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学校でも地域でも喜び広がる
皆実小の被爆体験学習
             広島の心が孫たちに届く  2004年12月14日付

 広島市南区の皆実小学校(中本健治校長)では12月1日、「原爆と峠三吉の詩」パネルを展示し、南区の地元の被爆者9人から5年生108人の生徒が体験を聞くというとりくみをおこなった。子どもたちは語ってくれた被爆者が、原爆という自分たちには想像もできない苦しみや痛みを受けながらも強く生きぬき、何年たってもつらく、思い出したくない体験を自分たちのために語ってくれた被爆者の気持ちを受けとめ、感謝と感動の思いをつづった感想を書いている。
  
  感想に感動つづる子どもたち
 5年生を担当する3人の教師たちは、子どもたちに被爆者の体験を聞いたあとにあらためて時間をとって視聴覚室に展示されている「原爆と峠三吉の詩」原爆パネルを参観させている。どのクラスも騒ぐこともなく集中し熱心にパネルを見て回り、印象に残った詩をメモしたりしていた。ある学級では1時間をとってパネルを見たい人は見に行くことをすすめると八割の子どもたちが自分たちからすすんで行った。「被爆者の話を聞いて見方が変わりました」と、原爆を怖い、恐ろしいという感覚ではなく、受けとめはじめている。
 別の教師は「子どもたちのなかには祖父母が被爆の経験をしている人もいるが、そのような話をじっくりと聞いたことがない。今回のように九人もの被爆者に来てもらって自分たちの目の前でじっくりと話を聞けたことはひじょうによかった。子どもたちの感動も違っていた」といった。そして今回のとりくみは平和教育の一環で原爆や戦争の問題ではあるが、そのことと日常生活はけっして別のものではないと子どもたちと話し、指導していることを話した。
 「いまの時代はPTSD(心的外傷後ストレス状態)とよくいわれますが、被爆者はいまどころではない精神的、肉体的な苦痛を受けながら生きてきた。そのなかを生きぬいたという強さがあり、子どもたちもその辺を感じているのでは…」と指摘する。
 5年生は1学期に地域のお年寄りたちに昔の遊びを習ってきた。今回のとりくみは、そのようなお年寄りたちが原爆を受け、苦労して生きてきたことを知る重要な機会となり、子どもたちのお年寄りにたいする目線も違ってきていることも変化の1つとして語られている。

         子どもたちが被爆者にあてた感想文より
  
  関係ない人を殺され悔しい
 ▼(高橋さんの話を聞いて)すごく悲しいお話でした。僕は、かわいそうと思いました。原子爆弾によって半年も1年も苦しんでいます。高橋さんは自分のこの目で原子爆弾のえいきょうで亡くなった人たちを見ています。どんなにつらいか、苦しいか、そんなことを考えてみると、涙が出ます。爆風の空気をすうだけで、頭が少しハゲたり、デキモノが出来たりします。この、デキモノは、温かいところに行くとかゆくなります。このころは、原子爆弾によるえいきょうでなった病気に対応出来る薬はごくわずかしかなく、ふつうの医師に相談しても、ちっとも受け入れてくれないとおっしゃっていました。なので高橋さんは、デキモノや病気と六ヶ月間も苦労し戦いつづけてきました。
 もし、自分が原子爆弾のえいきょうを受けていたら、どんな気持ちだろうか。たくさんの病気やデキモノが出来たらゾッとします。
 最初に聞いた時は、心が痛みました。こらえるにもこらえきれずとうとう涙が出ました。なにかが心のどこかでひっかかります。
 それは、どうして広島や長崎に原爆爆弾を落としたのかなと思います。あぁ、なんかぼくはくやしいです。たとえ軍のしせつだけ破かいするんだとしても、関係ない人たちはどうするんだろう。意味なく死ぬのは、自分でもいやです。赤ちゃんから老人まで、みな、どんな気持ちかなと思います。 こんなお話を聞けるのは、もう、二度とないでしょう。すごく感動しました。ありがとうございました。 (男子)
 ▼ぼくは高橋さんのお話をうかがうまえは、原爆のことはあまり知りませんでした。原子爆だんは、光る時と同じに熱風や放しゃ線を受けると思っていましたが、高橋さんが「ぴかっと光ったら、つくえの下などにかくれました」とおっしゃっていたので、(光ったと同時に被害にあうんではなかったんだ)と思いました。高橋さんは、弟のことを何回もおっしゃっていたので、(それだけ弟のことが大切だったんだ)と思い(かわいそうだなあ)と思いました。
 ぼくが思っていたより、原子爆だんはおそろしいなあと思いました。ぼくは高橋さんのお話を思いだすと、(こわい、かわいそう、そしてくやしさ)がこみあげてきます。大変なのに、どうもありがとうございました。(N・S、男子)
 ▼おいそがしい中、皆実小学校に来てくださってありがとうございます。いろいろと原子爆弾が落ちたときの様子を教えてくださってありがとうございます。僕は、ひどく心をいためました。関係のない人人までまきぞえになっているからです。どうして広島に原子爆弾が落ちたのかなぁと思います。時間がもう少しあればよかったと思いました。いろいろな事をお話くださって本当に感謝します。ありがとうございました。こんなきちょうなお話は二度とないでしょう。ありがとうございます。(K・O、男子)

 当時の子供達を見習いたい
 ▼わたしは尾田さんの話しを聞いてびっくりしました。外にいた駅長さんがどんなふうにして亡くなっていたかなど、あまり言いたくないことまではっきり言っていたので原ばくのおそろしさ、悲しさがよく分かりました。
 わたしがあのころ、もし電車に乗っていたらたぶん死んでいたんではないかと思います。尾田さんが、小さな子をおぶっている子が歩くのがおくれていたら「かわってあげようか?」と言ったのを聞いたときには、尾田さんはとてもやさしいなと思いました。
 いま、日本は平和だけどイラクなどは悲しい事がたくさんあるので平和になってほしいです。ありがとうございました。
(H・K、女子)
 ▼(尾田さんの話しを聞いて)ぼくが一番心にのこっていることは5年生か6年生が弟をおぶって、声をかけても「いい」と言ってそのまま、ほそいみちをみんなでとおっていくと、おぶっている五年生か六年生はおそいから、後の人に「はよいけ」と言われながらもあるいていったので、ぼくはこう思いました。5年生か6年生なのに弟をおぶってであった人にあって、「もってあげる」と言われたら、こうたいをしてもらいます、なぜかというとおもいからです。たぶんその子は力もちだと思います。その子をみならいたいです。 (Y・H、男子)
 ▼きのうは、被爆の話しをしていただきありがとうございます。自分が思いだしたくない話しだったと思います。土川さんの子どもさんやいろんなかたが亡くなってとても悲しい思いをしたと思います。被爆の話しを勇気を出して話してくれたことはとてもうれしいと思います。わたしは、被爆後のじょうたいや被爆時のじょうたいがよくわかってとても勉強になりました。最後らへんに、亡くなったかたの名前がのっている新聞の実物がみられてとてもうれしく思い、「へぇーこんなにいろんなかたがたが亡くなってしまったんだなー」と心の中で思い、少しなみだぐみました。これからも長生きできるようにがんばってください。あとこれからもいろんな人に被爆のできごとを伝えてほしいと思います。(N・H、女子)

 他の人にも伝えていきたい
 ▼先日は、被爆体験についての話しをしていただきありがとうございました。思い出したくない悲しいことをわたしたちのために語ってくれてありがとうございました。
 わたしは原爆や戦争がおそろしいものだとは、知っていましたが、自分の親を、自分で焼かないといけない、たくさんの爆だんが落ちてくる、たくさん死んでいる人がいるなどもっとこれよりたくさんのいやなことがあったと思います。
 いま、わたしたちが写真などを見て、こわいと言っている人もいるけれど、実際に体験している方は、それをのりこえて、一生けん命生きてきているんだと思います。わたしは他の人にもおそろしさを伝えていきたいと思います。(K・H、女子)
 ▼この前は、おいそがしい中、わざわざ来てくださってありがとうございました。わたしは、お話を聞いて、戦争はこわくおそろしいことだと知りました。土川さんのお話は、さみしかったりこわかったりする気持ちがあふれていて、かわいそうな気持ちになりました。土川さんは、3歳の子どもを亡くし、とても悲しかったでしょう。
 土川さん、元気を出してがんばって下さい。とても勉強になりました。ありがとうございました。
(K・S、女子)
 ▼(山本さん)とてもきちょうなお話を聞かせて下さってどうもありがとうございました。わたしは山本さんのお話を聞いて戦争反対の気持ちがさらに強まりました。山本さんはとてもこわい経験をして、家族までなくしたのに、わたしたちに明るくふるまってくれてとても心が強かったんだな、と思いました。
 なぜアメリカは原子爆だんのようなおそろしい兵きをつくるのだろう。本当にアメリカはおそろしい国だな、と思います。これからも元気で明るく生きて下さい。  (J・O、女子)
 ▼わたしは山本さんのお話を聞いて戦争はやっぱりこわいなぁと改めて感じました。山本さんはお兄さんとお父さんを戦争で亡くなられてしまってとてもかわいそうで仕方がないです。いま、アメリカがイラクに戦争するのを反対! 絶対反対! というのがとってもよく伝わりました。山本さんのおっしゃったことは絶対に心に残っていると思います。わざわざおそろしい話しをおっしゃっていただいてありがとうございました。山本さんの声と表情を見て、おそろしい、こわいそれが全部身にしみて感じました。アメリカや悪いことをする犯罪者にそういう人は、わたしは一番大嫌いです。これからは安全にも気をつけてやっていきたいです。

 被爆者の様に強くなりたい
 ▼きのうは、昔のつらかった事を話してくださってありがとうございました。沖本さんが「親がいない」と言われたとき、わたしは「もし自分に親がいなかったら生活できない」と思いました。それはだって家の仕事などはおばあちゃんに手伝ってもらうことができます。けど、日曜さんかん日などが一番つらいと思います。けど沖本さんはそんなつらいかべをのりこえて、いまでも元気に生きてらっしゃることはすごく気がつよいんだなあと思いました。わたしもそんな沖本さんをみならって気がつよい大人になりたいです。(A・H、女子)
 ▼(熊本さん)水曜日は、わざわざわたしたちのために来てくれてありがとうございます。とっても勉強になり昔のことがよくわかりました。熊本さんは、昔、女の人達が着ていた「もんぺ」などを実さいにもってきてくれたのでよくわかりました。熊本さんがお話をされている時に、わたしはげんばくは人の命をうばうものでなんでそれをしってて、アメリカは広島にばくだんを落としたのだろうと思いました。きっとばくだんを広島に落とそうとした人は、心のせまい人だと思います。
(A・N、女子)
 ▼なんで命をおとすだけなのにせんそうをするのかがわかりません。いままで死んだ人の命が悲しんでいると思います。平和な世界になってほしいと思っています。早くせんそうをしている国は気ずいてくれるといいです。こんなことをしていたら世界がなくなってしまうので「もうやめてください」といいたいです。かんけいのない子どもまでいまも死んでいるかと思うといやになってきます。日本はいまは平和だけどいつまたせんそうするかわからないのがこわいです。(R・A、男子)
 ▼12月1日は、皆実小学校に来て下さってありがとうございました。原爆の話しを聞いて悲しくなりました。同年代の友達がいなくなったり、わたしと同年代だった人たちがたくさん亡くなったり、亡くなっているところを見たりしてつらいだろうなと思いました。わたしは三保さんをすごい人だと思います。原爆の日で、なんとか生きていて、さらに原爆という悲しい日のことを教えてくれたからです。わたしのおじいさんは、きのこ雲の話しはするけど親せきのことは教えてくれませんでした。三保さんのおかげで、原爆の日は地ごくのようで悲しいことがわかりました。それに最後に親孝行や友達を大切にしてほしいということをわたしは、被爆者が言える言葉だと思いました。(Y・O、女子)

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