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盛り上がる8月広島行動
「原爆と戦争展」主催者会議
                平和の力全国へ広げる意欲      2010年7月19日付

 広島市東区の二葉公民館で18日、7月31日から広島市まちづくり市民交流プラザ(中区袋町)で開催される第9回広島「原爆と戦争展」(主催/原爆展を成功させる広島の会、下関原爆被害者の会、原爆展を成功させる長崎の会)の第2回主催者会議が開かれた。65年目の8月6日を間近に控え、市内では被爆市民と学生などの新しい力が深く結びついた熱のこもったとりくみが進められており、広島の心を全市、全国に伝え、力強い原水爆禁止の力を大結集する場として期待を集めている。
 会議には、広島の会の被爆者、空襲体験者、原爆遺族、学生、被爆二世、主婦など幅広い層の市民が出席し、下関原爆被害者の会、下関原爆展事務局、劇団はぐるま座団員も含めて約25人が参加。2週間後に迎える同展の開幕に向けての意気ごみや意見を活発に交換した。
 はじめに広島の会の重力敬三会長が挨拶し、「本格的な夏がやってきた。第9回目の原爆と戦争展が間近に迫ってきたが、昨年よりも実りの多い開催ができるように意見を拝聴させていただきたい」と論議を呼びかけた。続けて、同じく主催者である下関原爆被害者の会の升本勝子、小西好美の両氏が紹介された。
 広島の会事務局の犬塚善五氏がこれまでの経過と概況を報告。六月末からおこなわれた長崎での原爆と戦争展が大成功するなか、並行しておこなわれた広島修道大学での同展では、350人の学生が参観して33人が賛同者になり、さらに土日に開かれている平和公園での街頭原爆展に学生たちが翻訳ボランティアとして参加するなど若い世代の意欲的な活動への参加が広がっていることが報告された。
 また、広島市内の学校に出向いての体験証言活動も昨年を上回り、子どもたちの反応も深いものになってきた実践が明らかにされた。
 原爆と戦争展のとりくみは、賛同・協力者による地域や職場、大学、病院などでのチラシ、ポスターを使った宣伝活動をはじめ、毎週土日には下関原爆展事務局や原水爆禁止全国実行委員会による宣伝行動で、すでにポスター1100枚、チラシ2万枚が配布、掲示されている現状を報告。また、小中学校、幼稚園でも約六万枚のチラシが配布され、廿日市市、呉市、北広島町、府中町、海田町、坂町など近隣市町でも宣伝協力が広がっており、そのなかでアメリカの原爆投下への新鮮な怒りを共有し、日本の現状を打開する展望が熱く論議されていることを報告した。

 忘れさせてはいけない 熱帯びる論議

 論議の口火を切った男性被爆者は、「第2回目から毎年参加してきて9回目を迎えることが感慨深い。昨年までの経験では、他県からきた人たちが“広島にきてよかった”と心から喜んでもらったことが活力になった。今年もすべての日数に参加し、全国の人人の要望にできる限り応えていく姿勢で臨んでいきたい。これまでの活動の総仕上げの気持ちで全力で頑張っていきたい」と意気高く語った。
 東京大空襲を体験した80代の男性は、「これまでは語ることを避けてきたが、80歳を越えて私たちが語らなければ忘れられるのではないかという気持ちから参加した」とのべ、「東京へ進学した昭和一九年から学徒出陣、各地の玉砕などで戦況が悪化していることは手にとるようにわかっていた。アメリカ軍は昼間に東京上空を飛んで写真を撮って爆撃計画を練り、夜間を狙って下町を焼け野原にした。高度2000b以下の低空飛行で爆撃し、たくさんのクラスメートが行方不明のまま亡くなった。上野公園には300体を超える黒こげの死体が山積みにされていたことは忘れられない。絶対に戦争はしてはならない」とのべた。
 同席した年配婦人は、市立女学校2年生だった妹が被爆によって真っ黒こげになり、600人以上の同窓生とともに死んでいったことを明かし、「まだ12、3歳の子どもたちが死んでいった。上手に歌を歌っていた妹のことを思い出すと今でも涙が出る」と声を詰まらせながら語った。
 廿日市在住の婦人被爆者は、廿日市「原爆と戦争展」に訪れた母親たちに招かれて8月1日に地元で体験を語ることを明かし、「若い母親たちの意識が変わってきて、その熱心さに心動かされた。『原爆展物語』広島公演には、全国から毎年来る人たちにも手紙を送って見てもらおうと思う。アメリカの動きを見ていると日本の将来がどうなるのか恐ろしさを感じる。平和のために自分たちのできることを頑張っていきたい」と力強く語った。
 外国人の生活支援に携わっている60代の男性は、「この会に参加して学ぶことは非常に多い。戦後処理のなかで隠されてきた事実がたくさんあり、14万人といわれる原爆死没者数すら意図的にカットされているという。また、満蒙開拓などで置き去りにされた日本人も国策・外交処理の都合によって握りつぶされてきた。アジアだけでなく、国民をも粗末にする体制を明らかにしなければ、今の日本を再生させることはできない」とのべ、「アジア人のなかでは他国で途絶えてきた文化を守り続けている日本民族に対する尊敬は強い。それにふさわしい日本をつくりあげていかなければいけない」と語り、原爆と戦争展への期待をあらわした。
 平和公園での街頭原爆展にスタッフとして参加した男子学生は、「1日でこれほど世界各国の人にふれあえる機会は他にないというほど全世界の人人が集まってきた。英訳の原爆展パネル一枚一枚すべてを丁寧に見ていく姿を見て、平和に対する世界の人人の思いの強さを感じた」と衝撃を語った。
 また、「参議院選挙の日には、私たちに対して、今の政治状況と重ねて“若い人がもっと政治に関心をもち、平和の問題について真剣に考えて欲しい”と託すように思いを語る人もいた。外国人に負けないくらいの関心を日本の学生たちにもってもらえるように自分たちが役割を果たしていきたい。できる限り動くので要望があればぜひいってほしい」と強い意気ごみを語った。
 同じく街頭展示に参加した女子学生は、オーストラリアの学生から平和憲法について聞かれたり、イギリス人から米軍基地の是非について問われたことを報告し、「日本についての認識がどれだけ外国に伝わっているのかと感じることもあったが、広島の思いをもっと広げていかなければいけない」と語った。
 被爆二世の婦人からは、原爆と戦争展会場に毎日参加して会場運営に携わる意欲とともに、「自分自身も被爆者の話を聞かせてもらい、これを機に学んでいきたい」と決意が語られた。
 論議のなかでは、会期中に北陸や関西から教師集団や高校生、学生、婦人グループなどから集団参観の申し出が入っていることも明らかにされ、市内の小中学校ではじめて体験を語った被爆者たちからも「子どもたちの姿勢が変わってきている」「感想文が送られてきたが、被爆者の思いが子どもにも通じることを確信している」と、喜びとともに体験を語り継ぐ意欲が語り合われた。
 最後に、劇団はぐるま座団員の宇田川純氏から、8月4日におこなわれる『原爆展物語』広島公演のとりくみにかかわって「四月公演を見た人人からの惜しみない協力や、旅館、ホテルなどでも“広島の心を伝える劇”としてチケットを預かって呼びかける動きもある。また、各町内の老人会や学校での紙芝居をやり“若い人を大結集しよう”“意義ある被爆六五年の行事にしよう”ととりくみの輪が広がっている」と報告。また、市内で開かれる全国会議に集まる教師集団が『原爆展物語』の観劇とともに原爆と戦争展への参観に意欲的になっている状況も明かし、「広島市民の運動を全国へ伝える絶好の機会にしていきたい」と意気ごみが語られた。
 被爆者から学生まで全員の総力を挙げて、第九回広島「原爆と戦争展」を全国、世界に向けて広島の心を発信する場とすることが確認され、意気ごみ高く散会した。
   
 8・6集会軸に広島で多彩な催し 『原爆展物語』公演や全国被爆者交流会も

 広島市内では、今年の8月6日におこなわれる原水爆禁止広島集会を中心に多面的で多彩な催しが予定されている。
 平和公園の「原爆の子の像」横では例年通り、7月の毎週土日に原爆と戦争展の街頭展示がおこなわれている。すでに外国人や全国からの訪問者の強い注目を浴びており、翻訳スタッフとして広島市内の学生たちが参加し、参観者との交流を深めている。八月からは六日まで連日おこなわれ、慰霊に訪れた市民や全国からの訪問者が合流することが予想されている。
 7月31日(土)から8月7日(土)まで、原爆展を成功させる広島の会を主体とした第9回広島「原爆と戦争展」が中区袋町の市民交流プラザ4階ギャラリーで開催され、全国や世界から訪れる人人や市民に被爆地の運動を発信する場となる。
 8月4日(水)には、劇団はぐるま座による『峠三吉・原爆展物語』の公演が広島県民文化センター(中区大手町)にて、昼の部2時、夜の部6時30分開演でおこなわれる。「原爆と戦争展」運動10年の記録を描いた同劇は、広島、長崎をはじめ山口県下でも「日本を変える劇」と大きな反響を呼び起こしており、市民をはじめ全国から広島の心を学びにきた人人に観劇を促し、原爆展運動を全国へ広げていく糧とすることが期待されている。
 8月5日午後1時から平和公園で、山口県を中心にした「小中高生平和の旅」の一行が訪れ、広島、長崎の被爆者から体験を学ぶ。旅には、大学生も集団で参加することになっており、小・中・高生は学んだことを構成詩にまとめ、翌日におこなわれる8・6集会で発表する。
 原爆と戦争展会場では、8月5日(木)の1時から学生や全国からの訪問者を対象にした交流会が開かれ、午後4時からは広島、長崎、下関の被爆者を中心に全国被爆者交流会がおこなわれ、全国の被爆者が平和と独立のために語り継いできた活動の経験と今後の方向をめぐっておおいに交流、論議を深める。
 多面的なとりくみが盛り上がるなか、「アメリカは核をもって帰れ!」をメインスローガンとする宣伝カーが市内をくまなく回り、被爆地の声を全市民や全国の訪問者に伝える。
 65年目の原爆記念日となる8月6日(金)、原水爆禁止広島集会が午後1時から広島県民文化センターにて開催される。峠三吉の詩の朗読をはじめ、広島、長崎、下関の被爆者、沖縄、岩国の基地反対運動、青年、労働者、教師などから意見発表、子どもたちの構成詩の発表が予定されている。被爆地を中心とした全国の平和勢力を総結集し、峠三吉の時期の力ある原水爆禁止運動を再建してきた運動の到達を集約するものとなる。集会終了後、参加者は市内をデモ行進し、子どもたちの詩の群読もまじえて広島市民に集会の成果を訴える。

 

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