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まともな船作れぬ三菱重工
3度の火災が示す現場破壊
              労働の誇り否定した帰結    2016年2月10日付

 三菱重工長崎造船所で建造中の大型客船が3度目の火災を起こした問題は、日本の造船業界、そして製造業立国を標榜してきた日本の産業分野の崩壊状況を物語る象徴的な出来事として各所で話題になっている。世界を牽引する造船技術を誇った造船大国でまともな船がつくれないという現実を浮き彫りにしており、産業技術の育成を切り捨てていった犯罪性を実感させている。
 
 造船大国日本で進む技術劣化

 三菱重工長崎造船所で建造中の豪華客船「アイーダ・プリマ」は、アメリカの世界最大手クルーズ会社カーニバル社の子会社でドイツに本社を置くアイーダ社が発注したものだった。三菱重工にとっては10年ぶりとなる大型客船であり、日本の造船大手の威信を賭けて意気込んで受注したものといわれてきた。総重量は12万5000dをこえ、3300人を乗せ1500室もの部屋を持つ「洋上のマンション」といわれる豪華客船で、三菱重工は2隻を1000億円で請け負った。
 ところが、建造途中で設計や資材の変更、つくり直しがあいつぎ、当初は昨年3月だった引き渡し予定日が9月にずれ、さらに2度目の延期をして、すでに1年近くも納期が遅れている。そのため受注した2011年から約4年で2隻分の受注額をこえる1600億円にまで特別損失が膨れあがった。
 そして、艦内では今年1月だけで3度の火災が発生。1度目は11日の朝、船体中央部のレストラン区域で資材を入れた段ボールや断熱材、シートなどが炎上。13日にも5階の客室区域で作業用の布が燃え、県警が「不審火」として警戒態勢を敷いた。ところがその後の31日の深夜にも、7階の火の気のない場所で出火し、床や天井など50平方bを焼いた。大型船とはいえ同じ船で1カ月に3度の火災は物議を醸し、あいつぐ納期の延期とあわせて三菱の生産能力の低下、管理体制のいい加減さを露呈するものとなっている。
 長崎造船所での大規模火災事故は、02年にも起きており、当時イギリスの船会社から受注した同様の豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」(総重量11万6000d)が19時間にわたって炎上し、船床面積の4割(5万平方b)が焼損した。配管を固定するための部品を天井に溶接する作業で、天井に直溶接する際に提出する「火気作業届」を出さなかったため、上階の部屋の内装に引火したことが原因だったといわれる。この際は、姉妹船として建造していた同型船を急いで改修して引き渡した。
 さらに、3年前の13年6月には、三菱重工が建造した三井商船の大型コンテナ船「MOL COMFORT」が、就航からわずか5年でインド洋を航行中に真っ二つに割れて沈没。世界初の超高張力鋼板を使用して構造部材を減らすなど「最新技術を駆使した」というものだったが、船主は船体のゆがみやねじれが目視で確認できるほど激しかったことを明らかにした。
 乗組員は救助されたものの、積み荷の4382個ものコンテナの大半が沈み、いまだに回収の目途は立たず、関係する100社から600億円の損害賠償を請求されている。
 造船業を祖業とする三菱重工の船が次次に炎上、沈没するという異常事態について、関係者からはさまざまに要因が語られている。

 熟練が必要な造船技術 日本人育成が不可欠

 この間、長崎造船所では、この船の納入延期を解消するために全国各地や海外から集めた約4000人の作業員(通常時は2000人前後)を投入しているといわれ、街中にはアジア系をはじめ、北欧系などの外国人労働者があふれかえっている。ジャパンマリンユナイテッド(IHIとユニバーサル造船の合併企業)などの大手から中小まで国内の造船会社の工員や人材派遣会社を通じた期間工をかき集め、海外では、韓国、フィリピン、ベトナム、さらにドイツやイタリア、スウェーデン、ノルウェーなど北欧の関連会社が労働者を連れて長崎に滞在し、長崎市内の空きビルを丸ごと人材派遣会社などが借りて寝泊まりしている。同船建造にかかわる七、八割は県外や海外の労働者といわれ、市民からは「よほど自前の技術者がいないのだろう」「これほど外国に頼って三菱製といえるのだろうか」と語られてきた。
 造船関係者によれば、アメリカやドイツなど海外発注の船はクレームも多く、それに対応できる業者がいないため、客船の内装などの調度品は海外から特注し、据付けもドイツなどの欧州メーカーや業者に頼らざるを得ないのだという。度重なる設計変更も国ごとに違う承認基準をすりあわせるだけの交渉力がないことを浮き彫りにしており、いかに技術レベルや国際的な位置が低迷しているかを示している。
 長く三菱で仕事をしてきた男性は、「客船の現場は素人も外国人も入り乱れて、事故や災害などは表沙汰にならないだけで毎週のように起きている。長時間に密閉空間で作業するため夏場には熱中病患者や、塗装工になるとシンナーで廃人のようになる人も少なくない。遅延をとり戻すために派遣会社を通じて期間工を集めているので、“船の仕事ははじめて”という未経験者を船に入れる前に短期間の教育をやって現場に送り込む。高給で連れてくる外国人も多く、工期が遅れて三菱に損失が出ても期間工員には関係ないので、待遇の悪さに腹を立てて工期を延ばしてやろうという心理から火を付けたのではないか」と話している。
 例えば、内装工事でも電気配線の手直しをするためにせっかく貼ったカーペットや壁紙を剥がし、壁に配線を通す穴を開けたり、それぞれの工程が互いに連携せず、工事の指揮系統が定まらないため、ベテランがかかわっても事故が起こるケースが増えているという。「非正規雇用を大量に入れているので技術が育たないことが根本的な問題で、外国人労働者を入れる前に日本の技術者を育てなければ成り立たない」と強調していた。
 鉄鋼商社出身の男性は、「船の溶接技術は何十年もかかって修得する熟練技能で、それは船首の曲がり具合などを見ればすぐにわかるが、最近の船は技術力が落ちていると退職者の間でも話題になっていた。三菱は昔から企業内に技術学校があり、高校を卒業するとそこで技術や知識を身につけて一人前の技術者に育っていった。それがアメリカ型の決算方式をとり入れ、株主配当を増やすために四半期ごとの短期利益を追求するようになって、コスト削減のため長期的な視野にたった人材育成はおろそかにされた。昔は2万人近くいた従業員も今は5000人程度になり、大型客船を受注してもエレベーターなどの内装品はすべて海外生産で、長崎では組み立てるだけだ。地元の下請は海外製品と競争させられてマージンは削られる一方だ。工員との関係、下請との関係が干からびたものになっていい製品がつくれるわけがない。金融が中心になってから、日本のモノづくりの権威が地に落ちている」と憤りを語った。

 下請を軽視した結果だ 下関の造船関係者

 下関市から応援に入っている造船会社も多く、「起こるべくして起きた事故」であり、「市場原理で目先のもうけを優先し、技術者の育成をしてこなかった結果だ」と語り合われている。
 造船関係者の男性は、「三菱は下請を大事にしないことで有名で、一度下請として手伝いに行くと次回からは工賃を値切ってくる。そして繁忙期が過ぎたら簡単に切り捨てる。工期が切迫してくるととにかく人数を増やすために人入れ業者に工員を集めさせて、業者は人数を集めさえすればマージンが入るから素人でもなんでも集めてくる。技術を持った人間が1人いれば10人分の仕事ができるのに、それがわかっていない。外国人研修生の給料をピンハネして、安月給に怒ったベトナム人が夜逃げして別会社で働いていたりするケースも増えている。福島原発の廃炉作業のような状態が、突けばたくさん出てくる」という。
 「造船現場は危険が伴うところだが、安全上2人しか乗ってはいけない足場に何人も乗せて作業をさせたり、現場の安全管理は大手ほどずさんだ。三井や日立でも変わらない。熟練技術者が早く仕事を終わらせても、短期の出稼ぎで連れてこられる未経験者はそうはいかない。おそらく“赤字の船を作っているのだから早くやれ”と尻を叩いて反発を受けたのではないか。とくに下請の持つ技術を軽視しているが、直結の下請は仕事を断れない。安ければいいといって中国人やベトナム人を研修生としてたくさん雇っているが、なぜ日本の若者に技術を伝承しないのか。それでは仕事のモチベーションも下がるし、いい船をつくるというプライドがなくなる。三菱には昔は“造船マン”としてプライドがあったが、金に支配されてそれがなくなっている」と思いを語った。
 別の業者の男性は、「造船業界は景気がいいといわれてきたが、大手だけが受注し、船も特殊技術がいるものばかりになっている。関連部品の海外発注も増えたので下請業者も淘汰されて、造船にとって必要不可欠な木型の業者も、下関では一軒、山口県内でも数軒あるだけになった。だが、木型は機械部品などの基礎になる精密さを求められる仕事で、技術を身につけるのに何年もかかる。機械化しているところもあるが、人の手でなければできない部分がある。このままでは新しい船や部品がつくれなくなるということだ」と警鐘を鳴らしていた。
 中小造船業者の男性も、「いまや造船日本といわれた日本の技術は衰退し、クルーズ船がつくれなくなっている。進化するクルーズ船の国際基準に技術が追いつかず、やり直しも多発している。中小造船界では、設計技術者が不足しており、溶接の熟練技師も不足している。目先の利益追求で、もうからなければ切り捨ててきた結果、造船コースのある大学がなくなった。どんなに時代が変わっても四方を海で囲まれた日本で海運、造船は不可欠な産業。100年の計に立った必要な対策をせねば日本の将来はない」と強調した。

 造船分社化軍需へ傾斜 「夢よもう一度」か

 事故や製品不良があいつぐなかで、三菱重工は造船部門を「重工グループの足を引っ張る赤字部門」との烙印を押し、すでに昨年から重工本体から切り離す分社化がはじまっている。
 日本最初の艦船修理場として創設された官営長崎造船所の払い下げを受けて、岩崎弥太郎が三菱を創業した時代からの「祖業」である商船事業を投げ捨て、重工自体は海上自衛隊向けのイージス艦など艦艇の建造に特化する。子会社にした造船部門では、客船事業からは撤退し、船体ブロックの製造やエンジニアリング(技術提供)部門へ縮小させる方針を打ち出している。12年には神戸造船所(神戸市)がコンテナ船や自動車運搬船などの建造から撤退し、下関造船所でも民間船舶の建造が減る一方で、原発などのエネルギー機械設備、自衛隊艦船の装備品、ミサイル部品や戦車用エンジンなど防衛関連の製造を拡大させている。技術力が求められる商船からは手を引き、安倍政府が進める武器輸出の解禁に乗って、税金つかみ取りの軍需生産に傾斜していく体質を加速させている。
 第2次大戦中、国家総動員法で三菱をはじめとする財閥は、軍需生産を一手に請け負って、労働者や動員学徒をタダ同然で働かさせることで莫大な利潤を手にした。国家資本における三菱や三井など14財閥が保有する資本の割合は、開戦前の1927年当時は22・6%だったが、終戦直後の1946年には約半分にのぼる42・6%へと急膨張した。日銀から融資を受け、国からの要請で兵器や艦船、航空機の生産を請け負い、人の生き血を吸ってもうける文字通りの「死の商人」として、国民を犠牲にしながら財を成した。戦後はアメリカの下請企業として保護されふたたび民需が縮小するなかで「あの味をもう一度」といわんばかりに、1隻あたり1200億円といわれるイージス艦やミサイル護衛艦の受注を独占し、航空機製造、潜水艦の輸出などに乗り出している。だが同時に、「沈むような船で戦争ができるのだろうか」と疑わざるをえないほど造船技術が劣化している姿をさらけ出している。
 製鋼場の爆発で生産工程がストップしているトヨタにせよ、大量リコールとなったエアバックのタカタ、台湾企業に身売りしたシャープなど、金融資本がのさばるなかで国内の産業資本の物づくりの力の劣化がすさまじい勢いで顕在化している。アメリカ流の市場原理を導入し、「国際競争力のためだ」「選択と集中だ」などといって規制緩和を進めてきた結果、技術力を支えていた中小企業は淘汰され、非正規雇用の拡大によって品質を保証する組織的な集団労働機能が失われ、製品の質が落ちるたびに世界シェアを失って、新興国に競り負けていく悪循環が続いている。金融資本が暴利をむさぼる構造のなかで、技術力に裏付けされた信頼を失っていき、社会の基礎である生産力を蝕んでいる姿を露呈している。労働の誇りを否定していることが最大の根源となっている。

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