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未来拓く文化創造の出発点に
礒永秀雄没40周年詩祭実行委
               新鮮な感動呼ぶ礒永作品     2016年9月19日付
 
 没40周年記念・礒永秀雄詩祭の第1回実行委員会が17日、下関市の福田正義記念館で開かれた。文化関係者をはじめ、戦争体験者、被爆者、教師、退職教師など約40人が参加した実行委員会では、礒永作品への思いを語り合った。戦後71年たった日本社会が殺伐とした様相を呈し、戦争のきなくささが漂うなかで、礒永秀雄の作品を顕彰し、戦争体験者から未来を担う子どもたちまで世代をこえて読み深め、交流することの意義が活発に論議され、詩祭の成功にむけて礒永作品を多くの人に広めていくことを確認した。
 はじめに事務局がとりくみの概要を次のように報告した。8月下旬に劇団はぐるま座と長周新聞社が連名で、没40周年記念・礒永秀雄詩祭の実行委員会への参加を呼びかけたところ、それに応えて17日現在で山口県内と全国合わせて112人が実行委員となり、文化関係者をはじめ、戦争体験者、被爆者、教師、自営業者、また礒永秀雄の教え子など幅広い層の人人が参加している。
 
 12月3日に下関市で開催  平和の力励ます詩や童話 鑑賞広げ世代超え論議を

 礒永秀雄は、太平洋戦争のさなかに、学徒出陣で南方へ送られ、九死に一生を得て日本の土を踏んだとき、残された命を詩人にかける決意をし、常にこの戦後出発に立ち返って社会情勢とかかわって多くの詩や童話を発表した。それらの作品は、戦後社会の表面的な華やかさとは裏腹に暗い根をはる日本の現実を直視し、「高度経済成長期」の繁栄ムードのまやかしを拒否し、退廃的な風潮とのたたかいのなかで生み出された。とくに詩人が社会の動きと無縁なところでうたうことを嫌い、社会の片隅での独白や慰みではなく、多くの人人の役に立つ詩、極限の場で鑑賞に堪える詩を追究した。それらの詩は多くの人人が願う平和の魂を束ね、力づけてきた。
 5年前の没35周年礒永秀雄詩祭は各階層の人人の創意によってとりくまれ、それが契機となって劇団はぐるま座の『礒永秀雄の詩と童話』公演が広がった。礒永作品は戦後71年たった今、ますますその生命力を発揮している。この間、実行委員会への参加を呼びかけるなかで礒永秀雄の精神を自分自身の生き方と重ねあわせて、礒永作品を自由に鑑賞し、それを作品にして発表しあう詩祭という催しに強い関心と期待が寄せられていること、また礒永顕彰について思いを執筆したいという声が上がっている。礒永秀雄詩祭を一過性のイベントで終わらせずに、新たな文化運動の一つとして継続したとりくみにしていく、新たな出発点にすることを提起した。
 実行委員長の海原三勇氏(元下関市PTA連合会副会長)はあいさつのなかで、5年前の没35周年詩祭の感動を思い起こし、詩祭のあと母校である向洋中学校で、はぐるま座の『礒永秀雄の詩と童話』公演をとりくんだことを語った。受験前の荒れていた生徒たちが、礒永作品にふれて感動し、「生き方が変わった」と生活を変化させていったことものべ、「礒永詩祭の意義は、礒永作品を子どもの教育にどう生かしていくかだ。若い教師たちに広げるなかで教育に生かしてほしい。イベントで終わらず、次につながるとりくみとして広めていくことが大事だ」とのべ、実行委員会での自由な論議を呼びかけた。
 最初に自己紹介をかねて参加者全員が発言し、そのなかで礒永作品への思いや詩祭のとりくみへの意気込みを語った。
 画家の男性は、「礒永秀雄没35周年に参加し、すごい詩人だと思った。礒永さんの詩を折に触れて読んでいるが、読むことで希望、元気がふつふつとわいてくる。日本の現実を直視し、“高度経済成長期”のまやかしを拒否して、退廃的な風潮とのたたかいのなかで生み出された礒永先生のコア(核)を心に叩き込んでいきたい」と語った。
 山口市から参加した80代の文化関係者は、「礒永先生の作品は、ある時期白い目で見られるような空気があった。だが今、堂堂と多くの人に読まれるようになったのは長周新聞のおかげだと思う。長周新聞は人が何といおうと恐れず堂堂と書く。それによって礒永先生もすばらしい光が出たと思う。その作品が今は教育で使われるようになり、これからも子どもの教育に生かしてほしい」とのべた。
 被爆者の女性は、礒永童話『鬼の子の角のお話』を読んで「戦争を体験して苦労したのに、あんな優しい心で詩や童話が書けるのか」と感銘を受けた思いをのべ、自分自身の人生と重ねあわせて語った。
 下関市民の会の会員は、「礒永さんの詩に出会って深く感銘して好きになった。五年まえの詩祭でも詩を朗読した」「それまで詩とあまり縁がなかった私が、礒永さんの詩に出会い、心に響く詩というのはこういうことなんだと感じた。一人でも多くの人に詩を読んでもらいたい」とのべた。
 教師たちは、5年前の没35周年詩祭のとりくみ過程で子どもたちの生き生きとした感想画が生み出され、父母、祖父母の3世代が詩祭に参加したことを思い起こしていた。「5年前にクラスで、『虎』と『一かつぎの水』を全員暗記して、授業参観や地域で発表した。礒永さんの作品は無理がなく、低学年から大人まで心に染みいる作品だ」「礒永童話を読んだ親子の感想文集をつくった。親も童話を読むなかで大人としての生き方をふり返っていた。今回は若い先生方とともに子どもや親たちに礒永作品を届けたい」と語り、詩祭のとりくみを教育運動を発展させる契機にしたいと意気込みを語った。
 また別の小学校教師は、国語の教科書もなかなか読めない学習困難な子ども3人に、礒永秀雄の「さて」という詩を読ませたところ、それを気に入って、暗記したり絵に描き、それが自信となって最終的にはみんなの前で詩を発表したというエピソードを紹介した。「教科書が読めないで苦労していた子どもだが、本当に心に響くものを読ませると生き生きと学習するし、礒永さんの詩の力を実感した」とのべ、若い教師に知らせ一緒にとりくんでいきたいと語った。
 その他にも「礒永作品は人生に響いてくる。影響を与える詩人はいるが、具体的に人生に響いてくるのは礒永秀雄だ。いろんな人の力が一つになってウワッと花が開くような詩祭にしたい」という発言があった。
 また光市出身の礒永秀雄が岩国をはじめ山口県東部の17の小・中学校の校歌を作詞したり、民謡を作って今も歌い継がれていることを紹介する発言もあった。

 朗読、歌、絵画など 多彩な出し物で交流を

 ここで劇団はぐるま座が、全国の実行委員から寄せられた礒永作品や詩祭に期待する意見を紹介した。旧「駱駝」同人が詩祭の開催に敬意を表したり、中国戦線に従軍した経験をもつ執筆家が、没40周年に寄せて詩をつくってみようと申し出たり、自営業者などは、「詩や童話を読んで、絵を描いてみたい」と意欲的な反応が出ていると語った。
 また詩吟の世界では花鳥風月をうたうのが一般的だったが、大分の詩吟界では、農村の絆や誇りを高らかにうたい、国内農業を破壊するTPPに抗する思いを表現した構成吟を発表したり、広島の詩吟界では原爆や戦争をテーマにする動きがあり、「これまで詩吟の世界になかった新しい動きが出ている」と紹介した。そのような文化関係者の意識の高揚のなかで礒永詩祭のとりくみが歓迎され、具体的に詩祭への参加の検討もはじまっていると報告した。
 その他にも、「今みたいな世の中になると、礒永さんのような詩でないと太刀打ちできない。今こそこれが大事なんだ」「政府が好き勝手なことをやっており戦争を危惧している。そういうものに対して手をとりあって立ち向かっていく力を与えてくれるのが礒永作品ではないか」(大分県・元高校教師)など熱い期待があり、沖縄の戦争体験者も意欲的であると語った。
 この後、礒永詩祭の内容や運動のイメージを膨らませる活発な論議、交流となった。発言のなかで、「詩祭にむけてみなさん一人一人が自分の力を出せることがあるのではないだろうか。礒永先生と共鳴する思いを詩に書いているので一曲歌いたい」という意見や、教師からは「五年前も主力は子どもたちだった。まだこれまでとりくんでいない詩を子どもと一緒に読んでみようと話になっている。それの感想画や文集なども考えている。若い先生とともにとりくんでいきたい」「子どもは真実にふれたときに大きく成長する。礒永さんの詩はそんな力がある。自分も子どもたちと一緒にとりくみたい」と発言があった。
 また海原氏は、「35周年のときは子どもの活力が礒永詩祭の大きな力になったし、子どもの感想画が印象に残っている。詩祭を通じて控えめな子どもが自信をつけていったというエピソードを聞いた。今回は若い先生方にも参加してもらい、子どもと一緒に朗読するのはどうだろうか」と提案した。また、礒永作品の朗読や詩祭を通じて、子どもたちに正しい言葉遣いや「美しい日本語」を継承していく教育活動に役立ててほしいと語った。
 元大学教員の男性は、「小学校の教師の自由時間が、世界で下から3番目に少ないというニュースを見た。大学でも管理的な雑務を増やして“自由”な時間をなくしている。政府は口では人材育成といいながら実際は逆のことをしている。教師と子どもで時間を持ち合うことは非常に大事だ。うつ病などが増えているといわれるが、世の中の動きをもう一度ゆっくり考えるカギが礒永作品のなかに見られないかと、もう一度作品を読んでみようと思う」と礒永作品の顕彰についての問題意識を語った。
 また退職教師の男性は、戦前、戦中、戦後を生きてきた85年の人生をふり返り、「戦後71年で世の中が大きく変わった。戦後民主主義教育のもとで現在に至り、親子の関係も変わった。物質的にはぜいたくになったが心が滅びている。その大元は、日本が戦争に負けてアメリカの文化が入ってきてその影響がある。高度成長時代にアメリカ支配の表向きの明るさとは裏腹に生活に暗い根を張りはじめているという現実を見ていた、礒永さんの詩をこれから勉強したい」とのべた。
 このような戦争体験世代の意見を受けて、画家の男性は、その場で全員で詩の朗読をすることを提案。男性は、「『ただいま臨終!』。明日がないという生き方をしているだろうか」と訴えかけ朗読をリードした。
 「まだ 顔は あるか/眼は たしかに二つついているか…」「おのれを焼きなおせ/昨日までの仕事も正義も/今日一瞬のつまずきで水の泡になる/さよう 一瞬の仕事の連続こそすなわち永遠/…くたびれた細胞でなんの革命!」
 礒永作品を声に出して朗読するなかで、詩の内容をより深く心でとらえ、自分自身の生き方と重ねあわせる時間となった。
 「子どもへの読み聞かせもいいが、これから大人の読み聞かせをやろう。自分自身も日日腐っている。だから礒永先生の詩を紐解き、また取り戻しながら生活している」と語った。活発な論議を通じて、礒永顕彰、詩祭のとりくみのイメージが参加者全体で共有されていった。
 最後に、より多くの人人に礒永作品を広めていくなかで、礒永詩祭の構想を具体化していくことを確認した。その上でポスター、チラシによる宣伝とともに、礒永秀雄の作品を紹介した長周新聞号外の活用が呼びかけられた。また詩祭当日の舞台デコレーションは劇団はぐるま座が担当し、事務局を長周新聞におくことが報告され承認された。

 没40周年・礒永秀雄詩祭の要綱
 日時 12月3日(土)午後1時から4時まで
 会場 海峡メッセ下関4階イベントホール
 内容 被爆者や戦争体験者、小中高生、青年、教師など各界の人による礒永秀雄の詩の朗      読、童話劇、合唱など。絵画・書の展示発表
 入場料 一般500円、 中高生200円、小学生以下無料
 主催 礒永秀雄詩祭実行委員会
 後援 山口県教育委員会下関市教育委員会

 

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