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教師・父母団結で教育の展望
人民教育全国集会
              人民教育路線の発展性示す     2007年8月27日付

 第29回人民教育全国集会の子ども、父母、教師のつどいが25日、下関市のカラトピア5階ホールでおこなわれ、山口県を中心に子ども、父母、教師をはじめ被爆者や戦争体験者など300人が参加した。
 はじめに人民教育同盟中央本部委員長の黒川謙治氏があいさつ。戦後一貫してアメリカに付き従ってきた日本政府は、「教育再生会議」や「規制改革会議」など教育の外側から子どもを安上がりで従順な戦争の肉弾にする教育を持ちこんできたが、それが破たんし、教師、父母、地域が団結して、教育の場に取りもどす意欲が満ちており、教師としての集団的立ち上がりを促す条件は成熟しているとのべた。教師のなかでは「教育改革」の本質が暴かれており、教師が子どもと日本の未来に責任を持つという立場に立って、戦争と教育改革に反対する運動を組織することが緊急の課題であること、そのために教師は父母と団結してなにをすべきか本集会で明らかにしていきたいと強調した。
 その後、事務局長の今田一恵氏が「いま学校はどうなっているか」「なぜこんな社会になったのか」「この現状をどう変えるか」の3つの柱で基調報告を提起。安倍政府の「教育再生会議」の登場で教育内容、制度、財政、教師対策のすべてに市場原理を導入し、安上がりで従順な労働力とアメリカのための戦争の肉弾に差し出そうしていること、この1年間、第2次世界大戦の真実が明らかにされるなかで、広範な人人が原水爆戦争を押しとどめるために立ち上がっていることを明らかにした。そのなかで、教師が戦争反対のたたかいに全力を傾けること、教師が勤労父母の側に立って、父母との関係を密にして運動を起こし、学校を教育の場に取りもどす運動を全県、全国に広げていくことを提起した。

 大矛盾の学校現場 教師も父母も・「教育できぬ」と
 意見発表の最初に「教育改革」のもとでの学校現場の実態が報告された。長門市の小学校教師、江原美佐江氏は、教職員のなかでも上下関係が強化され、自然と物いわぬ教師が増えていること、また学級集団のなかでうまく行動できない子を集団から切り離し、個別に「支援」している現状にふれ、「集団のなかでうまくできない子は集団のなかで目をかけ、他の子の力を借りて、育てていくのが1番いい方法であり、それで人とのつながりを学んでいくが、学校はまちがった効率のよさを求めている」と自らの反省もこめて語った。「いまの教育改革の方向は子どもをダメにする毒です。早く学校を教育の場に取りもどさなければ、大変なことになる」とのべた。また親と教師の距離がつくられていることも切実な問題として明らかにし、「子どもを社会の子として、この社会をよりよく変えていく力をつけていくために、親と地域と手をつないで教育活動を進めていきたい」と決意をのべた。
 つづけて防府市の小学校教師、竹垣真理子氏が発言。「私たちが進めたいと思う教育がなぜこんなにねじ曲げられていくのか、怒りが充満している」とのべ、少人数授業、能力別指導、英語教育、特別支援教育とつぎつぎと教育改革の具体化が学校現場におろされるなかで、やればやるほど子どもが育たない、大多数の子どもが切り捨てられる教育になっていく、これでは子どもも日本も未来がないというのが多くの教師の実感になっているとのべた。また、全国一斉学力調査がやられ、露骨に実用主義、合理主義、企業にとっての即戦力を要求する教育をしようとし、子どもが商品のように金儲けの道具にされ勉強さえできればいい、正しい判断力のない、点取り虫の冷酷なエリートがふえていることにたいして、父母や教師は「仲間と力を合わせて不正とたたかい、困難に負けずに豊かな思想、感情、正しいものの見方、考え方を身につけ、民族の文化や知識、心を継承、発展させる教育を大事にし、平和な社会の担い手を育てようとしている。このような教育破壊に教師も黙ってはいない。子どもの教育を破壊していくものへの教師の怒りを父母、地域と結びつけていくために力を合わせてがんばりたい」と結んだ。
 北九州と宇部市の母親が続けて発言。北九州の母親の田中恵子氏は、6年の娘が2年生のときに広島と長崎の原爆記念日に連れて行ったこと、「久間前防衛大臣の“原爆はしょうがない”発言にはどうして大人がこのような発言をするのか、納得できないようで“原爆被爆者の方や亡くなった方方に失礼”との言葉が聞かれ、子どもの成長を感じた」と語った。仲間はずれやいじめ、登校拒否などさまざまな問題がクローズアップされるなかで親として平和な社会を推進していくためにも教師や両親、地域が連携することで子どもの未来が明るく、心身豊かにしていくためにみなで力を合わせていきたいと語った。宇部市の母親・藤井慶子氏は、娘が中学1年になり「1番心配しているのは学習塾に行くのがあたりまえのようになって、子どもの教育が商売になっていることだ」とのべ、仕事をしながら経済的にも時間的にも難しい状況があり、子どもを育てる親にとっては大きな問題であると意見を発表した。
 その後会場から小学生の母親が発言し、「毎日、殺人、いじめなどが多発し、母親としてどのように育てていくべきか毎日直面している。学校の先生とも個人の成績のことだけではなく、もっと子どもをどう育てていくかの深い話をしていきたいし、多くの母親はそういう場を望んでいる」と語った。

 戦争体験学び成長 真実に子供達が共鳴・教師も立場転換
 休憩をはさんだ後、小中高生平和の会の子どもたちによる構成詩の発表がおこなわれた。壇上に上がった子どもたちは、平和の会の目的、めあてを群読し、この1年間の平和の旅や平和教室での活動をふり返った。第2次大戦のパネルとあわせ、戦地での体験を学んだこと、戦争体験を学ぶなかで下関市の六連島の軍事訓練のことなど、第2次世界大戦のようにいつの間にか戦争の準備が進められていることを知ったこと、礒永秀雄詩祭での紙芝居発表、似顔絵描き、豆まきなどを通じて「大きい子も小さい子もみんなが平和の会の一員として仲よくなり、団結しています」と発表し、被爆者や戦争体験者の思いを受け継ぐ決意を力強くのべた。
 その後、平和の会の高校2年生の福永涼子さんが、平和の会で被爆者・戦争体験者の体験を学んで深まった内容について意見発表した。そのなかでは原爆と戦争展のパネルを学習し、戦地での体験を学び、下関空襲や被爆体験を学んだことそれは学校で習ってきたこととはまったく違ったとのべた。「南方の戦地での体験を学んだとき、第2次世界大戦の真実を知って驚き腹が立ちました。それはアメリカが日本を占領するための計画をたてた上で、わざと皇居を外し国民を殺していったこと、天皇を含めた当時の政府が、自分の地位を守るため、国民を総動員し、食料も武器もない南方の島へ行かせて殺されるにまかせたことなどです」と怒りをこめ、被爆者・戦争体験者の願いに応えて、平和のために行動する小中高生の力を大きくしていく決意をのべた。
 つづいて、第2次大戦の真実を学ぶなかで、戦地体験をした父親の思いと重ねて学んだことを萩市の小学校教師、阿部喜久恵氏がのべた。左の太ももに鉄砲の弾が貫通した傷跡が残る父親は、日ごろは無口でおとなしいのに酒を飲むと大声で軍歌を歌う姿を見て「なんで戦争に反対せんで、戦争時代を懐かしんで、お酒を飲んで酔っぱらって暴れるのか」と父親を嫌っていたと語った。そして昨年、父親に聞くことができなかった戦地の体験を聞き、食料も武器もなくまだ生きているのに「全員玉砕」とウソの知らせをして、見捨てたことなど、いつ命を奪われるかもしれない過酷な軍隊生活のなかでも、互いを思いやり、弱い者をかばっていたことなど、軍歌を歌っていた父親が戦友たちに寄せる深い思いがわかったとのべた。そして、戦後一貫して真実を隠ぺいし、「平和と民主主義」でだましつづけ、アメリカの国益のための戦争に教え子たちを動員しようとしていることを知り、父親の無念さを敵への怒りにかえて、子どもたちに真実が教えられる教師としてがんばりたいと力をこめて決意した。参加者は涙を流す人もおり、大きな拍手が送られた。
 つぎに大阪の高校教師、日置輝夫氏が発言に立った。日置氏は、高校生が親を殺す事件があとを絶たないなか、大阪の底辺校、進学校の高校実態について、底辺校では子どもたちが低学力にされ、論理的な思考が苦手なため相手と意思の疎通ができず、すぐ暴力に訴えるなど、人間関係が殺伐としている状況、また進学校でも、受験のためにがんじがらめで、受験のためには自分のしたい放題になっているなかで、教師が精神的疾患で休職せざるを得ない状況に追いこまれ、さらに勤務評定が賃金にまで反映されることに怒りが噴き出ていると語った。
 しかし子どもたちが「原爆と峠三吉の詩」「第2次世界大戦の真実」に触れたとき、「心底からの怒りと被爆者の願いを受け継いでいこうとする意気ごみはすごいもの」があり、祖父母や峠三吉の平和への願いに励まされて殺伐とした人間関係を変化させている状況は、底辺校も進学校も同じであり、「私たちはこの青年たちの深部にあるものを信頼して、平和のためのたたかいを起こしていきたい」と語った。

 反撃が始まる現場 父母教師結束し変革
 つづいて防府市と宇部市の教師、母親が発言した。
 防府市の小学校教師・谷村芳宏氏は、学校・校区でとりくんだ学習会、懇談会でつかんだ教訓と課題を報告した。教師のなかで、「教育改革」に対する怒りと「このままでは学校が教育の場でなくなる」と危惧(ぐ)する声が高まるなかで、同僚教師と学習会を積み重ね「教育改革」は戦争への道であることがつかまれてきたと語った。また「父母と本音で語り合える関係をつくりたい」という要求から、学年懇談会を実施し、「学校でなにが起こっているか、子どもがどうなっているか知りたい」と父母から切実な声が出されたこと、また「学力テストより人間関係づくりはもっと大事なのではないか」と「教育改革」への問題意識が語られたこと、親と教師が子どもの教育を真剣に考え、本音で話しあったことで、青年教師から「“額に汗して働く人人がこの社会を支え発展させている”ことを意識して子どもたちと日日過ごすことが大切だと感じた」と出され、父母も教師もあるべき方向を真剣に求めていることが明らかになったとのべ、今後もとりくみを継続、発展させる決意とした。
 つづいて、宇部市の上宇部小学校でこの1、2年をつうじて学年全体で子どもを指導し、さらに父母と教師が本音で話しあう懇談会のとりくみに発展していることが母親や教師から報告された。宇部市の小学校教師は、厳しい状態にある子どもたちに対して、つねにクラスの枠をこえ学年全体の子どもを指導し、見守ってきたこと、始業式、合同体育のとりくみ、運動会、持久走大会、縄跳び大会などを通じて、はじめはバラバラだった子どもたちが励ましあいながら、自分の力を発揮し成長していったこと、その背景には、教師集団の結束力があり、親たちの力があったとのべた。そして今年は、教師集団が呼びかけ人になり、保護者と懇談会が持てるようになり、子ども、保護者、教師の3者の結びつきがより深まってきていると報告した。
 つづいて母親が発言し、「先生方と保護者の懇談会が開かれ、親と教師が子どもの成長のために話しあうという動きを全国に広げていきたい」とのべた。第1回目に、黒川謙治氏の講演で教育改革やゆとり教育の話を聞き、いつも子どもの教科書が薄っぺらで漫画のような内容であることに、おかしいと感じていたこと、その原因がわかり、一刻も早くできることからはじめなければいけないと感じていると強調。「この教育懇談会を機に、忌たんのない考えを話すことができる場を持ち、大人たちが力をあわせてなにかができるのではないか」「社会全体の風潮も複雑で、様様な情報も氾濫し、良心と従来の常識だけでは生き抜くことが難しい時代になっていきつつある。それでも、親として子どもたちには、どんな状況にも負けずに、すばらしい個性を発揮し、力強く成長していってほしいと願っている」「そのために教師と保護者が協力して、前から引っぱり、横から支え、後ろから押して、成長の車を進めていくこと、1人では乗りこえられないことも協力すれば必ず乗りこえることができると思う」と確信をこめて語り、会場から大きな拍手が送られた。
 宇部市の小学校教師の佐藤公治氏が発言。親の生活も格差社会の影響で一変し、市内でも「荒れていて指導が困難な学校」といわれていた学校であったが、まず教師のなかで「子どもたちの教育について自由闊達に意見のいえる職場にしていきたい」と、教師へのしめつけや子どもたちを差別選別することに対して意見を上げていったこと、また「子どもたちの自分勝手を許さず集団の利益のために」と教師が結束して、学年をこえた教師集団で子どもについて語りあってきたとのべた。そして1年をへて教師集団の結束のもとに子どもたちが成長することを保護者は喜び、「親との結束は不可欠」「なにか事件が起こって親を集めるのでは後手後手にまわるので、懇談会は必要だ」と教師と保護者の懇談会が実現したと語った。「教育再生会議をはじめ、子どもと教師と親をバラバラに分断し、学校を人間形成の教育の場でないように破壊してくる流れに対して教師集団が結束し、保護者と深く結びついて子どもたちをいじめや社会の汚濁に負けずたくましい平和の担い手に育てていく運動こそがもっとも力のあるものと信じている」と結んだ。父母と教師が団結した運動が具体的に進みはじめた方向は参加者に大きな展望を与えた。

 戦争体験者や被爆者も発言 強い期待語る
 会場からの発言では被爆者や戦争体験者が熱く語った。広島の被爆者、真木淳治氏は、今年6回目の広島「原爆と戦争展」を開催し多くの学生が共鳴し、多くの若者が国の方向性に懸念を持っていることを語った。「広島市民として被爆者としてそういう、憲法を変えようとしているときにこそ広く体験を伝え今の子どもたちに絶対に同じ思いをさせてはならない」と運動発展のために奮斗する決意を力強く語った。
 また、岩国から参加した退職教師の村岡シエ子氏は、米軍再編に反対する市民世論と重ねて、「みんなが本音で語り出している。岩国の住民投票の斗争について60代の教え子が“自分たちもアメリカが岩国でしてきたことを見ているから基地には反対だ”といっていた。まちがったものに対して、人民が立ち向かっていっている。原爆展がくり返し開かれたことがこの変化のもとにある。民族の独立がみんなの願いだ」と確信をこめてのべた。

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