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モノ扱いの首切りとどう斗うか
記者座談会 大量解雇巡る情勢と展望
               労働者あっての資本主義    2008年11月19日付

 アメリカ発の金融恐慌が勃発し、世界恐慌が進行するなかで、これまで史上最高利益を更新し続けてきたトヨタなど自動車産業が相次いで派遣労働者をはじめとする大量首切りを強行している。下関では三井金属の子会社エム・シー・エスが派遣労働者と期間工の大量首切りをうち出している。それは首切りにあう労働者にとって深刻な問題だが、就業している労働者にとっても、地域社会全体にとっても深刻な問題となっている。企業がもうからないから労働者が生きていけなくても仕方がないというわけにはいかない。なぜこんな事態になっているのか、どうすればよいのか、本紙では記者座談会を持って論議してみた。

 派遣社員を切捨て MCS、トヨタ九州、マツダ等
 司会 各社で出ている首切りの特徴と概況から出してみよう。
  エム・シー・エスが下関市に明らかにした説明では12月末までに200人派遣を切る。来年3月末までに期間工を200人順次切り、合計400人切る」としている。労働者数は1780人。正社員が490人、派遣社員が770人、期間社員が400人、パートが120人。正社員が全社員の27・5%でほとんどが非正規雇用だ。
 同社は、三井金属の子会社でパソコンや携帯電話などの液晶画面の裏側に使用する、TABテープを1989年から製造している。パソコンやプラズマテレビの普及で急成長し、世界の約5割のシェアを持つといわれていた。売上高は2007年が418億円で2008年は394億円。「需要の後退できびしい」といい「工場閉鎖」もほのめかしているが、実際は三井金属グループ内の儲け頭で「エム・シー・エスがなくなれば三井金属の儲けもなくなるので潰すことはない」といわれている。ここにワールドインテック(北九州)という派遣会社のMC事業所(下関)が派遣社員を雇い派遣している。
  トヨタ自動車九州(福岡県宮若市)では、北米向け高級車の需要が減ったというので夏頃から減産し、6月と8月の2回にわけて800人の派遣労働者を「秋に500人再雇用するから」といって契約解除でクビにした。正社員300人も3カ月間愛知県に転勤させている。11月に入ると「800人の再雇用はしない」と明言すると同時に24時間フル稼働していた2つあるラインのうち1つを昼稼働のみにし、さらに派遣労働者1000人を切ることをうち出した。
 派遣労働者は隣接する宗像市に住んでいるが、みなトヨタ九州で働く間だけしか住めないワンルームの寮におり、退職と同時に追い出される。日研総業は退社から3日以内に寮を出ないといけない。職を失うと同時に住居も奪われ生活ができなくなる。宗像市はそのようなマンションが多いので、派遣社員が切られてガラ空きとなり、治安が悪化することも心配されている。トヨタ自動車九州の本社がある宮若市では「業績悪化」で来年の法人市民税が10億円も下がるため、市財政や市政運営にも影響する。ここまできて「しょうがないではすまない」と語られている。
 トヨタ自動車本体でも現在6000人いる期間工を来年3月までに3000人に半減させる方向だ。日産自動車も2000人いる派遣社員のうち年内に1500人を削減すると発表している。日産九州工場(福岡県苅田町)では今年3月までに正社員460人が「希望退職」に追いこまれている。
  広島のマツダも宇品工場で1000人いる派遣労働者のうち800人を12月で切る。これも契約更新をしないという形だ。残りの200人も来年3月で契約期限が切れるため最終的に全員クビにする方向という。それが1カ月前にいい渡され、アパートから1週間で出ていけといわれた派遣社員はパニック状態となっている。派遣会社は、日研総業や日総工産、フジワークスなど。マツダの減産で派遣会社自体が広島から撤退するといわれ、再就職もできない状態だ。すでに自殺者も出ており、テント生活を考えている人もいる。こんなことでは「年末に犯罪や自殺が増える」といわれる。
 マツダも欧州向けの収益でのびてきたが、これががた減り。フォードが、保有していたマツダ株(33・4%)の二〇%を売却するが買わせる先は三井住友海上などの損保大手や広島銀行やデンソー。マツダにも自社株買いをさせている。広銀などどこも経営難だが、フォードは「マツダの経営権を他の自動車会社に渡したくない」といい、マツダ系列の会社に株を押しつけ、金を出させている。

 まともな製品も作れず 労働者や市民も批判
 司会 労働者や市民の受け止めはどうだろうか。
  マツダは好景気で儲けたときに派遣社員を入れてさんざん働かせ、今年の10月で派遣社員を正社員化するとうち出していた。派遣社員をランク分けし推薦されたら期間工の候補になるといって勤務態度や成績で競わせてきた。この派遣社員をだまし討ちの形で情け容赦なく切る。派遣社員は「正社員以上にきつい仕事をして真っ先に切られて意欲が失せる」とか「生産が増えるときだけ期間工を雇えばいいというが、派遣社員が覚えてきた技術は継承されないし、生産力の向上というところから見ても不合理だ」と出されている。
  職安に来ていた元トヨタ期間工(40代、男性)は「正社員でなければいつ首になるか分からず生活設計がたたないので、正社員になる努力をしてきた」と話す。トヨタではラインにGLとよばれるリーダーがいて、その推薦を受けて試験に通ると正社員になれる。しかしその人は試験で落とされ続け、夏には「年齢」を理由に期間工の契約更新も拒絶された。「努力してきたのに…」と悔しさと腹立たしさが入り交じった表情をしていた。
 また欠陥車が多いことが語られている。トヨタを見ると2005年のリコール車は188万台ですごい数だ。200年の欠陥車は6万台だが、03年になると98万台。それが製造業に派遣労働が解禁された04年になると189万台で倍増した。「労働者をモノ扱いにしてまともな製品ができるわけがない」という声は多い。労働者をモノ扱いするわけだが、生産がまともに組織できない会社になっている。
  エム・シー・エスも欠陥品が多いといわれている。「首切り計画を出すとなお欠陥品が増える」という声もある。自動車会社では「自分の働いている会社の車は買わない」ともいわれている。働く側はライン作業でミスや手抜きがあるのを知っているから怖くて乗れないようだ。
  広島でもマツダ車が売れない。下請たたきもひどくて、マツダとは取引しないという業者もいる。マツダがフォードになってから社宅を取り壊して大手家電メーカーに売りとばし地元を疲弊させている。このようなことばかりやるからマツダ車が売れないといわれている。

 奴隷扱いと共通の実感 「人間扱いせよ」とも
 司会 労働者と資本のあいだの矛盾というものがあからさまにあらわれている。その点から見た意識状況はどうか。
  「バカにしている」という意見が出る。解雇通知に「勤務不良」と書かれたことへの憤りも強い。「どういうことか」と怒鳴りつけた労働者もいる。次の派遣先を紹介するというが、クビ切り中のトヨタなども入っておりいいかげんな内容。「こき使われて、捨てられる」と語られている。ほとんど現場を担うのは派遣社員だが、現場を知らないものが考えた計画が自分たちの所におりてくるし、「欠陥品が多いのは派遣社員の責任か」と怒っていた。
  鹿児島から出てきたトヨタ九州の派遣社員は2人子どもがいて生活が苦しいので奥さんがパートに出て、本人は九州のトヨタで働いて貯金しようと思っていた。面接官は「残業があるから月26万円にはなる」といったが実際は違い、いまは残業もなくて手取りは14万円程度だ。そのうえに派遣を切ったり愛知に配転することに対し「人間なのだから地域とのつながりも生活もある。モノや部品のように簡単に飛ばすが、人間扱いしろ」と怒っていた。
 毎日の生活も寮を出て送迎バスで工場まで行ってラインで仕事。それから帰ってくると24時間営業のコンビニでカップラーメンや弁当を買って帰り眠るだけ。「いったいなんのために生きているのか」と話される。「トヨタが儲けたのは自分らが働いたからだ」と語られていた。
  エム・シー・エスの派遣労働者は、「欠陥品も多いが新製品の開発など先を見通した生産ができなくなっている」と話す。「自分らが製造してきたからエム・シー・エスが大きくなり、世界の5割を占めるまでになった」「現場のことを上司は知らない」「自分らがいなかったら工場は動かない」と話していた。
  残業代がへって大変だが、残業があったときもひどい状況で、夜遅くまで体がボロボロになる仕事だったという。労働者は「好景気でも不況でもいいときはない」と語る。正社員も派遣社員がしていた仕事が上乗せされるわけで「自分は切られなくて良かった」という受け止めではない。
  派遣と期間工はすべて「契約終わり」で当然のように切られる。トヨタ九州などでは契約は3カ月ごとで、それが切れるといつでもクビにできる。1カ月ごとの契約の会社もある。労働者を人間扱いしないわけだが、これはトヨタのカンバン方式(必要なものを必要なだけタイムリーに作るといって、在庫をできるだけ持たない生産管理方式)だ。
  家に住むには、本来敷金、礼金がいるのを数か月間だから会社があてがってやるというが、高い家賃を取られる。電気代や家具レンタル料など全部給料から天引き。それでクビになれば三3日で出ろという。奴隷扱いではないかという実感が共通している。

 政府の意図的政策 米国の要求に従い・派遣労働を拡大
  労働者の奴隷扱いは会社の中だけではない。社会的に全部共通した政策となっている。
  労働者の派遣というものができるようになるのは1986年。派遣法ができた初めはソフトウエア開発、通訳、翻訳、速記など13業種だけ限定していた。それを直後に16業種にし、96年には26業種に拡大した。そして99年には適用対象業務を原則自由化。「基本的に派遣していいが特定したものだけ派遣してはいけない」とした。そして2004年には製造業にも派遣労働を解禁した。
  これはアメリカの規制緩和要求の流れだ。小泉改革で労働関連の規制緩和をさまざま進めたが、製造業への派遣労働解禁はその目玉の1つだった。小泉政府が登場した01年に規制改革・民間開放推進会議の宮内議長(オリックス)は自らの「経営論」で「日本の企業経営にいま、求められているのは“アメリカに向かって走れ”ということではないでしょうか」と明記していた。この時期を前後して労働現場では大事故や爆発事故が頻発した。ブリヂストン工場の大火災(03年)、JR宝塚線の事故(05年)が起き、偽装請負問題なども表面化した。同時進行で当時の小泉政府は05年3月に規制改革・民間開放推進3カ年計画で「米国を参考にした労働時間規制の適用除外を検討する」ことを柱にした「労働ビッグバン」を閣議決定。昨年には「労働者と企業が対等な立場で雇用契約を結ぶ」などといって、雇用関係を商取引に変えていく労働契約法を制定した。政府が法制的に労働法の改定をやり、派遣労働を合法化していった。
  外国人の労働も本来は規制されていたのがつぎつぎに解禁された。外国人労働者の受け入れは90年からで「開発途上国の人材育成に貢献する」などといい「研修生」の名目で受け入れだした。93年には1年の研修を終了しても実習生として2年間働かせることができるように変更。対象職種も最初17業種だったのを62業種に拡大している。日系人については90年の入管法改定で「日本人の配偶者」または、「定住者」として在留する条件で就労制限を取り払った。こうして外国人労働者を増やし低賃金過密労働を押しつけている。
  ほかにも2005年には労働安全衛生法を改悪した。以前は残業を月間100時間した労働者には医者が診断と指導をするよう企業に義務付けていたが、それを「労働者の申し出があった場合」とした。過労死や過労自殺もすべて労働者の「自己責任」にしていった。
  これは、大きく見るとアメリカの新自由主義路線だ。アメリカは、80年代のレーガン以来、ニューエコノミー政策をすすめ、金融と軍事力による世界支配体制をつくっていった。これは今度のアメリカの金融破綻であらわれたように、世界中から資金を集め、財政も個人消費も借金で消費需要をつくるというものだ。それは破綻することが明らかなサブプライムローンなどを証券化し、格付け会社が高い格付けをして、世界中に不良債権を売りつけるという大がかりな詐欺だった。人をだましてでも自分たちが儲ければよいという反社会的なものだった。
  その実感が派遣社員や失業者のなかでぴったりあうようだ。世界を荒らし回ってきた金融投機資本が人の金で詐欺をやりたい放題だ。トヨタなど派遣先の大手企業が、雇用責任がない派遣労働者を好き放題働かせて、生きている人間を過剰在庫と同じように切り捨てる。
  派遣労働も新自由主義の考え方で、働かせる側には直接の雇用責任はない。戦後は、労働者派遣はピンハネであり、「中間搾取は禁止」と規定されてきた。戦前・戦中の労働者が人入れ稼業の二重搾取の下で苦しんでいたことから、禁止されてきた。それを1980年代後半から「中間搾取奨励」に変えていった。以前からずっと派遣労働制度があるわけではない。

 生存権も認めぬ異常さ 労働者をモノ扱い
  エム・シー・エスも派遣社員の費用は人件費ではなく「売り上げ」と書いてあるし、会社紹介でも派遣は従業員数に入っていない。
  派遣会社の営業マンも、「無料お試しキャンペーン実施中! 1週間無料、1カ月○%オフ、3カ月○%オフ」などのチラシをもって契約集めに回るほどで人間とは見なしていない。
  実際に働かせる派遣先企業と労働者の関係を見ると直接の雇用責任がない。労働者という規定ではない。派遣先企業から見たら雇用関係ではなく派遣会社との商取引関係になり、労働者扱いではない。雇用責任は派遣会社にあるといっても派遣先から切られたら首だ。ただの商品だから人間扱いではない。
  それはかなり露骨みたいだ。「正社員にケガをされては困るので、派遣社員に危険な仕事をさせたりしている。奴隷と一緒ですよ」といっていた。そうなると労災保険もかけない。
  大手企業の工場はだいたい複数の派遣会社から人を入れ、互いに競争させ、成績が悪ければ切ったり、人をかえろと要求できるようにしている。派遣社員はつねに人間の限界まで過密な仕事を持続するよう強要される仕掛けだ。
  派遣制度は世界的にも大矛盾となっている。韓国では非正規雇用を「正規雇用しろ」という動きがここ数年継続して続けられている。アメリカは日本より進んでいる。2000年初旬に「製造業を中心にホワイトカラー労働者をリストラし、リストラされた労働者は非正規雇用として派遣会社などを介した働き方にさせる」という方向がとられたが、それ以後、非正規雇用が急増し、電話一本でクビにされる労働者が増えて社会問題になっている。
  日本企業はバブル崩壊以後もボロ儲けしてきた。労働者の賃金は減少しているが、株式配当や役員賞与などは大幅に増えている。企業内部にためこんでいる内部留保金は何十兆円にもなるといわれる。政府は国際競争力支援というので法人税は安くする。新しい工場をつくり人を雇うと行政の補助もある。
  その「世界のエム・シー・エス」「世界のトヨタ」の労働者がひどい扱いとなっている。憲法は労働者の生存権を認めている。基本的人権の尊重や、職業選択の自由もある。憲法でそうなっているわけだが、実際上で「働くものが生きていけない社会はおかしい。政府は労働者に職を与え、生きていく保障しろ」というのは当然のことだ。
  労働者が当然の要求で立ち上がっていくうえで、敵のさまざまな欺瞞宣伝をうち破る必要がある。「派遣の契約だからしょうがない」「需要がないのなら仕方がない」とか宣伝する。「自分の首が危ないから、派遣が犠牲になるのはしょうがない」という正社員もいる。
  「世界的な問題だから…」「恐慌だから…」「売れないから…」「つぶれるから…」などいろいろある。
  トヨタもエム・シー・エスも、「会社がつぶれる」というのは大インチキであり、つぶすわけがない。売上が当面減るだけの話だ。その間労働者が「過剰在庫」になるというだけだ。過剰な部品はいらない。労働者も過剰だからいらないというだけで、儲けるための首切りだ。
  トヨタ九州の労働者も派遣会社に文句をいっているが、派遣会社の方は「トヨタから契約を切られたからしょうがない」という。労働者は派遣会社に行ってもどうにもならないと労基署に怒鳴り込んでいるが、やはり派遣先のトヨタなどとたたかわないとどうにもならない。
  エム・シー・エスも「どうせ首になるから」と遅刻したり、仕事を一生懸命やらないなどの空気が蔓延している。今はそういう形であらわれている。
  労働者をモノ扱いする派遣労働制度を自民党政府がつくった。トヨタなど直接に搾取し抑圧する資本とたたかうとともに、全国的な共通要求として政府にたいして、理不尽な派遣法を撤回しろという要求をしなければならない。
  正社員も含めて人間扱いではない。労働と資本の矛盾を鮮明にさせないといけない。労働者が人間として生きる権利を要求するのは当然だ。
  あるエム・シー・エスの労働者は、手取りが25万円から14万円くらいに下がり、自分のところには5万円だけ残し、あとは子どもたちに仕送りするという。5万円から寮費や光熱費、家電製品レンタル料を約3万円払って、残りで生活している。昼の会社の弁当350円も節約のため頼まず、おにぎりをつくって行く。夜や休日も金を使わないために寮から出ないという。
  人間は休息が必要だが、目一杯の仕事で休息もない。翌日働くため労働力を回復する条件もない。社会的な活動や文化的生活などとてもできない。ただ工場と家の間を往復させるだけで人間能力のすべてを搾りとる感じだ。
  ブリヂストンの労働者の家庭でも父親が疲れて帰ってくるため話しかけるのを遠慮する状況がある。
 彦島の子どもたちも「あそこのお父さんは寝ているから遊びに行ってはいけない」と気にして遊びに行く。
  「児童虐待なども無関係ではない」と保育園関係者もいっていた。昼間は母親が子どもをみて夜の仕事に行く。そして夜は父親が会社から帰ってきて子どもの面倒を見る。だが父親も疲れ果てているので、子どもがまとわりつくと、激怒して叩いたりして殺すなどの悲劇になる。これは「社会的な問題」といわれている。
  子どもを育てられないと労働力の再生産もできない。その前に結婚できないのが多いが、労働者が根絶やしになる。これは社会全体の崩壊だ。
  派遣などは3カ月程度の期間だから、結婚するといっても人間関係ができないという。
  独り身ならテント生活もできるが、家族がいたら一家心中だ。派遣労働者としてずっと働いた人は40代になると派遣しかない。切られると職探しをして再就職するが、蓄えがないので次の給料をもらうまで生活費もない。働きながら飢え死にする状態で「自殺者の話は他人事ではない」とマツダの派遣労働者もいっていた。

 労働者の誇りの回復を 富の源泉は労働
  労働者の誇りを呼び覚まさないといけない。社会を発展させ、あらゆる企業を大きくしているのは労働者だ。これが人間としてまともに生きていけない社会をかえないといけない。
  トヨタでも三井金属でも大きくしたのは労働者だとみないっている。労働者が働いたから資本が大きくなったのだ。
 株主はなにも富はつくっていない。資本主義社会では株主や経営者がいるから労働者がいるかのようにいっているが、これは本末転倒だ。実際は労働者がいるから資本家がいる。
 労働者は資本家がいなくてもやっていけるが、資本家は労働者がいなくなったらやっていけないというのがあるがままの社会の実際だ。
  エム・シー・エスの問題で「生産をするにはチームワークが必要だ。ケンカばかりしていてはうまくいくはずがない」という話は共感があった。資本家は、自分の利潤を増やすことが目的だ。労働者は大きな工場で、多くの労働者が集団で、団結し、協力し合って、多くの人人の役に立つ製品を生産している。資本家は私有財産第1の個人主義で他人のことは知ったことではないという考えだが、労働者はみんなの団結、協力が根本的な精神だ。社会全体を支配するイデオロギーが、自分のためではなく、世のため人のためになったらどんなにいいかというのはみんなの願いだ。
  ヨーロッパのストライキを見て「外国じゃストや暴動とかやっているのになぜ日本にはないのか」とよくいわれる。日本の場合、労働運動の破壊が深刻だ。労組役員が真面目な顔で「組合員の首を守るために派遣社員に犠牲になってもらう」「会社がなくなれば正社員も失業する」といっている状況だ。
  労働組合が「正社員の組合で派遣社員はらち外」で、排外主義だ。資本の安泰こそ自分の安泰で、自分を守るためには他人に犠牲になってもらうというものだ。これは60年安保斗争以後の高度経済成長のなかで労働組合にはびこってきた経済主義、企業主義のなれの果てだ。総評が70年代に「国民春斗」などといっていたが、自分の生活、権利を守るために他が苦しんでも知ったことではないという路線で、大型店出店などで苦しむ商売人などは知ったことではない。それが資本の手先として労働者を露骨に攻撃するようになっている。社会民主主義勢力が米日独占資本の支配の社会的な支柱になっていたが、それが衰退して、「日共」修正主義集団がその社会的支柱の役を買って出ている。「資本主義の枠内でルールある資本主義を要求する」などといっている。労働者に対する資本の抑圧は、労働組合や労働貴族をつうじた抑圧があり、さらに法律、メディアやあらゆる権力機関の抑圧がある。

 斗わねば生活もできぬ 全人民の利益代表し
  はっきりしているのは、労働者はたたかわないと生活できないということだ。会社や政府が自分の方からは労働者を助けてはくれない。企業の儲けに依存して労働者の分配を増やすというのが60年代以後の高度経済成長のなかではびこった労資協調の経済主義だ。「資本主義が永遠に発展する」と振りまかれ、池田勇人の所得倍増政策で給料も増えていく。そして「会社が発展したらわしらもよくなる」という労働運動が花盛りになり、日教組なども「子どもの教育のため」ではなく「教育労働者としての権利要求」ばかりになっていく。これも自分の待遇改善のために子どもを犠牲にする運動になる。
  自分の利益のため、自分たち企業内労働組合の利益のため、自分たちの職種だけの利益のためというのが労資協調となり、それが今、排外主義のなれの果てになっている。企業全体の労働者の共通利益のため、産業全体の労働者のため全ての労働者の共通利益のため、全ての勤労人民の共通利益のために敵と正面からたたかうという立場が必要だ。労働者派遣法とか、さまざまな労働規制の緩和をやめさせるのも政治斗争だし、その根底にある日本の独立や平和、民主主義と繁栄する社会を実現するのも全人民的な政治斗争だ。
 直接に働かせている企業において、労働者が団結してその資本にたいして首切りするなという斗争が必要だし、その地域全体の労働者が団結して市町村、職安や労働基準監督署など行政機関にたいして「職を保障せよ」とさまざまな要求を持ってたたかうことが必要だ。そのような労働者の団結の力を生産点を基礎にしてつくること、それが全地域的、全産業的、全国的に結びついていくことが展望だ。
  労働者の首切りは全市内の問題だ。エム・シー・エス問題に全市の関心が高いのは、経済全体がつぶれるという関心だ。労働者がまともな生活をし、産業が発展していくことが商売人存立の根本条件だし商売人の利益だ。首切りとのたたかいは商売人や全市民と団結できる基盤が強い。
  労働者がクビになれば買い手もいなくなる。食堂の人も「クビになったり残業がなくなると喫茶店に行っていた客がお好み焼きに切り替えたり影響が出る」という。「労働者の生活がよくならないと商売もよくならない。これだけ労働者が放り出されたら日本自体どうなるのか」といっていた。
  日産の工場がある苅田町の公務員も「これだけ首を切られると町民税自体が入ってこない」といっていた。
  それは下関市役所でも同じ状態だ。労働者がクビにされたら地方自治体の財政にも影響する。とくに派遣労働者は住所がどんどん変わるので、未納者が多いといわれている。

 国際団結に強い展望 根源に国際金融資本の支配・全構造と対決
  日本社会の現実問題も、世界的に目を向けていくことで展望が出ると思う。新自由主義の構造改革で、企業も株価が上がるかどうか、リストラをやるかどうか、うまくいかなかったら企業買収とかで、金融投機集団やファンドににらまれている。日本の上場企業の株の4割は外資が所有しているといわれてきた。この外資が主導する株主資本主義が労働者をモノ扱いする資本の正体だ。村上ファンドもホリエモンも「企業買収する」といっていたが企業経営をする意志も能力もなかった。1つの企業が成り立つのは、労働者をいかに働かせて物をつくるかが資本を増殖させるためにも基本だが、今支配している金融投機屋はそんな関心はない。資本主義もなれの果てだ。
  三井金属やトヨタといっても巨大ファンドにいつ狙い撃ちされるか分からない。外資予防のためにも労働運動の力が強い方がいいに決まっている。トヨタの社長などもファンドなどに狙われながら、労働者を粗末にして欠陥商品ばかり増えて企業が衰退しているのをどう思っているのだろう。いずれにしても世界経済をパンクさせたアメリカのイカサマ金融資本を世界的にやっつけるのが、世界の労働者の共通課題だ。「万国の労働者団結せよ」というのがひじょうに新鮮な響きがある。
  国際的な金融投機資本がイカサマ証券を世界中に売りつけて、自分らの借金を全部よそにかぶせている。各国が、それを退治するどころか逆にイカサマ金融資本に公的資金注入などといっている。その犠牲は世界中の労働者にかぶせるということだ。新自由主義がパンクしたから新自由主義をやめるとはならず、もっとイカサマをひどくする様相だ。
  国際金融資本を規制して、無政府競争をやめて計画経済にすれば社会は豊かになる。一部の金融利ザヤ稼ぎだけが暴利をむさぼる社会ではなく、働く者が人間らしく生活し、社会の生産が発展していく社会を目指さないといけない。この大きな目標に立ったら、具体的に職場での団結の展望になり、パワーが出てくるのではないか。
  日本もしこたまアメリカに国債を買わされて、アメリカの株や証券投資で日本のカネを流してきた。日本は今度、IMF(国際通貨基金)に10兆円出すといっているが、その犠牲は全て国民にくる。そのあらわれが今回の労働者に対する首切りだ。だから労働者の雇用確保という問題は全構造との斗争が不可欠だ。国際連帯が労働運動で持つ意味合いは大きい。
  ヨーロッパの労働者がストライキをすると日本でもみなが喜ぶ。燃油高騰のときもヨーロッパの漁師がストをやると喜び、日本の漁業者もストをした。港湾関係でもリバプールなどでストをやると連帯の動きが起こるし、アメリカ西海岸の港湾でストをやったときも連帯して行動した。航空やトラック労働者なども国際的な視野で動いている。GMが大リストラや公的資金投入をやれば日本の自動車産業は負けずにリストラをするし、フォードが株を売るといっても日本企業が株を買い取らされるし動きは国際的だ。向こうがグローバリズムというなら労働者はインターナショナルだ。

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