める――というのがなくなって、1人1人の考えが「Aと思えばA」「Bと思えばB」となり、算数以外の各教科は答えがないという風潮をすごくつくっていった。その結果子ども間の格差もどんどん拡大していった。

 日教組が推進役に 5日制や「子供の人権
  最初に出たのが国語だったと思う。文学でテーマ(主題)を追究してはいけない。文章を読んで、それぞれの子どもが思ったことで終わってよい。押しつけてはいけない。登場人物の気持ちを考えてはいけない。これが徹底してやられた。
  説明文でも、論理的に筋道を立てて説明がしてあるものを、その組み立てはどうなっているか、この段落とこの段落はつながっているとか、そういうことを考えなくてよい。さらっと読んで次に「自分で調べましょう」「報告文を書きましょう」となっている。国語ではなくみな「総合学習」になっている。
  5日制実施のとき、日教組の幹部が山口県のある学校に来て、校長にこんこんと「世の中は企業をはじめ全部五日制になっている。だから学校5日制は進歩だ」と説教した。校長は首をかしげていたが。「文科省はパートナー」となった日教組の指導路線が、現場では「個性重視」教育の推進役だった。
  日教組教研に行って「5日制はよくない」といったら、「ヨーロッパを見習って労働時間を短縮するのだ」「日教組が率先して5日制をやっているのに、なぜ反対するのか」と攻撃された。
  「子どもの人権」もそうだ。「子どもの権利条約」を実行せよといい、「自由・民主・人権」を日教組が先頭に立ってやった。日教組の教研に行ったら「体育で鍛える」というと怒られ、不登校に対しては「学校に行かない権利もある」とやられた。
  教研で「生産労働が大事」といったら「そんなことはない。環境を悪化させたのは労働だ」といっていた。
  そのころ日教組の教研で「子ども会議」というのがつくられ、子どもに教師を糾弾させる。福岡県はすごかった。
  「個性重視」というのは、1984年に中曽根内閣が臨時教育審議会をつくったときに出された方向だ。臨教審は「教育の荒廃は戦後の画一教育に原因があり、個性重視の教育への教育改革を進める」という方針を打ち出した。神戸の高校での、校門圧死事件が1990年だったが、あれからマスコミが先頭に立って毎日のように「教師が子どもをなぐった」「体罰禁止」と報道していった。「興味関心第1」の新学力観が出されるのが91年で、92年に指導要領を変えて生活科が出てくる。
 97年に神戸で小学生の首を切った酒鬼薔薇事件が起こるが、自由保育と生活科で育った世代の犯罪であり、びっくりしたことを覚えている。「個性重視」とはなにかというと、「国際競争に負けない日本をつくる」といって、できる子はどんどん伸ばしていく、できない子は「それも個性」と切り捨てていくというものだ。

 現場の抵抗強まる ソロバン勘定で”子ども育たぬ”
 編集部 そういう流れに対して、これはいけないという変えていく力、学校でも抵抗する力は随分強くなってきたのではないか。政府・文科省の側は「自分たちは進歩で、お前たちは古い」といって抑えてきたが、それをひっくり返している。基本的な対立点というか、いつからどうなってなにが対立しているのだろうか。
  子どもが育たないということだ。現場はこれではいけないとなっている。
  とくに02年の指導要領の改訂で5日制が始まり、ここまできたら教育ではないという声が出始めた。授業時数の3割削減となったら授業にならない、と。学級崩壊も1つ契機だと思う。それから教師もなにかしないといけないと思うようになった。
  今まで山口県の国語教育を推進してきた人が、この夏の研修で「このままでは日本がダメになる」といっていた。「国語教育がズタズタにされて、子どもたちが育たない。日本が沈没する」ということを何百人の前で声を大にして訴えていた。
 編集部 「個性重視」というが、例えばアサガオを植えた話があったが、数の違いでは大関心になるが、トマトやナスビなど質の違いには関心がない。質の違いには関心がなくて、数の違い、点数の違い、すべて数値に置き換えて価値を見る。数値競争だけしている感じだ。資本主義のソロバン勘定だけ。それは市場原理主義の哲学だ。多様な質の個性ではなく、数でしか比較できないというのは、これは画一ではないのか。個性重視といって実はものすごく画一化が進んでいるのではないか。
 資本主義が末期になり、株でいかにもうけるかという投機がはびこっているが、ホリエモンとか村上ファンドにしても、自分がなんぼもうけるかばっかりだ。そのもうけの厳選は生産労働なのに、それを切り捨てて消費生活重視という教育になってきた。生産労働というのは、質の多様性がある。人の有用性に答える具体的なものが労働だ。しかし、値段、もうけ、つまり価値しか見ることができない。
  「個性重視」で個性をなくした。

 占領軍時代に失敗 生活科も教科教室も
 編集部 政府や文科省がやるのが「進歩」で、あなたたちがいうのは「古い」といわれたというが、進歩と反動の概念が転倒している。消費生活、買い物しか関心がないのが進歩で、生産活動が古いというが、これこそ転倒もはなはだしい。戦争と平和の問題でも、「右翼」と見られていた戦争体験者の方がよっぽど進歩的で、「左翼」と思っていた連中が実際は親米の現状維持派だったというのはたくさん経験してきた。教育の世界でもこうした進歩と反動のひっくり返りが重大問題としてあるのではないか。
  子どもは変革を求める。新しいものを求める。教育もそうでないといけないと思うが、変革とか成長するというとき、真理や真実に迫り「これだ」というものが見えたとき、子どもたちは「そうだ」となって高まる。授業で「あなたがいうのも私がいうのも全部いい」となると、「これだ」というものにたどり着かないから、子どももポヤーンとしてバカになっていく。勉強したという気にもならないし、やろうという意欲もわかない。
  下関の川中中でやろうとしている教科教室型校舎は、占領軍時代にだいぶやっている。山口でも下関でもやっていた。しかもどこもかしこも失敗して、大騒ぎになって、元に戻してクラスをつくっている。占領軍時代に失敗した古いやり方をまた持ってきて、これを「進歩」といっている。
  新学力観が出されたとき、占領期のコア・カリキュラムと同じ質だと思った。あれも失敗したのを今また持ってきている。生活科の「教えてはいけない」「体験すればいい」というのは、戦後直後に持ちこまれたデューイのプラグマティズムでいわれたもので、それが「ゴッコ遊び」の経験主義となった。それが全部失敗して体系だった教育をやっていくんだということで、すぐにひっくり返されていった。
  生活科や、新学力観が出されたころ、年配の教師がやめていった。新しい教育に批判を持っていたが、それが「古い」といわれ、現場がそっちの方向に持って行かれるなかで、意見をいわないままにやめていった。先輩たちが培ってきたものを後輩に伝えることが断ち切られた。本当に被爆者や戦争体験者が語れなかったというのと重なる。そういう教師を何人も知っている。
 編集部 政治の世界でも、「新人類」が出てきて、「旧人類」が淘汰されていった。ハーバード大を出た「チーム安倍」を見ても、まったく民意を理解できない「新人類」で、野中みたいな古手が締め上げられる。下関もそうで、安倍、林代理の若い江島市長があらわれて、あれよあれよというまに海千山千の古手がやられていった。

 生産労働と切離す 「働く人」の単元なくす
  それと教師のなかで話になるのは、子どもたちのなかで労働蔑視の考えがはびこっているが、それも「授業で生産労働を教えなくなったからだ」「消費者の立場でいかに賢く買うかを教えるだけだからおかしくなる」といっている。
  5年生の「働く人人の努力」という単元がなくなった。2年生の社会科も1年間働く人で、漁業から農業から全部出ていたのがなくなった。それまでは地域で働く人の米づくりに学ぶなど、ずっと働く人を中心にし、そこで挨拶とか関わり方とかを教えてきたわけだが、生活科になったとたんにされなくなった。教師と父母との間の分断ということも、相当意図的にやられてきたと思う。それは「プライバシーを侵害してはいけない」というものと、「親はお客様で、学校は親のニーズに応えなければならない」というものによってだ。
  生活科でびっくりしたのは、植物のなかに精神が宿るというアニミズムだ。2年生が中庭の稲を植えているところに行って「稲さん、さようなら」という。「自然への畏敬の念」を持たせるといって、非科学的になっている。
  トイレのスリッパが乱れていたら「スリッパさん、ごめんなさい」といい、スリッパを頭にかぶる。人間とそうでないものの区別がつかない。そういうものを培っていったら、ゲームの仮想現実と現実との境目がわからなくなる。「スリッパの気持ちになる」と教えたおかげで、人間の気持ちがわからなくなる。
  理科の教師がいっていたが、昔は教科書を見たらこうなってこうなってと原因と結果、現象と本質の関係が明らかになり、自然界の法則がわかり勉強になっていた。今は教科書を見てもわからない。そのように教科書のくみたてがなっていない。文科省の教育内容が、子どもの理解を深める、知識をつけるということを全部ブツ切りにしてつぶしていくようになっていて、「それはわざとです」といっていた。確かにとても意図的だ。
  農業体験学習というと百姓が怒る。子どもを連れて先生が来て田植えをやらせる。あとは草取りも肥料やりもなにもせず、収穫になったらやってきて、飯を炊いて食ったり餅をついたりする。「あんなものでなぜ農業が教えられるか」と怒っている。生産労働というものとは関係のないものになっている。
  6年生になっても自分の親はなんの仕事をしているのかほとんどわからない。夜11時ごろにお父さんが帰ってきて、学校にいくときにはいないという状況のなかで、話す機会もない。学校でも前は「働く人」というのがあって工場見学に行ったりしていたが、それがなくなって、子どもがそういうものから全部切り離されている。そのなかで、テレビの影響で大リーグのイチローがすばらしい、将来はタレントとかお笑い芸人になりたいという。
 編集部 物をつくる、労働するということが、自然の法則を理解してそれを変革するというものだ。その労働はみんなで協力して集団でやる。生活もみんなが協力しあって成り立っている、そういう人間社会の基本を否定する。こんな学校は勤労人民の子どもにとっておもしろいわけがない。そして荒れたおかげで文科省の教育は破綻し、そうでない発展的な教育はどこにあるのかという問題意識が強まってきた。
  子どもの実感としては、親が働いているのになぜこんなに貧乏なのかとか、普通の会話のなかで「母ちゃんが毎日電話で仕事を探しているがまだ見つからない」とか「弟が小さく熱が出ると休まないといけないので雇われないんよね、先生」とか、こうした現実はいくらでもあるのに、その現実から切り離してあたかもそういう問題がないかのように教えているのが今の教育だ。
  生産労働から遊離し階級斗争から遊離していけば、超観念的な人間にしかならない。そこにテレビやゲーム、インターネットで煽りまくる。この間、相当の教育破壊攻撃がきていたということだ。それは日本をぶっつぶすぐらいの反社会的な反動的な性質だ。
 編集部 「個性重視」の指導要領が出される時期は、ソ連・東欧の社会主義が崩壊していった時期と重なっている。このときアメリカをはじめ西側資本主義が掲げたのはフランス革命200年だといって「自由・民主・人権」というスローガンで、社会主義転覆をやった。これが新自由主義・市場原理主義だ。その教育版が「個性重視」だ。生産活動を基本にした人類社会の発展の根本を否定するわけだから、進歩どころかとてつもなく反動的なものだ。
 ところが「自由」とか「民主主義」といわれたら、修正主義、社会民主主義、日教組の指導幹部はそれを「進歩」とみなして敵の協力者になっていった。

 教育の展望求める ホリエモンや村上ファンドは滅亡の危機
 司会 先日の人民教育集会で岩国の退職教師の村岡先生が発言していたが、戦後岩国の平和教育を進める教師集団のなかで鍛えられ、唯物弁証法やマカレンコの集団主義教育を相当学習したという。その民族民主教育の骨格が今に生きており、岩国市民の米軍基地撤去のたたかいのなかで「人民が1番力を持っている」「民族の独立が大多数の要求」と、その立場が確固としているし時代意識が鮮明だ。くたびれた「進歩派」とまるで違う。
 編集部 政府・文科省の「個性重視」教育がいかに反動的で学校をメチャクチャにしたかはわかったが、それにとって代わるものはなにか、その力はどこにあるかということをはっきりさせる必要がある。
  この間、県内のいくつかの職場で学習会や懇談会を継続してやってきて、教師や親の意識が大きく変化していることを感じる。教育講演会をやったとき、20代の青年教師が参加し、感想で「額に汗して働く者が社会の主人公であるというのを初めて知った」と新鮮に受けとめた。今の社会の矛盾が激化するなかで展望を求めている。そこを信頼して働きかけをしていくことが重要だと思った。
  親は運動会で子どもたちが集団でビシッとして頑張っていることを喜ぶ。親は日頃、集団でみんなが協力しあって働いている。親が望んでいる教育をそのまますればいいのだが、上からそれと反対のことを学校でやってきた。それが今はっきりしていると思うし、親もそれがわかったら、先生と団結してやらないと子どもの教育はできない、一緒にやろうとなっていくと思う。
 編集部 「チーム安倍」とかホリエモンや村上ファンドのような上澄みに浮かぶ泡のようなものは滅亡の方向にあり、社会を支え発展させている原動力は生産労働にあり、勤労人民が歴史の発展を代表している。こういう時代認識というか社会の発展観とかいうものがいると思う。プラグマティズムというのが出たが、個性重視教育も哲学をもっている。村岡先生たちが唯物弁証法を勉強したという話があったが、インチキ哲学を打ち負かす哲学がいる。
 敵の教育はもっとも反動的なものを「進歩」といっている。「個性重視」が「新しい」というが、生まれた子を教育せず動物状態のままにしておくというのだから、人間に成長させないというものだし、ものすごく反動的だ。「好き勝手にやれ」というが、人間の社会は好き勝手にはできていない。みんなが協力しあって生産活動をおこない社会を発展させている。親たちや祖父母たちはみんなそう思っている。それと違うことを学校でやらせているわけだ。
  自由とか民主主義というと「進歩」とだまされる。

 大衆に変革する力 教師が指導的役割へ
 編集部 安倍晋三が「自由と民主主義の共通理念で外交をする」といっている。安倍自身は3代目の世襲制度の体現者じゃないか。四民平等以前の徳川時代の遺物のようなものだ。地縁血縁なしに代議士になれる自由な社会でない。こんなものにだまされるわけにはいかない。
 日教組の自称「進歩派」は、自由と民主主義とは自由放任だという理解ではないか。だから「新自由主義」の「個性重視」にいかれてパートナーになる。理論的にいうと指導と自発性というのを対立するものだと見なしている。指導といえば強制としか発想しない。自発性は指導性と結びつかないと発揚されない。指導と自発性は統一している。そのような弁証法の方が正しい。
  平和の会の目的で「指揮に従う」「指導を受ける」に抵抗があった。そこの統一がはっきりした。集団主義といえば「全体主義」「軍国主義じゃないか」と見ていた。最初は自由放任路線だった。
 編集部 「全体主義か民主主義か」というが、社会全体の利益を実現するなかに個人の利益がある。それはナチスが「社会主義」といい天皇が「愛国心」といったからファシズムだというが、それは一部の支配層の利益のために嘘をいったのであって、それを打ち破る力は、本当の社会全体の利益、国全体の利益に立つことだ。
  教師のあいだで学習会をしているが、今の教育は嘘とデタラメを押しつけられて、これに対してはがゆい思いがある。真実とはなんなのかをすごくつかみたがっている。そこに宣伝活動をおこなうことで、それがいろんなものをはね返す力になっているし、絆を固めるものになっている。こちらの側が自分個人を代表する立場でなく、大衆を代表する立場に立つことでそれも見えてくる。
 編集部 大衆のなか、父母、教師のなかにすごい変革の力がある。教育運動は教師が指導的な役割を果たさなければならない。敵の教育の破産のなかから、人民的な教育の路線が全国の教師に歓迎され、日本全体の教育をまともなものに変えていく、そういう基盤は大きくなっていることを確信すべきだ。
 司会 では、きょうはこのへんで。

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