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毎年約2万人の新規失業者
             下関 行政の責任で雇用作れ    2010年9月13日付

 下関市では08年末からの三井金属・MCSの大量首切りをはじめ、神戸製鋼など製造業大手や下請の人員削減、建設業での倒産や商店の廃業などによる労働者の首切り・失業が増大している。下関市の失業状況は深刻さを増すばかりで、職安には通常業務のない土曜日も求職者があふれている。
 下関職安の調べでは、新規求職者は07年が1万5084人、08年が1万6648人、09年が1万8505人と増えており、毎年2万人近くが失業者群に投げこまれている。月間有効求職者数は07年が5万8564人、08年が6万2032人、09年が7万6413人と増えている。
 他方で月間有効求人数は、07年が6万3784人、08年が5万7175人、09年は4万8119人と減少している。有効求人倍率は、07年は1・09、08年は0・92、09年は0・63。求職者数に比べて求人数は約半分にすぎず、「1年以上職安に通い続けているが職がない」など、失業期間も長期化し、市民生活は緊急事態に直面している。
 職安には、若い独身男女や、幼い子どもを連れた若い夫婦、40代や50代の家族をかかえた層、60代以上の高齢者など、あらゆる層が仕事を探しに来ている。職安に来た市民に実情を聞いてみた。
 製造業でリストラされて1年以上職を探しているという40代の男性は、「最初は自分の持っている技術が生かせる仕事をと思って探していたが、まるでない。女房も子どももいるので、養っていかないといけない。一年もたつとなんでもいいからとにかく職につかないとと焦っている。2〜3日に一度は職安に来るし、面接にも数え切れないくらい行ったが、40代という年齢がひっかかる。もっと若い方がいいといわれる。子どもも学校に通っているので、早く職をみつけたいのだが、職安もその辺の事情はまったく考慮してくれない」と話していた。
 また、50代で調理師をやめて2カ月になるという男性は、「和食の調理師免許は持っているが、今は回転寿司など技術も経験もない若い者を雇う。シャリは機械が握って、人間は魚を乗せるだけだ。回転寿司や大手のチェーン店が客をとるので、楽々庵やふぐの中尾もつぶれた。飲食店がどんどんつぶれるので、新しく調理師を雇うところがない。北九州の職安にも行ってみたが、下関から通うということで敬遠された。2カ月も職がないので、女房がうるさい。女房もスーパーで働いて、2人で月30万円の収入があったが、今は女房のパートの収入と貯金をとり崩して生活している。失業保険もいつまでも出ないので、調理師は諦めて、なんでもいいから仕事をみつけたい」と話していた。

 年齢若くても職がない 製造・建設・運輸等

 勤めていた建設関係の会社が倒産して失業した20代の男性は、「技術を磨いて、いずれは独立して仕事をやりたいという夢を持っていたが、それどころではなくなった。倒産したその日に“今日で終わりです”といわれた。失業保険は6カ月出るが、子どももいるので、早くみつけないとと思っている。職安の求人ではどこも今までのような職はない」と話していた。
 また同じく建設関係の仕事を探している20代の男性は、「会社ではなく、個人の仕事を転転としてやっていたが、その個人の仕事がなくなったので、職安にきた。3カ月になるが、建設関係はまるでない」と話す。左官業をやっているという50代の男性は、「月に3〜4日仕事があればいい方だ」と話す。
 建設業で営業と現場を受け持って13年間働いてきたという50代の男性は、「朝6時から夜の11時まで働き、睡眠時間は3時間だった。これではとても体がもたないと思ってやめた。だが、再就職しようと思っても職がない。今まで面接は13連敗だ。不採用の手紙が来ると“不幸の手紙が来た”と家族で話している。朝3時に起きてアルバイトをしながら職を探している」という。
 神鋼下請をやめて職を探しているという20代の男性は、「工業高校を卒業して就職して2年になるが、会社も余分な人員をかかえる余裕はないということでやめた。初めて職安に来た。職探しは今からだ」と話していた。
 このほか、タクシー運転手は「月9万5000円の手取りでは生活できない。介護士関係の仕事を探している。それにしても中尾市長になってから税金のとりたてが厳しい。女房の職場にも給料を差し押さえるという通知がきた。税金を払えるような仕事を市民に保障してからとりたてをしてほしい」と話していた。
 失業前の職場では製造業、建設業、タクシーやトラックなど運輸業が多く、再就職も同じような職種を希望している。男性は、「求人のなかには、期間限定があったり、パソコンや各種免許などの条件があって、ふるい落とされる。パートやアルバイトでなく、家族を養っていける職を探している」という。
 また、40代の男性は、「製造業も建設業も求人がほとんどない。労働者を切ってしまったら技術の継承もできないはずだ。どこの会社も40代、50代の世代がぽっこりいなくなっている。こんなことでは若い者にだれが技術を教えたり、職場での人間関係を教育したりするのか。今の日本では株をやってもうければいいというようなやり方がはびこっている。下関では山銀がいばっている。これでは日本は沈没する。もっと行政が働く場所を保障するように、財政を投入する必要がある」と強調していた。
 このほか、最近東京から娘がクビを切られて帰ってきたという安岡地区の自営業者は、「娘は東京のレナウンに就職していたが、工場は中国に行き、正社員はパートにかえられた。娘は下関に帰ってきたが、下関でも職がない。知り合いは東京から30代の子どもを連れ戻した。コンピューター関連の大手に就職していたが、夜中まで仕事をして体をこわすところだった。だが、下関でも職がないので、仕方なく親の年金で生活している。安ければいいと中国にどんどん出ていっているが、これでは本当に日本はつぶれる。金を右から左、株投資などで生活する金融資本主義を転換しないといけない。安岡は昔から農業と漁業で成り立ってきた。農業、漁業がなければ食料危機になったらどうするのか。産業が国のもとだ。汗水流して働くことだ。農業はそれで育てる喜びもある。補助金など出してとにかく農業が成り立つように行政が動くべきだ」と話している。

 

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