トップページへ戻る

盛り上がる8・6広島行動
原爆と戦争展は31日から
              米国は核を持って帰れ    2009年7月29日付

  被爆から64年目を迎える広島では、峠三吉の時期の運動の再建をめざす原水爆禁止全国実行委員会が呼びかける8・6広島集会を中心に、さまざまな取り組みがおこなわれる。被爆市民をはじめとする全国の平和と独立を願う人人が広島に大結集し、新鮮な原水爆禁止・戦争阻止の運動を全国・世界に発信することが切望されている。
 原爆記念日にあたる8月6日、午後1時から広島県民文化センター(中区大手町)で「2009年原水爆禁止広島集会」が開催される。広島・長崎で大きく発展してきた運動の到達点にたって、新たな核戦争を阻止する全国民的な原水爆禁止運動を全国、世界に向けて発信する。
 また、7月31日から8月7日まで、広島市まちづくり市民交流プラザ(中区袋町)で、第8回広島「原爆と戦争展」(主催/原爆展を成功させる広島の会、下関原爆被害者の会、原爆展を成功させる長崎の会)が開催される。
 原水爆禁止全国実行委員会が、7月当初から毎週おこなってきた宣伝活動のなかでは、被爆市民の本音を代表してきた8・6広島集会、原爆と戦争展の開催が喜ばれ、市民から積極的な協力が寄せられてきた。
 「北朝鮮」騒動をめぐって「敵基地の攻撃」「核武装」などが煽られ、米軍岩国基地の増強、自衛隊のソマリア沖派遣など「核軍縮」のかけ声とは裏腹に、日本を舞台とした核戦争の危険が高まる現実を前にして「前の戦争も“まさか”と思う場面で始まった」「日本を吸い尽くしたうえに、今度は戦場にされる」という声が切迫感をともなって語られてきた。
 また、田母神元空幕長の「核武装」講演会、秋葉市長や「日共」集団によるオバマ大統領の招請運動など8・6をお祭り騒ぎにする潮流に対する怒りも多く語られ、「オバマが核廃絶のためになにをしたのか。演説内容も“アメリカは核を持ち続けるが、他国が持つことは許さない”というものでしかない。広島市民はアメリカに家族を殺され、その後も何度もモルモットにされ続けてきた。オバマが広島に来るのなら、原爆投下の謝罪をすることが前提ではないか」「隣の岩国では米軍基地が強化され、広島湾は米軍艦船が行き交うことになる。核廃絶というのならアメリカは日本から核を持って帰れ」という声が圧倒している。
 原爆によって親兄弟を無惨に殺されたうえに、構造改革・規制緩和によって商店はなぎ倒され、フォード傘下に入ったマツダによる大規模な「派遣切り」がおこなわれて失業者があふれ、さらにアメリカの核攻撃基地にされようとしている広島は「日本の縮図だ」との論議が怒りをもって広がっている。
 「アメリカは核を持って帰れ!」をメインスローガンとする今年の集会では、原爆犠牲者への黙祷のあと、基調報告が提案され、劇団はぐるま座団員が峠三吉の詩『その日はいつか』を朗読。
 さらに、広島、長崎、下関の被爆者、米軍再編をめぐって市民の運動が活発化している岩国、沖縄からの意見発表が予定されている。小中高生平和の旅の構成詩、原爆展全国キャラバン隊の報告とともに、被爆者とともに精力的に活動をおこなってきた学生、教師、労働者が発言。壇上には、美術グループあらくさが作成した幟旗が掲げられる。
 集会宣言、スローガンを採択した後、広島市内へ繰り出してデモ行進をおこない、子どもたちによる峠三吉の詩の群読もまじえて、集会の成果が全市民に伝えられる。
 被爆市民の運動母体として発展してきた「原爆展を成功させる広島の会」は、今年に入って広島市(五日市)、北広島市、呉市、広島大学、修道大学などで「原爆と戦争展」を開催し、地元の小・中学校にも積極的に働きかけをおこない、9校でのべ74人の被爆者が体験を語り伝えるなど精力的に活動を広げてきた。また、ノルウェー総合科学技術大学トロンハイム校の大学生をはじめ、全国から訪れた6つの小学校の修学旅行生にのべ45人の被爆者が体験を語ってきたほか、毎月「被爆体験を学ぶ交流会」を開き、被爆者の体験を学び、行動を求めて参加してきた学生との結束が深まっている。
 「今年の集大成」として取り組まれている原爆と戦争展は現在250人の市民が賛同者となり、被爆者、空襲・戦地体験者、若い世代をはじめ、高い関心を持って全国、世界から集まる人人の大交流の場とすることが期待されている。
 会場では広島市、廿日市、呉などの被爆者、戦争体験者が待機して参観者に体験を語り伝え、学生たちが案内や通訳などを担い、8月4、5日には、被爆者や学生をはじめ全国から集まってくる青年も含めた交流会がおこなわれる。

 小・中・高生平和の旅も準備 全国被爆者交流会も

 8月5日には、山口県内、北九州、広島、大阪から小・中・高校生、大学生、父母、教師など約100名が参加する「小中高生平和の旅」が広島に到着し、平和公園で広島・長崎の被爆者11名から体験を学ぶ。子どもたちは、学んだことを構成詩にまとめ上げ、翌日の広島集会で発表する。
 同日午後4時からは、「原爆と戦争展」会場ロビーにて全国被爆者交流会がおこなわれ、広島、長崎をはじめ全国各地で平和と独立のために語り継いできた被爆者たちが活動を交流しあい、広島・長崎の歴史的経験、今後の方向について大いに論議を深める。
 平和公園の「原爆の子の像」横では、8月1日から6日まで連日、原爆展全国キャラバン隊による「原爆と戦争展」パネルの街頭展示がおこなわれる。すでに7月4日から土日を使った展示がおこなわれており、被爆地の声を学びに来る全国、海外からの訪問者の衝撃的な反響を呼んでいる。ここに慰霊市民をはじめ、さらに全国から集まる多くの人人が合流する。
 同時に、「アメリカは核を持って帰れ!」をメインスローガンとする宣伝カーが市内をくまなく回り、被爆地の声を全市民や訪問者に伝え、全市的な世論が盛り上がることが予想される。
 8・6集会を中心とした一連の行事は、被爆市民の底深い世論を基盤にして、全国、世界に広島・長崎の心底の思いを伝え、戦争を押しとどめる全国的な原水禁運動を発信する場となる。全国から広島に結集することが期待されている。

トップページへ戻る