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会純化して運動飛躍へ
満珠荘問題巡る記者座談会
              市長選にむけ市民の大運動     2008年9月1日付

  満珠荘問題では、「日共」江原満寿夫議員ら紹介議員主導で、満珠荘の存続を求める利用者の会の総会でっちあげ策動があったが、これをめぐる問題の性質が明らかになっている。
  前回、「日共江原議員の乗っ取り」の紙面を見た安倍派の最有力議員らの態度が興味深かった。佐伯議員は文教厚生委員会で「署名がたくさん集まっているのだから宿泊付きでやったらいいじゃないか」といった発言をしたが、会議後「赤字が問題なのだから、民間委託にしてI氏(満珠荘食堂経営者)にやらせればいいじゃないか」といっていた。
  別の安倍派有力議員は、紙面を見て「江原のバカが」といっていた。仲間意識のようだった。「議会の多数派獲得」は公明党のほか、安倍派のことだったようだ。安倍派と「日共」議員の連係プレーだったわけだ。
  世話人代表にも市民の会にも黙って総会をやろうというわけだが、それは前のままの満珠荘ではなく、「I氏の民間委託方式」の話だったわけだ。安倍派の話を江原議員ら紹介議員が持ち込んで、I氏をたきつけた関係で、I氏は自分のビジネスチャンスということで、あっちこっちにタダ酒を振る舞いながら、突っ走った関係のようだ。
  「民間委託でおまえにやらせるが、その条件があって、署名をやったり市役所で抗議行動をやったりの市民運動をやめさせる」こと、とくに市民の会などを排除して、「日共」議員の支配下に置いて江島市長や安倍氏を安心させること、ということのようだ。安倍派、江島市長の側からしたらいま自分の選挙が最大の関心だ。前回の選挙では、冷や汗ものだった。そうなったのは、ゴミ袋値下げの署名運動が10万3000人を集めるなど、市民運動がわき起こっていて、選挙を主導する力となっていたからだ。
 今度の市長選は、江島市長批判は前回どころでなく全市民的にすごいものがある。だが、表面には対立候補があらわれない。出ていた名前もつぎつぎに消えている。その背景に市民の世論は沸騰しているのに、形としての市民運動が抑えつけられている問題がある。市民の強力な運動がなければ市長選で江島市長打倒の力にはならない。安倍派と江島市長は対抗馬つぶしで一生懸命のようだ。選挙がなければ当選だから。だから市民運動をもっとも恐れている。満珠荘署名6万人が恐ろしいのだ。そこで江原議員らを使って、運動つぶしをやらせたという関係だろう。
  満珠荘署名6万人というのは、満珠荘を自分が利用したいという人は1万人もいないと思う。高齢者切り捨ては許さないという世論であり、高齢のおばあちゃんらが暑い日も寒い日も市民の先頭に立ってがんばっていることへの共感だ。それはそれぞれの生活を根拠にした市政要求があり、市民の力を1つに結びつけたいという要求であり、江島市長批判の意味だ。
  民間委託というが、市の関係部局とかほかの保守系議員のところでは市長の「昼間の施設」という線で進んでいる。民間委託というのも安倍派議員が口の先でいっただけだ。I氏は適当にだまされているというのが真相だろう。満珠荘の会の力は6万人の署名にあるが、これを投げ捨てたら無力になるわけで、相手にされない。
  署名を実際にやってきた人たちの中では、今度の総会は無効だし、自分たちは今まで通りに以前のままの老人休養ホームとしての満珠荘の再開をあくまで要求するし、6万人で不足というのなら10万人を目指してやろうと、逆に張り切っている。また6万人の署名運動が、結局のところ「日共」議員のためとか、ある個人の商売のために利用されたというのでは、6万人に申し訳がないと論議になっている。そういう汚れた要素と決別するなら、あくまで市民のための私心のない運動としてグンと純粋なものになる。そうすると満珠荘の会への市民からの信頼は非常に大きなものになる。
  会については、I氏らが「民間委託を目指す紹介議員の会」にしたいのなら勝手に自分たちだけでやったらいい、となっている。署名活動などしてない人たちであり、頭だけの会で胴体がないし手も足もない、無力だ。満珠荘の会の実態というか力は6万人の署名を代表していることにある。こっちは実態があるわけだからジタバタする必要はない。今までのままの会として運動をしたらよいとなっている。

 唐戸も一緒だと話題に 運動潰しで議員暗躍
  唐戸の商店主の中で、本紙の「江原議員の乗っ取り」記事を号外にしてくれという要求がある。「唐戸も一緒だ」という。今度の議会で、江島市長は廃案になったあるかぽーと開発議案をまたも出した。以前とほとんど同じ計画だ。現在、唐戸の商店主たちの中で元気が乏しい感じがある。江島市長は唐戸の反対が崩れると見込んで出してきたようだ。
 それは廃案から後、自称市民派の香川議員とか松村議員、「日共」江原議員らが、運動を支えてきた市民の会などを排除して、あるかぽーと研究会のようなものをつくって「対案をつくる」とかいって引き回してきた。それはいまやカゲロウのように消えてしまって何にもならなかった。そして議員らが唐戸でうろついてきた結果として「なにをやっても無駄だ」とか「やりにくい」「疲れるばかり」という状態にしてきた。そういう意味で議員らが計画の再提出の露払いをしてきた関係だ。連中が、あるときは親切ごかしに、ある時は脅しまがいに、口先で理屈をこね、ゴネてくると、一般の人は腹が立ってもやり返しにくい。
  議員というものが、市長が何かをやろうとするときに、市民を押さえ込む役目というのが目立っている。市民をだましたり押さえ込むことで、市長にほうびをもらう職業集団になっているようだ。唐戸でははじめ、地元の平岡議員が脅しつけてつぶす役目を買って出ていた。これは余りにもガサツで失敗した。廃案後は、「市民派」的安倍派の香川議員や「日共」江原議員らが出てきて、商店主をあきらめさせる仕事をしてきたわけだ。下関では労働組合の連合安倍派や公明党安倍派が長い歴史を持っている。そのほかに、民主党林派がおり、市民派安倍派がいるわけだが、「日共」江島派もいたわけだ。これらが巧妙な形で安倍、江島独裁支配を支えている関係だ。
  今度の満珠荘問題での江原議員の行動は注目に値する。「6万人署名は江島市長が認めないから意味がない」「議会の多数派をとらなければダメだ」といってあきらめるほかないことを、親切ごかしに屁理屈をならべていう。要するに江島市長がダメだといったら従わざるをえないという姿勢なのだ。そして運動を分裂させ、乗っ取って、無力なものにする。それによって、江島市長の選挙や、安倍代議士の選挙を助ける。そうしてもう一段市民の落胆をつくり出す。前回の市長選で、「日共」集団は陰で江島市長の選挙をやったという批判が起こっていた。今度選挙前に、自民党議員から「日共」議員まで連携して市民運動つぶしをやっている姿が暴露されたのは非常によいことだ。
  江原議員は豊北の出身で、下関をよく知らないのになめていたようだ。おかげで市長選のかさぶたをはずす突破口をつくってくれたともいえるんじゃないか。

 市民運動が勝負の様相 対抗馬出す上でも
  江島市長は、市民運動をつぶすことで、前回のような対抗馬を出させないことを期待したと思う。いくら市民が腹を立てていても対抗馬が出てこなければ選挙は勝つわけだ。そのために6万の署名を拒否したし、「6万人は俺に投票しなくて良い」とやったわけだ。まともな対抗馬が出るような市民の運動をしたら江島市長は無惨なことになる。聞く耳がないのは強いからではなく、自爆作戦だったのだということになる。
  江島市長が拒否した署名はもっとたくさんある。角島の保育園存続署名も2万だ。学校統廃合反対の署名も、たくさんやっている。これもみな「俺に投票しなくて良い」なのだから、すでに30万の人口のうちの10万ほどはいらないと宣言している。奇妙きてれつな選挙準備をしている。満珠荘署名が10万を突破し、そのほかの署名も活気づいてやったら人口の半数以上を選挙前に江島市長が排除することになる。それは排除した方が排除されることだ。安倍代議士が出る衆議院選挙もそうだが、市長選も対抗馬つぶし作戦にたいして、まともな対抗馬を出すうえでも市民運動が勝負といった様相になっている。
  安倍派の恐怖支配の下関、つまり安倍支配の江島市政、それこそ自民党から公明党、「日共」集団にいたる市民支配構図のなかで、選挙で勝利するには、市民と江島市政の対立点を鮮明にすること、そして市民運動を主体にしてたたかうこと、それによって候補を押し立て勝利できる。市民にとって、じっと待っているだけでは対立候補は出てこない。満珠荘運動が今度のような妨害物を取り除いて発展したら、怒りがうっ積している市民全体の世論と運動が活発になる。10万人署名をやろうというのは非常に歓迎されている。江島市長を打倒する力になったら満珠荘は勝利する。

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